1年生

昨日のブログで紹介した高谷一美さんの報告の中で、こんなこともありました。「新1年生の最初の仕事といったらなんだろうか?持ち物に名前を書くこと?それとも鉛筆を削ること?いえいえ、トルコではそれは、あらゆる教科書にブックカバーをつけること、だ。女の子用のバーニー人形模様、男の子用のヒーロー模様、それはそれはいろとりどりの包装紙が文房具売り場の中心にドカンと置かれて売られている。誕生日プレゼントを包装しようとするとき、なかなか包装紙が売っていなくて困ることがあるが、ここでは包装紙といえば教科書のブックカバー専用であるから、この時期しか売れない季節物の学校グッズであったのだ。とりあえずランドセル代わりの大きなリュックをおばあちゃんに買ってもらい、まるでかばんが歩いているような姿ながら、スクールバスに乗り込むようになった息子。しかし、実はうちの学校では文房具は一切いらなかった。これから先はどうなのか知らないが、9月3日から始まった新学期、今のところ教科書どころかノートも鉛筆もいらないので、彼の大きなかばんはいつもからっぽである。これもねだって買ってもらったブックカバー用の包装紙も出番がない。宿題用のプリント集も、スパイラルとじだったので、カバーなし。私立ではこういった文房具はすべて学校で共有するというシステムを導入するところも増えているらしい。」日本では、1年生になる前に親としてまずしなければならないことの大きな仕事は、すべての持ち物に名前を書くことです。今はどうかわかりませんが、かつて、1年生が「算数セット」を使っていましたので、その中に入っている小物一つ一つに名前を書くのは大変でした。特に、計算棒は、楊枝ほどの棒一本一本に名前を書くのはまさに職人芸です。また、かつてはシャープペンの使用は禁止で、鉛筆を使っていましたから上のほうを少し削って、そこに名前を書きました。私が、学校建築を研究するために少し小学校に勤めたときに、1年生を担任した最初は、ランドセルから教科書やノートを出して、机にしまうことを何度も練習しました。その作業の中でも、ある子が、下敷きがなくなったと大泣きをして困った経験があります。ただ、本の間に挟まっていただけでしたが、入学当初の1年生はそれほど緊張していたのでしょう。それにしても、あの重いランドセルを背負っての通学は1年生にとっては大変でしょうね。ランドセルの歴史は、古くは江戸時代にさかのぼるようです。幕末の日本に西洋式の軍隊制度が導入された際、布製の背のうも同時に輪入され、軍用に供されました。これが日本のランドセルの事初めのようです。明治時代になり、10年10月に開校した学習院は、8年後の明治18年になって生徒の馬車や人力車での通学を禁止するとともに、軍用の背のうに学用品類を詰めて通学させることになりました。この背のうがオランダ語で“ランセル”と呼ばれていたことから、やがて“ランドセル”という言葉が生まれ、それは通学用の背負いカバンを意味するようになり、それが現在に至るまで受け継がれています。これが現在の形でのランドセルのルーツです。当時のランドセルは今のリュックサックに近いものでしたが、現在のようなしっかりとした箱型ランドセルの誕生は早く、学習院で“ランセル”が採用された2年後の明治20年、時の内閣総理大臣、伊藤博文が大正天皇の学習院入学を祝して特注で作らせたものを献上したのがその始まりとされています。全国的にランドセル通学が普及し、日本の小学生にランドセルは欠かせないものとなったのは昭和30年代以降です。ほんの短い歴史しかなく、日本にしかないランドセルを持つことが、当たり前かのように思っているのは、なんだか変ですね。

1年生” への5件のコメント

  1. 業者として今でも算数セットを納入しております。
    中身の教具や件の計算棒にまで貼れる細かいお名前シールとプラ製のピンセットまで付けて、新年度用品販売の時、新1年保護者様を見守らず過干渉な業者でございます。(笑)
    体操服やハンカチ、靴下にまでアイロンで付けるお名前シートも作りますが、学校販売のとき、行列が出来るくらい予約いただけます。新1年の保護者の名前入れがいかに凄まじい作業なのかがわかります。
    うちの子供たちの入学のとき、家内がいつもため息をついていたのを見かねて、元プラモデルオタクだった小生がパソコンでシールを作り、プラモデルでいうところのデカール貼りの技術を活かして貼ってやり大変感謝されたのがきっかけです。

  2. 新一年生の最初の仕事でも日本と外国では違うんですね。包装紙がブックカバー専用とはこれまた驚きです。我が家も教材の名前書きが大変だったのは覚えています。共有できるものは日本でも取り入れて貰えればと思います。ランドセル=一年生と象徴されるくらい定番のランドセルも日本独特の物だったんですね。しかし子ども達はランドセルを買って貰うことにより一年生になる事を楽しみ、期待を持っている姿を見るとランドセルの効果も大きいのではと思います。でも小学校に入学したら自分の事はきちんとできる、言える子どもにして送り出すことが大切ですね。

  3. 園にも業者の方がランドセルのカタログを持ってくる季節になりました。うちの娘も小学校4年生でランドセルをいつも使っています。それにしても最近のランドセルは丈夫ですよね。もう4年間も使っているのに、新品同様です。私たちのころのランドセルは高学年になると結構ぼろぼろになっていたので、高学年では手提げかばんなどを使っていました。今は、子供たちの体格も大きくなったので、6年生の子供たちは本当にランドセルが小さく感じます。あと、うちの娘がよく言うのですが、最近A4のファイルなどが出てきて、ランドセルに入らないものがあって四苦八苦しています。書類がB5からA4に変わってきたように、ランドセルの形ももうそろそろ時代にあって変わっていってもいいような気がするのですが・・。s

  4. 昨日のブログ同様、コメントするにはあまりに身近な話題であり、また今日の「ランドセル」が「軍隊の背のう」の名残であるなら、数万円も出して買う必然性がどこにあるのか、甚だ疑問です。昨今の小学校事情を耳にするたびに、わが子を小学校へ通わせることがどれだけの意味をもつものなのか、と小学校に対してポジティブな期待を寄せることができなくなる今日この頃です。それにしても明治期富国強兵策としての「教育」のありようが21世紀の今日なお根強く存続している事実に驚愕します。学校の教室面積からランドセルの果てまで浸透しています。そうそう「運動会」もそうですね。「青空の下広い運動場」での「運動会」はまさに軍事教練大会の名残でしょう。親はノスタルジーのもとにわが子を紫外線照射の餌食にすることを厭いません。なんとも哀れむべき現実です。80年代90年代の環境教育を受けてきたであろう親がそのことをすかっり忘れて「紫外線」にわが子を晒す。わが国の「教育」とは一体何か?と訝しく思います。

  5. 軍隊の名残りのようなものは結構多くありますね。いいか悪いかは別として、その由来がなんであるかを知ることは大切なことだと思っています。「当たり前」と思われていることでも、なぜ「当たり前」になっているのか疑問をもつ姿勢は忘れてはいけないと思います。
    それにしても世界の新1年生事情もいろいろですね。外国の当たり前を知っておくことで、日本の当たり前が少し違って見えてくるからおもしろいです。

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