ことわざは、中国の故事から生まれている場合が多くあります。石を使ったものでも例外ではありません。たとえば、「石に立つ矢」という一念を持って行えば、どんなことでもできるというたとえである言葉も、「韓詩外伝」にあります。 中国、楚の熊渠子が狩に行き、虎と見誤って石を射たところ、矢が石を射通したという故事によるものです。このような逸話は、「史記」にも漢の李広の話として描かれています。
そのほかにも出展は何かわかりませんが、どれもなんとなく逸話があるような気がします。
「石の上にも三年」という言葉の三年という年数は、三省といわれるようには、論語では「日に三回省みる」といっていますが、他にも何回も自分のことを振り返ってみようという意味もあります。この石の上にも三年という言葉は、少なくとも三年間ぐらい我慢しなさいと使われますが、基本的に三年と言う数字に含まれる意味合いとして、長いという意味が含まれています。また、なぜ石の上というのは、石は冷たく、すわり心地が悪いということであり、3年我慢しなさいというのは、冷たい石も三年座り続ければ、暖かくなるという意味から、そのくらい経てば実績が認められるようになり、評価されるなど報われたり、成功するようになるということです。ですから、石の上でなくとも今の辛い状況でも我慢しなさいということで、「茨の中にも三年の辛抱」「三年居れば温まる」「火の中にも三年」「辛抱する木に金がなる」というような言い方もあります。
石は、冷たく硬いものですが、ずっと座っていれば暖かくなりますし、ずっと打ち続ければ穴も開きます。「雨垂れ石をも穿つ」ということわざがそれです。「わずかなことでも、根気よく続けてやれば、成功につながるということ」をあらわしています。雨だれというのは、比喩ではなく、実際に軒下などの石でよく見られたことなのでしょう。この様な精神は重要と見えて、身の回りから色々な言い方が生まれました。「涓滴岩を穿つ」「千里の行も一歩より起こる」「牛の歩みも千里」「釣瓶縄井桁を断つ」「人跡繁ければ山も窪む」「泰山の溜石を穿つ」どがあるようです。哲学者のルクレティウスは、「雨だれが石を穿つのは、激しく落ちるからではなく、何度も落ちるからだ」と言っています。世の中を変えていくのは、大きな力よりも、小さくても持続していくことのほうが重要であることがわかります。
また、石は、少しずつ穿つと穴は開きますが、矢は刺さりません。ということで、少しのことでは余り影響しないということで、「石地蔵に蜂」というように、痛くも痒くもないことのたとえに使われます。類義語では、「石に灸」という石に灸をすえるように、何の効き目もないことにも使います。このような意味では、「牛の角を蜂がさす」「蛙の面に水」「泥にやいと」などがあります。
「他山の石」という言葉も面白いですね。よその山から出た粗悪な石でも、自分の山から出た宝石を磨くのに使えるということから、どんなつまらないこと、また、自分より劣っている人の言行でも、自分の才能や人格を磨く反省の材料とすることができるということです。
このブログも、他山の石にでもなればいいなと思っています。
当ブログは「他山の石」などでは決してなく、「知の宝石箱」です。また当ブログは「転石苔を生ぜず」で常に新しい情報に触れることができ、しかも考え方の転換にも大いに役立ちます。そして「石の上にも3年」は私自身大好きなことわざです。まぁ、モノゴトがいろいろと見えてくるのは通常3年くらいでしょうか、その間はたとえ辛いこと(石の上)があっても辛抱、と解していたのですが「冷たい石も三年座り続ければ、暖かくなる」というのはいいですねぇ。これまでの経験から確かに3年やり続ければコツもつかめて「暖かく」勉強や仕事ができます。1年目2年目の怒涛の如き状況はほぼ解消され日々が順風満帆?になります。従来、石も「暖かく」なると別な石に移ってきましたがもう冷たい経験はしたくはないので今の石が最後の石、と思っております。
石のことわざをたくさん学ぶことができました。どのことわざも人生は前向きに生きるべきだと教えてくれますね。たとえどんなに苦しいことがあっても、三年もすればその苦労が報われる時が来る。闇が深ければ深いほど夜明けが近い。『世の中を変えていくのは、大きな力よりも、小さくても持続していくこと』ー本当にその通りです。路傍の小石のような存在の私ですが、このブログの一言一言を「他山の石」にして努力を続けていけば、いつかは世の中を変えていく仕事ができるかもしれません。
昨日はありがとうございました。考え方の軸を再確認させてもらいました。
藤森先生のブログのおかげで自分の軸が大きくぶれてしまうことをかろうじて防ぐことができていると思っています。毎日更新されるこのブログを読んで自分を振り返ることができているので、ここまでがむしゃらに進んで来ることができています。「石の上にも三年」好きな言葉です。三年続けて初めて本質がわかり始め、だからこそ悩みも深くなってくると思っています。その時に、より確かな実践ができるように、今の実践をもっと密度の濃いものにしていきたいと思います。
「石の上にも三年」このことわざは正に今の自分に当てはまる言葉かもしれません。もうすぐ働き初めて一年がたとうとしていますが、この仕事の大事さというのがまだ分かっていないような気がします。かと言って来年になれば分かるのか?と言われても無理のような気がします。もしかしたら、自分の場合は3年以上かかるのかもしれません。
昨日から「石」のことわざのブログですが、その辺りに落ちている何の変わりない「石」のおかげでこんなに知識が深まりました。また自分を見失いそうになったときは石を見て、思い出そうと思います。