よく、「今月は○○月間です。」というのがよくあります。たとえば、今月の7月には、「社会を明るくする運動」強調月間です。この運動は、犯罪をなくして“社会を明るくする”ために、すべての国民が犯罪の防止と犯罪者の矯正および更生保護についての正しい理解を深め、すすんでこれらの活動に協力するように全国民によびかける啓発活動です。法務省が主唱するこの運動は、犯罪者予防更生法の施行日(昭和24年7月1日)に由来しています。また、夏ということで、「海の月間」「河川愛護月間」「海岸愛護月間」「山岳遭難の防止(~8月31日)」などが決められています。また、○○ 週間というのもあります。これも、7月は夏ならではのものがきめられています。たとえば、1日~ 7日 が「全国安全週間」、16日~31日が「全国海難防止強調運動」、21日~31日が「森と湖に親しむ旬間」、21日~ 8月20日が「自然に親しむ運動」です。これらの月間、週間には、主に、官公庁が所管の一定の施策を集中して推進・啓発するために設けている場合が多くあります。同じような○○月間、○○週間というものを、各自治体で独自で定める場合もあります。先日、長野に行く列車に乗ったときに面白い中吊り広告を見ました。
「7月は“ちがい”を愛する強調月間です」というものです。これは、長野県で定めてある月間のようです。面白い月間ですね。その上には、「一人ひとりの“ちがい”が尊重される社会へ」と書かれており、あの有名な金子みすずの詩「わたしと小鳥と鈴と」が書かれています。「わたしが両手を広げても お空はちっとも飛べないが 飛べる小鳥はわたしのように 地べたを早くは走れない わたしが体をゆすっても きれいな音は出ないけれど あの鳴る鈴はわたしのように たくさんな歌は知らないよ 鈴と小鳥と それからわたし みんな違って みんないい」よく知っている詩ですが、何度読んでも深い味わいがありますね。この中吊り広告に掲載されている石にしても、どれも同じ形、大きさはありません。しかも、それぞれの特徴は、どれも持ち味があります。笑っているように見える石、怒っているように見える石、泣いているような石、様々です。
何回かに分けて少しずつ紹介しようとしているドイツの絵葉書は、今年ミュンヘンを訪れた際、ミュンヘン市の幼児教育施設の責任者であるグレッチェさんからいただいたプレゼントに添えられていたメッセージの台紙です。その1枚がとても気に入って、そのシリーズを今回買ってきてもらったものですが、そのときにいただいた絵葉書は、鏡に映った自分の顔を見ている子どもの姿です。
そして、こんなペスタロッチーの言葉が添えられています。「隣の子と比較しないで!常にその子自身の発達を見なさい」ペスタロッチーは、1746年スイスのチューリヒで生まれました。彼の処女作ともいえる『隠者の夕暮』という本の冒頭で「玉座にあっても木の葉の屋根の伏屋に住んでいても同じ人間、その本質における人間、人間とはいったい何であるか」と問いをなげかけています。これは、王様も貧しい人もみんな同じ人間だというときの人間、人間とはそもそもどういうものなのだろう、という意味です。ペスタロッチーは、どんな境遇、性格、能力が違っていても、その中で共通する人間という本質は、何を求めるものなのか、どういうときに安らぎを感じるものなのかを明らかにし、人間にふさわしい教育をおこないたいと考えたのです。
月別アーカイブ: 7月 2007
怪我と地震2
怪我をしたときにケアしなければならないのは、血が出ているとか、傷口があるとか、目に見えるところだけでなく、心のケアも必要です。園では、「被害児童への精神的なケア」をし、それを記録します。ます。怪我をしたときに、その怪我の痛さだけではなく、精神的にもショックを受けている場合があります。よく、けんかや、いじめが起きると、先生は急いで加害者のところに行って、「何でやったの!」「そんなことしていいの!」「あやまりなさい!」としかっている姿を見かけることが多いのですが、実はすぐに飛んでいってケアをしてあげなければならないのは、やられたほうです。やったほうは、悪いことをしたと思っていますし、怒られることは覚悟しています。しかし、やられたほうは、突然のことで、かなり精神的に打撃を受けていることが多いのです。私がワルといわれていた中学生男子の勉強を見ていたときのことですが、そのころいじめがずいぶんと行われていました。私のところに来ていた中学生は、いじめっ子が多くいました。その子達に「どうしていじめるようになったの?」と聞くと、多くは、「幼稚園時代(保育園時代)にいじめられたから。」と答えます。なぜかというと、いじめられたくないので、いじめる側に回るといっていました。そのときに、他人にいじめられたいやな経験があるといじめなくなるかと思っていましたが、逆にいじめ側になってしまうのだということを知りました。その後、子どものころ虐待を受けた人は、わが子に虐待をしてしまうことが多いということを知りました。すぐに加害者のほうに目を向けがちですが、まずは、被害者の心のケアをしなければならないのです。地震など災害の後でも、被災した子どもの心のケアも大切でしょう。その次に「被害児童の保護者への対応」です。これも、かなり微妙な話です。事実はきちんと報告するということはもちろんですが、保護者への心のケアも必要だからです。当然、親にとっては、わが子がそのような目にあうのはかなりショックです。それを、簡単に「よくあることですよ。」とか、「お宅のお子さんもやることがあるのですよ。」とか、「このくらい大丈夫ですよ。」など、安心させようとした言葉がけが、かえって保護者を傷つけてしまいかねません。特に難しいのは、加害児童の名を告げるかどうかです。確かに、子どもは悪気ではないでしょうし、小さい子ほど監督者の責任が大きく、やった子どもを責めるわけには行きません。しかし、どうも、最近の保護者は、やったこの名前を知りたがりますし、名を告げないことは、何かを隠しているという印象を与えるようです。また、憶測で誰かを加害者と決め付けかねません。その次の「加害児童の保護者への対応」があります。この対応も、基本的には子どもを責めるのではなく、基本的に一緒になって原因を考え、再発を防ぐという気持ちが表れていなければなりません。地震などの後も、誰の責任か個人を攻めるのではなく、きちんとした事実を報道することが大切です。今回の原発での事故も、きちんと事実と、それから推測されることをすぐに公表すべきです。今回の地震では、原発というとてもデリケートな部分がありましたので、どうも、地震について、その後の連鎖災害について報告や説明が不足しているような気がします。心配をかけまいとする行為が、かえって心配を煽ってしまっているようです。園での怪我対応は、書ききれませんが、その後もまだまだやることがあります。国としての災害への対応も、もう少しきちんとして手順をどうして作っておかないのでしょうね。いくら不可抗力のように見える災害でも、その後の危機管理によって、再発を防げるようになるのではないでしょうか。
怪我と地震1
また、中越地震が起きてしまい、被災されたかたがたは、大変な思いをされていることでしょう。この地震のニュースなどの報道を見て、ふと似たようなことを思い出しました。それは、園で起きる事故や怪我に対する対応です。先日、ある会議で、園児の怪我についての職員対応について保護者からの苦情で、職員が精神的に参っているという話を聞きました。そのような話は、どこにでもある話で、週刊誌などにも取り上げられたりしています。私の園でも、子どもの怪我に対する対応について、保護者が不安に思ったことがあったので、その対応について話し合いました。その手順が、今回の地震についての政府の対応とダブルところがあります。園でも子どもの怪我が、ある意味で地震に近いのは、ある確立で起きる可能性があるということです。それは、直接防ぐこともできないし、予想も立ちにくいことがあります。ですから、逆にその対応が大切になってくるのです。また、地震よりも大変なのは、怪我をしたときに、自らつまずいて転んだとか、自分から何かにぶつかったというのならいいのですが、誰かとけんかをしてとか、最近多いのは、誰かに引っかかれたとか、誰かに噛み付かれたという場合です。その場合は、やられた、怪我をした子だけではなく、怪我をさせた子に対しての対応もしなければならないことと、対応する相手は、怪我をしたりさせたりした子どもだけではなく、その子の保護者への対応も考えなければならないからです。昔のように、ただ謝るだけ、報告をするだけでは収まらなくなっているからです。そこで、園では、こんな書類を作って、その後の対応の手順をひとつずつ確認し、記録することにしています。まず、記録の最初には、それが起きた日時、天気、場所、誰(加害者と被害者)を記録します。これらの事項には、ある共通点が見出されることがあります。怪我は、何曜日が多いのか、どの時間帯が多いのか、どんな天気のときに多いのか、誰と誰が一緒のときに多いのかなど、同じようなパターンが見られることがあるときには、次には、そのような状況には気をつけたり、同じような状況を作らないように工夫をしなければなりません。ただの記録のために書くのではありません。次に、「どのような状況で起きたのか」をきちんと整理することがあります。これは、後で状況を保護者に伝えるために、きちんとした事実を整理します。そのときに、見たことと、憶測したことを分けます。たとえば、転んで怪我をしたとしても、本当に躓いた瞬間は見ていず、転んで泣き出したので振り向いたというケースが多いはずです。そして、とっさにどうしたのかを状況から判断します。また、転んだ子どもから聞いたり、近くにいた友達から話を聞いて、憶測するのです。そのときに、見ていたか見ていなかったか問題になることがよくありますが、怪我をした瞬間は見ている可能性のほうが少ないはずです。次に、怪我をした「直後の怪我に対する処置」です。地震が起きたときに、その直後の対応が、死者を減らすことにかかってきます。また、すばやくライフラインを復旧するとか、その手当てを取ることが必要です。まず、被災者の安全、命を守ることが優先しなければなりません。そして、「事後処置」です。これは、医者に連れて行くかとか、園に戻って手当てをするかなどです。地震などの場合は、その対策室を設けるとか、緊急会議を開くことです。ここまでは、地震の時にするのですが、問題はその次からです。
泥んこ遊び
ドイツでは、「子どもは木登りをする権利がある」というほかにこんな権利も保障されています。「子どもは泥んこになる権利がある」というものです。この法律もすばらしいものですね。もともと、古今東西、子どもたちは 泥遊びが大好きです。泥遊びには、土と水という、子どもにとってとても大好きな、大切な素材が必要です。この土に触れ、水に触れることで、大地を感じます。ドイツからいただいた絵葉書にこんなものがあります。
「泥んこ遊びは、免疫力をつけるボディービルディング」微生物学者であるティーツの言葉が添えられています。確かに泥には、そんな効果もあるでしょうね。泥パックとか、泥エステなどもあるくらいですから。また、泥そのものの効果だけでなく、その触感も大切です。先日、私の園の保護者数組が、園の給食で食べているお米の産地に、その稲の草取り行ってきました。その話をある保護者から聞いたのですが、はだしで田んぼに入るのを最初はためらったそうです。それは、泥んこだからです。子どもも、そんな体験は今までにはなかったので、嫌がったり、気持ち悪がったりするかもしれないと心配もしていたそうです。ところが、子どもは平気でどんどん泥の中に入っていき、それにつられて、保護者も入っていったそうですが、その感触の気持ちよかったことを話してくれました。たぶん、足を包み込むような刺激がとても気持ちよかったのではないでしょうか。きっと、その刺激は、脳によい影響を与えていると思います。同様に、泥などを握るのも、脳を刺激するといわれています。アメリカなどでも、手のひらのつぼを刺激することで、脳を活性化するといわれ、保育室に食紅で着色したライスが、流しのようなところに入れてあり、それを、子どもが水のように、水車のようなところに流したり、いろいろな入れ物に移したりして、遊んでいました。確かに、ボケ防止と称して、胡桃を手のひらで転がしたり、ゴルフボールを握らせたりします。ですから、最近はやっている泥団子は、あのぴかぴかに光る、真ん丸い形に感動することで大人でも夢中になりますが、これを作る過程でかなり脳を刺激していることでしょう。また、泥んこ遊びは、指も使います。この指を使うことも、脳を刺激します。ですから、バイオリンを子どもに弾かせることで、脳が活性化するといわれていますし、この指先を使うことでボケ防止に有効であると言われ、ピアノを弾くなどがよいとされています。そんなことを考えると、泥んこ遊びだけではなく、子ども達が、はさみを使い、のりを指先でつけ、折り紙を折り、粘土で物を作るなどの活動は、脳にとってもとても意味ある活動なのです。そういえば、保育で使う粘土の「油粘土」は、もっとも身近な「粘土」で、主に土を原材料にし、油を混ぜて作られる粘土です。乾かすと固まる「紙粘土」は、パルプに油を混ぜることでできます。形を作ってから乾燥させると、水分がなくなることでパルプが固まって形が変わらなくなります。そのほか小麦粉から作る「小麦粉粘土」などがありますが、実はこれらのほとんどは「粘土」ではありません。「粘土」とは、「岩石・鉱物などが風化、あるいは変成することによってできた、きわめて小さな粒子」のことです。分かり易く言えば、「目に見えないほど小さな粘土鉱物がいっぱい集まっている土」が粘土といえます。少し違いがありますが、粘土遊びと泥遊びは、近い効果ありますね。
木登り
ドイツには、こんな法律があるそうです。ひとつは、「子どもは、木登りをする権利がある」というものです。これは、高さのブログで書きましたが、上から下を見るという行為が、子どもの脳のシナプスを増やすという研究データがあるためもありますが、そのほかにも、木登りは子どものさまざまな発達を促します。一時、子どもが登り棒などに登るときに、足の裏を使わなくなったということが話題になりました。その点、木登りはわりと楽です。なぜかというと、脚を掛ける枝があるからです。ですから、木登りをするときには、まず枝がある木を選ぶ必要があります。子どもは、木登りをする前に、まず頭で考えます。右手であの枝を持って右足をあの枝に乗せて、次に左手で次の枝を持ってというように、どのように登るのか、木を見たときにイメージします。そして、登る木を決めていきます。木登りに適した木の条件は、次のとおりです。①太い幹から枝が適当な間隔で出ており、子どもが手足をかけて登りやすいこと。②枝の間隔が開いている場合は、幹に手を回して抱きついて登れる太さであること。③枝が折れにくい太さであること。④枝の張り出しが水平方向に近く、幹の付け根に足をかけた時に、幹と枝に挟まれて痛くないこと。⑤樹皮がコルク質で柔らかくて滑りにくいか、滑らかで感触がいいこと(腕に触れてチクチクしたり、木肌がはがれて滑りやすくないこと)。⑥細い枯葉などが、首筋などに入りにくい木であること。⑦毛虫や蜂がいないこと。⑧周りが開けていて、見晴らしや風通し、日当たりがよいこと。⑨地面が柔らかい場所であること。などです。しかし、木登りは、実は降りるのが大変です。ひとつひとつ確認しながら手の位置を決めてから降りないで、足場を先にさがすと、うまく降りることが出来なくなってしまいます。私が子ども会の顧問をしていたときに、運動会種目を普段の学校の種目と違うことを考えようと提案し、林の中の運動会を企画しました。その種目の一つに「木登り大会」がありました。子ども達は好きな木を選んで、ある時間内に登り、そこから紐をたらし、地面に着いたところに印をつけ、降りてきてからその紐の長さをみんなで比べ、一番長い子を優勝にしました。でも、木登りは、ある危険が伴います。落ちるかもしれませんし、幹や枝で怪我をするかもしれません。ドイツから、私がせがんで、ある絵葉書のシリーズを買ってきてもらいました。そのなかの1枚が私の気を引いたからです。その絵葉書を、何回かに分けてブログで紹介したいと思います。今日はその中の1枚を紹介します。
絵葉書には、ドイツ語でコメントが書かれていますので、園のドイツ語が出来る保護者に早速訳してもらいました。この絵葉書には、こう書かれています。「こぶやかすり傷は、子どもの権利」というものです。枝のない木に登るのはもっと体力がいります。足の裏を合わせてはさんで上っていかなければなりません。腕の力がとても必要です。このような体力を使うことが重要ということで、小学校には登り棒があります。きょう、放課後の校庭解放の話し合いに行って副園長が帰ってきて、「校庭にある登り棒のところに、使用禁止の貼紙がしてありましたよ。」という報告をしました。きっと、落ちて怪我をすると、責任の問題で困るからでしょうね。文句を言う保護者と、それを避けようとする管理者との間で、子どもの大切な体験がどんどん減っていきそうです。
色覚バリア
高さは、脳のシナプスを増やすためにとても意味あるものですが、時には、ある人たちにとっては、「バリア」になることがあります。高さは、段差になるからです。段差は、足を上げなければ登ることは出来ませんし、足の力が必要です。また、車などでは登ることは困難です。車椅子やバギーや自転車などにとっては、段差は障害になります。このように物事は両面もっていることがあります。車にしても、体の不自由な人にとっては移動するためにとても便利なものですが、一方、歩いている子どもたちにとっては危険なものにもなるのです。ある人にとって、便利なものが、ある人にとっては、危険なものになったり、生活するうえで障害になったりすることがあります。それは、なかなかその身になってみないとわからないことがあります。
毎日新聞に連載されて始めて知った言葉に「色覚バリアフリー」があります。さまざまな生活上の障害を取り除くこと、バリアフリーについては、以前のブログで書きましたが、色覚バリアフリーは知りませんでした。しかし、「色覚障害」とも呼ばれる「色盲」は黄色人種では男性の20人 に1人(5%)、女性の500人に1人(0.2%)に見られます。(白人では男性の8%、黒人では男性の4%)となると、色盲は世界的には AB型の血液型の頻度に匹敵し、極めてありふれた存在なのです。この調査が行われた平成8年10月と同時期に行われた調査でも、日本人の中に、色盲の人は約318万人いることになり、身体障害者の総計を越える数となっています。それから考えると、小中学校の40人学級(男子20人)の各クラスに必ず1人、男女100人の講演会場では、2~3人の色盲の聴衆がいるという計算になります。これだけ式網の人がいるのに、なんとなく社会的な差別や偏見といった過去の経緯から色盲であることを隠す人が多いのでわかりませんが、生活上、かなり不便を感じている場面があるでしょうね。そこで「色」だけで区別、判断させるような分かりにくいものを「色のバリア」と考え、色弱(色盲、色覚異常)者にとっても分かりやすい色づかいや表示方法にする「色覚バリアフリー(カラーバリアフリー)」に取り組む必要があるのですが、他の障害に対するバリアフリー対策に比べ、色覚に関するバリアフリー対策は遅れているようです。反面、印刷技術の発達やインターネットの普及で、我々の身近なところで色の違いによって重要な情報を判断しなければならない機会が急激に増えてきています。また、さまざまな情報を正確に伝達することが求められ、商業デザインの場では商品やサービスの情報がより多くの人に確実に伝わることが求められています。ですから、これからの時代では、もっと「色覚バリアフリー」について意識を高め、誰にでもわかりやすいユニバーサルな色彩表現を広げていかなければならないのです。最近、身の周りの様々なものにカラフルな色が増えました。少し前まで、モノクロが多かった携帯電話画面も今はカラーになり、印刷もカラープリントが急速に普及し、TVのニュースでも話題になった青色LEDの開発や液晶モニタのコストダウンによって駅や建物の案内表示板なども美しく、分かりやすくカラー表示されるようになりました。このような色づけされた分かりやすい表示も、色の組み合わせによっては、「色弱者にとっては逆に分かりにくい表示」になってしまう事もあるのです。今、色覚障がい者が見やすい「地下鉄マップTOKYO」が作られ、無料配布されているそうですが、色覚障がい者だけでなく高齢者や養護施設の方などにも喜ばれているそうで、どんなものか見てみたいものです。
高さ
私は、それぞれ人は、建物の中の何階で生まれたのかなあと思うときがあります。たぶん昔の人はほとんどが1階というか、地上階で生まれたでしょうね。私は自宅出産だったので、1階でうまれたと聞いています。私の母は、私を産む間際、陣痛が激しく苦しんでいると気にふと欄間を見上げたら、その欄間を白い蛇がはっていたと言います。そして、その白い蛇が姿を消した途端に、私が生まれたそうです。自宅出産らしい逸話ですね。その白い蛇は、苦しいなかでの幻想かもしれませんが、実際にそのころの我が家の縁の下には大きな白い蛇がすんでいたそうです。姿を見ることはめったになかったそうですが、抜け殻はよく見たそうです。私は、自分の中で、もしかしたらその白い蛇の生まれ変わりかと思ったことがありました。というのは、小さいころに評判になり、学校でも見た映画に「白蛇伝」というアニメ映画があったからだったかもしれません。なんだか、幻想的で、不思議な映画でした。それはさておき、わが子が何階で生まれたかは覚えていませんが、病院だったのでたぶん1、2階ではなかったと思います。そのように、今は、ほとんど1階で生まれる子どもは少ない気がします。それが、何か影響しているような気がします。というのは、その階によって、気圧や、視点が違うからです。それは、階によってだけでなく、その地域の標高によって違うこともあるでしょう。そして、その子どもが、主に、何階で育てられたかも何かに影響しているかもしれません。そんなことを考えるのは、地方の方にはわからないかもしれません。東京では、マンションやアパート住まいの子どもは、複数階で育っています。こんなことを思うのは、子どもが朝起きて、窓を開けて外を見るときの景色が違うからです。建物図面を書くときの地面のラインをGLと言います。これは地上の線です。しかし、そのGLが、子どもの育っている階によって違う気がします。毎朝、窓から外を見たときに、その高さからの景色を真横に見、学校から帰ってきたとき、夜、家で過ごすとき、それは住まいのある高さで過ごします。すると、意識としては、その高さが普通の高さになり、高いという感覚が少し違ってくる気がします。先日、ドイツから幼児教育のドクターをお呼びし、一緒にシンポジウムをしたのですが、ドイツでは、子どもがいつも視線を水平に見ている生活の中で、上から覗き込むということをさせると、脳のシナプスが増えるという研究データがあるので、どの園にも「ロフト」といって、保育室の中に一段と高い場所を作っているということを話されていました。
また、そこに上るために、階段を上ることも脳のシナプスを増やすということがわかっているそうです。ドイツでは、保育室はほとんど平屋作りです。そこで、ロフトを作ることによって、階段を上り、上から覗き込むということを意識して子どもにさせるそうです。
ずいぶん前になりますが、ある自治体から私のところにこんな電話が来ました。「公立の保育園は、今まで平屋作りでした。しかし、今回どうしても2階建てにしなければならないのですが、保育士から反対されています。2階建てのメリットを教えてください。」というものでした。そのときにこの研究データを知っていたら「脳にとってよい。」ということが言えたのですが、そのころは知りませんでしたの、私は、「その園の周りの住宅は1階建てと2階建てのどちらが多いですか?」と聞いてみたら「ほとんど2階建てです。」と答えたので、「それが園を2階建てにするメリットです。」と答えたものです。
内視鏡
胃カメラの検査をすることがありますが、何回受けてもいやなものです。特に私は、恥ずかしいのですが、苦手です。今は、だいぶ検査の管も細くなり、飲みやすくなっているのですが、喉に入れるときとか、検査中に何度もゲーゲーして、涙が出て仕方ありません。それでも、その後になんでもないと言われた時のホッとした気分は、検査の辛さも忘れてしまいます。やはり、どこか悪いのではないかという心配のほうが、体にはこたえますね。しかし、平気で検査を受ける人はいますが、まだまだ辛いと思う人も多いようです。バリウム検査もありますが、私は、したことがありません。医者から、バリウム検査をして、「疑いがあるから今度、胃カメラ検査をしましょう。」と言われると、バリウムの辛さと胃カメラの辛さを二度味わうことになるし、再検査と言われてから次の検査まで心配な何日かを過ごすことになるので、初めから胃カメラ検査のほうがいいですよと言い含められ、本当かなと思いつつ最初から胃カメラ検査をします。ある年、こんな体験をしました。いつものように、胃カメラ検査をするために、検査室の隣の部屋で、言われたとおりに喉でうがいをしていました。これは、ある薬でうがいをすることによって、検査のときに苦しくないようにと喉に麻酔をかけるのです。少しでも検査のときに苦しくないようにと必死でうがいをしていました。すると、検査室から私の名前が呼ばれました。そこで、私はうがいをやめ、検査室に入りました。ドアを開け、検査室に一歩足を踏み入れたときにびっくりしたことが起こりました。突然、ゲーゲーし始めたのです。まだ、何も検査は始まっていないし、喉には何も差し込まれていなく、部屋に足を一歩踏み入れただけなのにです。たぶん、喉が管を差し込まれたと思って、差し込まれたときの反応をしてしまったのです。私は、看護師さんに、「すみません、ちょっとゲーゲーしてきます。」と言って、隣の部屋に戻り、流しでひとしきりゲーゲーしてから、検査室に戻り、無事に検査を受けました。そのときに、ふと、教員時代を思い出しました。給食の時間に、野菜を食べない子がいたので、私が何気なく、「野菜、食べないの?」と声をかけた途端に、ゲーゲーし始めたのです。その子に向かって、「私は、無理やりに食べなさいとは言わないのだから、わざとらしく、ゲーゲーしないでよ。」と言ったのです。胃カメラ検査のとき、その子を思い出しながら、「あれは、わざとらしくゲーゲーしたのではなかったのだ。申し訳ないことをしたなあ。」と思ったのでした。食べないの?と声をかけた瞬間、喉が食べたと錯覚して、反応してしまったのでしょう。こんな思いの胃カメラ検査も、今はだいぶ進んできています。先日新聞に「ごっくん、カプセル型内視鏡」という記事が掲載されていました。「薬のようなカプセルを飲んで小腸の中を撮影するカプセル型内視鏡を、岐阜県笠松町の松波総合病院が導入した。検査が難しく「暗黒の臓器」と呼ばれていた小腸を、簡単に検査できる。」というものです。カプセル型は、ミサイルのアイデアから生まれたそうです。イスラエルの軍事研究者が消化器内科医に出会い、雑談の中からミサイルのように先端のカメラから画像を送るという発想が生まれたといいます。2007年に、日本においてもカプセル内視鏡を用いた画像診断システムが承認・実用化されていますが、小腸は長く曲がりくねっていて、口や肛門から遠いことや腸壁を傷つけることなどから、従来のファイバースコープの内視鏡での検査はほとんどできませんでしたが、カプセル型を使えば、患者は苦しい思いもせず、病変などの画像を見て確定診断ができますし、使い捨てのため、感染リスクも低いようです。ずいぶんと進んだものです。
ニート
ニートと呼ばれる若者の8割が「社会や人から感謝される仕事がしたい」と感じていることが、厚生労働省による初の実態調査でわかったそうです。私が、ずいぶんと昔のことになりますが、独身だったころ、問題行動を起こす男子中学生たちがよく私の家に遊びに来たことがありました。その子達は、学校では、いわゆる「ワル」と呼ばれる子も多かったのですが、その子達全員の希望は、「勉強ができるようになりたい」ということだったことを思い出します。彼らは、一般には、勉強や学校が嫌いで、それで成績も悪いのだと思われています。確かにはじめはそうかもしれません。しかし、そのときにわずかではありますが、何かのサインを子どもは出しているのです。その訴えに気がつかず、ただ、「勉強しろ」とか、「まったくお前はだめなやつだ」とか、叱咤激励をすればいいと思って対応します。その対応は、子どもの心に触れません。逆にいらだたせ、逆らうことを誘発してしまいます。本当は、本人自身も後ろめたい気持ちや、何とかその状況から脱したいと思っています。ニートと呼ばれる若者も、一般的には就労意欲が低いと思われがちですが、本人は、決してそうではなく、全体の82%が「社会や人から感謝される仕事がしたい」と思っていますし、80%が「どこでも通用する専門技能を身につけたい」と思っているのです。反面、「仕事をしていないと後ろめたい」と思っているのも82%います。では、働けばいいではないかと思う人が多いと思います。いわゆるワルと呼ばれている中学生も、成績がよくなりたかったら勉強すればいいではないかと思うのです。しかし、どこかで掛け違ったボタンは、もう一度はずして掛け直さないといけないのです。「ほら、違うでしょ」と言っても、「自分でやってごらん」と言っても、なかなかできないのです。ニートと呼ばれる若者も79%は、1ヶ月以上の就労経験があるのです。では、どうして働こうとしないのでしょうか。就職活動で問われる能力について不得意かどうかをたずねると、トップに上げられるのが、「計算」で42%もいます。ブログでも取り上げましたが、ドイツをはじめとして、世界では陶冶と言うことで、人格形成を主にした幼児教育でも「算数」が重視されているのはわかりますね。どうしても、日本では「算数」は、早期教育と思ってしまうことが多く、幼児教育では避けたり、嫌ったりすることが多く見られます。私からすると、それは、本当は、保育者のほとんどは、数学の苦手な人だからのような気がします。また、そのほかに不得意とする能力で「人の話を聞く」の34%に比べて突出して多いのが、「人に話をする」の64%でした。この結果を見ても、それはほとんど本人のせいではないようですね。親をはじめとする周りの大人の接し方が問題の気がします。少子社会になったこともあり、いわゆる「過干渉」の親が増え、多子社会での教育の方法のいっせいに指示し、そのとおりに子どもを動かしてきたことも原因のひとつでしょう。そして、学校に行くようになると、ほかの子どもたちからの過干渉、いわゆる「いじめ」に会い、また自分の考えを言うことが阻止されます。今回の調査でも、ニートと呼ばれる若者の55%が「学校でのいじめ」を経験してきており、37%が「不登校」の経験者です。私が面倒を見たいわゆる「ワル」の子のほとんどは、幼稚園、保育園時代にいじめられっ子だったと言います。いじめられないためには、いじめることだとも言っていました。子どものころのねじれは、さまざまな問題となって後になって現れてきます。
モネと睡蓮
ブログで紹介しましたが、園の脇にめだかを放し、睡蓮を浮かべました。その睡蓮が花を咲かせました。

この花を見ていると、当然、「モネ」の睡蓮の絵を思い出します。モネの代名詞ともなっているのが1890年代から描きはじめた「睡蓮」の連作です。「睡蓮」はジヴェルニーの自宅の庭にある睡蓮の池をモチーフに、1899年から1926年の亡くなるまでの間に全部で200点以上制作されています。1900年頃からの晩年には他の絵はあまり描かなくなり、もっぱら「睡蓮」に傾注しています。しかし、それらの連作の中にも、変化が見られます。そして、とても日本の影響を受けています。1890年代の「睡蓮」には岸に生える柳の木や、池に架かる日本風の橋などのモチーフが描かれています。

モネは1883年から、パリ北西の町ジヴェルニーに転居し、自宅に丹精こめて庭園をこしらえました。この庭園は20年かけて完成し、「最も美しい自分の作品」と自負しています。そして、このジヴェルニーの屋敷に隣接して日本風の庭園を造成し、そこに睡蓮を浮かべた池をしつらえたりしています。1900年以後26年に亡くなる直前まで、モネはこの庭園のなかに作られた、睡蓮が浮かぶ「水の庭」を主題に選び制作を行うのです。先日訪れた出雲大社の境内にある池を見て驚きました。余りにもモネの絵に似ているのです。
日本から影響を受けたのは、モネに限らず、印象派の画家たちはみなそうでした。そのころの日本の文化は、世界の中では注目を浴びていますし、影響を与えています。とても日本という国はすばらしいのです。先日、ドイツから来日したグレッチェさんから、「日本の文化は、とてもすばらしいのに、どこを見てもアメリカのようです。何で、日本の文化をもっと大切にしないのですか。」と言われてしまいました。確かに、保育室の中も、アメリカのようなものが並び、使われている装飾の本にしても、アメリカの雑誌かと思うような装飾が提案され、町の建物はアメリカのようです。私の園は、それでも「障子」のついたて、「すだれ」の仕切り、「よしず」の目隠し、「障子紙」を貼った照明、「江戸小紋」を背景にした案内板、「畳」の部屋、装飾として「紙風船」「竹とんぼ」「羽子板とはね」などが飾られていますが、それでも、日本的でないと不満だったようです。今まで、あまり装飾や保育内容には日本の文化を取り入れることはあまり考えませんでした。多国籍の子が多くなっているヨーロッパでは、その国の文化を日常的に、保育の中に意識して取り入れているのでしょうね。朝から夕方まで、太陽の光、木や葉の影の反射、風による水面のさざなみなど、時々刻々と変化し続ける水面の様子、水面の反映と花の美しさを捉えようと試みたモネの絵は、確かに日本的な美かもしれません。それを追求していくに連れて、モネは、画面のすべてが水面でおおわれるようになり、水面に浮かぶ睡蓮、水中の茎や水草、水面に映る空や樹木の反映が渾然一帯となって描かれるようになります。花や水を描出する筆触や色彩は、初期の印象派主義的な手法とは異なり、表現主義的ともいえる激しさで、水面の神秘的なまでの美を伝えています。そして、晩年は画家が白内障を患い、失明寸前の状態にあったこともあり、画面は限りなく抽象に近付いていきます。日本を愛する心から生まれた豊穣な色彩世界が、深まっていくのです。自然界の静と動のドラマを注視し、ついには生命の神秘にまで迫るような深い内容をそなえたモネの晩年の睡蓮の連作は、個人の内面への洞察を深める20世紀の芸術家に、とりわけ高く評価されています。