喫茶店

 喫茶店というと懐かしい思い出がたくさんあります。今は他界している父は、とても喫茶店の雰囲気が好きでした。私が社会人になって、実家の近くに一人で住んでいたときに、「コーヒーでも飲みに行かないか?」と夜によく電話がかかってきたものでした。また、洒落た喫茶店を見つけると、一緒に行くのを誘われました。私の家は、小さいながらも会社を経営していたのですが、そんな父ですから、私が小・中学生のころ、都内にあった店舗の半分を喫茶店にしてしまったのです。もちろん、店に出ることはなかったのですが、店内を自分の趣味で作っていました。そのころの純喫茶と呼ばれるものに、様々な特徴がありました。多く見られたものが「名曲喫茶」と呼ばれる喫茶店で、店内にはクラシックが流れていました。なんだか、インテリになった気分になります。家庭では、まだやっと大きなステレオが普及し始めたばかりで、こんな喫茶店で曲を聞いたものでした。クラシックだけでなく、様々な音楽をテーマにした喫茶店がありました。私の父の店は、「ラテン喫茶」でした。ラ・クンパルシータなどのタンゴが当時はやっていたことと、社交ダンスもはやっていたために、このラテン喫茶もいろいろなところにありました。そのほかに音楽をテーマにした喫茶店で、今も多く残っているものに「ジャズ喫茶」があります。ここでは、ジャズのレコードを聴くだけでなく、ライブ演奏を行っているところも多くありました。そこでは、ジャズ演奏だけでなく、様々なライブ演奏をしていました。私が、高校生のころに行った「新宿アシベ」では、タイガースなどがライブ演奏をしたりしていましたが、私が聞いたのは、ゴールデンカップスというグループのライブでした。今の若い人は知らないと思いますが、「長い髪の少女」とか「イザベル」などがはやっていました。また、「銀座ラセーヌ」では、いかりや長介とドリフターズも出演したことがありました。このラセーヌは、当時よく聞いていたラジオ深夜放送のスポンサーになっていて、受験勉強をしながら聞いていたあのパーソナリティーの声と同時に女性の悩ましい声で「ラセ~ヌ」というせりふが耳に残っています。この「アシベ」も「ラセーヌ」も、「ジャズ喫茶」と呼ばれていました。このように喫茶店では、レコードで曲を聴いたり、ライブで音楽を楽しむほか、自分たちで歌うものもありました。それが「歌声喫茶」と呼ばれるものです。これは、八王子にもあるので、「今でも歌っているのかね。」と先日妻と会話をしたばかりです。ここで歌われた歌は、当時は「走れトロイカ」とか「カチューシャの唄」などのロシア民謡が多かったようです。私は、歌を人前で歌うという習慣がなかったために、入ったことはありませんでした。あと、その後ディスコに変わっていきましたが、当時は、「ゴーゴー喫茶」という名前で、ゴーゴーという踊りが流行った時、ワン・ドリンクを頼んでゴーゴーを踊るという喫茶店がありました。あと、店内の意匠でしょうが、「和風喫茶」などというものがありました。それから、「同伴喫茶」という男女同伴ではいる少し薄暗い喫茶店とか、「深夜喫茶」といって、終電車が出た後、始発の動くまでのつなぎに過ごす喫茶店がありました。最近は24時間営業の店が増えたので、深夜という言い方はなくなったかもしれません。また、最近見なくなったものに「談話室」があります。ここでは、長居が許されたので、私は原稿の打ち合わせによく使いました。こんな話は、団塊の世代の中では盛り上がるのですが、今の人にはどうでしょうか。