先日、主任セミナーのときにリーダーシップというものを考えてみました。そのときにその質について考えましたが、そのスタンスのあり方は、近年変わってきているように思います。先日、オランダのイエナプラン教育シンポジウムが、JAS(イエナプラン・アドバイス&スクーリング)という、現職教員のための研修・コーチングサービスを専門に行っている私企業の共同経営者2名とアドバイザー1名によって行われました。解説・日本語通訳は、日本にイエナプランを紹介した書籍を書いたリヒテルズ直子さんが担当しました。その中で、ほんの少しの時間ですが、私がコメンテーターとして、コメントと質疑をしました。そのシンポジウムでは、写真を含めたスライドと、ビデオで「イエナプラン教育とは何か」「イエナプラン教育の学校空間:生と学びの共同体のための環境」「イエナプラン校の実際」というテーマで行われました。その中でのコメントで、とても面白いフレーズがありました。「皆さん、この写真で何が見えますか?先生が立っていますね。この先生は何をしているのでしょう?そう、彼は手をポケットに入れています。それでも受身ではないでしょう。少し前に傾いた姿勢で、何かに目を向けていますね。彼は明らかに子どもたちと子どもたちがしていることを興味深く見ています。これは、ヤン・リヒトハルトという有名なオランダの教育家です。よい学校では校長は何もしません。先生が少し、そして、子ども達が何でもやります。学ぶのはやさしい。記憶するのは大変です。しかし、手綱を緩めるのが一番難しい。」また、別の写真を見ながらこんなコメントを言いました。「協働することを子どもたちは学ばなくてはなりません。それは自然にできることではありません。学校はそれを学ぶために場所としてますます重要になってきています。学校以外ではどこでそれをまだ学べるでしょうか。家族はだんだん小さくなり同じ趣旨を持つ人が集まって何か活動をする機会も減ってきています。私の子どもたちはますます多くの時間をコンピューターの前で過ごすようになってきます。昔なら友達と外で遊んでいた時間が、今はコンピューターに割かれています。けれども、協働するということは共に生きるということのための練習でもあるのです。私たちはお互いを必要としています。もっと言えば、他の人がいなかったらあなたは今のあなたでありえないのです。人は互いを必要としています。だからこそ共に生きなくてはいけないのです。」(リヒテルズ直子訳)このような理念の下、イエナプラン教育では、子ども達同士の学び合いが中心になります。教えることこそ最良の学びであるというのです。先日、テレビで学力が日本でトップだった秋田県の試みを放送していました。その秘訣の1は、インターネットの活用です。これは、子どもたちがインターネットを活用して、様々な課題に取り組むことかと持ったら、そうではなく、定期的に教育委員会からインターネットを通じてワークが送られてくるものをプリントアウトして、子どもたちにやらせるというものです。秘訣その2は、教師の教育力です。教師が子どもを前に一斉に教えるテクニックを学んでいきます。その3は、家庭学習の充実です。子どもたちは家でワークに自ら取り組んでいます。この実践はとても感心しますし、一生懸命で頭が下がりますが、ここにはどこにも子ども同士の関わりの中から学ぶ姿はありません。テストというペーパーでの学力は確かに上がるでしょうが、将来、子どもに必要な力はどうなのでしょうか。
イエナプランについては何かで学んだ気がします。思ったのは、先生の言われる保育の理念にどことなく似ていると思いました。やはり、海外の教育というのはどこも似ていて日本だけが今のような保育をしているのだな…とつくづく思い少し悲しくなりました。
今の日本の子どもはコンピューターというよりテレビゲームの前にいると思います。私もゲーム世代で育ちましたが、一人でテレビゲームをやるのではなく、今は友人達と一緒にやるのが多い気がします。私がそうだったので。例えばサッカーゲームを友人同士で対戦してやるとか、協力してコンピューターと対戦するなど…意外と協働しているのです(笑)しかし、今となればあまり関心しませんね。それはゲームであってパターンが決められています。やはり、勉強でも遊びでも先が読めない事を協働することによって人とのコミュニケーション能力、問題解決能力が養う気がします。先生がよく言われるように今の子どもには、この2つの能力が必要な気がします。
イエナプラン教育シンポジウムでの先生のコメント、ぜひ会場で聴いてみたかったです。
こんな時、東京から遠く離れた田舎で住んでいることが恨めしくなります。
それにしても、イエナプランのお話をお聞きするにつけ藤森先生の「見守る保育」が
普遍的な原理と合理的な実践法を伴ったものであることがますます確信となってきました。
いまに、世界中の教育関係者から日本の「省我プラン」が絶賛される日が必ず来ると信じています。
イエナプランの話しを聞いて、「はぁ~」という感じです。考えさせられます。協働ですね。子ども同士の関わり、人との関わり、大事ですね。パソコンが普及して、今では一家に2台とも言われる時代にもなって、このパソコンやモバイルを使う対象が小学生からって言うのがすごいです。少し前では考えられませんよね!?待ち合わせをするのも、携帯がないときは「~前に○○時ね」と言っていたのも、今では「着いたら掛けるね」になっています。携帯がないときは、友達が待っているから必ず行かなきゃという思いと、必ず来るから待ってようという思いが仲間との信頼関係をより深めていた気がします。便利になる変わりに、人は必ず何かを失ってしまうと思います。特に感じるのは、正月です。個人的に正月は最低3日まで店を開けないで欲しいです。今では元旦から営業が多く、遊びに行くところがあり、家で過ごしている子どもは少なくなっている気がします。お年玉ねらい(偏見かな?)?で電気屋さんとか開けてますよね?家族で手作り御節を食べてる子は少ないんじゃないかと思います。正月のあの時間は日本の文化だと思うんですよね。何だか経済至上主義は一人歩きしているように感じます。と言いながら私は携帯が手放せません。いつも一緒です。いつの時代も変わらないのは人間で子ども達だと思います。その子ども達が変わってきているのはその環境を与えた大人だと思います。でも育ち方を良い方向へ導けるのも大人ですよね?だから私は良い方向へ導ける様、質の高い保育を目指します。久しぶりにお邪魔させて頂き、ありがとうございました。
子どもを取り巻く状況は洋の東西を問わず共通であることがJASの方の子どもさんの話でよくわかりました。オランダの素晴らしいところは、そうした子どものいる社会状況を的確に把握し、その社会状況に妥協することなく、子どもたちが当然達成せねばならないことを暴力的抑圧的にではない方法で実現していることです。それにしても、今日のブログの最後部分で紹介されていた「秋田県」の事例は何ともお粗末な気がします。学力が全国一、という名誉あることの裏側にはPCを介したプリントの配布などがあってがっかりです。わが国は根本的教育改革とその改革に至る保育理念目標の構築が急務の要です。頑張りたいですね。
子どもたちが協働しながら学んでいくことはどう考えても素晴らしいことだと思うのですが、日本の学校では取り入れることが難しいんでしょうか。子どもの育つ力を信じることができれば、簡単なことのように思うのですが。教えなければ育たない、力をつけることができないと考えるなら、あまりにもさみしい気がします。