われは海の子2

 「われは海の子」は、明治唱歌の中で「夏は来ぬ」「荒城の月」と並んで圧倒的な人気があります。「1、われは海の子白浪(しらなみ)の 騒ぐ磯辺の松原に 煙たなびく苫屋(とまや)こそ 我がなつかしき住家(すみか)なれ 」浪というのは、波と書くほうが普通ですが、波浪警報というようにどちらも使います。音の「なみ」は、続いてくることから「ならび(並)」の略語です。そして、白浪は「波頭がくだけて白く見える波」のことを言います。ですから、磯などのかかり言葉のようです。「苫屋」とは、苫で屋根を葺(ふ)いた、粗末な家のことを言います。苫とは、 菅や茅などで編んで作ったものの事を言い、よく、船などを覆い、雨露をしのぐのに使っていました。ですから、海辺では、それで屋根を葺いたのでしょう。1番の歌詞は、「私は、海に囲まれた日本という国の、海辺で生まれた海の子です。波が砕け散る浜の松原の、夕餉の支度をしているのか煙が出ている質素な家が、私の生まれ、育った家です。」「2、生まれて潮に浴(ゆあみ)して 浪(なみ)を子守の歌と聞き 千里寄せくる海の気(き)を 吸いて童となりにけり」ゆあみというのは、本当は「浴」ではなく、「湯浴み」と書いて入浴のことですが、いかにも潮の風呂に入るというイメージから、海の子という感じがしますね。気は、息吹のことで、生気や活力を感じます。「生まれてから、潮の風呂に入り、波の音を子守唄に聞いて育ち、何度ともなく打ち寄せてくる波の息吹を感じながら、大きくなっていったのです。」「3、高く鼻つく磯の香に 不断の花の香あり 渚の松に吹く風を いみじき楽(がく)と我は聞く」「少し大きくなってくると、あの独特の磯の香りは、私にとっては、絶え間なく香ってくる花の香りにも似て、また、なぎさの松林に吹く風は、あたかも楽器を演奏しているかのように聞こえます。」「4、丈余の櫓櫂(ろかい)操りて 行手(ゆくて)定めぬ浪枕(なみまくら) 百尋千尋(ももひろちひろ)海の底 遊びなれたる庭広し」丈というのは、長さの単位で、1丈は、ほぼ3mです。尋も長さや深さの単位で、日本では5~6尺で、1尺は1丈の十分の一です。櫓は、船の後ろに支点を置き、櫓の先端を、半円を動かすようにしてスクリューのように船を進めるもので、櫂は、オールといい、水を後ろに掻いて進めるものです。共に、人力で船を進めるために使うもので、特に櫓は、時代劇などで船頭さんがよく使うもので、ペリーが来日したときに、その速さにびっくりしたそうです。「3m以上もある櫓や櫂を操って、海を寝屋とするくらいどこにでも船を漕いでいき、深い深い海の底までも、私にとっては、遊びなれた広い庭のようです。」「5、幾年(いくとせ)ここに鍛えたる 鉄より堅き腕(かいな)あり 吹く潮風に黒みたる 肌は赤銅(しゃくどう)さながらに」「何年もこの海で鍛えられたこの腕は、鉄よりも硬く引き締まり、潮風にさらされた肌は、赤銅色に真っ黒く日に焼けて、逞しくなりました。」「6、浪に漂う氷山も 来たらば来れ恐れんや 海巻き上ぐる竜巻も 起こらば起これ驚かじ」「もし、あの大きな氷山が流れてきても、来るなら来てみろと思えるほど恐れはせず、海を巻き上げるくらいの恐ろしい竜巻が来ても、そんなもの起きるなら起こしてみろと思えるほど驚きはしない。」「7、いで大船(おおぶね)を乗出して 我は拾わん海の富 いで軍艦に乗り組みて 我は護らん海の国」「さあ、大きな船に乗って、漁業にも行きましょう、さあ、軍艦に乗って、この島国である日本を守って見せましょう。私は、海の子ですから。」

われは海の子2” への4件のコメント

  1. 「われは海の子」がこういう内容だということをはじめて知りました。今まではただ歌っていただけだったようです。歌の後半になると少し意味合いが変わってくるようですが、前半は情景が浮かんでくるいい歌詞だと思います。特に2番の「潮に浴して」「浪を子守の歌と聞き」「海の気を吸いて」という言葉の選び方から、海で育っていったことがよく感じられます。こういう歌は大切にして伝えていかなくてはいけないですね。歌の言葉に込められた意味や思いを大人が伝えていくことが、もしかするとどこかで環境を意識することにもつながっていくんじゃないか、そんなことを思いました。

  2. 「われは海の子」の歌詞をこうして読み砕いてわかりやすくしてもらうとさまざまな思いが錯綜します。自らが育った環境と境遇、父や祖父や曽祖父が生まれ育った時代、そしてその時代の寵児として存在していた姿。父は船乗りになりたかったが結局大工の道を辿りました。祖父は生業として魯をこいで大叔父と共にイカ釣りに出ました。日中戦争、太平洋戦争、と従軍していった親戚のおじさんたちがいまや皆鬼籍に入ってしまいました。みんな「われは海の子」でした。4番、5番、6番はそのようなことを話として聞いていたので無性に懐かしさを感じます。「苫屋」「ゆあみ」「波枕」「百尋千尋」「腕(かいな)」など今や古語と化しつつある日本語は味わい深いものを感じます。今日のブログを読みながらそんなことを思いました。

  3. 雄々しくて良い歌ですね。子供に教えたい。
    今の日本の若者もこの歌の意味を知り、歌い続ければ海に囲まれた日本人として誇りを持って生きてゆけると思います。
    私の先祖も何百年も海辺で漁師をして生きていました。名字も海に関連しています。平家の落人という伝説もありますが、瀬戸内海には多いですけどね。

  4.  われは海の子を聴くと、いつも小学校の頃に行った臨海学校を想いだします。夜、寝るときは大きな蚊帳を部屋ごとに吊っていたのも、懐かしい古き思い出です。
     今回、「とまや」ってなんだたっけ?でこのブログにたどり着きました。
     すごいですね、歌詞の全部を現代口語訳で書いたとは、いままで勝手に解釈していた歌詞のピンボケ内容がシャープな映像になりました。ありがとうございました。
     

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