今年最後の日

 いよいよ今年最後の日「大晦日」を迎えました。この日には、一年の締めくくりとして、宮中や全国の神社では1年の間に受けた罪や穢れを祓うために、大祓いがで執り行われます。また、民衆の間でも、大晦日の行事は古く、平安時代頃から行われていたようです。
本来大晦日は新しい年の穀物に実りをもたらし、私たちに命(年)を与えてくださる歳神様を祀るための準備が行われる日でしたが、仏教の浸透とともに、除夜の鐘をつく習慣も生まれました。
大晦日の夜ふけに、全国のお寺で鳴らされる108つの鐘を「除夜の鐘」といいます。108とは仏教思想に基づく百八煩悩を意味しています。煩悩とは「心を惑わし、身を悩ませる」ものを言い、鐘をつくことでこれらの煩悩を1つ1つ取り除いて、清らかな心で正月を迎えようというわけです。また、108回のうち最後の1回は年が明けてから突きます。これは、今年1年煩悩に惑わされないように、という意味が込められているそうです。
 何年か前に、この除夜の鐘を、蘇州市西郊外にある寒山寺に聞きに行ったことがあります。この寺の除夜の鐘を聞くと10年若返ると言われています。ここの鐘は、真偽の程は分かりませんが、昔日本が盗み日本に持ち帰ったという話があり、日本も当惑していましたが、伊藤博文がこれを聞き非常に心配し探させたのですが、見付からなかったため、代わりに小さな鐘を作り寄付したといわれています。ただ、この寄付された鐘は、ガラスのケースに入れ飾ってあり、除夜につく鐘は違っていました。
 しかし、この鐘を聞きに行ったのは、唐の詩人張継の「楓橋夜泊」に詠まれた鐘をぜひ聞いてみたかったからです。この詩は、江蘇省蘇州の運河にかかる太鼓形の石橋の下に舟やどりをしたときに詠んだものですが、私は、夜中に境内にある宿坊のようなところで、食事をしながら除夜の鐘を聞きました。
「楓橋夜泊」「月落鳥啼霜満天 江楓漁火対愁眠 姑蘇城外寒山寺 夜半鐘声至客船」
この詩は、必ず中、高校生の頃に習うのですが、よくわからないところが多くあります。まず、全体的にここで鐘を聞いている時刻がいつかということです。最初の「月が落ちて」というのが、日が落ちてだとわかるのですが、月が落ちるのは、その月がどんな形だったかによるのです。満月ですと、明け方ですし、この詩のように夜半ですと、上弦の月の半月でしょう。しかし、その直後、なぜ鳥が鳴き出すのでしょうか。一斉に鳥が鳴きだすのは、普通は、日の出前です。ここの部分は、いろいろな説があるようです。
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月が沈んで、鳥が鳴き騒ぎ、霜のおりる気配が大空いっぱいに満ちあふれています。旅愁のためになかなか寝付かれず、うつらうつらしている浅い眠りの目に、川辺の楓の樹や点々とした漁火が映ります。一体いま何刻であろうかと思っている所へ、姑蘇の町外れの寒山寺から、夜半を告げる鐘の音が、自分の寝ている船にまで響いてきます。すると、姑蘇城の外の寒山寺から、夜半を知らせる鐘の音が、この船にまで聞えてきました。
 実際に聞いた寒山寺の鐘の音は、申し訳ありませんが、お世辞にもいい音ではありませんでした。鐘の音は、鳴らしたときの音というよりも、その音の余韻が寒い冬の大気に長く響いているのがいいですね。我が家でも、遠くから除夜の鐘が聞こえてきます。

今年最後の日” への4件のコメント

  1. 大晦日ですね。まさに今、除夜の鐘をついているところです。いろんなことがありましたが無事大晦日を迎えられたこと、嬉しく思いながら鐘の音をきいています。毎日アップされるこのブログから今年も1年間多くのことを学ばせてもらいました。本当にありがとうございます。来年もよろしくお願いします。

  2. 2007年平成19年も本臥竜塾ブログで多くのことを知ることができました。また、当コメント欄の存在によって、我ながら文章が書けるようになってきた、と自己満足、自尊感情旺盛になっております。藤森先生には心より御礼を申し上げます。来年2008年平成20年も当コメント欄にて大いに自己研鑽、自己修練、自己鍛錬して、来るべき社会貢献に向けて準備する所存です。何卒、ご指導ご鞭撻の程宜しくお願い申し上げます。さて、「除夜の鐘」を聴きにわざわざ「寒山寺」まで行かれたとは敬服の至りです。今は亡き私の友人のご住職さんは「メコンの夕日」を観にわざわざタイ・ラオス国境にまで行かれました。本物を常に求める方々の行動言動には学びがたくさんありますね。「鐘」といえば、次は「遺愛寺の鐘」、さらに飛躍して「香炉峰の雪」・・・行きたくなるところがいっぱいありますね。

  3. 一足先に2007年のブログは12月31日を迎えました。2015年ももう少しで終わりますね。私も心を惑わし、身を悩ませる煩悩を少しでも多く消し去りたいものです。寒山寺というのは中国にあるお寺なのですね。驚きました!「楓橋夜泊」という詩は聞いたことがありませんでしたが、内容を読むと確かにどうして夜も更けているような感じなのに、鳥が泣き騒ぐのかなと思ってしまいますね。そして、寝ているところは船の上なのですね。なんだかとても静かな、穏やかな波の上を船がぷかぷかと浮いているような情景が浮かんできました。大晦日の夜は静かで、空気がひんやりとして、澄んでいるという穏やかな日という印象がありますし、そうであってほしいなと思います。今年はどんな大晦日を迎えるのでしょうか。

  4. 「除夜の鐘」とは、自分を惑わすものである「煩悩」を、一つ一つ消し去っていく過程を表現したものであったのですね。108回鐘をつく、ということは知っていましたが、欲とか迷いといったものに惑わされないための新年の準備でもあったのですね。また、108回目は、新年になってからつくということも面白いですね。今年、機会があれば新年につかれるその一回の鐘の音を聞きたいと思いました。このように、過去のブログへコメントをしていると、その時期より少し前の内容が知る事が出来るということでもあり、事前にやってみたいことができたり、先の見通しをもってその日を迎えられるということが非常に楽しいですし、心待ちにしています。当ブログが書かれた2007年の12月31日、私は大学2年生です。実家のコタツに潜り込み、みかんを頬張り、年越し番組に見入っていたことを考えると、なんだか不思議な気持ちになります。

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