怪我と地震1

 また、中越地震が起きてしまい、被災されたかたがたは、大変な思いをされていることでしょう。この地震のニュースなどの報道を見て、ふと似たようなことを思い出しました。それは、園で起きる事故や怪我に対する対応です。先日、ある会議で、園児の怪我についての職員対応について保護者からの苦情で、職員が精神的に参っているという話を聞きました。そのような話は、どこにでもある話で、週刊誌などにも取り上げられたりしています。私の園でも、子どもの怪我に対する対応について、保護者が不安に思ったことがあったので、その対応について話し合いました。その手順が、今回の地震についての政府の対応とダブルところがあります。園でも子どもの怪我が、ある意味で地震に近いのは、ある確立で起きる可能性があるということです。それは、直接防ぐこともできないし、予想も立ちにくいことがあります。ですから、逆にその対応が大切になってくるのです。また、地震よりも大変なのは、怪我をしたときに、自らつまずいて転んだとか、自分から何かにぶつかったというのならいいのですが、誰かとけんかをしてとか、最近多いのは、誰かに引っかかれたとか、誰かに噛み付かれたという場合です。その場合は、やられた、怪我をした子だけではなく、怪我をさせた子に対しての対応もしなければならないことと、対応する相手は、怪我をしたりさせたりした子どもだけではなく、その子の保護者への対応も考えなければならないからです。昔のように、ただ謝るだけ、報告をするだけでは収まらなくなっているからです。そこで、園では、こんな書類を作って、その後の対応の手順をひとつずつ確認し、記録することにしています。まず、記録の最初には、それが起きた日時、天気、場所、誰(加害者と被害者)を記録します。これらの事項には、ある共通点が見出されることがあります。怪我は、何曜日が多いのか、どの時間帯が多いのか、どんな天気のときに多いのか、誰と誰が一緒のときに多いのかなど、同じようなパターンが見られることがあるときには、次には、そのような状況には気をつけたり、同じような状況を作らないように工夫をしなければなりません。ただの記録のために書くのではありません。次に、「どのような状況で起きたのか」をきちんと整理することがあります。これは、後で状況を保護者に伝えるために、きちんとした事実を整理します。そのときに、見たことと、憶測したことを分けます。たとえば、転んで怪我をしたとしても、本当に躓いた瞬間は見ていず、転んで泣き出したので振り向いたというケースが多いはずです。そして、とっさにどうしたのかを状況から判断します。また、転んだ子どもから聞いたり、近くにいた友達から話を聞いて、憶測するのです。そのときに、見ていたか見ていなかったか問題になることがよくありますが、怪我をした瞬間は見ている可能性のほうが少ないはずです。次に、怪我をした「直後の怪我に対する処置」です。地震が起きたときに、その直後の対応が、死者を減らすことにかかってきます。また、すばやくライフラインを復旧するとか、その手当てを取ることが必要です。まず、被災者の安全、命を守ることが優先しなければなりません。そして、「事後処置」です。これは、医者に連れて行くかとか、園に戻って手当てをするかなどです。地震などの場合は、その対策室を設けるとか、緊急会議を開くことです。ここまでは、地震の時にするのですが、問題はその次からです。

怪我と地震1” への3件のコメント

  1. 状況に応じた適切な対応をすることがとても大切なことだと、あらためて考えるきっかけをもらいました。ちょうどそのことについて考えていたところなので、職員といろいろ話しながら読ませてもらいました。今回の原発事故の対応みたいにならないようにしなければいけません。

  2. 「まぁこれくらいは大丈夫だろう」という油断の積み重ねが大きな事故や怪我を招く、ということが言われています。また、発生してしまったことを適切に反省して次の発生予防対策を真摯に講じないと同じことが繰り返されます。今回新潟県の柏崎を中心に地震による大被害が生じています。3年前でしたか大地震を経験した同じ県での惨事です。「教訓」ということが言われます。3年前のしかも近接した地での地震災害にどれほど前回地震の「教訓」が生かされたことか。今回の地震では「原子力発電所」の被害が大きく取り上げられています。幸いメルトダウン等の大惨事に発展しなかっのはよかったと心底思いました。ロシアのチェルノブイリ原発による災害は今なお続いていると言われています。天災をなるだけ小規模にするには人為による原因をなるだけ減らすことでしょう。まさに「問題はその次」からです。

  3. 1日に3日分のコメントをしている楢崎です。
    立て続けのコメントにビックリされないでくださいね~。最近、頭の中があれやらこれやらで、まとめができなく(いつも以上に)なってますので・・・。
    空想癖が強い私は、10年後の地球をとても心配してます。アル・ゴアさんは50年後に海面が何メートルも上がると仰ってましたが、私はもっと早くにもっとひどい状況になるのでは、とビビりあがってます。気になったその日から、ひとりでも多くの人間が、何らかの形でエコ活動に取り組めば、少しでも破壊を伸ばせるし、食い止められるかもしれません。
    同時に、人類が生きていけるだけの環境でなくなりかけたとき、何とか人類が生き延びれるような「生きる力」を身につけることも重要ですね。そうやって考えたとき、号令一つでサッと動く子どもたちを作り上げても、何にもならない気がします。命令をする人がいないと何もできない人間は、すぐに滅んでしまいます。
    そういった視点からでも、やはり、子どもたちには、自主性・自律性・自立性・決定力・考える力などが最重要に感じます。
    そして、その思いが日に日に強まってます。

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