山口県は、8人の首相を輩出しているなど、維新以後、長州藩としての遺跡が多くある県です。しかし、現在にとって印象の深い、しかし、早世した詩人が生まれた県でもあります。その一人は、「金子みすヾ」で、1903年、山口県大津郡仙崎村(今の長門市)に生まれています。しかし、大正末期、すぐれた作品を発表し、西條八十に『若き童謡詩人の巨星』とまで称賛されながら、1930年、26歳の若さで世を去りました。もう一人、わが国の文学史上に大きな足跡を残した詩人「中原中也」も、1907年に山口市湯田温泉に生まれました。そして、詩に捧げた彼の人生は、30年という短い期間であり、生前は充分な評価を得ることのないまま、志半ばにして異郷の地で没しました。その中原中也記念館を訪れてみました。

この建物は、彼の生誕地に建っており、設計は全国公開設計競技により優秀賞に選ばれた宮崎浩氏の作品です。また、平成10年には公共建築百選にも選ばれています。この記念館では、外の風景や柔らかい光を取り入れたり、吹抜を設けることで限られた空間に拡がりと奥行を与えると共に、回遊性を持った空間構成により繰返し中也と出会うことができるように計画されています。中原の詩の中で特に印象深いのは、いろいろな人に歌われている「サーカス」です。「幾時代かがありまして 茶色い戦争がありました 幾時代かがありまして 冬は疾風吹きました 幾時代かがありまして 今夜此処でのひと盛り 今夜此処でのひと盛り サーカス小屋は高い梁 そこに一つのブランコだ 見えるともないブランコだ 頭倒(さか)さに手を垂れて 汚れた木綿の屋根のもと ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん それの近くの白い灯が 安値(やす)いリボンと息を吐き 観客様はみな鰯 咽喉(のんど)が鳴ります牡蠣殻(かきがら)と ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん 屋外(やがい)は真ッ暗 暗(くら)の暗(くら) 夜は劫々(こうこう)と更けまする 落下傘奴(らっかがさめ)のノスタルジアと ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん。」この詩は、「山羊の歌」の「初期詩編」に収められています。私は、サーカスという響きを聞くと、なんだか胸が締め付けられるような、切ないような、もの悲しい気がします。それは、子どものころによく「そんな悪いことをすると、サーカスに売られてしまうよ」と言われてきた怖さと、なんとなくノスタルジックな憧れが交錯するからでしょう。また、幕間を受け持つ「ピエロ」「道化」は、中也の詩の中で、観客を笑わせ嘲ったりする日常生活とは断ち切られた悲しい存在です。そして、実生活で破綻していた中也にとって、観客(読者)とサーカス(詩的別世界)をむすぶ存在であり、中也そのものであったようです。この詩の最後の「ゆあ-ん ゆよ-ん ゆやゆよん」という擬音は、悲しげな旋律を奏で、いろいろな地を転々としながらサーカス興行をして歩く姿は、一瞬の火花のようなものであり、その興行が終わると、再び明日からは暗い生活に戻るという佗しさに満ちています。同じ感情が湧く歌として、私が好きなものに古賀政男作曲、西條八十作詞の「サーカスの唄」があります。サーカス小屋からは聴こえてくるクラリネットの音色、もの哀しい「天然の美」の歌と相まって、サーカス暮らしになぞらえて人生そのものを感じます。「1.旅のつばくろ 淋しかないか おれもさみしい サーカス暮らし とんぼがえりで 今年もくれて 知らぬ他国の 花を見た 2.昨日市場で ちょいと見た娘 色は色白 すんなり腰よ 鞭の振りよで 獅子さえなびくに 可愛いあの娘は うす情 3.あの娘住む町 恋しい町を 遠くはなれて テントで暮らしゃ 月も冴えます 心も冴える 馬の寝息で ねむられぬ 4.朝は朝霧 夕べは夜霧 泣いちゃいけない クラリオネット ながれながれる 浮藻の花は 明日も咲きましょ あの町で」私がよく口ずさむ歌のひとつです。
今日のブログで紹介されていた「中原中也」については、高校から大学時代にかけて愛読した小林秀雄の作品集によって関心を持ち、詩集を購入して親しもうとしました。が、あまり深入りせずに終わりました。もっとも、その後「萩原朔太郎」や「金子みすゞ」の詩をちらほらと読むきっかけになったのは確かです。また詩「サーカス」からの一節「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」はNHK-Eの斉藤孝さん監修番組「にほんごであそぼ」に取り上げられていたのを視聴して懐かしく思いました。スイングするモノを擬した表現として脳内深くに残ります。ところで本物のサーカスはこれまでに一度しか観たことがありません。「サーカス」に馴染みの薄い子ども時代を過しました。人口の少ない地方にはサーカス、来てくれません。サーカス、というものを観たくて仕方がありませんでしたが、「なに、そんなもの」と一笑に付されていたことを思い出しました。
高校時代はこれでも文学青年で、中原中也の詩集を愛読していました。
『汚れつちまった悲しみに・・・』は特に好きでした。思春期の心象風景をうまく表現していましたね。
この詩をいま読み返すと青々として未完成な当時の自分がなにか気恥ずかしく思い出されます。
『サーカスの歌』は私のカラオケの十八番で、若い頃よく歌いました。20代の頃、故郷を離れて
九州で暮らしていた時に、寂しさを紛らすためによく口すさんでいました。
なにか藤森先生と歌の趣味が似ているようですね。
あああっ・・・・先生、申し訳ございませんでした。
中原中也、種田山頭火、金子みすヾを忘れていました・・・
名所といわれるところや記念館などにあまり行くことがありませんが、山口県だけは夏休みなどを利用してあちこち見学していました。なぜか京都などより歴史を感じる県で、何となく物悲しい感じがします。華々しい歴史というより悲しい歴史が印象に残っています。でも、その独特の雰囲気が気に入っています。また時間をつくってあちこち歩いてみたくなりました。