小布施4

 たまたまネットで、セーラ・マリ・カミングスさんの講演原稿を見る機会がありました。その話の内容は、今、保育教育界にも求められていることがたくさんちりばめられています。その中の言葉を紹介します。
「やると決めたら何事も最後まで投げてはいけない。大胆なことであればあるほど、皆は良いとは言わず、安全で無難な道を選ぼうとするが、今の時代は無難な道ほど危険な道はない。守ろうとすると結局守れないことになる。中途半端に頑張るくらいなら、やめたほうがいい。何でもやる以上は「命をかけて待ったなし、これ以上のところはできないというところまでやるぞ!」という覚悟が必要だ。」
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 「国際競争の激しい津波の中で溺れてほしくないと願い、今元気があるうちに先に動こう、何とかしようと、危機感を持って私たちは取り組んだ。歴史的に見ても、こうした悪い時代こそ、踏ん張って頑張るべき。良い時は誰でもそこそこできるが、ダウンの時こそ、それをチャンスに変えられる。単に残すとか守るというだけでなく、今の時代に見合った新しい可能性を見出すことによって、新たな広がりができると思う。我々の世代が、次の世代に何を伝えていくか考えることが必要だと思っている。」
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 「良い点、悪い点をリストアップするとともに、どういう点を変えたら良いのかを挙げるなど、見えないものをできるだけ見える形に変えてみることから始め、理想的な形はどうすればできるのかを考えた。またできない理由が100あっても、できる道が1つでもあれば良いので、No!をGo!に変えるため、まずはできない理由を洗い出した。できる道はその裏返しになるからである。」
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 「真実を突かれると、人は怒るもの。本当のことを言える会社であることが大事で、皆がイエスマンになってしまったり、レジスタンスになるのもまた動けなくなるから駄目である。」
「昔の方が斬新だったかもしれない。今頑固になっているのも、守りに入っている証拠かもしれない。それならば、もう一度その壁を取っ払って、楽しくしよう。」
「何事も、マイナスをプラスとして考えるなら楽しくなる。将来に価値を加える、あるいはプラスになるように努力することが大事。日本人はもっと社会貢献活動的な気持ちを持つべきだ。そうすれば、ますます日本はおもしろくなると思う。」
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 こんな人材の中で街づくりに取り組んでいる小布施の町を、駅から栗の散歩道を歩いていると、道端のいたるところにパネルによって絵本のように民話が紹介されていたり、この地域に関係する一茶句碑が町内に二十数基も建立されていますし、北斎漫画の碑が立っています。小布施で一茶は、将軍に献上するまで拾うことさえ許されなかった「お留め栗」を詠んだ「拾はれぬ栗の見事よ大きさよ」や北斎が天井画を描いたといわれる岩松院の池のかえるを詠んだ「痩せ蛙まけるな一茶是にあり」などがあります。
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 そして、北斎館からその北斎を小布施へ招いた人物であり、佐久間象山など有名な思想家や文人たちと交流した豪商高井鴻山の記念館から岩松院までのんびり歩いていくと、途中は果物王国とも言われるだけあってさまざまな果物畑が広がっています。こんな小布施へ、ぜひいろいろな人にも訪れてほしいと思いますし、町づくりの発想、がんばりを学びたいと思います。

小布施4” への6件のコメント

  1. 昨日に続いてセーラ・マリ・カミングスさんの言葉は心に響きました。思いや決意から学ぶことは多くありました。それだけでなく、「命をかけて」「覚悟」「危機感」といった自分に厳しい姿勢と同時に「楽しくしよう」「おもしろくなる」といった気持ちもやはり大切だと教えてくれているような気もします。楽しむ気持ちが先なのか、腹をくくって行動し続けた結果に楽しさが分かるのか、その違いはまだ分かりませんが、自分にとっては大切にしなければいけない課題です。小布施に行って街の空気を感じてみたいという気持ちがだんだん強くなってきてしまいました。

  2. 今日のブログで紹介されたセーラ・マリ・カミングスさんの言葉はインパクトがあります。と同時に勇気を頂きます。自らが選択した道が決して誤りではなく、それどころか今からの時代に求められている道であることを実感しました。「No!をGo!に変えるため、まずはできない理由を洗い出した。できる道はその裏返しになるからである。」まさにその通りであると思いました。沿道にたわわに実る果実が町の「たわわ」さを象徴しています。おそらく「できない理由」を洗い出した末の「できる道」の表れでしょう。いつもながら、掲載写真には色の鮮やかさといい、明暗といい、ハットさせられます。「果物王国」の「果物畑」。目に眩しい。「佐久間象山」・・・高校時代、倫理のレポートで「佐久間象山」について書きました。何を書いたか忘れましたが、時代を牽引する重要な人物として惹かれたことを書いたものと思われます。「街づくりの発想、がんばり」を小布施シリーズから学ぶことができました。一度通ったことはありますが、今度はじっくりと訪ねたいものです。

  3. 考えさせられる言葉を今日もたくさん頂きました。
    同時に、勇気付けられ、頭の中のモヤモヤを取り除いてもらった気がします。
    やはり、人間、プラスに考えないといけませんね?。
    あ・・・私の場合、ちょっとノーテンキすぎますか?
    同じ状況でも、マイナスに捉え、もがいて悪循環の中に苦しむよりも、プラスに捉え、悪循環すら楽しむくらいの方が、状況も好転しそうです。
    日本という国の末端の地域では、「社会貢献度」という言葉は死語に近いものになっているようです。悲しいですね。
    でも、今はそんな形でも、あきらめずにいる人間がいれば、何か変わってくると思ってます。
    園のことで手一杯になってしまうのでなく、もっと色んな形で地域にも貢献していきたいと思います。

  4. 『大胆なことであればあるほど、皆は良いとは言わず、安全で無難な道を選ぼうするが、
    今の時代は無難な道ほど危険な道はない。守ろうとすると結局守れないことになる。』
    いまだに、教育・保育の改革に消極的な人々に聞かせたい警句ですね。
    藤森先生のお話を聞いても、なかなか保育の改革に取り組もうとしない人がいます。
    彼らは、「何か」を守ろうとしているのか。
    でも本当に守らなければならないのは「子どもたちの未来」のはずなのに。
    小布施町、長野県といえば松本や安曇野周辺しか知らない私にとっては
    とても新鮮な感動を与えてくれる町ですね。

  5. セーラ・マリ・カミングスさんの言葉からは勇気をもらえるようであります。「大胆なことであればあるほど、皆は良いとは言わず、安全で無難な道を選ぼうとするが、今の時代は無難な道ほど危険な道はない」とありました。大胆な発想や、今までの慣習から方向を変えた発想のものは必ずといっていいほど批判されたりすることがあります。それをそういうものなんだと受け止めることで行動を起こしていける原動力にもなるのかもしれません。最初は批判してもうまくいけば「やってよかったね」ということになることも多いならおもいきって「いい」と思うことをやってみる方がいいですね。そして、そう思うのであれば私自身も誰かが思いついたアイデアに対して、まず批判するのではなく「やってみよう」「おもしろそうだね」と言えて、一緒にそれをやっていけるような存在でありたいと思います。「道楽」という言葉があります。好きなことをおもいっきり楽しみながら生活、仕事に活かしていけるようになりたいなと思います。

  6. 一度だけではなく、何度もその地を訪れてみたいと思わせる「小布施」シリーズでした。また、個人的にはセーラ・マリ・カミングス氏の「できない理由が100あっても、できる道が1つでもあれば良いので、No!をGo!に変えるため、まずはできない理由を洗い出した。できる道はその裏返しになるからである。」という言葉が印象に残っています。正直、初めは「?」でした。なぜなら、新しい事を始める時には、なるべく出来ない理由を見ずに、出来る理由をフューチャーさせていくものであると思っていたので、「できない理由を洗い出した」という部分に疑問でした。しかし、新しいことを始める時や何かを変えようとしている時には、しっかりと現状を把握し、出来ない理由を全て出した上に、それをひっくり返して“出来る”に変えることが重要であり、それがその後の持続にもつながるほどの力を得る方法なのだなぁと感じました。

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