男子

 先日、書店で写真集「男子 梅 佳代」を見ました。そこには、まさに「男子」の姿が映っていました。私は、今、乳幼児を相手に仕事をしていますが、実感として、「女の子は生まれながらにしておばさんだが、男の子は大人になっても赤ちゃんだ。」という言葉が、まさに男女の特質を言い当てている気がします。この第2弾写真集をだした梅佳代(うめかよ)は、第32回木村伊兵衛写真賞を受賞しています。写真新世紀では、「男子」と「女子中学生」で、佳作を2回受賞しており、2002年『美術手帖』の写真表現特集で、注目の写真家として取り上げられました。現在は、東京をはじめ、パリ、ロンドン、タイで展覧会を開催し、海外でも高く評価されています。昨年9月に発売されたファースト写真集『うめめ』と、今回の「男子」は、彼女が写真専門学校時代に近所で出会った、小学生男子たちを捉えた彼女の原点であり、その魅力が凝縮されています。彼女の男子評は、「男子は ばかで 無敵で かっこいいです。(うめ)」のようです。まさに、この写真集の中にそんな男子の姿が映し出されています。今の子の印象は、「すまして、気取って、かっこつけて、大人びて」で、その姿になんだか懐かしさを覚えますが、決して、過去のものではなく、今でもこんな姿を見せることもあるのです。写真集の発売と同時に展示されている写真には、「彼らと友達になったウメカヨは、一緒になって遊びながらシャッターを切ります。梅佳代にしか撮れない、誰もが知っている「男子」の季節。わすれがたきバカ時代。」と書かれてあります。
 「世界征服は可能か? 」(ちくまプリマー新書 61) という、なんとも恐ろしいタイトルの本が出版されています。著者は、「岡田 斗司夫」という元アニメプロデューサーであり、オタキングで、いまは、大阪芸術大学客員教授です。この本に関して、8月の朝日新聞の「消えた男の子」という特集で取り上げられていました。「昔はクラスに何人か、将来の夢は世界征服という男の子がいたもの。最近の悪役は世界征服や人類絶滅を言わない。現実の社会を見ても、これが悪いやつだと決めにくくなった。作り手が悪を設定できない」その後に、記事はこう続いています。「具体的に世界征服の手順を考えれば、人材確保に資金調達、部下の管理など、激務であるとすぐにわかる。世界征服が楽しそうには見えないのだ。読者の反響も努力は嫌いで、我慢は損。世界征服のしんどさにみんなくじけている」この記事の中では、さまざまな人が「子どもたちの日常から、努力は確実に薄れている」と言っています。関西大学教授の竹内洋さんは、「努力がださくなったのは、今日より明日がよくなるという進歩の意識がなくなったから」と言います。「“勉強”が学習に励むことを意味し、“立身出世”という言葉が広がったのは明治期になってから。「学問のすすめ」「西国立志編」がベストセラーとなって新しい価値観をたたきつけた。しかし、江戸時代は身分相応が社会規範だった。町人は武士に対しねたみや劣等感を持つのではなく、町人としてのプライドで生きていた。」また、最近陰湿ないじめが起きています。自尊感情を持ち、自分ながらの生き方をそれぞれが認め合うような社会にならないのでしょうか。フランスの0,1歳児の保育の考え方を読んでみると、「子どもが自分で自分の行動を決めて、自分をつくっていくというのが一番大事なこと」と言っています。乳児期からきちんと自分をつくっていく保育を行っているのですね。

男子” への5件のコメント

  1. なるほど「女の子は生まれながらにしておばさんだが、男の子は大人になっても赤ちゃん」とは言いえて妙。壮年にならろうとする今日この頃、相変わらず夢と希望を持ちながら仕事と家庭の調和を図っていると何だか「自尊心」のようなものが湧き上がり、見せびらかしではない「プライド」の存在を自己内に見出します。「世界征服」ではなく「世界全体の幸福」はどうしたら実現されるか?と思いつつ、互いが幸せになれる道筋を探しています。いろいろな制約や決め事があって「幸せ探し」も決して楽ではありませんが、できることから、と思います。「幸せのモデル」を示せば、子どもたちの今日から明日にかけて「幸せ」が舞い込んでくるような気がします。「幸せ」を求めることを是としない風土は何とかしなければなりません。

  2.  そのような写真集があるとは是非とも拝見してみたいです。時間がある時にでも、本屋さんに行ってみようと思います。「男子は ばかで 無敵で かっこいいです。(うめ)」いい言葉ですね。
     子どもの日常から努力が薄れているのは深刻な問題だと私は思います。将来、自分が大きくなるにつれて目の前に大きな壁が現れたときに「努力」という事を知らなければずっとその壁を乗り越えることもできないし、自分自身の成長もそこで止まってしまいます。私は保育を通して子どもたちに「努力」ということを少しでもいいので伝えていきたい、伝えなければいけないと思っています。

  3. 今回出てきた子どもたちの姿は、自分の子どものころ自分を含め周りにたくさんありました。今の子どもたちはすっかり変わってしまってるんですね。子どもたちが変わって、ワルの質が変わって、陰湿ないじめが増えている現在を考えると、保育・教育の役割は重要です。藤森先生が言われるように、多様性を認め合う社会を目指さなければいけないです。

  4. 梅佳代さんの作品を少し見ることができました。写真に写っている男の子たちの感じがいいですね。そして、私もこんな感じの顔を意味もなく写真におさめたり、バカなことをしている動画がスマホの中に(主に奥さんのスマホに笑)あったりするので、あ〜男の子だな〜と自分を思い出しながら思いました。梅佳代さんが写真の学校に進学した理由にイチローと結婚したいから、スポーツカメラマンになればイチローに近ずけるかもしれないからという思いがあったと知りました。なんだかいいですよね。おもしろい人だなと思いました。最近の子どもたちって「面倒くさい」という言葉をよくつかうかもしれないと思ったことがあります。そう思うと、それは子どもだけではなく、やはり大人がつかっているんですよね。私もなんだか飾り言葉のようについつい使ってしまうことがあります。職場の人とも「面倒くさい」はなるべく使わないようにしたいねと話したりしましたが、大人がそのような姿勢を見せないようにしないといけませんね。努力をすること、面倒なことをちゃんとすることの達成感みたいなものを実践して、子どもたちと共有できる存在でありたいなと思います。

  5. 私が梅佳代さんの名前を知ったのは、去年行った企画展「ゴー・ビトゥイーンズ展:子どもを通して見る世界」で、作品「女子中学生」の写真が並べられていた時です。そこには、“自分も10代であったからこのような写真が撮れた”という梅佳代さんの言葉が掲載されていました。また、「撮る人と撮られる人の距離が、物理的にも心理的にも近い状況だったからこそ写すことのできた、奇跡の写真」ともありました。被写体がかもし出す魅力を、いかにそのまま捉えるか、いかに引出すかができるのは、「物理的にも心理的にも近い状況」を作りだす力が必要なのだと感じました。それらの魅力を引出すことができる環境を用意することが大切であるのですね。

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