小布施2

 私は昔から「小布施」といえば「栗」というように、長野からのお土産に小布施の「栗羊羹」とか「栗かのこ」とか「栗落雁」をよくもらいました。どうしてここに栗の木が植えられているかというと、諸説があるようです。一説には、「高井郡小布施村次第」に書かれていることによると「申伝事」として、弘法大使が諸国を巡っての途次、小布施へこられて三個の栗を蒔いたのがそもそもの始まりと伝えています。また、小布施の栗以外に栗というと丹波栗も思い出しますが、萩野常倫という人が、父祖の領地丹波国から栗を取り寄せて、松川の治水のために植えたさせたのが発祥とも伝えています。どのようないきさつかは定かではないようですが、この小布施の町おこしをするときに、この「栗」をテーマにしようと思うのは当然でしょう。
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昭和61年に、この「栗」と「歴史的建造物」と「地域の特性」を活かしたまちづくりを進めていったのです。そのために重要な歴史的建造物の保存、新築建物の周辺との調和、土地は売買せず賃貸か交換することとされ、町・事業者・個人など関係者5者により協定を結び整備を行った「ユウ然楼周辺町並修景事業」は、画一的な都市再開発の手法とは異なり「小布施方式」とまで言われ全国的に高い評価を受けました。その方法は、それぞれの整備に要した経費はそれぞれの負担で行うなど、住民と町がお互いに責任を分担しあうような対等な立場で進めるやり方です。とかく、誰かに依存したり、誰かがやってくれるのを待っていたり、要求したりすることが多い中、とても参考になります。ここで決められた「小布施町うるおいのある美しいまちづくり条例」は、規制を目的としたものではなく、官・民が共に協力しあって良いまちづくりを進めることを基本理念としています。その基本理念 「外はみんなのもの、内は自分達のもの。」ということで、個人の敷地内であっても、通り沿いや通りから見える部分については公共的な空間として、周囲の景観に配慮した整備を行うこととしています。そのひとつの試みが、建造物の間の道に敷き詰められた栗の木煉瓦の散歩道「栗の小径」です。路地にいたるまで、様々にデザインされた栗の道は、歩いていても心地よく、歴史的な建造物によくマッチしています。
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もうひとつの試みが、平成12年からスタートした「オープンガーデン」です。これは、「点」から「線」へ、「線」から「面」への取り組みでもあります。個人の庭園を一般に公開し、来訪者との交流を楽しむもので、今、参加家庭は、60軒以上にもなっているそうです。
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町を歩いているときに、観光客がその参加プレートを見つけると、その庭に勝手に入っていき、もし、そこに住人がいればお茶を飲んだり話をしたりしていいそうです。私が訪れた家は誰もいませんでしたが、庭はきれいに整備されていました。この試みの後、周囲の景観との調和と美しい町並づくりのための指針「環境デザイン協力基準」を定めるとともに、「住まいづくりマニュアル」などを作成するなかで、「外はみんなのもの、内は自分たちのもの」という意識が住民の間に芽生え、住宅の配置、外観への配慮、さらには通りを行き交う人に安らぎを与える花壇や生け垣づくりなどに発展していきました。この取り組みが、昨年の土木学会のデザイン大賞を受賞しています。
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私が以前ブログに書いた高知の「牧野富太郎記念館」も同年大賞を受賞しています。保育園、幼稚園を含めて「オープンガーデン」のような「オープンキンダーガーデン」が取り組めたら面白いですね。

小布施2” への5件のコメント

  1. 「外はみんなのもの、内は自分たちのもの」という意識は崇高ですね。建造物の新築もこの考え方が土台になって景観に対する配慮が施される。今度の内閣の総務大臣に前の岩手県知事が就任しましたが、今日のブログで紹介された「小布施方式」すなわち「住民と町がお互いに責任を分担しあうような対等な立場で進めるやり方」から多く学んで頂き「地方分権」ということを考えて頂きたい思いました。「オープンガーデン」で自宅の庭を一般に開放する。住民が「町づくり」に参加していることが実感できます。そして「オープンキンダーガーデン」構想。本当の意味での地域に貢献し同時に地域から支援が受けられる「園」。かつて地域の中で子どもたちが育った、そのことの21世紀型としての「オープンキンダーガーデン」ですね。面白そう。遅くなりましたが、臥竜塾ブログの2歳の誕生日、おめでとうございます。3年目へ突入ですね。これからも当ブログを楽しみに致します。そしてコメントします。

  2. 2周年おめでとうございます。毎日こうして学びの機会を与えてもらっていることをうれしく思っています。これからもよろしくお願いします。
    まちづくりに限らずどんなことでも、依存したり要求したりではなく、お互いに対等な立場で進めていかないといけないですね。お互いに、というところを特に大切にして実行に移したいと思います。「オープンガーデン」の考えもすごいです。「小布施方式」にもっと触れてみたくなりました。「オープンキンダーガーデン」構想にも興味が湧いてきて、夢が広がっていきます。

  3. 2周年おめでとうございます。
    久々にコメント投稿できました。
    最近、立て続けに色々なことが起こり、人と人との繋がりに疑問を抱く毎日を送っていました。
    依存や要求無しの、対等な関係がつくれるようになるには、どうしたらいいんでしょうねえ?
    それぞれが、1人の人間として、個性を活かしながら生きていく事ができれば、そして、認め合うことができれば、対等な関係作りができるのでしょうね。
    こちらの地域では、依存と要求だけが渦巻く地域です。
    すべてが年齢と経験で決められ、立場が上になれば優位だという価値観がまかり通ってます。
    状況的には厳しいですが、あきらめずに前向きにやっていきたいと思ってます。
    こちらのような田舎だからこそ、「オープンガーデン」などの取り組みができそうなものですが、田舎ゆえの猜疑心が邪魔するのでしょうか?もしくは、「オープンガーデン」が行き過ぎて、庭だけでなく、家の中にまで勝手に入ってくる人がいそうです。(過去にそういう経験あり)

  4. 小布施に住む一人ひとりの方達が街を作っていくという思いを持つことで、人々の行動が少しずつ変わり街の雰囲気、景観を作り上げていくことに繋がっているそんな印象を受けました。「こうすることにしました」「こうしてください」というトップダウン型ではなく、それぞれの住民の方が自然と街を作っていこうと思えるような外からではなく内から盛り上がる仕組みが大切になってくるのかもしれまんね。街に住む住民の方が、その街に住んでいることに誇りを持つためにその街の良いところを探す、気がつくということが大切なのかもしれませんね。それは何も新しい商業施設をどんどん増やすとかそのようなことではないのかもしれませんね。

  5. 「栗の小径」と「オープンガーデン」。どちらも非常に感動しました。始めはただの石畳のように映りましたが、検索して画像をアップにしてみると、栗の木の間伐材を四角に切って、それを道に敷き詰めるという実に環境に配慮した町おこしであるなと思ったと同時に、コンクリートにはない木という衝撃吸収によって、膝の負担も軽減させる素晴らしい試みだなぁと感じました。また、「オープンガーデン」では、それを毎日整備し、景観を整える受け入れる側の楽しみに加え、その景観を楽しみにそこを訪れ、且つ、その景観を整えている上での知識や世間話などをできる、多くの“楽しみ”を生み出す試みなのだろうなぁと感じました。

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