伝統と文化

中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会では、学習指導要領の改訂に向けて審議を行っていました。11月8日、教育課程部会において、これまでの審議を「教育課程部会におけるこれまでの審議のまとめ」としてとりまとめ、公表しています。今回の改訂における改善点として挙げられているものに、「言語活動の充実」「伝統文化に関する教育の充実」「社会の変化への対応の観点」などがあります。改善の具体的な事項では、これらの全体の基本方針を受け、小学校社会全般にかかわる改善について次のように整理しています。「生活科の学習を踏まえ、児童の発達の段階に応じて、地域社会やわが国の国土、歴史などに対する理解と愛情を深め、社会的な見方や考え方を養い、身につけた知識、概念や技能などを活用し、よりよい社会の形成に参画する資質や能力の基礎を培うことを重視して改善を図る。」とあります。これを受けて整理された2本柱のひとつにこうあります。「我が国の歴史や文化を大切にし、日本人としての自覚を持つようにするとともに、持続可能な社会の実現など、よりよい社会の形成に参画する資質や能力の基礎を養うことを重視して改善を図る。」とあり、たとえば「縄文土器が使われていたころの人々の暮らしに関する内容を新たに加えたり、歴史的事象との関連で取り上げる代表的な文化遺産を例示したりするなど、伝統や文化に関する内容の充実を図ることなどが示されています。日本の伝統や文化を見直し、それをどう進化させ、今の日本に活用し、世界に貢献していくかを考えることはとても重要なことです。今、世界でも日本の文化が再評価されています。それは、物だけではなく、行き方、生活の仕方なども再評価されているのです。環境保護、エコ、リサイクルに対する考え方、生活の知恵なども「もったいない」で表される日本人の考え方が注目を浴びています。しかし、私は、子どもたちに「日本の伝統、文化を勉強するように!」という前に、もっと、日本の伝統的な教育のあり方、学習のやり方なども検証してほしいと思います。どうも、世界で1960年代から改革され、オルタナティブといわれるような先進的に行われている教育は、日本の伝統的な教育と同じような気がします。先日行われたオランダのイエナプランのプレゼンテーションにしても、京都で参加していた文科省の人はコメントで日本では異学年制は取り入れないと言っていますが、江戸時代までの藩校、寺子屋は異学年制であり、上の子が下の子を教えるというスタイルでした。薩摩の郷中教育というのはまさにそのような形態であり、「教わるよりも教えるほうが学べる」といったイエナプランの考え方がすでに日本では行われていたということになります。また、建物にしても、よくブログでも書きますが、海外では最近、教室はオープンであり、学習によって集団を構成し、それに空間を合わせるという考え方は、やはり日本の障子、襖で仕切る発想と同じであり、デッキをめぐらすという発想も、縁側という内と外を有機的に結びつけるという発想が、すでに日本では行われていました。それ以上に、日本が世界に先駆けて取り組める考え方があります。何年か前にドイツミュンヘンで行われた世界保育大会に参加したときのテーマが「インクルージョン」でした。そのときに次の課題は、「コーヒージョン」だといっていました。これはまさに「関係性の構築」です。個々を認め、大人が子ども個々と関わる教育、保育から、子ども同士が関わることで、教育、保育をしていくという考え方です。農耕民族であった日本の考え方がせっかくこれからの世界の教育の中心になっていくのに、なんで明治以降の教育、保育にこだわるのでしょうか。

伝統と文化” への4件のコメント

  1.  「教わるよりも教えるほうが学べる」というのは全く同感です。自分だけ理解をするのは簡単ですが、それを他人に伝える場合にはどう言ったら分かりやすく伝わるのか?と考えながら教えるので、その分理解がより一層深まります。私もそのような経験があるのでよく分かります。寺子屋のような異年齢を日本が昔からやっていたのに、どうして明治以降の教育にこだわるのかは、言われてみると確かに思います。少なくとも大学の教授達は世界の教育を見てきているので、少しは日本の今の現状を理解して少しづつ変えて欲しいと思います。

  2. 20代の頃、2年ほど鹿児島市内の甲突川沿いの町に住んでいたことがあります。
    今考えれば、薩摩の郷中教育の最も盛んな地域でしたね。本当にこんな狭い地域から、
    西郷隆盛、大久保利通、東郷平八郎、山本権兵衛、大山巌をはじめ、維新の日本を動かした
    薩摩の偉人たちが陸続と誕生したというのだからただ驚くしかありません。異年齢の子ども集団を
    つくって、年長の子どもが年少の子どもを教えるところといいイエナプランにも劣らない先進的な
    教育システムがかつての日本にもあったことはもっと注目されてもいいと思います。

  3. 私には「伝統」ということに関してあまりよい思い出がこれまでありません。小中高と田舎住まいで、しかも何だかよくわかりませんが、二言目には「伝統」の切り札を出されては制裁を受けていました。それも「先生」あるいは「先輩」と呼ばれる人たちからです。中学校は頭髪が五分刈りでした。昭和50年当時で「長髪」が近隣中学校でも当たり前になっていました。生徒会役員をしていた私は生活委員会顧問(私の所属するクラス担任)に「長髪」を許すよう、おそらく相当生意気に申し出たのかもれしれません。「先輩たちが築き上げた伝統だ!」という「伝統」を振りかざされ頬にビンタをくらいました。五分刈りはその後も長く「伝統」として守られたようです。高校時代も部活で「伝統」をかざすOBによってぶん殴られました。いつから始まったことを「伝統」と呼ぶのかよくわかりませんが、「伝統」を錦の御旗にして「変る」ことに前向きにならないところに「文化」など存在しない、ましてや暴力の制裁によって「伝統」の維持を図るとは何とも程度の低さを感じる、と今日のブログを読みながら勝手に思いを巡らせました。全くもって気の毒な過去でした。

  4. オルタナティブ教育が、日本の伝統的な教育と似ているのであれば、その気にさえなればなじみやすいように思うのですが、そんなに簡単なことではないんでしょうね。それでも、一つずつ確実に行動することで大きな流れを作っていくしかないと思っています。

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