先日のブログで書いた「オナモミ」には、何かにくっついて種を撒き散らすほか、もうひとつ不思議な仕掛けがあります。それは、オナモミの仲間の果胞には種子がふたつ入っています。その種が同時に同じところに同じ時期に撒かれると、環境によって発芽をしないことがあります。ですから、そのなかのひとつは翌年発芽しますが,もうひとつはしばらく休眠します。二つの種の発芽時期をずらして,環境の変化をかいくぐり,子孫を残そうとする戦略です。このように受精をしたり、種を撒くときの工夫が他にもあります。秋の七草のひとつであるキキョウにも秘密があります。
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 ひとつの花の中にはおしべとめしべがあり、それが同時に成熟すると、自家受粉をしてしまいます。その受粉の確率は高くなりますが、遺伝子組み合わせの多様性がないので、近親交配による遺伝子の劣化が避けられません。そうすると、環境変化に対応力がなく、種の存続の危機につながる可能性が高くなります。ですから、キキョウはおしべとめしべはそれぞれの成熟の時期をずらすという方法によって自家受粉を避けています。つまり、キキョウの場合にはおしべが先に成熟して送粉し、その花粉がなくなった頃にめしべが成熟するようになっています。このような方法は、「雌雄異熟性」といいます。ほかにも「ノアザミ」「ホウノキ」などがあります。ホウノキは雌雄同株ながらも雌雄異熟という性質ももっています。ホウノキではキキョウと逆で、雌性先熟なのでスタートは雌花で咲き、翌日には雄花になって咲きます。ほかにもいろいろな工夫があります。「きゅうり」とか「かぼちゃ」は、一つの花の中に雄と雌の同居を止め雄の花と雌の花に分ける「雌雄異花」という方法をとっていますし、「イチョウ」や「キウィフルーツ」などでは、雄の木と雌の木に分ける「雌雄異株」という方法を取っています。ですから臭い実の銀杏がなるイチョウは雌株ですので、街路樹にはできるだけ雄株を植えるようにしています。また、「カキ」とか「ハッサク」は、自家受粉をしてしまった場合にはそれ以上の成長は止める又は落果させる「自家不和合」という方法を取っています。そんな工夫をして受粉した花は実を結びます。そして、今度はその種をまく工夫をするのです。「まかぬ種は生えぬ」と言われるように種をまかなければ何も生えてきません。これは、松江重頼撰の俳諧方式書でこの種俳諧軌範書の先駆をなし,俳諧研究資料として逸すべからざるものである「毛吹草(けふきぐさ)」に書かれています。このなかの諺の部は日本の純粋な俚諺集として共に最古のものといわれています。この諺は、それが転じて「何もしなければ、よい結果は得られない」とか、「何もせずによい結果を期待するのは無理である」という意味で使われます。しかし、種は人にまかれなくてもいろいろな手段で運ばれて生えてきます。そのひとつが一昨日ブログで書いた「ひっつき虫」と呼ばれる何かにくっついて運んでもらう方法です。ほかにもタンポポの種のついた綿毛は風にのってかなり遠くまで種が運ばれ、カエデの種には羽根がついていてやはり風に乗って遠くまで運ばれやすいような仕組みになっています。
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 また、ミズナラやブナの木の実はアカネズミの冬の食糧になりますが、アカネズミはこれを運んで落ち葉の下や地中浅く貯蔵しておきます。食べ忘れられた実はそこから発芽します。また、鳥に食べられ、その糞とともに排出されて分布を広げるものもあります。この場合は、実の中に本当の種があって、これは種皮が発達していて、鳥の胃では消化されないようになっています。人間は、子孫を残す手段を忘れているかに見えます。