町づくりをする上で、その町の歴史や風土などその地域ごとの特徴を知る必要があります。町づくりをする上では、それを生かすことがとても大切であり、それが、町づくりに成功するかどうかにかかっているからです。同じように人にもそれぞれその人なりの育ちの歴史があり、その人の育ってきた環境があります。その人が生きていくうえで成功するかどうかは、その人の特長を生かすことにあります。町づくりも、人づくりでも、同じことがいえそうです。私が、各地の町づくりの試み、挑戦を見て歩くのは、人づくりの参考になることが多いからかもしれません。そして、休みの日にウォーキングをして歩くのも、運動のためというよりも、各地の町のあり方、その違いの中から、共通の抱えている問題、その確認ができた後は、逆にそれぞれの違いを見、それをどう生かすか、自分ならどうするのかを考えるのがすきだからかもしれません。ですから、以前のブログに書いたように、私がウォーキングをする場所は、山とか川などの自然よりも町なかが多いのです。それにして、各地の町はそれぞれずいぶん違いますし、その地なりのよさがあるものですね。そして、そこに生活する人々、その環境としての自然はそれぞれの良さを持っています。先日の台風で、多摩川はずいぶんと荒れたようです。ニュースで流れていましたが、中州に取り残された人も何人かいたようです。私の自宅のそばを流れる多摩川の支流の浅川や、JRがその上を渡る多摩川も今日は普段と変わりのない流れを見せていました。水かさは平常に戻り、そのにごりも普段同様な透明さを持っていました。しかし、その多摩川の上流に今日行ってみて、水かさの多さと、流れの速さと、水の濁りに台風の名残を感じました。

同じ川であっても、その流れは、場所によってずいぶんと見せる姿が違いますね。今日は、久しぶりに日本画家の河合玉堂の作品を見たく「玉堂美術館」に行ってみたのです。そこに展示されている作品の中でインパクトがあるのは、15歳のころの作品です。つくづく、人にはそれぞれの才があり、それを生かす環境を与えることによってそれが開花する反面、持っていないものを無理やりに持たせようと人生の大半を費やす虚しさを感じます。

この美術館のパンフには、「1日の労は、1日にて足れり」という人本然の幸せがそこにあるということが、玉堂画の永遠性を示していると書かれています。永遠は、望んで得られるのではなく、1日の積み重ねであり、毎日を大切に生きていくことが重要なのです。この地にある御岳山(標高939m)にケーブルで登ってみました。この山頂には、武蔵御獄神社があり、関東一の霊山として知られています。御岳ケーブルカーを降りて西に5分ほど歩いた所にレンゲショウマという花が咲いていました。

知らずに行ったのですが、ここは、全国でも珍しいレンゲショウマの群生地だそうです。花がハス(蓮)の花に、葉がサラシナショウマ(晒菜升麻)に似ているので、レンゲショウマ(蓮華升麻)の名がつけられたといわれています。植物図鑑には「太平洋側の深山に生える多年草」と書いてあるそうですが、細長い花茎を伸ばし、約3~4cmの下向きに恥ずかしそうにつける淡い紫色のかれんな花を見ると、深山に生えると言われる所以がわかります。この花のことは私は知りませんでしたが、初めて知らなかった花を見るときに、とても不思議な気がします。それは、花や葉の形、咲く姿、咲いている場所がその花の存在を必然的なものにするからです。人がそこに生まれ、そこで育つのも必然的なことなのかもしれません。
町づくりにもいろんな考え方があります。いろいろあるんですが、特徴を生かすことや共存することが基本になければいいものにはならないと思うのですが、利権などが絡んでくるとそれさえも難しくなってしまうんでしょうか。いろんな現実を見せられ悩んでしまいます。人、環境、特徴などを否定するのではなく、その存在を必然と考え肯定するところからスタートできたら、共存の道は見えてくるような気がしています。人づくりによく似ていますね。
確かに人が成功するかどうかはその人が生きてきた環境が影響するかもしれませんね。それと同時にその人の人格を形成されるのも環境なのかもしれません。そう考えると今の私がやっている仕事も、そういう環境で育ってきたのだから必然的なことなのだと気がします。なので精一杯頑張ろうと思います。
最近日本画を観に東京藝術大学美術館を訪ねました。その前は新国立美術館で「日展100年」展を観ました。西洋絵画もいいですが、日本画もすばらしい。河合玉堂の作品は国立近代美術館等で観ていますが、いいですねぇ。「玉堂美術館」は今日のブログで初めてしりました。御岳山への登山がてら是非訪ねてみたいと思いました。そしてご覧になられた「レンゲショウマ」から草花存在の必然性を看取されたところは感銘致しました。『旧約聖書』の中に出てくる一節「栄耀栄華を極めたソロモン王ですら野に咲く一輪の花ほどに着飾ってはいない」(大意)を思い起こしました。ところで先日関東を直撃した台風によっても近所を流れる「神田川」はそれほど増水はしていませんでした。なんでも地下トンネルによって地上にあふれ出すことがなくなったとか。かつて神田川は増水氾濫の常習犯であったそうです。今やエリート河川、という気がしないでもありません。