塾の名前

 昨日のブログで書いた「花神」の中で、大村益次郎こと村田蔵六は、宇和島から江戸に出てきたとき、江戸には蘭学塾がなく、蘭学者が希少であったため蔵六のところに毎日のように蘭学修行の希望者が訪れます。そこで、塾を開くことにするのですが、その名前を「ひとがつくった屋敷に、ハトである彼が住んでいる」という意味で「鳩居堂」と名づけます。「ハトというのは、他の多くの鳥とおなじように枯枝をあつめてきて樹の上で巣を作る。ただ他の鳥とちがっているのは巣の作り方がひどく粗雑で、下から巣を仰ぐと卵が見える。このハトを観察してその家づくりのへたさとそのこっけいさに気がついたのは古代中国人だ。『詩経』にそんな詩がある。「ここにカササギの巣がある。いつのまにかハトがそれを失敬して自分の巣にしてしまっている」蔵六は、自分に対して存外皮肉な男で、わしもおなじだ」ということのようです。実際は、ハトは本来崖や岩棚に巣をつくります。そして非常に防衛本能が強いので、「3つの面に囲まれている」ところや乾燥しているところを選んで作ります。そんなところは身の回りにたくさんあるので、都内ではからす同様、繁殖しすぎて困っています。そんなハトの巣といえば、文具店で有名な「鳩居堂」を思い浮かべます。この店は東京と京都にありますが、京都は以前のブログで書いた本能寺の門前にあり、銀座中央通りに面した東京鳩居堂本店前(東京都中央区銀座5丁目)は、路線価日本一(2007年度まで22年連続)の場所として有名です。その路線価は1平方メートルあたり2496万円(前年比33・3%増)だそうです。また、この銀座4丁目交差点を囲み銀座中央通り近辺の「三越」前と「和光」前も、今年初めて同額でトップでした。この金額は見当がつきませんし、売ればその価格ということで、私などは、路線価日本一であるということは、さぞかし税金が高くて大変だろうと思うだけです。また、名前の「鳩居堂」という名前は、以外にも村田蔵六の塾の名をつけた動機と関係があります。しかし、単純に間借りをしているハトの巣にちなんでいるのではなく、もっと、由緒があります。この「鳩居堂」の歴史は、とても古いものです。じつは、さかのぼること、平家が隆盛を誇っていた時代のことです。あの一の谷の合戦で平家の敦盛を討った熊谷直実が、その軍功により源頼朝から「向かい鳩」の家紋を賜りました。その後、熊谷直実は出家して、法然上人の弟子になり、「蓮生」と名乗りました。その直実から数えて20代目の熊谷直心が、京都寺町の本能寺門前にて、薬種商「鳩居堂」を始めます。屋号をつけることになったとき、儒学者・室鳩巣が命名します。由来は村田蔵六が思い出したのとおなじ中国の古い時代の民謡集『詩経』の召南の篇にある「維鵲巣有、維鳩居之」で、カササギの巣に託卵する鳩に、「店はお客様のもの」という謙譲の意を込めたものです。人のものを借りているのではなく、店はお客のものということだったのですね。また、室鳩巣の雅号もハトの巣ですし、熊谷家の家紋もちょうど「向かい鳩」だったのです。店の名前もそうですが、幕末のころ各地で生まれた様々な塾にもいろいろな名前が着いています。「松下村塾」は、松陰の叔父玉木文之進が松本村に塾を開き、地名をとって松下村塾といったのが始まりです。「適塾」は、正式には適々斎塾といいますが、緒方洪庵の号である「適々斎」が名の由来です。この「臥竜塾」の由来も2005年9月16日でもう一度読んでみてください。

塾の名前” への3件のコメント

  1. 私塾や道場という言葉からイメージする言葉は「師弟」です。
    松下村塾や適塾でも同じ志を持つ師匠と弟子との火花を散らすような鍛錬と
    学問の伝授があったのだと思います。この臥竜塾は人間学を学ぶための現代の私塾ですね。
    ともかく毎日丹念に読み続けることにします。そうすれば私のような浅学非才なものでもいつかは
    藤森先生の弟子の一分が備わってくるかもしれませんね。
    藤森先生、この二日間、本当にお疲れ様でした。
    昨日の講演会の後、藤森先生のお話に感激された方が、涙目でその思いを語ってくれた姿が
    とても印象的でした。来月もよろしくお願いします。
    おみやげ、園宛に送ります。職員の方とお召し上がりください。

  2. かれこれ10年ほど前は横浜で学習塾をやっていました。学習塾ですから、学業成績のアップや進学実績の向上が目的となっていました。そうしなければ生徒が集まらないという現実がありました。しかし、その当時、「塾」、について考えることが多くありました。無論、江戸幕府末の時代を注目します。今日のブログで紹介のあった時代を変える原動力になった塾の存在に気づきます。幕府の昌平坂学問所や各藩の藩校があったわけですが、「塾」出身者が時代の波を形成していった事実を見逃すわけにはいきません。慶応義塾や松下村塾などなど。時代の転換点で活躍する人の集まり、あるいはそうした人々を輩出する場が今次「塾」ということなのかもしれません。そうした意味で当「臥竜塾」も当世の時代変革をもたらす人々の集まりでしょう。時代は確実に転換点を迎えています。

  3. 2005年9月16日「臥竜塾のいわれ」を改めて読み直してみました。一緒に前後も読み返してみましたが、当時読んで感じたことで今は忘れてしまっていることが結構ありました。多くの学びのきっかけを毎日発信してもらい、それを受け続けていながら、行動に移せていないことも反省しました。この臥竜塾での学びをもっと深いものにしたいと思います。

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