小布施1

 私はよくいろいろな地方を訪れることが多いのですが、地方分権といわれながら、地方において過疎化も急激に進んでいます。駅前商店街はシャッター街に変わり、それでいながら、突然と畑の真ん中に大きなショッピングモールが出来ていることがあります。住民一人ひとりはそれで便利になるのかもしれません。しかし、その町の将来を長い眼で見たときに、それまで築いて来た住民のつながり、伝えてきた歴史、これから次世代の子どもたちに残していかなければならない文化、そんなことをもう一度見つめ直して街づくりをしていって欲しいと思います。こんな試みに取り組んでいる地域がいろいろなところに生まれ始めています。そんな町を応援したいですね。このような取り組みのひとつに、平成17年に創設された「東京理科大学・小布施町まちづくり研究所」があります。この取り組みに対しての紹介に中で、今までの街づくりをこう分析しています。「明治の維新と文明開化以降、日本各地のまちは、近世までに形成された良好で個性豊かな仕組みや景観を壊し、欧米の建築と都市の姿を模して「モダンに、モダンに」という掛け声とともに、雑然とした家並みをつくってきました。 欧米や国内の大都市の繁華街から「最新の店舗デザイン」を取り入れて家並みをつくる動きは、第二次世界大戦後も、高度経済成長・バブル経済の大波とともに何度も、日本各地を襲います。日本中のまちが、ラスベガス風、パリ風、あるいは東京の銀座風などのスタイルを取り入れた建て替えを進め、結果として、どこも同じような商店街をつくり上げました。」私が今までいた園が立っている多摩ニュータウンは、商店街だけでなく、住むところもみんな同じような建物、同じような公園、同じような生活スタイルを構成してきますた。同時に、子どもたちへの教育も、みんな同じようになることを目指し、親も同じようにすることを望み、要求するようになって来ました。その結果、「自立して生活環境をつくっていく意欲を失い、住民もまた、まちづくりは行政や専門家にまかせるものと思い込む。」つくづくと、街づくりと人づくりは似ている思いがしてきます。ですから、町の再生は、人の再生にもつながるのです。何度もブログで私が「町おこし」を紹介するのも、そんな思いがあるからです。そして、その手法はとても人づくりにも参考になることが多くあります。今回講演のついでに、日曜日に訪れた小布施の歩んだ道は、他の地域が歩んできた道とはちょっと違うようで、その取り組みに対する評価が、今高まり、その理念は注目されています。
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 その歩みをさらに力強いものにするために、多くの住民が参加意識を持ち、広い視野で考え知恵を出し合って合意形成しながら、慎重に、着実に行動を起こすことが必要となってきます。そのひとつと試みとして、教育と研究の新しい場の形成のため、学校法人東京理科大学と町と協働していくための研究所を作ったようです。が設立されました。まず、第一に行ったことは、歴史的建築に限らず路地や水路なども含めて、町内全域に残されている様々な歴史的遺構を実測して現状を正確に把握することです。その次に行ったのは、住民や行政の人たちへのインタビュー・アンケート調査です。過去の記憶、現状に対する考え、そして未来への希望などを調べ、まちづくりの基礎データを作ります。そのデータを分類し、統計をとり、分布図などを作成します。この分類・統計・分布図は、その町の景観・印象がどのような「要素」によって構成されているかを浮かび上がらせます。このような具体的なデータがあることによって、「○○らしさ」を議論することが可能になるわけです。また、「要素」は今後のまちづくりの素材でもあって、「どの素材を使って、どこから始めるか」など、まちづくりの手順を具体的に決めていくことができるようになるのです。

小布施1” への4件のコメント

  1. 多摩ニュータウンの街並みは、ほんの一部しか見ていませんが、洗練されすぎている感じがして不思議な気持ちになりました。そこに立っているだけで人々の生活が感じられるような田舎の風景とは違っていました。都会と田舎の違いかな?と思っていたのですが、単にそれだけではないのかも知れませんね。
    まちづくりというキーワードが私の市でもよく出てきますが、どこかの真似をしているだけのようで、向いている方向が違うような気がします。この土地らしさがないように思っていたのですが、土地の特徴だけでなく人々の思いなども一緒にデータ化することで、「らしさ」についてよりよい議論ができるというのは勉強になりました。まちづくりは人づくりにもつながることを頭において、あらためて自分のまちを観察してみようと思います。

  2. 私の郷里の町でも「町おこし」という掛け声を商工会青年部(4、50代)のみなさんが出し、さまざまなイベントに取り組んでいました。しかしその大半は「おまつり」でまつりの後にやってくる「寂寥感」は「宴の後」だけに深いものがありました。今日のブログを読みながら、そうだ、「町おこし」ではなく「街づくり」、そして町の人たちだけでやるのではなく、小布施町のように大学機関と提携したり、町以外の団体と協力して客観的な街づくりをめざしては・・・と思いました。「○○らしさ」という言い方も郷里の町でよく耳にしました。しかし実態としてその「○○らしさ」がわからずじまいでした。今、郷里を離れて様々な経験をするとやがて郷里の「街づくり」に資することもあるのかなと老後に夢や希望を持つことができます。「世界全体が幸福にならない限り個人の幸福はあり得ない」という宮沢賢治先生の言葉を脳裡を過ぎります。そしてマーラーの3番フィナーレが後押しをします。なんだか、がんばろう、と思います。

  3. 「多くの住民が参加意識を持ち、広い視野で考え知恵を出し合って合意形成しながら、慎重に、着実に行動を起こすことが必要となってきます」という姿勢は保育のすすめ方においても大切なポイントであるように思います。様々な人の意見に耳を傾けることで、参加意識が生まれていくのかもしれません。全ての意見を受け入れるのは無理ですが、耳を傾けるという丁寧な議論を重ねることで、みんなが納得のいく結論にもなっていくのかもしれませんね。「過去の記憶、現状に対する考え、そして未来への希望などを調べ」ともありました。街づくりにおいてこのような丁寧な姿勢は大切になってくるのですね。一部の人たちが引張てくださる街づくりもとてもありがたいことですが、市民の多くの人が参加している意識というものも同時に大切になってくるのかもしれません。そのためにはどうすればいいのか、保育の現場でも同じかもしれませんね。

  4. 「町おこし」と「研究」を、大学を通してつなげようとする試みがあることに驚きました。町おこしは、町民が知恵を絞って特産品や歴史的建造物の見せ方を工夫するといったイメージがありましたが、それを「研究」的な位置づけにして、インタビューや基礎データなどの情報を正確なものにしたりすることは、実に理系的な町おこしであるなと感じました。その町の「要素」や「◯◯らしさ」といったものを、町民から聞き出すという部分でも、町おこしは町民の自発性が主体性みたいなものがないことには始まらないということであると思いますし、長期的な町の維持を目的とする姿勢が伝わってきたりもします。

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