ニュートンとシーラカンス

 今日、昼食を食べにラーメン屋に入ったときです。そこにおいてあった雑誌が「ニュートン」でした。この雑誌は、ニュートンプレスから刊行されている月刊科学雑誌ですが、当時、東京大学教授を退官した竹内均氏を編集長として創刊されました。竹内氏は、私は、アポロが始めて月面着陸をしたときの解説者をしていたという印象があります。彼は、「正しい科学知識を日本国民に広め日本の科学水準を上げる」ということで、さまざまなラジオ・テレビ・新聞などのメディアを使い、啓蒙活動を続けていたからです。特に彼が重視したのは「子ども」です。「科学的素養は子供のうちにつけておかなければならない」という信念の元、満を持してつくったのが科学雑誌『Newton』なのです。この精神は、今の編集長である水谷 仁氏に受け継がれています。彼は、こう言っています。「科学は日進月歩でとどまるところを知らない。日々これまで謎であったものがときあかされ,また新しい謎が生まれている。これまで常識だったものが,新しい常識にとってかわられようとしている。科学の世界はまさにダイナミックな変化をとげている。ニュートンはこのような発展する科学を読者に紹介し,新しい自然観を共有したいと考えている。」私たちは、常識と思っていたことが、そうではないことが常識になっていることになかなか気づきません。特に、科学と違って心の中の変化は、意識して見ていかないとわかりません。しかし、科学の分野のように目に見える変化でさえも、なかなか他人には理解をしてもらえず、かつてからの常識が真実を見る眼を曇らせるようです。今日見たこのニュートンという雑誌の特集は「撮影成功!洞窟にひそむシーラカンス」(2006年9月号)というもので、2006年5月30日に水中で撮影されたシーラカンスの様子をドキュメンタリー形式で伝えています。撮影に成功したのは、「アクアマリンふくしま」のスタッフで、インドネシア スラウェシ島北部沿岸水深100~300mの海域を、自走式水中カメラを用いてのことでした。これは、世界では2例目で、日本ではじめてとなる水中撮影成功であり、4例、のべ7個体の撮影に成功しました。そして、その年の12月にも3例、のべ3個体の撮影に成功しました。この恐竜と共に絶滅した古代魚だと思われていたシーラカンスが始めて発見されたときも随分と劇的なことでした。このヒレの数が全部で8枚あるシーラカンスの模型を、少し前に島根の水族館で見ました。
sirakansu.JPG
 そこには、模型と一緒に発見された時のことが書かれていました。発見されたのは、偶然の出来事でした。たまたま現地で捕らえられた魚を写生して他の専門家に鑑定を依頼したのです。しかし、それは、エセ学者だ、見間違いだ、売名行為のハッタリだと無視されました。見つけることも、それを認めることもなかなか難しいことです。模型の横に書かれてあった文字を写真に撮ってきたのですが、一部しか写っていませんでした。それを紹介します。「漁船が運んできた見慣れぬ生き物が実は、6500万年前に絶滅したはずの化石として知られていた魚類の仲間だったのです。この発見は、単なる偶然ではなく、発見者の普段から何にでも興味を持つ強い好奇心と細かなことも見逃さない観察力があったからです。科学が発達した現代でも、海の中には未だ人に知られていない生き物がたくさんいます。身の回りの見慣れたものでもよく観察す」ここまでですが、言いたいことはわかりますね。ただの偶然というものはないのかもしれません。

ニュートンとシーラカンス” への3件のコメント

  1.  本当に科学というものは日進月歩だと思います。なので、子どもにも現在の科学力というものを何らかの形で伝えることが大事だと思います。
     何でも興味を持つことによって見えなかったものが見えるようになり、普段見えているものでも新たな発見ができるんですね。いかに自分が色んな大事な事をたくさん見落としているかを知らせれるブログでした。

  2. 子どもと一緒にいると時々思いもよらぬ子どもの気づきにハッとさせられることがあります。子どもたちが持つ純粋な好奇心が、私たち大人には容易に気付かない世界を開陳してくれます。その時はとても驚きます。そして子どもたちの能力の凄さにも驚嘆します。子どもたちの視点の鋭さ・・・私たちにもおそらくかつて持っていた能力だったでしょう。私たちは長ずるに連れてそうした能力を失っていくような気がします。残念なことです。もっとも私たち大人の中には「子ども」の視点を保持して多くの発見をしてくれる方々もいます。そうした人たちは何か「発見」して世間の脚光でも浴びるといいのですが、さもなければ変人扱いされかねません。「みんなちがって、みんないい」でいいじゃないか、と思う今日この頃です。

  3. 以前このブログで紹介された「大賀ハス」も、大賀博士と地元の中学生との遺跡調査では見つからなかったけど、その後諦めずに中学生がそこへ立ち寄ったことでハスの実が発見されたようです。強い好奇心や思いがなければ発見されることはなかったかもしれないいい例だと思います。言われるとおり、ただの偶然というのはないと考えたいです。

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