養生訓

インフルエンザがはやっていますが、もう罹ったでしょうか。私は、ありがたいことに、まだ罹っていません。園で行事があったり、講演など出かけたり、来客を迎えたり、自分だけでなく、他人に迷惑をかけることが多い毎日ですと、おいそれとは風邪にかかるわけにはいきません。しかし、そう自分の意志だけでは防げるものではないので、出かけて帰ったら必ずうがいをするとか、手をよく洗うなどはしますが、睡眠を十分とるとか、休息を十分するとか、栄養をきちんと取るとかいう事は必ずしも実行できません。ちょっと忙しいと、どうしても睡眠が1日4,5時間のことは多くなりますし、週末講演に出かけるとなると、土、日曜日はつぶれてしまいますので、2、3週間休みなしということもよくあります。そんなときは、「最近、寝不足だから体が心配だ」「いつも忙しくしていて、疲れないか心配だ」ということは思わないことにしています。ある程度年を取ると、「それほど睡眠をとらなくても大丈夫なはずだ」「自分で好きなことをやっているので、それほど休息をとらなくても大丈夫だ」と言い聞かせています。そんなこともあってか、私はそれほど体が丈夫なほうではありませんでしたが、最近は病気になることは少なくなりました。しかし、そんな私でも、まだまだ根性が足りないと思うことがあります。日曜日の新聞に書かれてあった日野原重明さんのインタビュー記事です。彼は96歳の現役医師ですが、それだけでもすごいのに、彼の日々の生活のハードさには頭が下がります。書き出しに、このインタビューの前後の日程が書かれています。「前夜は、講演の準備や原稿の執筆で一睡もできなかった。でも、朝になったら気分爽快。今日も気持ちよく仕事ができるなと。翌日は、台湾に半日滞在し、講演などをこなして帰国。」なんとすごい毎日ですね。しかし、この元気の秘訣はこう書いています。「大切なのは、小さな行動にも目標を立て、達成感を持つこと。」私は、この域に達するのはまだまだな気がしますが、最近は、講演などのあとには、とても充実感と達成感があります。そして、講演を喜んで聴いてくれた参加者に感謝の気持ちでいっぱいになります。講演が終わった夜など、よく「こんなに自分で充実した思いを感じたのに、人からは感謝されるような仕事って、本当に幸せだ」と思うことが多くなりました。そんなときに、いろいろなことに不満を持ち、他人に苦情を言い、気を張って生きていて何があるのだろうと思います。いつも相手の失敗とか、他人の悪い部分を見ている人は、自分の体のとっても不健康だろうなと思うことがあります。日野原さんとおなじように、83歳の1712年に自身の実体験に基づいて書かれたものに貝原 益軒の「養生訓」という本があります。この内容は、長寿を全うするための身体の養生だけでなく、こころの養生も説くというところに特徴があります。彼は、先日のブログの「和俗童子訓」も書いていますが、幼少のころから読書家で、非常に博識でしたが、書物だけにとらわれず自分の足で歩き、目で見、手で触り、あるいは口にすることで確かめるという実証主義的な面を持っています。また世に益することを旨とし、著書の多くは平易な文体で書かれより多くの人に判るように書かれています。その彼が、養生という点からの三楽として次のものを挙げています。「1、道を行い、善を積むことを楽しむ 2、病にかかることのないのを快く楽しむ 3、長寿を全うすることを楽しむ」これを、愛妻家であった彼の妻もそのままに実践し、晩年も夫婦で福岡から京都などに物見遊山にでかけたりし、睦まじく長生きしたといいます。