よく、「今月は○○月間です。」というのがよくあります。たとえば、今月の7月には、「社会を明るくする運動」強調月間です。この運動は、犯罪をなくして“社会を明るくする”ために、すべての国民が犯罪の防止と犯罪者の矯正および更生保護についての正しい理解を深め、すすんでこれらの活動に協力するように全国民によびかける啓発活動です。法務省が主唱するこの運動は、犯罪者予防更生法の施行日(昭和24年7月1日)に由来しています。また、夏ということで、「海の月間」「河川愛護月間」「海岸愛護月間」「山岳遭難の防止(~8月31日)」などが決められています。また、○○ 週間というのもあります。これも、7月は夏ならではのものがきめられています。たとえば、1日~ 7日 が「全国安全週間」、16日~31日が「全国海難防止強調運動」、21日~31日が「森と湖に親しむ旬間」、21日~ 8月20日が「自然に親しむ運動」です。これらの月間、週間には、主に、官公庁が所管の一定の施策を集中して推進・啓発するために設けている場合が多くあります。同じような○○月間、○○週間というものを、各自治体で独自で定める場合もあります。先日、長野に行く列車に乗ったときに面白い中吊り広告を見ました。
「7月は“ちがい”を愛する強調月間です」というものです。これは、長野県で定めてある月間のようです。面白い月間ですね。その上には、「一人ひとりの“ちがい”が尊重される社会へ」と書かれており、あの有名な金子みすずの詩「わたしと小鳥と鈴と」が書かれています。「わたしが両手を広げても お空はちっとも飛べないが 飛べる小鳥はわたしのように 地べたを早くは走れない わたしが体をゆすっても きれいな音は出ないけれど あの鳴る鈴はわたしのように たくさんな歌は知らないよ 鈴と小鳥と それからわたし みんな違って みんないい」よく知っている詩ですが、何度読んでも深い味わいがありますね。この中吊り広告に掲載されている石にしても、どれも同じ形、大きさはありません。しかも、それぞれの特徴は、どれも持ち味があります。笑っているように見える石、怒っているように見える石、泣いているような石、様々です。
何回かに分けて少しずつ紹介しようとしているドイツの絵葉書は、今年ミュンヘンを訪れた際、ミュンヘン市の幼児教育施設の責任者であるグレッチェさんからいただいたプレゼントに添えられていたメッセージの台紙です。その1枚がとても気に入って、そのシリーズを今回買ってきてもらったものですが、そのときにいただいた絵葉書は、鏡に映った自分の顔を見ている子どもの姿です。
そして、こんなペスタロッチーの言葉が添えられています。「隣の子と比較しないで!常にその子自身の発達を見なさい」ペスタロッチーは、1746年スイスのチューリヒで生まれました。彼の処女作ともいえる『隠者の夕暮』という本の冒頭で「玉座にあっても木の葉の屋根の伏屋に住んでいても同じ人間、その本質における人間、人間とはいったい何であるか」と問いをなげかけています。これは、王様も貧しい人もみんな同じ人間だというときの人間、人間とはそもそもどういうものなのだろう、という意味です。ペスタロッチーは、どんな境遇、性格、能力が違っていても、その中で共通する人間という本質は、何を求めるものなのか、どういうときに安らぎを感じるものなのかを明らかにし、人間にふさわしい教育をおこないたいと考えたのです。
○○月間とか○○週間といった啓発が毎年増えてきて、一つ一つの趣旨がわかりにくくなってきているような気がします。でも写真のような「おっ!」と気になって見てしまうような呼びかけはいいですね。
「みんなちがってみんないい」とか「隣の子と比較しないで!常にその子自身の発達を見なさい」といった考えで教育が行われたら、きっと子どもたちが生き生きと自分を発揮できるようになるんでしょね。すごくシンプルだけど、一番大切なことを教えてくれている言葉だと思います。
長野県は私の好きな都道府県のひとつです。学生時代から何かと縁がありました。太平洋を身近に感じて育ちましたが、海の代わりに天高く聳え立つ山々を有する同県は魅力的です。その県の「7月は“ちがい”を愛する強調月間です」でますます長野が好きになりましたね。「一斉画一教育」を受けて育った私は、しかも「与える側の平等」の視点に慣らされてきた自分は、金子みすずさんの「みんな違って みんないい」に心地好さ感じながら、しかしこれまで受けた「刷り込み」がどうしても頑として立ちはだかることを経験しています。あわれなことです。自分の「ちがい」を認めてもらいたいなら、他者のそれも当然認めなければなりません。家族集団のちがい、職場集団のちがい、地域集団のちがい、それらの「ちがい」が「みんないい」に発展するように、と今日のブログを読みながら祈念したところです。