小学生の意識2

文部科学省は今月八日までに、すべての小中高校や幼稚園に対し、教職員らによる自己評価の実施と結果公表を義務付ける方針を固めました。この自己評価は、保護者や地域住民らによる外部評価の実施も促進させる考えで、年内にも学校教育法施行規則を改正するようです。そして、この評価結果を積極的に校外にも示すことで「開かれた学校づくり」を目指します。自己評価は現在、省令で各学校の努力義務として位置付けられています。そこで、2005年度、公立学校の98%が実施しました。しかし、結果を公表したのは、そのうち58%にとどまっています。さらに、日本PTA全国協議会の調査では、子どもが通学している学校が評価結果を公表しているかどうかを、保護者の76%が「分からない」と回答。公表方法の問題点も指摘されています。そこで、文科省は、外部評価を導入している学校が84%にとどまっている実態と併せ、施行規則改正で学校評価の実効性を高める必要があると判断したのです。それに呼応して、厚労省でも今回の保育所保育指針の改訂版の中間答申の中には、保育園にも自己評価が義務付けられています。これで、直接学校とのかかわりを持たない専門家らによる「第三者評価」や「自己評価」や「外部評価」がされることになります。
 以前のブログでも書きましたが、ドイツでは、幼児から自己評価をします。今日の自ら課題を見つけ、自ら取り組んだ活動に対して、深まったと思うか、きちんと取り組めたか、何か習得することが出来たかを自分で評価します。そして、その評価結果を次の活動に反映します。私が訪れたドイツの幼稚園で、年長さんが行っていたことです。いつも大人が話をし、指示して子どもを動かし、言われたとおりに動くことをよしとしている日本の子どもたちには、考えられないことです。また、試験をしたり、子どもに発問したりしてそれを確かめてきた、他者評価の教育では、子どもたちは自分を見つめる力が衰えて来、それが大人になっているのですから、自己評価ができるのでしょうか。自己評価を義務付けるのであれば、幼児教育からそのような保育をするような取り組みが必要です。
 ベネッセ教育研究開発センターの調査で、現在の自分の成績についてたずねたところ、上位(7段階で「1」または「2」を選択した比率)は東京がもっとも少なく22.3%でした。つづいて、ソウル29.9%、北京34.8%、ヘルシンキ40.3%、ロンドン43.2%、ワシントンDC54.9%となっており、総じて欧米3都市の小学生の自己評価が高く、東京は最も自己評価が低かったようです。これは、謙虚なのでしょうか。自分に自信がないのでしょうか。ちょっと違う気がします。北京の小学生のとりたいと思う成績では、9割弱の小学生が7段階の最上位「1 (上のほう)」を選んでいるように意欲も高く、日ごろから勉強のことを強く意識していることがわかります。ところが、東京は他の都市に比べて、「どうしても好きになれない科目がある」「上手な勉強の仕方がわからない」を選択する比率が高く、「新しいことを知るのが好きだ」を選択する比率が低くなっています。また、勉強がどのようなことに役立つかをたずねたところ、ほとんどの項目で「役に立つ」という回答の比率は、東京がもっとも低かったのです。そして、がんばればとれると思う成績をたずねたところ、ここでも東京はもっとも低い比率でした。意欲がなく、希望もなく、自己肯定感が薄い東京の子どもの姿が見えてきます。

小学生の意識2” への5件のコメント

  1. ドイツの幼稚園で見た年長さんの取り組みには驚かされました。日本とは評価について大きな違いがあることを感じました。でも、今のところ日本では自己評価はなじみにくいかもしれないですが、この実施がどのようになるか少し楽しみではあります。なんのために自己評価を行うかをはっきりさせ、短い期間で自己評価はダメだなどと決めてしまわず、しかも幼児期から自己評価を取り入れていけばいいものができるようになると思っています。とにかく自己をつくりあげていくことをしっかりやっていかないと自己評価の質も上がってはいかないでしょうね。

  2.  ドイツの子ども達は本当に素晴らしいと率直に思いました。幼児期の頃から自分で一日の課題を見つけ、その課題の出来具合を自己評価できる能力というのは私の中では難しいことだと思います。小学生?大学まで授業を受けてきましたが、ただ時間割があるから授業を受けてきたのであって、課題を見つけて積極的な取り組みは無かった気がします。
     日本人の自己評価が一番低い理由が謙虚でもないし、自分に自信がないのであれば、何のかな?と考えてしまいました。私が率直に思ったことは自信がないと思いました。あとは自己評価できる能力が無いのかなとも感じました。なので、自分を自己評価させるにはブログでも書いてありますが、幼児教育から取り組ませるべきだと思います。

  3. 「自己評価」はもとより「外部評価」にしても「第三者評価」にしても、「評価」主体は、その内容は何であれ、常に主体的活動を実施していることが前提条件となるだろう、と今日のブログを読みながら考えました。その「主体的活動」について「良い点」「改善を要する点」を常に反省するという作業ができていればそれが有効な「自己評価」であり、そうした「自己評価」経験が豊富ならば「外部評価」も「第三者評価」も被評価者も評価を受けてとても有意義なものとなるでしょう。いずてにしても「自立」と「自律」を育む「環境」構成ができていなわが国では「評価」とは「不正防止」や「ランクづけ」の要素が強くなると思っています。自己肯定感や自尊感情が極めて低い国民にとっての「評価」は学校の「通信簿」程度の意味合いしか持たない、と思います。「依存」と「他律」を強化するだけです。

  4. 自己評価、私は苦手だと思います。どうしてなのでしょうか。自己評価をしながら自分で課題を見つけ、なんとか工夫をしながら乗り越えていくということは、自分自身に、自分の行動に納得するということでもあるのかもしれません。そのような姿は主体的な姿でもありますね。難しい局面になったとき、迷いが生じた時に自分の納得するような考え方ができたり、行動ができるような人は自己評価ができる人でもあるのかもしれません。後悔をしないということでもあるのですかね。そんな問題を解決する力を子どもたちにも持ってほしいです。そのために私たちが保育の環境で、関わり方でどうしなければいけないか自分自身のことを含めながら考えていきたいなと思いました。また、第3者による評価も時には必要なのかもしれませんね。保育園もそうで、評価の基準がズレてしまっていては難しいところもあるのかもしれませんが、評価を受けて自分たちはどうしなければいけないのかということを外からの刺激で考え直すという機会もまたいい機会なのかもしれませんね。

  5. 「意欲がなく、希望もなく、自己肯定感が薄い東京の子ども」というのは、非常に深刻に感じますし、大人としての責任を感じなければいけませんね。自己評価をすることで、自分の今の位置とか目標が見えてくる部分があると思います。その目標を明確にさせる過程が、重要なのかなぁと思いました。他者とでしか比較をしないと、常に上がいるため自分に劣等感を感じてしまいがちであると思います。そこで、自分という一番近い存在でもあり、客観的にもなれる「自己評価」は、自己肯定感を身につける素晴らしいほうほうであるとも感じました。幼い頃から、そういった環境で育つということが大切なのですね。

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