今日の読売新聞に「広辞苑」という国語辞書が10年ぶりに改訂されたというニュースが掲載されていました。今回で第6版だそうです。私が小学校に入学したころに第1版が発行され、家庭の必需品でした。茶の間に置かれ、テレビを見たり、家族で会話をしたりしたりする中で、解らない言葉があるとすぐにこの広辞苑で調べたものでした。そこに掲載されている言葉は、前回の版より1万項目増えて24万項目あるそうです。改訂するごとに顕著に増えてきているのがカタカナ語です。確かに、巷ではカタカナ語が多く使われるようになりましたし、外国でないとうまくニュアンスが伝わらない言葉も多くなりました。今回の改訂では,カタカナ語が新収項目の38%を占めるそうです。しかし、本来の外国語ではなく、いわゆる和製英語のように外国語を日本でアレンジしてできた言葉が増えたのも今回の特徴の一つです。ですから、気をつけないと、その言葉を外国に行って使っても通じません。たとえば、外国語の単語を日本で組み合わせて作った単語である「スケールメリット」「タッチキー」「チャイルドシート」「マイナスイメージ」などがあります。また、一見,本来の英語のように見えるものとして「バブリー」「プルサーマル」「プレゼンテーター」などがありますが、まったく日本人による新語です。もうひとつ、増えた単語の特徴がインターネットの急激な普及で使われるようになった言葉です。「インターネット」「ホームページ」「HTML」などは、前回の改訂で入りましたが、今回の改訂では、「検索エンジン」「SNS」「HTTP」「SSL」「ドメイン」などが収録されています。困る使われ方の言葉として、「なりすまし」「迷惑メール」「フィッシング」などもあります。携帯電話関係では、「着メロ」「顔文字」「ワンセグ」などが新たに収録されています。世相を反映したものとして、「メタボリック症候群」「うざい」などや、私がここで書いている「ブログ」も今回入りました。そのほかに主なものとして「癒(いや)し系」「クレーマー」「ニート」「敵対的企業買収」「京都議定書」このように、改訂されるたびに収録されてきた言葉を見ると、時代がよくわかります。それは、言葉の意味や使い方は不変ではないからです。しかし、その変化を言葉の乱れと感じるか、時代の変化とするかは難しいところです。この嘆きは、「近ごろの言葉遣いは聞き苦しい」と『枕草子』にも『徒然草』にも見られます。また、同様に生活様式や価値観が変わることで、その意味が変わっていくものにことわざがあります。たとえば、「犬も歩けば棒に当たる」ということわざも、広辞苑では二通りの解釈が書かれています。ひとつは、「自分のよく知っている世界から外に出ないことが生きていく上での知恵である」という解釈と、最近の解釈である「新しいことを試みる積極性に価値を認める」という内容です。この広辞苑の第1版は、1955年5月25日に刊行されました。その基になるものとして新村出氏が「普遍的にしてかつ軽便な中型国語辞書」として編纂され、1935年(昭和10)に博文館から刊行された「辞苑」があります。これを全面的に改訂・増補して作られた「広辞苑」は、当初、百科事典を兼ねた20万語収載の国語辞典として、装丁を洋画家安井曾太郎氏の手により発刊されたのです。この初版以来の累計部数は,1100万部になり、積み上げると880キロメートル、成層圏を遥かに超えて大気の極端に薄くなった場所に届き、東海道線・山陽線の線路に並べていくと,東京から広島までの距離になるそうです。この広辞苑は、解らない言葉を調べるだけでなく、百科事典のように暇なときに開いて読んだりもしますが、もし、毎日1ページずつ読もうとすると,8年以上かかることになります。人は、そんな言葉を一部にしても自由に使いこなしているのですね。
新聞などを読んでいると新しい言葉がどんどん登場していることを知らされます。その時代によって、また関心をもつ分野の変化によって使う言葉が変わってきます。ただ、新しい言葉は増えているけど、自分自身がそれで表現が豊かになっているかは怪しいです。言葉は思いを伝える手段だと考えると、どの言葉をどういう意味で使うのかをもっと注意する習慣をつけなければと思います。そういう意味でもいろんな方とお話をする事は自分にとってすごく勉強になります。使う言葉はたくさんある中の一部だとしても、使いこなすのは難しいと感じています。
昔、小津安二郎監督の「東京物語」を観た時に、あの頃の日本人はなんてきれいな日本語を
操っていたんだろうと新鮮な感動を覚えたことがあります。
今、世の中には次から次と新語が登場していますが、それと同じだけ美しい日本語の言い回しが
忘れられていくような気がします。これから小学校で英語教育がスタートするようですが、
それより本来の日本語の美しさを子どもたちに教えることのほうが大事だと思うのですが・・・
「広辞苑」と言えば小学校の頃を思い出します。クラスの担任の先生が机の上に常に置いてあり、生徒が分からない単語があるとすぐさまに調べ教えてくれました。ちなみに今日の朝のニュースでも小倉さんが言っていました(笑)
確かに辞書が改定されると時代の流れというのがよく分かる気がします。カタカナ語が約40%を占めているのは驚きです。いかに英語の単語を使ってアレンジしているのかが本当に分かりますね。確かに、自分もそういう言葉をよく使っているので海外に行った時に思わず使ってしまいそうです。
最近私は辞書を使ってないです。難しい言葉などを聞いた時につい聞き流してしまっていて、ちゃんと理解していないです。先日のブログのメモを取る事と、今回のブログを読んで辞書を使って調べる癖もつけたいと思いました。
「広辞苑」の改訂が10年ぶり、となるのですね。藤森先生は小学生の頃から「広辞苑」になじみが深かったようですが、私は自分で始めて座右に置いたのは、なんと30歳になってからです。もちろんそれまでも借りて調べたことはありましたが、自己所有ではありませんでした。今も当時も決して安い買い物ではなかったので随分躊躇していたのです。座右にない頃は図書館で使用していました。もっとも学生時代は「広辞苑」より相当面倒な辞書を数多く使用しなければならず、とても「広辞苑」を持つことなどでできなかった、というほうが正直かもしれません。今ではパソコンで検索した方が手っ取り早いことが多く、研究社の英和中辞典とともに本棚に鎮座まします。