環境効果

 今、私は全国に保育・教育についての講演に出かけることが多くなりました。しかし、私が初めて講演をしたのは、学校事務職の人たちへの講演でした。演題は、「事務職でも教育に関わることができる」というものでした。「子どもたちが突っ切るような空間の真ん中に舞台のような台が置いてあるとする。すると、子どもたちは、それをよけるために迂回するかもしれない。また、ある子はそれに登って、反対側で飛び降りるかもしれない。どちらにしても、何もない空間に比べて、何かしらのドラマが生まれる。ということは、逆にドラマを演出したいときに、そこに何かを置くということでできることがあるのではないか。何か備品を購入しようとしたとき、その備品をどんなものにするかということで、子どもの動きを演出することが出来るのではないか。たとえば、廊下に戸棚を置くことにするとき、その戸棚の戸を引き戸にするのか、開き戸にするのか、それも、右開きか左開きかの開き戸にするのかというようなことでも、そのあたりの子どもの動きを変えることが出来るのではないだろうか。だから、事務職でも子どもの動きをコントロールし、そこでの行動を演出し、それによってある教育的意図を持つこともできるのではないだろうか。」というような内容でした。今考えてみると、そのころから、環境が子どもに与える力を感じ、環境を通して子どもを保育、教育をすることを考えていた気がします。園で、積み木を用意したところ、子ども達はそれぞれ一人でその積み木を積んで遊んでいました。その作品はとても貧弱で、ただ積むという感じでした。それを、まず、その積み木の場所は片付けなくてもよい。そのゾーンには、ドイツの子どもたちが作った積み木の作品の写真を飾りました。その写真は、積み木を積むのではなく、レンガとして家の間取りを作ったような鳥瞰的な視点の作品です。この、鳥瞰的に眺めるという視点は、以前のブログにも書きましたが、脳のシナプスを増やすようです。しばらくすると、園の子どもたちはとてもダイナミックな作品を友達と共同して作り上げ始めたのです。大きな街づくりのような作品が多く、何か遺跡を見ているようなデザインです。
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 こんなものは、指示しては作ることは出来ません。環境を用意した結果です。また、表現するゾーンに、ドイツで買ってきた子ども用の指人形を置いておきました。すると、子どもたちは、そこにあるついたてを使って自分たちで人形劇を演じ始めたのです。そして、たまに観客として数人の子どもたちが観覧しています。ドイツから来た幼児教育の専門家が、ある園で保育材料としてエプロンシアターのような人形を見て、「この人形は、誰が使うのですか?」との問いに、「先生です。」との答えを聞いてびっくりされたそうです。「何で、人形劇を先生がやるのですか?それは子どもに娯楽を与えることですか?それによって、子どものなにが育つのですか?」という疑問を持ったのでしょう。そのあと、「では、子ども用の人形はあるのですか?」と聞いて、ないとの答えにまたびっくりしていたそうです。そういえば、ドイツのおもちゃ屋さんで売っている人形は、すべて子ども用です。私の園で、それを買ってきて、置いておいただけで、子どもたちは、それを使って、様々な表現活動を展開し始めたのです。
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 もちろん、その活動は、どこかで子ども達は人形劇をみたことがないと出来ないかもしれません。ドイツのように、まちまちのかどで人形劇をしていることがない日本では、先生がモデルを見せなければいけないのかもしれません。しかし、そのあとにそこに子どもが扱いやすい大きさの人形を置いておかなければならないのです。ソフトと環境を交互に演出することが子どもの活動を膨らませていくのでしょう。