大谷石

 何年か前にいわゆる御三家といわれる難関校の中学入試問題を見たことがあります、そのときの入試問題で印象に残っているものに、「天ぷらそばに使われている原材料をすべて書き、その主な輸入元を書け」というのと、袋の中に石がいくつか入っていて、「この石でわかることをすべて書け」という問題でした。
 いま、パワーストーンといわれるものも含めて、石ブームで、色々な石のコレクションがはやっています。私の園でも、「形や色や手触りを感じてみよう」ということで12種類くらいの石が箱に並べてあります。石には、世界中には色々な特性を持った石が多く、それらの石を使って建物を作ったり、石垣にしたり、石畳にしたり、石像を作ったり、人は昔から利用してきました。
 今日、講演に行った宇都宮には、1932年に建設されたカトリック松が峰教会という教会があります。この教会は、1982年、日本建築学会「日本近代建築総覧」に選定されたのをはじめとして、1998年には国の「登録有形文化財」に指定されたり、いろいろなものに選定されている綺麗な建物です。そのひとつの特徴が、軽石凝灰岩の一種である大谷石を使っており、2006年には、「大谷石百選」にも選ばれています。
matugayakyoukai.JPG
この大谷石は、栃木県宇都宮市北西部の大谷町付近一帯で採掘される石材で、耐火性にすぐれ、石の重量が軽く、石質が柔らかいため、加工が容易であることから、古くから外壁や土蔵(石倉)、防火壁、貼石、石塀、門柱、敷石、石垣、土止め石(擁壁)等、建築素材として使用されてきました。宇都宮駅周辺では、この教会だけではなく、古くから、石蔵をはじめとした建築物の外壁、プラットホーム、石垣や階段、門柱に大谷石が盛んに利用されています。宇都宮駅東口の餃子像も大谷石造でした。1922年、アメリカの建築家、フランク・ロイド・ライトの設計による東京の旧帝国ホテルに大谷石は利用されました。その玄関部は現在、博物館明治村に保存されています。また、室内にも、その耐火性・蓄熱性の高さからパン釜やピザ釜等、石釜の構造材としても用いられています。
この大谷石は、日本列島の大半がまだ海中にあった新生代第三紀の前半、火山が噴火して噴出した火山灰や砂礫が海水中に沈殿して、それが凝固してできたものとされています。その利用は、6、7世紀に切石積横穴式石室を持つ古墳に加工が容易な大谷石等が多く用いられていたり、741年には、現在の栃木、下野国分寺・下野国分尼寺の礎石、地覆石、羽目石に使用されていたり、810年には、大谷寺の本尊(大谷観音)が弘法大師によって大谷石の彫りを完成させたといわれているように歴史的にはかなり古いようです。
 現在では、大谷石採掘も手堀りから機械堀りへとなり、昔と大きく変わってきていますが、地下30mには「大谷石地下採掘場跡」があり、その大きさは、野球場が1つ入ってしまう程の巨大な地下空間で、古代ローマ遺跡を思わせる壮観かつ、幻想的な雰囲気となっているようです。ですから、その空間は、コンサートや美術展なども開かれ、イベントスペースとしても注目を集めています。今回はそれを見ることは出来ませんでしたが、タクシーを途中で止めてもらって切り出した後の岸壁を見てきました。
oyaisi.JPG
 大谷町ならではの大谷石関係の様々な遺跡などを使った町おこしを、もっと積極的にやればいいのにとタクシーの運転手さんと話をして会場に向かいました。

大谷石” への3件のコメント

  1. 大谷石というのは知っていましたが、これほど多くの建築物に広く使われていたんですね。当県にも「庵治石」という有名な石の産地があります。藤森先生も多分ご存じだと思いますが、20世紀を代表する著名な石の彫刻家イサム・ノグチ氏が晩年アトリエを構えた所としても有名です。そのアトリエの跡がいま「イサム・ノグチ庭園美術館」として一般にも公開されています。今度先生をお迎えするときは、ぜひお連れしたいと思います。当地が、うどんだけではなく、芸術と文化の香りあふれる土地柄であることを知っていただきたいですね。

  2. 「形や色や手触りを感じてみよう」と何種類もの石を置いておくのはおもしろいですね。子どものころ自分の好みの石を見つけては、宝物としてとっておいたのを思い出しました。
    町づくりの話は同感です。その町の色をいかに出すかということに力を入れ、特徴を出すことで町は活気づくと思います。隣の市では世界遺産を中心に、問題を抱えながらも町づくりが進んでいるいい例があります。学ぶことがいろいろとあります。

  3. 今日のブログで紹介された「大谷石」については思い出があります。横浜で私塾を経営していた折縁あって若い彫刻家と知り合うことができました。その方は仲間数人と共同して「大谷地下美術館」展なるものを主宰していました。そこで図録を作成していたが日本語だけだったので是非英語の翻訳をつけたいということでした。結局その翻訳は専門業者に任せることになったのですが、その彫刻家の方とはそのことが機縁となって数度御便りの交換みたいなことをしておりました。その後、東北自動車道で大谷パーキングエリアを訪れるたびに「大谷地下美術館」のことが想起されました。私自身は同地へ行ったことがないのですが、いつか是非訪ねてみたいと思っております。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">