寝台車

 今日の新聞に、JR旅客6社の年末年始期間の新幹線、在来線の利用状況が発表されていました。その中に、寝台急行「銀河」の乗客は期間全体で同32%増の3700人、乗車率は前年の64%から82%に伸びたことが取り上げられていました。
私が中学生の頃、この寝台車「銀河」に乗って、父親と関西に行ったことがあります。この寝台急行「銀河」は、東京駅?大阪駅間を西日本旅客鉄道(JR西日本)が東海道本線経由で運行している寝台急行列車です。それが、この3月14日の運行を以って廃止されることが決まっています。
この「銀河」は、現在唯一の寝台専用急行列車で、昭和25年に日本で初めて急行列車に名前が付けられた伝統ある列車です。現在この列車がビジネス客に人気なのは、東海道新幹線に平行している区間の設定ながら、新幹線の最終列車が出たあとに出発し、翌朝には始発列車の到着前に目的地に到着できるように設定されているからです。また、特急でなくて急行なのは、東京?大阪間が556.4kmしかなく、特急らしい速度で運行してしまうと、始発/終着のいずれかが有効時間帯から外れてしまうためのようです。
寝台車そのものの考案は1865年ですが、大衆乗客向けの簡易な構造を採った寝台車は、1910年代に北欧に出現したのが最初のようです。日本の寝台車は山陽鉄道が、1900年に一等寝台車、1903年に二等寝台車を導入したのが最初です。この二等寝台車はB寝台車と改名されています。
私が久しぶりにこのB寝台に乗ったのは、少し前に書いた釧路から札幌までの強行軍のときに釧路から札幌まで乗った「特急まりも」です。季節は冬でしたので、雪原を夜行列車が光の長い帯をひいて走る幻想的な光景を想像していたのですが、実際の乗ってみると、乗っている本人は、窓から見える真っ黒な景色しか見えず、しかも、狭い通路を挟んですぐ前に二つの寝台、上にも寝台で、知らない人に囲まれての夜は、この年齢になるとなかなか寝付けるものではありませんでした。
また、「サンライズ出雲」と「サンライズ瀬戸」という夜行寝台に乗りました。この列車は、東海道本線、山陽本線を走り、岡山で分割・併結して、そのあと「サンライズ出雲」は、伯備線、山陰本線を経て出雲市まで、「サンライズ瀬戸」は、宇野線、本四備讃線、予讃線を経て高松まで運転しています。
 車内は住宅メーカーと共同で設計し、木の温もりを生かしたインテリアに統一され、寝台は全て個室で、設備も多様です。高松に行ったときは、先方がシングルデラックスを取ってくれました。優雅にくつろぐための、この部屋だけのサービス設備として、幅の広いベッドや独立したデスクの他、衛星放送が3チャンネル楽しめる液晶TVや洗面台があります。また、列車には、シャワー室が設置されていて、1階利用できます。最初、お湯は6分間しか出ないので、その時間内に洗えるか心配しましたが、止めた時間はカウントされませんので、十分洗うことができました。シャワーの利用が終わったあと、ボタンを押すと、水が出て次の人の為にシャワー室の洗浄が始まります。脱衣室も温風が出て、乾燥されます。本当はそのボタンは出るときに押すのですが、服を着ながら押したので、下から突然熱風が出てきて、びっくりしました。講演先では、色々な体験をさせてもらえます。