怪我と地震2

怪我をしたときにケアしなければならないのは、血が出ているとか、傷口があるとか、目に見えるところだけでなく、心のケアも必要です。園では、「被害児童への精神的なケア」をし、それを記録します。ます。怪我をしたときに、その怪我の痛さだけではなく、精神的にもショックを受けている場合があります。よく、けんかや、いじめが起きると、先生は急いで加害者のところに行って、「何でやったの!」「そんなことしていいの!」「あやまりなさい!」としかっている姿を見かけることが多いのですが、実はすぐに飛んでいってケアをしてあげなければならないのは、やられたほうです。やったほうは、悪いことをしたと思っていますし、怒られることは覚悟しています。しかし、やられたほうは、突然のことで、かなり精神的に打撃を受けていることが多いのです。私がワルといわれていた中学生男子の勉強を見ていたときのことですが、そのころいじめがずいぶんと行われていました。私のところに来ていた中学生は、いじめっ子が多くいました。その子達に「どうしていじめるようになったの?」と聞くと、多くは、「幼稚園時代(保育園時代)にいじめられたから。」と答えます。なぜかというと、いじめられたくないので、いじめる側に回るといっていました。そのときに、他人にいじめられたいやな経験があるといじめなくなるかと思っていましたが、逆にいじめ側になってしまうのだということを知りました。その後、子どものころ虐待を受けた人は、わが子に虐待をしてしまうことが多いということを知りました。すぐに加害者のほうに目を向けがちですが、まずは、被害者の心のケアをしなければならないのです。地震など災害の後でも、被災した子どもの心のケアも大切でしょう。その次に「被害児童の保護者への対応」です。これも、かなり微妙な話です。事実はきちんと報告するということはもちろんですが、保護者への心のケアも必要だからです。当然、親にとっては、わが子がそのような目にあうのはかなりショックです。それを、簡単に「よくあることですよ。」とか、「お宅のお子さんもやることがあるのですよ。」とか、「このくらい大丈夫ですよ。」など、安心させようとした言葉がけが、かえって保護者を傷つけてしまいかねません。特に難しいのは、加害児童の名を告げるかどうかです。確かに、子どもは悪気ではないでしょうし、小さい子ほど監督者の責任が大きく、やった子どもを責めるわけには行きません。しかし、どうも、最近の保護者は、やったこの名前を知りたがりますし、名を告げないことは、何かを隠しているという印象を与えるようです。また、憶測で誰かを加害者と決め付けかねません。その次の「加害児童の保護者への対応」があります。この対応も、基本的には子どもを責めるのではなく、基本的に一緒になって原因を考え、再発を防ぐという気持ちが表れていなければなりません。地震などの後も、誰の責任か個人を攻めるのではなく、きちんとした事実を報道することが大切です。今回の原発での事故も、きちんと事実と、それから推測されることをすぐに公表すべきです。今回の地震では、原発というとてもデリケートな部分がありましたので、どうも、地震について、その後の連鎖災害について報告や説明が不足しているような気がします。心配をかけまいとする行為が、かえって心配を煽ってしまっているようです。園での怪我対応は、書ききれませんが、その後もまだまだやることがあります。国としての災害への対応も、もう少しきちんとして手順をどうして作っておかないのでしょうね。いくら不可抗力のように見える災害でも、その後の危機管理によって、再発を防げるようになるのではないでしょうか。

怪我と地震2” への4件のコメント

  1. 子ども同士での怪我は、本当に対応が難しいですね・・・。0・1歳児ならば、加害児童の名を求められることはあまりないですが、2歳児からは違います。特に、2歳児になると、被害児童自身が、加害児童の子どもの名前を親に言うことが多いですね。被害児童ももちろんのこと、加害児童の方も、普段から何らかのストレスなどを抱えている場合も多く、そのような場合は、その原因となっているものを取り除かないことには、一向に解決の目処もたちません。
    やるほうも、ある意味で被害者ですね。
    だからと言って、その保護者をせめても何の解決にもならず、もし保護者の子どもへの対応に問題があるならば、そのことを変えないといけません。が、これも伝え方やその保護者のおかれている状況や性格などで、一筋縄にはいかない場合が多いですよね~。
    現代の保育園の役割とその責任と労務の重さは、計り知れませんね。
    子どもに対しての国ぐるみ・地域ぐるみの分業システムがもっと、そして早急に必要なのかもしれません。
    同時に、園としての様々な事態における危機管理のあり方も、より緻密なものへ変えていかなければならないと感じています。避けられるべき2時災害・3次災害は、たくさんあるはずですから。

  2. 保育園で仕事をしていると「怪我」のことが心配です。できることなら「怪我」が起こらないことを切望しています。そのために必要なことは普段から子どもの様子を理解して保育にあたることでしょう。「怪我」に至る要因はいろいろとあります。しかし、保育園で「怪我」をする、あるいは「怪我」を負わせる子どもに共通していることがあります。それは自己コントロールができず他者への依存が強い場合です。すなわち「自立」ができていない場合です。結局のところ、「怪我」をなくすには自立する子どもを1人でも多く育て上げていくことでしょう。「先生」の制止やコントロールのみに頼るのではなく「環境を通して」実現させる必要がを感じます。

  3. 繰り返されていく虐待はつらいです。トラブルや怪我が起きると胸が痛みます。そこに少しでもかかわっている場合は適切な対処を確実に行うしかないのですが、その適切な対処が難しいです。誰がどのようなケアを必要としているか、確実に見極めなければいけません。そのために、記録をとる、記録をもとに手順を考える、そして見直す。そういった繰り返しは大切だと思います。

  4. ●「国としての災害への対応も、もう少しきちんとして手順をどうして作っておかないのでしょうね。」確かに、いつも繰り返されることです。この度の地震でも。行政の仕事は、安全対策づくりが第一と思うのですが●行政の仕事内容を検証するのは誰れなのでしょう。私は一般市民はほぼできないと思います(オンブズマンのような専門家でないと)。まずはマスコミの仕事ではないかと思います●官庁の内部の問題点、自治体の仕事内容でも「追求」が足りないのではないでしょうか。「提供された情報」を「伝えている」ように思います。この度の地震の報道レポート者も、みんな「一刻も早い…の、対策が望まれます」と結んで「責任を問う」ことを避けているように見えます●マスコミが果たすべき役割はもっとあると思うのです。(つい、言葉が過ぎた面もあるとおもいますがご容赦下さい)

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