あかりの日

 私の園の2歳児の保育室のロフトの下のスペースが、ままごとゾーンになっています。子ども達がそこにもぐりこんでままごとを楽しんでいますが、少し薄暗いので、そのスペースを照らす電球を買い、天井に取り付けました。裸電球ではありませんが、とても家庭的な雰囲気が出ました。あした、きっと子ども達が喜ぶでしょう。また、昨日、0歳児のベッドの上の蛍光灯に薄い布の覆いを取り付けました。ベッドで眠る赤ちゃんは上を向いて寝るために、蛍光灯の明るさが直接目に入ってくるのでさぞ眩しかろうということで、蛍光灯を薄い布で覆ったのです。保育室をはじめとして、各家庭でもドイツでは、電灯が露出していることはなく、間接照明であったり、布などで覆ってしまっています。akari.jpg
すべての電灯が覆ってしまっているのをみると、その布が燃えないのだろうかと心配になってしまいます。
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 今日10月21日は、「あかりの日」です。日本電気協会・日本電球工業会等が1981(昭和56)年に制定したものですが、1879(明治12)年、エジソンが日本・京都産の竹を使って白熱電球を完成させた日です。あかりのありがたみを認識する日として制定されましたが、本当は、電球の日にしたほうがいいのでしょうが、「あかり」は何もエジソンが作ったわけではないからです。人間は、松明、灯心、ロウソクなど、さまざま手段であかりを求め、人間の歴史はあかりと共に歴史を歩んできたといっても言い過ぎではないくらいにかかわりがあります。そして、光を出すには必ず火を燃やさなければならなかったのを、それを分離した革命家がエジソンであったということなのです。そのエジソンの生涯やエピソードは、様々な伝記物語に書かれているので、子どものほうがよく知っているくらいです。そのひとつが、小学校に入学したときに、教師と馬が合わず中退したことです。現在では、その背景に、彼がLD、ADHD、アスペルガー症候群を併せ持っていた事が考えられています。しかし、その彼を、小学校の教師であった母親は叱咤激励し、怒りつけるのではなく、母親は、家の地下室に様々な化学薬品を揃え、勉強を教えるのです。彼のダメなところを何とかしようとするのではなく、得意なところを伸ばそうとしたのです。そのおかげで、人類にとってとても貴重な発明を次々とすることになるのです。そんなエジソンですから、その真偽のほどは定かではありませんが、様々な伝説や逸話、名言が残っています。一番有名なのは、「天才とは、1%のひらめきと99%の努力である。」という言葉です。この言葉は、いくら天才でも、ひらめきなどはほんのきっかけで、ほとんどは努力が大切だということに使われていることが多いような気がします。しかし、本人が言うところによると、どうもちがうようです。実際は「1%のひらめきがなければ99%の努力は無駄である」と言ったようです。逆に言えば、「1%のひらめきさえあれば、99%の努力も苦にはならない」ということで、ひらめきに確信があれば、どんなに失敗しても挫折せずに努力し続けることができるということです。ですから、エジソンは、ペンと紙を常時携帯し、思い浮かんだ瞬間には面倒くさがらずに書き留めていたようです。ちなみにアインシュタインもメモ魔として有名でした。他にも「ほとんど全ての人間は、もうこれ以上アイディアを考えるのは不可能だというところまで行きつき、そこでやる気をなくしてしまう。いよいよこれからだというのに」とか、「もし自分のできることをすべて実行すれば、その結果に文字通りびっくり仰天することだろう。」などの言葉を残しています。