酉の市

少し前のブログで、八王子城の落城の話を書きましたが、そのときに、甲州街道の中の八王子にあった宿場の八王子三宿の横山・八日市・八幡は現在の場所に移ったのです。それが今の横山町であり、八日町、八幡町です。もちろん、八日市宿ではその名のとおり8の日に市が開かれたのですが、横山宿では毎月4日に市が開かれ、賑わったそうです。そして、この市の平穏無事と人々の幸せを願って市守神社が建てられました。そして、この神社が、江戸時代中期になって,授福開運の神を合祀したのが 大鳥神社です。ですから、この神社では二つの例祭が行われます。市守神社の例祭は,初牛祭で2月の初牛の日に行われます。もうひとつ大鳥神社の例祭は、11月の酉の日行われる大鳥祭です。俗に「お酉様」とか「酉の市」と呼ばれ, 縁起物の熊手や八頭が売られます。今日、駅に向かう途中、このあたりがとても賑わっていて、屋台店が立ち並んでいました。今日が、今年二度目の酉の市だったのです。
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酉の市は、各地の鷲神社(おおとりじんじゃ)の祭礼で、古くは酉の祭と呼ばれ、大酉祭、お酉様とも呼ばれます。酉の市で縁起物を買う風習は、関東地方特有の年中行事です。八王子にある大鳥神社は、「鷲神社」とは書かないのがどうしてか分かりませんが、本来の鷲神社は、日本武尊を祀り、東征からの帰還の際、同地で戦勝を祝したとされているので、武運長久、開運、商売繁盛の神として信仰されている神社ですが、関西に本社がある大鳥大社との関係は明らかではないようです。「おおとり」という呼び方を「鷲」と書くのは、江戸時代に、大鷲神社の本尊(本地)は鷲の背に乗った釈迦とされているからです。神社の本尊が釈迦とは面白いですね。この酉の市の由来も神道と仏教と違っているようです。神道では、大酉祭の日に立った市を、酉の市の起源としています大鳥神社(鷲神社)の祭神である日本武尊が亡くなった日とされる11月の酉の日に大酉祭が行われます。また、浅草・鷲神社の社伝では、日本武尊が鷲神社に戦勝のお礼参りをしたのが11月の酉の日であり、その際、社前の松に武具の熊手を立て掛けたことから、大酉祭を行い、熊手を縁起物とするとしています。仏教のほうの由来では、鷲妙見大菩薩の開帳日に立った市を酉の市の起源としています。1265年11月の酉の日、日蓮上人が、上総国鷲巣(現・千葉県茂原市)の小早川家(現・大本山鷲山寺)に滞在の折、国家平穏を祈ったところ、金星が明るく輝きだし、鷲妙見大菩薩が現れ出ました。これにちなみ、浅草の長国寺では、創建以来、11月の酉の日に鷲山寺から鷲妙見大菩薩の出開帳が行われています。しかし、どうも実際は、花又の鷲大明神の近在農民による収穫祭が江戸酉の市の発端といわれているようです。「酉の市」の立つ日には、おかめや招福の縁起物を飾った「縁起熊手」を売る露店が立ち並びます。また、市を開催する寺社からは小さな竹熊手に稲穂や札をつけた「熊手守り」が授与されます。この熊手は、鷲が獲物をわしづかみすることになぞらえ、その爪を模したともいわれ、福徳をかき集める、鷲づかむという意味が込められています。この酉の市が開かれる「酉の日」は、毎日に十干十二支を当てて定める日付け法で、「酉」に当たる日のことで、12日おきに巡ってきます。ですから、日の巡り合わせにより、11月の酉の日は2回の年と3回の年があります。初酉を「一の酉」、次を「二の酉」、3番目を「三の酉」と言い、「三の酉」まである年は火事が多いとの俗説がありますが、今年は二の酉までしかありません。しかし、火事には気をつけたほうがいいでしょうね。

酉の市” への6件のコメント

  1. 先日の「開湯伝説」ではありませんが、今日のブログで記述されていた年中行事の「酉の市」も諸説紛々として面白いですね。なるほど、なるほど、と頷きながら拝読したところです。今日は休日なので息子と「お出かけ」をしました。JR山手線で巣鴨まで行きました。今回は「とげぬき地蔵」ではなく都営三田線に乗るためでした。巣鴨駅には結構な人ごみがあったのでなんだろうと注意するとどうやら近くの神社の「酉の市」のようでした。新宿では花園神社の「酉の市」が有名ですね。「酉の市」の声を聞くと、あ?今年も終わりか、と思います。それから幸運をかき集めてくれる「熊手」も最初のものは小さいものから、だそうですね。そして毎年少しずつ大きくしていく。横浜で仕事をしていた時「熊手」を贈られたことを思い出しました。熊手は自分で買わなければダメですね。

  2. ●諸所、諸物、諸事のながれが、今の私たちのこころをつくりあげているのでしょうが、その経緯・由来について、きわめて疎(うと)い私であります●たとえば旧暦について興味をもって本で調べても、まったく別世界のことのようでなかなか理解できません。何かスッポリ抜け落ちている感覚を覚えます●こんなところから“日本の文化”が崩れていくのではないか、と自分ながら危惧しています●

  3. 写真の酉の市はかなりの賑わいですね。こういった祭礼には疎いので勉強になります。文化が途切れてしまわないように、日本中のこうした行事はいつまでも大切に残されて欲しいと思います。

  4.  とても賑やかなお祭りですね。神社といえば小学校の頃によく遊んだ覚えがあります。今となっては、そこまで大きくない神社ですが、幼い頃の私にとっては最高の遊び場でした。なぜかというと隠れ場所が多くあり「かくれんぼ」にはもってこいの場所だったので。遊びのほかにも友人と階段に座って色々な話しをして盛り上がっていた思い出もあります。
     私にとって神社というのは思い出がたくさん詰まった場所です。

  5. 熊手は熊の手なのかなと思っていましたが、鷲の爪を模したものといわれているのですね。福徳をかき集める、鷲掴むというのはなかなか強い思いを感じます。思いを道具として表現すること、形にすることで、願いを成就させる気持ちをより強く表したのですかね。酉の市ですが、私にはあまり馴染みのない言葉で、耳にしてもピンときません。この辺りで酉の市をやっているというのも聞いたことがないような(私だけかもしれません)。以前の白鷺の話でもそうですが、鳥というのはかつてから縁起のいいものだったり、何かの象徴になりやすいものだったりするのでしょうか。恐竜の生き残り?という説もそのあたりのことと関係があったりするのでしょうか。

  6. 「祭」という字が入っているものには、なにやら楽しそうなものがやっているなぁとでしか認識がありませんでしたが、誰のためのお祭りなのかとか、その日にやるのは何でなのかとかを知っていると、より祭りが楽しくなりそうですね。また、「熊手は、鷲が獲物をわしづかみすることになぞらえ、その爪を模したともいわれ、福徳をかき集める、鷲づかむという意味が込められています」というように、なぜ熊手が売っていたのかということも、ただの「縁起物」としか知りませんでしたし、鷲という漢字の引用であったり、「わしづかみ」にちなんで鷲の爪に見立てたりという、洒落が入っていることも新たな発見でしたし面白いなぁと思いました。

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