情報の確かさ

 Gooベビーの記事にこんなことが書かれていました。「少し前までは、早期教育といえばごく一部の熱心な親が、わが子に芸術や運動の分野において早くから一点集中型の徹底した指導を行うことを指していました。しかし今では早期教育イコール早期の教科教育であり、もっと換言すれば赤ちゃんあるいは胎児のうちから数学と英語(国語、ではない)を教えること、になりつつあります。これは地域を超えた、一種世界的な流行のようです。」
こんな記事が流れると、親たちはあせるでしょうね。確かに以前のブログで書きましたが、ドイツなども英語教育とか数学教育が盛んになってきています。そして、OECDなどでもプレスクールの必要性を謳っています。しかし、ここにはこう書かれています。「乳幼児教育及び小学校システムの両者においてより統一された学習方法が採用されるべきであり、また就学児童が直面する移行課題に注目すべきだ、と調査研究は提案する。より統一された方法の探究は、異なった政策選択をもたらした。フランス語や英語圏は「学校準備」方法を採用した。この方法は、広範囲に規定されているが、乳幼児年齢での認知発達訓練と、広範囲な知識・技術・気質の獲得に焦点をあてている。この方法に内在する欠点は、児童の心理と自然学習方策にあまり相応しくないプログラムと方法を使っていることだ。社会教育伝統を内在する国々(北部・中部ヨーロッパ諸国)では、就園年齢は人生に対する幅広い準備と生涯学習の基礎段階とみなされている。子どもの移行を容易にすることは全てのシステムで政策課題となっている。子どもの移行は一般的に成長発達への刺激となるが、突然であったり、安易に扱われたりすると、とくに児童にとっては退行や失敗の危険性を帯びることになる。」いわゆる早期教育の危険性を世界では訴えているのです。この危険性について「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(榊原洋一著 講談社+α新書)でも同じようなことが脳科学的にも書かれています。「早期教育の実態について、文部科学省などが行った調査研究では、事例報告として、早期教育を厳しく行ったために情緒障害を起こしてしまった子どもがいることが報告されている。最近、日本と同じく早期教育が盛んな韓国から、早期教育が子どもの発達に及ぼす弊害の可能性について報告が出されている。早期教育が子どもの発達に及ぼす弊害の可能性には二つの種類がある。ひとつは、過激な刺激が、もともと刺激に敏感な乳幼児の脳のオーバーフローとなってしまうという可能性だ。臨界期に過剰な刺激が加わると、脳の発達のプログラムが障害される可能性がある。一部の早期教育は、休まずに乳幼児に刺激を与え続けることを進めている。そうした早期教育を受けた子どもたちが、将来刺激のオーバーロードによる何らかの障害を呈さないかどうか、きちんと検証する必要がある。もう一つは、早期教育への過度の期待が、子どもに大きな身体的・精神的ストレスを与えてしまう可能性である。親子の愛着関係が重要な磁気に、厳しい訓練や練習を強制された子どもたちの中に、情緒障害を引き起こしてしまった例はすでにある。また、早期教育への過剰な期待が、親子の関係に影を落とすこともある。」最近は、このような研究があり、世界的にもこのような傾向にあるはずですが、どうして冒頭のような記事になるのでしょうか。人々は、情報をある一部分のところから得ます。そして、それがあたかも正しいかのように思います。情報を発信するところは、もっと慎重に、責任を持って出してほしいものです。

情報の確かさ” への4件のコメント

  1. 確かに「Gooベビーの記事」は頂けませんね。「胎児のうちから数学と英語・・・」に至ってはとても正気の沙汰とは思えません。先取りして数学英語をすれば良い、という風潮はずっと前からあったように思いますが、だからどうなんだ、と言いたくなります。小学校5年生になる甥が東京に住んでいます。学習塾へ行っていないので同級生たちより学習の進度が相当遅れている、と言う話を義理の兄から聞いたことがあります。2,3年分遅れていると言っていました。やらされて先、先と学習を進めることにどれほどの意味があるのか、わかりません。かつて小中高生の学習塾を経営していたので余計そうした思いを強くします。「早期教育」、古くて新しい概念。こうした概念に翻弄される。悲しいことです。

  2. こういう類の情報が流れてくることを考えると、やはり受け取る側は情報を読み取ったり本質を掴む力が必要になると思います。常に問題意識を持っておくことで、情報を鵜呑みにしてしまわずに考えることに少しはつながるような気がします。責任を持って情報を出してもらうことは当然して欲しいのですが、情報に踊らされないように、本質に目を向けることができる力をつけるための訓練も必要だと思いました。

  3. 今は様々なところを通して、本当に多くの情報が発信されています。私たち自身の脳もあまり必要のない情報ともいえるもので溢れかえっているということもあるのかもしれません。情報の基本的な受け取り方として「え、そうなの?」というようなどこかまず肯定的に受け取るといいますか、流れてくる情報はだいたい正しいんじゃないかという見方をしてしまうと、もう何が正しいくて、何が正しくないのかよく分からなくなってしまいそうですね。そんな情報の多い時代だからこそ、本質を見極める力が大切になってきますね。一呼吸おいて、「本当にそうかな?」と考えたり、様々な人の意見を聞いたりすることが大切になっていくのかもしれません。また、私たち自身が誤った情報の発信者にならないように気をつけることも大切なことかもしれませんね。

  4. 「早期教育が子どもの発達に及ぼす弊害の可能性について報告が出されている」ということもあることから、早期教育のやり方や意味について、深く研究・検証させる必要があるようですね。また、その結果を、子どもたちに関わる全ての人が把握できるような情報伝達によって知ることが大切なのだと感じました。また、早期教育の弊害として「過激な刺激が、もともと刺激に敏感な乳幼児の脳のオーバーフロー」と「早期教育への過度の期待が、子どもに大きな身体的・精神的ストレスを与えてしまう」とありました。過剰な刺激や過度の期待といったように、子ども以外の人からの影響が大きく関係していることが理解できます。そうではなく、子ども自らによって発せられることを重要視していきたいですね。

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