期末試験

 今、電車に乗ると、学生たちはみんな車内で勉強をしています。ノートや参考書に赤いセルロイドを当てています。これは、答えの部分が赤い字で書かれてあって、赤いセルロイドを当てるとそこだけが消えて、問題を解いていくものです。わたしが学生のころはそんなやり方はありませんでしたので、紙で隠しながら答えていったものです。ずいぶんとハイテクになったというか、それを考えた人は、それによって特許とか取ったのでしょうか。そうであれば、ずいぶん稼ぐことでしょうね。なぜ、今そんな姿を多く見るかというと、1学期の期末テスト中だからでしょう。中間テストとか、期末テストとかいうものは、中学に入学して初めての体験です。小学校のころのテストは、いつ行われるかわかりません。私は、中学に入学して、初めのころは、中間テストというものは授業がない日というイメージしかありませんでした。ですから、その日は下敷きと筆箱しか持っていかなくてよい日というイメージでした。それも、中学生になると個人用ロッカーがあったので、そこに下敷き、筆箱を入れておけば、手ぶらで登校できると喜んだものでした。ですから、試験と試験の間の休み時間は、いつものとおり外で思い切り遊べると思って、遊んだものでした。休み時間には、次の試験の勉強をするもので、そのために試験期間中はいつもより多くの参考書とか、ノートや辞書を持っていくものだと知ったのは、ずいぶん経って、成績が落ち始めてから知りました。しかも、先生から、休み時間まで時間を惜しんで勉強するものだと注意をされて気がついたのです。私は、そんな間際に少しくらい勉強しても大して意味がないと思っていましたから、先生から注意されても、見つからないように屋上で遊んでいました。ずいぶんとのんきな話です。あるとき、夢中で遊んでいて、気がついたら試験時間が半分以上も過ぎていたことがありました。急いで教室に戻って、試験を受けようとしたら、思い切り遊んでいたので汗が流れて仕方ありません。すると、試験の監督に来ていた先生が、「そんなに汗が出ていては試験なんか受けられないだろう。流しに行って、顔でも洗ってきなさい!」といわれて、顔を洗いにいきました。ですから、その試験は終わりの10分くらいしかありませんでした。なんともそのころの先生は、おおらかなものです。私もそれほど気になりませんでした。それは、わからないものはどんなに考えたってわからないし、わかるものは、時間が少なくても答えを書けるからです。ちなみに、その科目は「音楽」でした。そのころの音楽は、楽譜に階名を書くとか、移調、転調をするというものでしたので、ピアノを習っていた私にはどうということはなく、また、知らないものはどんなに考えてもわかるわけはなかったのです。しかし、そのころの音楽のテストは、将来意味がないと思われて、その後なくなりましたが、逆に楽譜が読めることは、今とても役に立っています。それよりも、今日の車内で覗き込んでみた難しそうな問題のほうが役に立ちそうもない気がします。そんなことを考えると、中間、期末試験の問題は、将来必要な力を試しているのでしょうか。あんなに悩ませながら必死に覚えさせていることが、どれほど将来役に立つのでしょうか。必死に参考書を見ている学生が、通路をふさぎ、周りの人に迷惑をかけていることを知るほうが、よほど意味があると思うのですが。親の中には、どうも、そんな気遣いのほうが、将来役に立たないと思っている人が多いのでしょうね。

期末試験” への5件のコメント

  1. 「期末試験」とはこれまた懐かしいタイトルです。中学生高校生時代はいわゆる「定期試験」(中間・期末試験)を中心に動いていたような気がします。中学高校時代の思い出は?と問われると多分、部活のことと、定期試験勉強のこと、になるかもしれません。中学時代はオールナイトニッポンを聴きながら準備を進めておりました。時には同級生が泊まりで勉強しに来ていました。高校時代になると、テストが終わったら、あれしよう、これしよう、と先のことに思いを寄せ期待を膨らませながらテスト勉強をしていました。休み時間もテスト勉強をしていた同級生が確かにいました。性格があまり良くない私は「今頃勉強しても・・・」と内心思っておりました。ぞっとする思いです。今日のブログで紹介されていた「通路をふさぎ、周りの人に迷惑をかけて」でも問題にチャレンジする・・・こんな場所で勉強しても・・・と皮肉りたくなります。

  2. 私の中学・高校時代の中間,期末試験は、結果が学校の中庭に貼り出されていました。その頃のこと覚えています。
    しかし、音楽,保健体育や美術等は定期試験の記憶が残っていません。
    私は残念ながら楽譜が読めません。音楽の定期試験があったら、人生変わっていたかもしれないと妄想します。
    PTAが子どもに見せたい番組の一つに日テレ「世界一受けたい授業」が選ばれています。後で役に立つ試験だったら、子ども達は「試験勉強をさせられている」と云う感覚は持たないのかもしれません?

  3. ●中学校の試験のとき、前夜遅くまで勉強したため寝過ごして、学校に着いたら、もうその日の試験が終っていました●担任の先生に事情を話すと、保健室で受けさせてくれました●もう、40年以上も前のことですが、その時の様子や先生の顔を今でもハッキリ覚えています。こんなことも立派な“教育”なんでしょうね。

  4. 懐かしいですね~。中学・高校と、試験の結果は点数と順位で表になって配布されていました。順位が下がるとこっぴどく叱られたものでした。その度に、試験の順位がそんなに人生で大事なことなのかと疑問に思って反抗し、倍に怒られたことを思い出します。
    おとなになった今、あのころ必死で(一夜漬け・・・?)勉強した内容は、そうたいして役に立つこともなく、一体何だったんだろうと疑問に思います。
    ただひとつ、高校の数学の試験は印象にのこってます。それは、3年間にわたって、その先生は、すべて論述式のテストしか出さなかったからです。なので、一夜漬けもきかず、ただ公式を覚えるだけでもダメで、根本をきちんと理解していないといくら考えても無理なんです。0点取る人がたくさんいましたね~。
    私は数学は得意でしたので、毎回楽しんで解くことができました。数学の試験で、国語力も鍛えられた気がします。
    その先生とは、今でも数年に1度は会って話をしています。

  5. 赤いセルロイドとか中間試験といった言葉が懐かしいです。中学でも高校でもとにかく暗記ばかりしていたように思います。意味を理解できなくてもとにかく覚える、考え方が分からなくてもその考え方を丸々暗記する。そんな不思議な勉強を中心にやっていました。そんな勉強を疑わずにそのまま受け入れていた自分が悪いのですが、今考えると???なことがたくさんあります。今はとても楽しく勉強しています。やっぱり勉強は自分からやろうと思わないとダメですね。

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