少年犯罪

 少年犯罪が起きるたびに、「昔はそんなことは無かった」とか、「最近の子どもは道徳心が無くなった」とか、「最近は昔と比べて物騒になったので心配だ」ということを聞きます。終いには、大くくりにして、「昔はよかった」と言います。しかし、子守唄の歴史を見ても、子どもが売られ、子守りをさせられていた時代など、決してよかったはずは無いのです。西部邁氏は、「国民の道徳」という本の中で、「日本を含め、先進諸国において少年犯罪の激増、凶悪化そして低年齢化が進んでいるというが、何を根拠としているのであろうか。」と問題を提起していますし、長谷川寿一氏・長谷川真理子氏の共同研究「戦後日本の殺人動向」ではマスコミ報道のような、最近の「多発する少年事件」「未成年者の凶悪化傾向」を明確に否定しています。長谷川寿一氏は「草思」で「日本の殺人率は1950年代から90年代前半までほぼ一貫して減少し続け、人口100万人あたりの殺人件数は、50年代のピーク時の約40件から、90年代には約10件前後にまで減少した。この減少にもっとも大きく寄与したのが、若者男性の殺人率の低下である。」としています。1955年当時、20代前半の男性殺人率(100万人あたりの検挙者数)は230人でピークでしたが、その後、高度成長と呼応して20代の殺人率はどんどん下がり、90年代には100万人あたり20人を割っているそうです。長谷川氏は、「16歳から24歳の年齢区分でみても、40年間でほぼ10分の1に減少し、この殺人における年齢の効果の消失は、世界的にみて極めてユニークな現象であり、若者男性がこれほど人を殺さないような社会は、筆者が知るかぎり他に類を見ない。」と的確に述べています。特に、戦前はひどかったようで、「戦前の少年犯罪」の中では、戦前社会が現代の老人が説教するような規律正しい立派な時代だったわけでは決してなく、むしろ現代以上にひどい事件がかなりの数起こっていた時代だったと書かれており、記録もきちんと残されているようです。それなのに、「なぜいつの時代も人は、昔はよかったと言うのか?」それを、12月20日のR25で精神科医の香山リカ先生が解説していました。そのキーワードは「不安」と「優位」だと言います。「年齢を重ねると、今の時代や若者についていけなくなるのではないかと不安になります。価値観や好みに違いがあると、それを否定したい感情と若さを失っていく不安が入り交じると思うんです。そこで自分が若かった時代の文化などを振り返って『あっちの方がよかった』とか『人間味があった』と肯定することで、不安から逃避しようしているんじゃないでしょうか。あとは、年輩者が若い人に対して絶対的に優位に立てるのは、彼らが知らない時代を体験しているということ。だから『昔はよかった』の一言で『オレはお前らが知らないいい時代や大変な時代を知ってるんだ』と優越感を感じる一面もあるかもしれません」すなわち、年輩者は主に「不安」から昔を懐かしむために、若年者は「優越感」を得るために「昔はよかった」と言うことが多いといいます。F・デーヴィス著『ノスタルジアの社会学』によると、これはどちらも「アイデンティティの連続の確保」にも関わることだそうです。人は、今の自分を肯定するために、過去の自分を肯定しようとする心理が働くということです。しかし、香山先生によると「昔を懐かしむのはいいけれど、それが今の自分の否定になると不健康な状態」だということで、今、精一杯生きることが大切であり、今という時をよりよいものにしていく努力をしていかなければならないと思います。

少年犯罪” への6件のコメント

  1.  「16歳から24歳の年齢区分でみても、40年間でほぼ10分の1に減少」には純粋に驚きです。個人的には年々多くなっていうという印象があったので…。ですが犯罪が減少しているからと言って日本が平和になっているのか?と聞かれると素直に平和になったとは言えない気がします。
     「昔は良かった」という言葉を使うのは、今の自分自身を否定する事ですから、そんな事をして何が良いのかな?と感じます。なので香山先生の言葉はその通りだと思います。昔の事を良かった良かったと言うよりも今の現在の状況を素直に認めて、「昔より今の方が良い」と思えるような生き方をした方が断然面白いと私は思います。

  2. 本日2回目のコメントです。「今時の若い者は…」という言葉は紀元前のエジプトの遺跡のレンガにそんな言葉が彫られているという話を聞いたことがあります。今も昔も変わらない年長者の嘆きの声のようです。それにしても昔のほうが少年犯罪が多かったというのは驚きです。それだけ当時の日本人が一般的に貧しかったからでしょうか。今の少年犯罪とは事件の起きた背景が違うように思います。犯罪件数は減っても、情報化時代ですからどうしても1件1件の犯罪が強く印象づけられるという側面はあるようです。「今時の若い者は」と嘆く前に、大人として子供たちの未来が幸せであるように何ができるかを考えたいですね。

  3. 「今の自分を肯定するために、過去の自分を肯定しようとする心理が働く」、確かにそうかもしれません。言葉にすると、この心理はおもしろいですね。先がどうなるかわからない不安を打ち消すために、既に体験して分かりきっている過去に安定を求めたくなるといった感じでしょうか。
    もし今の子どもたちが、たとえデータの上でも犯罪などが多かったとしても、間接的であれ子どもたちの成長に関わってきた者として、やはり人事と思っていてはいけないと思います。今、そしてこれからを見ていくことが大切なんでしょうね。

  4. 私自身つねに未来への希望と期待で胸を膨らませてきましたので「過去」を懐かしんだり、「あの頃」に帰りたい、という気持ちが出てきません。今日よりは明日、明日よりは明後日、というように、より明るい未来を見据えて今を生きていると多少の困難さや落ち込みは一瞬のできことと化します。ましてや「過去」に戻ろうとは思いません。「古き良き時代」と言いますが、いつの時代のことを指すのでしょうか?「ノスタルジア」に浸りたい気持ちもわかりますが、そのことによって今から未来にかけてどんな変化が招来されるのでしょうか。「少年犯罪の減少」については某保育団体の研修会でも聴いたことがあります。めでたし、めでたし。それでも日本の若者の意欲が先進国中でサイテー状況にあることは実に残念なことです。

  5. 本当か嘘か分かりませんが、大昔の壁画か何かに「今の若いものは…」といったことが書かれてあると聞いたことがあります。いつの世もそうなのだなと感じてしまいますが、それは不安と優位というキーワードがあるのかもしれないのですね。自らを肯定することは不安からの逃避でもあるのですね。「今、精一杯生きることが大切であり、今という時をよりよいものにしていく努力をしていかなければならないと思います」と藤森先生が言われるように、自信のない自分を肯定するために誰かを批判したりするのではく、今の自分をしっかり見据えて、その自分が変わることをまず第一に考えることのできる人間になりたいなと思います。

  6. 「現代以上にひどい事件がかなりの数起こっていた時代」であったという記録がありながら、昔を美化させたり、偏見を持ってしまう背景には「不安」があったのですね。私にも、そのような不安を感じる時が来るのですね。その不安を、どのように克服すればいいでしょうか。「昔を懐かしむのはいいけれど、それが今の自分の否定になると不健康な状態」ということが書かれていたので、昔を懐かしむのはほどほどにして、今の時代にある良い部分や、これからどのようにすれば良くなっていくのかといった希望を持つ事で、健康的な体や思考になっていくのかもしれません。そして、「人は、今の自分を肯定するために、過去の自分を肯定しようとする心理が働く」とありました。そんなことをしなくても、自分を肯定してあげようとも思いました。

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