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2007年07月31日 [近頃思うこと]
みる
私は、今日、帰りの飛行機から下を見ていました。窓側に座ったからです。下を眺めていて、私は、なにを見ているのかを考えることがあります。たぶん、機内では、下を見ている人は多いでしょう。しかし、全員、見ているものは違うでしょう。その中で、「今、どのあたりだろう。」と思っている人は何人かいるような気がします。また、「日本地図のとおりだ。」と思う人も何人かいるかもしれません。そして、「ずいぶんとゴルフ場が、多いなあ。」と思う人もいるかもしれません。しかし、「こんなにゴルフ場を作って、ずいぶんと自然を破壊してしまっているなあ。」と思う人は少ないでしょう。ましてや、「ゴルフ場建設を止めさせるような運動しなくては。」と思う人はまあ、いないでしょう。また、「あっ、富士山だ。」と思う人はいるでしょうが、反対側の窓から見ている人は、「海が広がっている。」としか見えません。と言うことは、目に映る景色は見ている人によって、変わらないはずです。しかし、見る角度によって違いますし、なにを見ているのか、見てなにを感じるのかは人によって大きく違います。そして、見たことによって、次の行動に移す人はほとんどいないでしょう。そうすると、保育の中で、子どもを保育者は毎日見ていますが、なにを見ているのでしょうか。見て、どうするのでしょうか。「みる」という行為には、その意味を辞書で引いてみると面白いことがわかります。1.目で事物の存在などをとらえる。視覚に入れる。眺める。「みればみるほど良い服」「星空をみる」2.見物・見学する。「映画をみる」3.(「看る」とも書く)そのことに当たる。取り扱う。世話をする。「事務をみる」「子供のめんどうをみる」4.調べる。たしかめる。「答案をみる」5.(「試る」とも書く)こころみる。ためす。「切れ味をみる」6.観察し、判断する。また、うらなう。評価する。「人をみる目がない」「運勢をみる」「しばらくようすをみる」7.(「診る」とも書く)診断する。「脈をみる」8.読んで知る。「新聞でみた」9.身に受ける。経験する。「痛い目をみる」10.(ふつう、前の内容を「と」でくくったものを受けて)見当をつける。そのように考える。理解する。「遭難したものとみられる」「一日の消費量を三千トンとみて」11.夫婦になる。連れ添う。「さやうならむ人をこそみめ」〈源・桐壺〉12.(補助動詞)動詞の連用形に「て」を添えた形に付く。①「てみる」の形で、ためしに…する、とにかくそのことをする意を表す。「一口、味わってみる」「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」〈土佐〉②「てみると」「てみたら」「てみれば」などの形で、その結果、ある事実に気づいたり、その条件・立場が認められたりすることを表す。「踏みこんでみるともぬけのからだった」「親としてみれば、そう言わざるをえない」ずいぶんといろいろありますね。言われてみると、これらいろいろな「みる」を、知らず知らずのうちに私たちはかなり使いこなしています。これらの「みる」のなかで、保育での「みる」はどれに当たるでしょうか。たぶん、時によってそれは違うような気がします。では、「子どもをみる」というときには、どの意味で使われるのでしょうか。この意味の中には、例として、3番目の意味に使われると書かれています。その意味からすると、ただ、映像として目に映っているということではなく、世話をするという意味が含まれているのですね。しかし、ケアをするということになるのでしょうが、そんな簡単な話ではなさそうです。
投稿者 fujimori : 21:28 | コメント (2)
2007年07月30日 [行事]
夕涼み会
先週の土曜日に、園の夕涼み会が行われました。今年のテーマは「風と光と」ということで、自然について、様々な保育、行事を通して子どもたちに考えてもらおうというものです。夕涼み会でも、各コーナーをこのテーマに沿って、体験や製作やゲームなどをしてもらいました。風のコーナーでは、紙皿で風車を作って、扇風機の前で回してもらいました。扇風機は3台あって、それぞれ風の強さが違います。その違いによって、風車の回り方が違うことを体験してもらいました。水のコーナーでは、まず、山火事を消して、自然を守ろうというゲームで、トイレットペーパーで吊り下げられている炎の絵を、水鉄砲でぬらして落としてしまうというゲームです。また、前日に子ども達がヨウシュヤマゴボウとオシロイバナで作った色水で、和紙を染めようというものです。和紙の隅を色水につけると、毛細管現象で色水が上がってくることを体験しました。光のコーナーでは、様々な鏡を使った遊びや、電気を使った遊びを体験してもらいました。そして、時間を決めて、部屋の電気を消して、天井に星空を映し出して、星空鑑賞会です。草木のコーナーでは、目隠しをして、木の樹皮に触って同じ木の種類を当てるというゲームです。子ども達の中には、手触りよりも、匂いの違いで当てる子もいましたが、大人の私たちがどう匂いを嗅いでも匂いはしませんが、子ども達はすごいですね。あと、虫になって、大きな草むらの中に分け入り、虫のような複眼レンズでそれを見て歩くという体験です。途中には、大きな折り紙の虫や写真がぶら下がっています。そして、食事コーナーでは、焼きソバの地面の上のほうにもやしで作った雲が湧いていて、そこに、にんじんで作った真っ赤な太陽が輝いています。下のほうには、これから昇ってくるであろうとうもろこしの黄色い月が待ち構えています。この夕涼み会は、なんだか、文化祭ののりですが、これは1年から数年通してのプロジェクト保育の一環です。子どもたちの発達を、テーマによる興味、関心の切り口から促していこうというものであり、行事もその中の取り組みです。よく、行事の準備に明け暮れ、終わると一息つく暇もなく次の行事の準備にかかるという園が多いように聞きます。だからといって、行事をなくしてしまえばよいというわけではありません。行事は日常の保育に厚みを持たせ、起伏をもたらせてくれます。何よりも、子ども達がとても喜びます。こんな行事を日常から作り上げるだけでなく、日常に生かすことも考えるといいと思います。色水作りも、子ども達が保育の中で取り組み、とても喜びました。そのあと、その水をいろいろな形の容器に移し替えたりすることによって、「数の保存」を学びます。また、光で遊ぼうで用いたいろいろな遊びは、そのまま3,4,5歳児の部屋の「サイエンスゾーン」に置かれています。夕涼み会での体験を、自分で遊ぶことができるようになっているのです。また、草木コーナーで使われた大きな草木は、観察ゾーンの装飾に使われています。行事のために作りながら、同時に保育室の教材を作っていると思えば、時間をかけることは無駄ではなくなります。あと、園の夕涼み会は、地域の文化を伝承するというのがありますので、盆踊りでは、「東京音頭」を踊りました。あの「はあ~踊り踊るなーら、ちょいと東京音頭よいよい」というものです。事前に地域の人に来てもらって、職員が教わりました。私としては、この曲がとても懐かしく感じました。こんなのもいいですね。
投稿者 fujimori : 22:24 | コメント (4)
2007年07月29日 [近頃思うこと]
選挙
今日の夜のテレビは、選挙速報でどのチャンネルも満ち溢れていました。私は、少し不謹慎かもしれませんが、それほど選挙には興味がありません。それは、あきらめに近いのかもしれませんが、それでも選挙には必ず行くようにしています。選挙日当日は行けるかわかりませんので、出来るだけ期日前投票をしておきます。以前は、不在者投票といっていましたが、平成15年12月1日から、公職選挙法の一部が改正され,「期日前投票制度」が創設されたのです。不在者投票は、選挙人名簿に登録されている市区町村において行われ、投票用紙を封筒に入れて,それに署名する手続等が必要でした。それが、それらの手続きが不要となり,選挙人が投票用紙を直接投票箱に入れることができるようになっています。一応、選挙期日に仕事や用事があると見込まれる場合に投票することが出来、宣誓書の提出が必要です。投票期間は、選挙期日の公示日又は告示日の翌日から選挙期日の前日までの間で、投票できる場所は、各市区町村に一箇所以上設けられる「期日前投票所」です。選挙当日近くの小学校に行っていたのが、市内の車で行きやすいところとか、出かけたついでに近いところで投票できるので便利です。時間は,午前8時30分から午後8時までです。今は、ずいぶんと遅くまで投票できるようになって助かります。
こんな選挙ですが、ずいぶんお金がかかるでしょうし、いろいろなものをそろえないといけないので、大変そうですね。ネットで、「選挙に勝つ!!必勝七つ道具」が売られていました。ここには、必勝選挙の7つ道具として7カテゴリーに分類してあります。「トリビアの泉」(無駄な知識)かもしれませんが、好奇心から見てみました。まず、「候補者」です。これは、費用がどうと言うよりも、選挙に勝つためにもっとも必要なものですが、候補者自身は、ネットで販売してはいません。販売しているものは、タスキ・鉢巻・幟ベスト・手袋などがありますが、ちなみに、候補者用タスキ(前後両面)で、白地ベースのものは、1枚10000円、色地ベースのもので1枚13000円します。そして、「事務所」です。土地を借りれば賃料がかかりますし,プレハブを建てればその費用がかかります。最近多く見られるものとして,ビルを一棟借り切ってしまう方法もあります。そして,最も大きいのが人件費ですが、期間中は運動員の数,運動員個人に対する一日あたりの最大限度額等に制限があります。次に事務所雑費です。これは電話戦術の電話代,備品代(文房具,机,パソコンなど),車のリース代などです。ここまでは、ネットでは販売していません。販売しているのは、看板・堤灯・懸垂幕・横幕・立看板・だるま・くす玉・紙ふぶきなどです。ちなみに、立て看板が、白地で1枚10000円します。次は「街宣車」です。プレート看板・マグネットシート・カッティングシート・幕ステッカーなどですが、あの選挙カーの上に取り付けてあるプレートは、白地ベースのもので1枚80000円、カラー地のもので10万円くらいします。次に「沿道」です。のぼり・竿・幟立て台・竿筒・竿杭・手旗が必要になります。のぼりは、1枚3000円から6000円くらいかかりますが、何本くらい立てるのでしょうね。そして、「スタッフ」です。スタッフ用として、おそろいのTシャツ・トレーナー・ブルゾン・コート・帽子・名札・手袋などがあります。そして、「プロモーション」として、名刺・パンフレット・ポスター・シンボルマーク.ロゴマーク製作などあります。そのほか「グッズ」として、さまざまなオリジナルグッズを作ります。うちわ・手ぬぐい・鉢巻・マグカップ・ピンバッチ・缶バッチ・ネックピース・携帯ストラップ・キーホルダー・携帯クリーナー・キャラクターマスコットなどがあります。10年ほど前の国政選挙では「二当一落」(選挙に2億かければ当選,1億なら落選という意味),都市部では「五当四落」とまで言われていたほどです。立候補するだけでも大変ですね。
投稿者 fujimori : 21:32 | コメント (2)
2007年07月28日 [評価]
授業評定
昨日、産経新聞で面白い記事を見つけました。面白いといっては不謹慎かと思われますが、なんだか、こういう議論は滑稽のような気がします。だからといって、結論が出ないので難しい問題ではあるのですが。こんな記事です。
「最近、校長が教員の授業の技量を評定するようになった。そこに大きな問題が生じている。授業が下手な校長はいっぱいいるからである。囲碁5段の人を3級の人が評定したらどうなるか。甲子園に出場した野球選手を、草野球の選手が評定をしたらどうなるか。デタラメな方針が幅をきかし、技量ある者がやる気を失い、学校から活力がなくなっていく。 校長が勤務状況を評定するというなら話は分かる。勤務態度の誠実さ、熱心さ、教室での実践の良しあしなら、多くの校長は正しく評定できる。だが、「授業の評定」は別なのである。私の経験では8割の校長は授業が下手だ。指導主事も同じだ。話にならないくらい授業が下手だという校長が3割はいる。しかし、授業が下手でも管理職としては立派だという校長も多くいる。話にならないくらい授業が下手な校長が指導することは、すべて「形式的」な「俗物的」な指導法である。授業を批評できるには、研究授業、公開授業を500回は経験しなくては無理だ。下手な校長は50回もやっていないだろう。それでも、職員に「授業をやってみせる」校長なら評定する資格はあると思う。「授業力の評定」は別途のシステムを作る必要がある。(TOSS(教育技術法則化運動)代表 向山洋一)」確かに、いうとおりの気がします。「自分のことを棚に上げて、よく人のことを言うなあ」と思うことがあります。また、実践もないのに、頭でっかちの評論化タイプもいます。しかし、高度の技術を持った人が、高度の評価ができるというのは少し違う気がします。よく言われる、よい選手が、よい監督に必ずしもなれるとも限らないということです。リーダーシップ論ではありませんが、校長という資質と、教員の質は違う気がします。私は、日本の学校教育のひとつの問題は、校長が基本的に全員教員上がりにあると思っています。ただ、この記事で納得の行くのは、授業の下手な校長が評価はできないという点です。だからといって、上手な校長ができるということではなく、下手な校長は、なまじっかのプライドと、変なこだわりがあるから始末に悪いのです。また、古い、間違った価値観を強く持っている可能性が強いからです。私の園が、かつて第三者評価を受けたことがありました。その中で、「家庭的な雰囲気」というところの評価が少し低かったことがありました。そのときの評価者は、かつて、公立保育園で長い間園長をしていた人でしたので、たぶん、その人なりの「家庭的」のイメージがあったのでしょう。しかし、私からすると、何が家庭的かというと少し違うような気がします。それは、だいぶ個人によって違うと思います。このような個人によってからリ違うイメージを持つようなものの言い方なり、評価項目なり、目標などにするべきではないような気がします。また、何がノーマルな家庭かというと、それもここで持つイメージが違う気がします。それには、何十年も園長をやってきたからよいわけではなく、その人がよい保育者だったからよいわけでもなく、よきリーダーと同様の資質を持っていることが重要です。広い視野と、ものを深く見る力と、新しい時代を読み取る力が必要になってくるのです。
投稿者 fujimori : 21:41 | コメント (2)
2007年07月27日 [記念日]
72侯
東京では、梅雨明け間近で、なんとなく、じめじめムシムシの毎日です。今日のこの気候は、まさに「土潤って蒸し暑し」ですね。明日の7月28日(旧暦6月23日)は、七十二候の一つ(35候)である「土潤溽暑」です。二十四節気は1年を24等分して季節の名称を与えたもので、さらに3つに分けた七十二候は季節のうつろいを気象や動植物に託してあらわしたものです。約5日毎の気候を表しています。それぞれの名称は、気象の動きや動植物の変化を知らせる短文になっています。 そして、二十四節気は古代中国のものがそのまま使われています。太陰暦では、暦の日付が太陽の位置とは無関係なため、暦と春夏秋冬の周期にずれが生じ、農耕には不便でした。その為、古代中国では、冬至を気候の推移を表す基準点として、1年を24等分した二十四節気を考えたのです。それを分割した七十二候の名称は何度か変更されていて、日本でも、江戸時代に入って渋川春海ら暦学者によって日本の気候風土に合うように改訂され、「本朝七十二候」が作成されました。そして、1874年(明治7年)の「略本暦」には、それまでと大幅に異なる七十二候が掲載されています。しかし、この一候は、5日程度と短いために、地域差や年毎の気候の違いがありますので、その短文に当てはまらないことも多いのですが、今日という侯は、まさに今日という日をあらわしていますね。そのほかに、7月、8月の侯を見てみました。まず、「小暑」といわれる7月8日頃の31候は、「温風至」(温風至る)ということで、暑くなり始めるころということです。温風というのは、熱風のことです。今年のそのころもまだ梅雨に入らないとかで暑い日が続きました。その次の32候は、「蓮始開」(蓮始めて開く)です。私の園では、今年は睡蓮の花が咲きましたが、昨年のブログでは、はすの花が開いたことを書きました。このころは、朝、夏の風物詩である蓮の花が開きます。そして33候は、「鷹乃学習」(鷹技を習う)ということで、今年生まれた鷹の幼鳥が、巣立ちの練習を始めるころということです。この侯は、鳥の姿で表していて、珍しいですね。そして、「大暑」tおいわれる7月23日頃です。まず、34候は、「桐始結化」(桐始めて花を結ぶ)ということで、桐の実がなり始めるころです。この桐は、たんすなどに使われる木ですが、中国思想による空想の瑞鳥といわれる鳳凰は、桐樹に住み、桐の実を食べて生きるといわれています。この実がなるのがこのころです。そして、明日28日が、35候「土潤溽暑」(土潤って蒸し暑し)で、土が湿って暑くなるころという日です。そろそろ梅雨明けが近いようです。しかし、梅雨が明けたから雨が降らないというわけではなく、夏の盛りは、急に入道雲が湧き出て、あたりが暗くなったかと思うと激しい雨の夕立がやってきます。次の36候は、「大雨時行」(大雨時々降る)ということで、夕立が突然やってくるころとなります。そして8月8日ころ「立秋」になります。37候は、「涼風至」(涼風至る)ということで、暑い日差しの中に、ふと、涼しい風が身をよぎります。まだまだ夏の盛りですが、気配はそろそろ秋が近づいていることを予感させます。38候は、「寒蝉鳴」(寒蜩鳴く)ということで、夕刻に淋しげに鳴くヒグラシ蝉は涼を感じさせます。39候は、「蒙霧升降」(濃霧昇降す)ということで、明け方には、深い霧が降りるようになります。8月24日ころ「処暑」になると、40候「綿柎開」(綿の花しべ開く)ということで、綿が開花し始め、41候「天地始粛」(天地始めて寒し)のころになると、ようやく暑さが和らいできます。そして、42候になると、「禾乃登」(禾実る)ということで、稲が実りはじめ、本格的な秋になっていくのです。
投稿者 fujimori : 23:51 | コメント (3)
2007年07月26日 [近頃思うこと]
個性
今日は、珍しい人と対談をしました。「一人ひとりの個性を見守る保育」ということで、弦本將裕氏とのコラボレーションでした。弦本將裕氏は、「動物キャラナビ」といういわゆる「動物占い」を考案した元祖といわれていますが、これは、もともと「個性心理學」と呼ばれる心理学を用い、その人をより正確に詳しく診断することができる世界的に有名な心理学占いです。ですから、肩書きとしては、「個性心理学研究所所長」です。あるきっかけから知り合い、私も子どもの個性を伸ばそうという保育を提案していることから、意気投合してしまったのです。彼は、この奥深い心理学占いを、表情豊かな60種類の可愛い動物キャラクター達を登場させることにより、楽しく、そして、解りやすい内容で解説しています。そして、今年の3月に「こどもキャラナビ」という、個性をのばす子育てのヒントが書かれた本を世界文化社から発刊されています。彼と話をしていてとても面白いのは、動物にたとえて個性を表現し、それを前向きに捉えるところがありますが、もうひとつ、漢字とか、言葉の解釈をするところがあります。なるほどと思うことがあるのです。たとえば、こんなことを言っています。人は、「何のために生きていますか?」と問われると、多くは「幸せになるため」に生きていると答えます。では、どうなることが幸せといえるのでしょうか。「幸」という字を分解してみると、意外なことがわかります。その字の上のほうは「土」で、下のほうは「¥」という字になります。つまり、20世紀までの幸せ感というのは、土地とお金を持っているということになります。しかし、現代社会においては、それは幸せには結びつかなくなっています。そこで、これからは、人を大切にすること、人と人とのつながりを大切にすることが、いあわせに通じるということから、「倖せ」という字を使うことを提案しています。また、ストレスをなくす方法を提案しています。そのほうは、「アキラメル」ことだといます。しかし、この「アキラメル」という言葉には、排他的で、マイナスイメージが伴います。しかし、この「アキラメル」は、「明らかに認める」ということを意味します。この「明らかに認める」というのは、「受け入れる」ということに通じます。そして、「認める」という字は、「言葉を耐え忍ぶ」と書きます。人を認めるのは容易ではありません。それを、明らかに認めるということである「アキラメル」ことで、ストレスや葛藤を飛び越えて、受け入れることが出来るのだといいます。そして、それが、「他人は自分とは同じではない」とか、「自分と同じようには考えない」というようにそれぞれの「個性」を認めることになるのだといいます。これらのことを、私は違う観点から考えますが、同じようなことにたどり着きます。たとえば、今、格差社会と言われ、それがよくないといわれます。すると、人はだれでも格差を持っているではないか。金持ちと貧乏、学歴のある人とない人、地位の高い人と低い人がいます。しかし、私はその差が格差だとは思いません。というのは、その差が人の幸せと比例しないからです。ですから、それらの差が人の価値の差にはならないのです。格差社会というのは、その差があたかも人の人格の差であるかのように、人の価値の差であるかのように受け止める社会のことを言うのだと思います。格差のない社会というのは、人それぞれの存在、子どものそれぞれの個性を社会が受け入れることだと思います。そして、その個性を社会に貢献できるような価値を持つように援助していくことが、ある意味では「教育」ということかもしれません。
投稿者 fujimori : 21:10 | コメント (4)
2007年07月25日 [近頃思うこと]
夏の風物詩2
「残したい日本の音百選」(環境庁調べ)に南部風鈴の音色が選ばれています。この南部風鈴の音色も、夏の風物詩を感じます。この軽やかで細やかな音色が、暑さを和らげてくれるような気がするからでしょう。また、この風鈴は、さわやかな涼風によって音を奏でるからでしょう。窓辺にぶら下げておくと、少しの風にも揺れてさらさらと流れるメロディーのような音色を奏でてくれる。それは、この南部風鈴だけではなく、風鈴という字が表すように、「風を受けると音を奏でる鈴」は、暑い時期、耳に心地よい音を鳴らします。風鈴は、金属・ガラス・陶器などでできた小さな鐘、銅鐸の形をしたものが一般的です。そして、鐘の中に「舌」と呼ばれる部品がついており、舌には糸を通して短冊などがつけられていて、その短冊が風を受けると舌が鐘に当たり、チリリーンと涼しげな音が鳴る仕掛けになっています。風をよりよく、適度に受けるために短冊の大きさ、形が決まってきます。その涼しさを感じるのには、音だけでなく、その素材のガラスや金属は、見た目も冷たい感じがします。また、そこに描かれる絵も夏の風物詩が描かれ、色合いも涼しげです。もともと、風鈴は、中国では、竹林に下げて風の向き、音の鳴り方で、物事の吉凶を占う道具でした。占風鐸と言われていたものです。そして、家の四方に鐘を取り付け、その音で邪気を払ったとされています。日本へは仏教とともに渡来し、厄除けとしての道具でした。お寺の四隅にかかっている風鐸がそれです。風鐸のガランガランと鳴る音が厄除けとして使われました。すなわち、その音が聞こえる範囲の住民には災いが起こらないといわれました。平安、鎌倉時代の貴族の間では縁側に下げて、外から疫病神が屋敷の中にはいるのを防いだと書物(六学集)には、書いてあります。法然上人絵巻には銅製の風鈴が描いてあります。形は現在のものとは少し違います。素材としては、鉄器(金属製)のものは南部鉄器でできた南部風鈴や高岡風鈴があります。ガラス製としては江戸風鈴や、長崎などのビードロ風鈴などがあります。他にも紀州の備長炭を使ったものや、会津、喜多方の陶器を使ったもの、そのほか、真鍮、アルミ、木製のものなどがあります。特徴としては、鉄器製のものは、舌が鉄に触れてリーンと長くあるいは高く鳴ります。これに対して、江戸風鈴などガラス製は、長いガラスの舌が、外周のガラスをこすって、チリチリチリとかすかに鳴るようになっています。西洋では金属、もしくは木製の細長い筒を幾つか並べ、風が吹くとお互いがぶつかり合って音を発するものが一般的です。

日本にもそれに似たような原理で四本(二対)の火箸を組み合わせた火箸風鈴などもあります。そのほか、貝殻・石など様々なものがあります。現代では人々の癒し治しのアイテムとして風鈴の音が注目されています。そこで、この風鈴による演奏が行われることもあります。そんな風鈴ですが、私にとって馴染み深いものは、やはり「江戸風鈴」です。
以前のブログでも書きましたが、さおいっぱいにぶら下げられた風鈴を背負って、夏に売りに来たものです.ガラスは昔は大変高価なものでしたから、なかなか庶民には手が届きませんでしたが、高かったガラス製品が、安くなり、江戸風鈴が全盛期を迎えるのは、明治20年代です。明治24年刊行の『風俗画報」には、東京郊外の長家の軒下に、ガラス製の風鈴が下げてある挿し絵があります。そして、文面には「一世を風靡」と書いてあります。あちらこちらの軒下にぶら下げられ、夏の風物詩となったのです。
投稿者 fujimori : 23:58 | コメント (2)
2007年07月24日 [近頃思うこと]
夏の風物詩1
ドイツからのお客さんに、「何でこんなに日本は、アメリカっぽいのですか?日本の文化はとてもすばらしく、ヨーロッパでは見直されているのに」というような事を言われて、園で、もう少し、日本の文化を見直そうと取り組むようにしています。特に、新宿の園には、多国籍の子が多く在園しています。これからの子たちには、グローバルな世界で生きて欲しいと思います。だからこそ、もう少し日本文化を伝承しないといけないのでしょう。何回かブログでも書きましたが、そんな意識はありませんでしたが、私の園にはかなり日本的なものを取り入れています。何年か前の職員旅行のレクリエーションで、クイズに「園長先生の好きな国はどこでしょうか?」という問題が出されたことがありました。ほとんどの職員は、私が毎年ドイツに行ったり、ドイツデザインのものを多く持っていたり、私の部屋はドイツ家具で統一されたりしていますので、「一番好きな国は、ドイツ!」と答えました。私の正解は、「もちろん、日本!」です。まず、園の入り口脇に額に入れられて飾られているのは、季節ごとの「和手ぬぐい」です。今は、いろいろなところで季節の手ぬぐいが売られるようになっていますが、以前は、季節の変わり目ごとに浅草の手ぬぐい専門店に買いに行ったものです。今に時期は、朝顔の絵柄が飾られています。手ぬぐいは、もちろん1年中いろいろな絵柄があります。今は、冬用にサンタクロースがそりに乗って空から滑り降りてくる図柄があるように、特に日本的ではありませんが、本当は、見た目は、「涼を感じさせる夏の生地」と「和の柄」がお似合いです。江戸時代から、夏には着物や手ぬぐいに涼感のある柄や素材が用いられたため、そのイメージがあるのでしょう。ですから、「神田川」で歌われた「赤いマフラーにした手ぬぐい」は、タオル地のような気がします。しかし、手ぬぐいは、今は布巾に使われることが多いように水気をよく取るので、夏に流れる汗を拭うのに必需品でした。ですから、夏に使われるもとというイメージが強く、涼感たっぷりの柄が多く出回ったのです。吸水性だけでなく、速乾性にも優れた手ぬぐいは、汗拭きや鉢巻き、風呂で体を洗うのに用いられ、使っては洗い、干して乾いてはまた使われました。また、人夫など、汗をよく掻く職業の人は、腰にさして常に持ち歩いていました。かまやつひろしさんの歌でヒットした吉田 拓郎作曲の「我が良き友よ」では、「下駄を鳴らして 奴が来る 腰に手ぬぐい ぶら下げて」と歌っていましたね。そういえば、この下駄も、夏のイメージがあります。それは、下駄と浴衣という組み合わせを思い浮かべるからですが、下駄は、普通素足に履き、木の感触が涼しげに感じるからでしょう。また、あの歩くときに鳴る「カラン コロン」という音も涼しげに聞こえますね。下駄を園では使いませんが、草履を使うところはあるようです。私の園でも、見本を取り寄せて見ました。なかなか取り入れるのには、勇気が要りますが、足の裏に当たる感触がいいだけでなく、「鼻緒がある履物は、足の指が鍛えられます。地面をつかむ力が強くなると、背筋が伸びて足腰全体にも良いので、中高年の方にはそういった意味でもおすすめしますよ」と、浅草にある和装履物屋、「辻屋本店」の富田里枝さんが言っています。日本古来のものには、生活の知恵と、日本の風土にあったものが伝わっているのですね。もういちど、いろいろなものを見直してみたいと思います。
投稿者 fujimori : 20:45 | コメント (6)
2007年07月23日 [旅先にて]
上諏訪
今、「リーダーシップとは何か」という原稿を書いていますが、リーダーとして必要な要素はたくさんあるので、どのように書けばよいか、なにを重点とすればよいか迷うことが多く、締切日がだいぶ過ぎているのに、なかなかペンが進みません。そのリーダーとしての資質として、こんなことを書きました。「外部に目を向けることによって、機会を見出すことが必要になってきます。このために、広い視野を持ち、常に新しい情報を得、それに対応する柔軟性と活力を持たなければなりません。そして、この変化する社会に対して、それに翻弄されないような確固たる理念と、守らなければならない使命を持たなければならないのです。この広い視野と、確固たる理念を持っていることで、職員の意見、提案を聞く力がリーダーに備わってきます。その聞く力が、職員のいろいろな発想、提案がしやすくなる環境が備わってきます。そして、そのなかから真理を見出し、その真理から実行すべき具体的な行動を見つけることが必要になってきます。そして、よいと思ったことを実行するための行動力が必要になってきます。」このことが感じられることに、こんな実践があります。中央本線の上諏訪駅の1番線ホームの一角には、岩の塊がごろごろしています。そしてそこには、暖簾や看板があり、湯煙が立っています。そこには、『足湯』と書かれています。
かつては、ここに露天風呂がありました。駅の敷地内に温泉が湧き出ているわけではないのですが、国鉄時代の昭和61年8月に、長野鉄道管理局の「一駅一名物」キャンペーンの一環で、お湯をホームまで引いてきて露天風呂を作ったのでした。この露天風呂、日本で唯一駅のホームにある露天風呂として有名となり、鉄道ファンのみならず観光客も大勢訪れ、一躍観光名所となりました。入り口は、売店の脇から入るようになっており、女性用と男性用と別れていました。窓口で石鹸を買うと、そこには、キップの型が押されていました。この露天風呂見るたびに思うことがありました。それは、作るようになったいきさつです。たぶん、「一駅一名物」のキャンペーンで、上諏訪駅になにを作ろうという会議をしたときに、「上諏訪は温泉が有名なので、ホームに露天風呂なんかどうだろうか」という意見が出たことにまず感心します。どう考えても、この意見を出したときには冗談半分だったような気がします。風呂ならわかるのですが、ホームに露天風呂ですから。しかし、こんな意見はもしかしたら出るかもしれないとは思います。しかし、すごいなあと思えるのは、それをやろうと決断した上司のような気がします。普通であれば、一笑に付されてしまいそうです。その露天風呂が2002年7月に改修され、足湯として生まれ変わっているのです。
もうひとつ、この上諏訪には有名な温泉として、「片倉館」があります。
これは、諏訪を拠点する世界最大の製糸家、片倉財閥の二代目片倉兼太郎が、住民や工員の福利厚生のために建てたクアハウスです。片倉は大正11年から12年にかけて世界一周旅行を行った際、欧米諸国での地域住民に対する文化福祉施設の充実ぶりに感嘆し、このような施設をぜひ諏訪にもと財団法人片倉館を設立し、昭和3年に建てられました。この中の千人風呂は大理石の広い深い風呂で.子どもなら立って入れます。また、湯槽の底の玉砂利が敷き詰めてあり、足裏のつぼを刺激します。リーダーとは、地域住民、職員に感謝し、大切にする心も必要です。
投稿者 fujimori : 23:15 | コメント (3)
2007年07月22日 [近頃思うこと]
ムクゲとタチアオイ

夏になると、大きなきれいな花を見かけることがあります。そのときに、私は、「ムクゲ」という花と、「タチアオイ」という花の区別がなかなかつきません。本当は、この花の違いは花の形の違いではなく、「ムクゲ」はインド・中国原産の落葉樹で、「タチアオイ」はアオイ科の一年草で、宿根草です。見れば、木か草の違いなのですぐわかるのでしょうか、花だけの写真では私は区別がつきません。でも、そんなことを言うと失礼ですね。というのは、「ムクゲ」は、大韓民国の国花で、しばしば韓国の象徴とされ、国章にも意匠化されています。ムクゲは、花は1日でしぼみますが、次々に咲くために花期が長く絶えることがありません。ですから、朝鮮語では無窮花(むきゅうか・ムグンファ - 무궁화)と呼ばれ、永久の花に通じるといわれます。和名のムクゲは、漢名の木槿または無窮花の音読みによるといわれています。この花は、茶室の生け花に使われることが多いそうです。“わび”,“さび”の世界に合うと思われてきていますが、実は、あの南国の情熱の花と言われているハイビスカスと同じ仲間です。樹皮を乾燥したものは木槿皮という生薬で、抗菌作用があり水虫薬に配合されますし、花を乾燥したものは木槿花という生薬で、胃腸炎、下痢止め等に用いられます。
一方、「タチアオイ」という和名は、その立ち上がるように伸びる茎に由来しています。
そして、「葵」とはふつうこの「立葵」のことを 指すようです。しかし、私たちが「葵」といって思い出すのは、京都で行われる 「葵祭り」とか、江戸徳川家の紋所 として知られる「葵の紋所」ですが、これは、この「立葵」ではなく「双葉葵」 という名の草とのことです。江戸時代の元禄のころ、中国から「タチアオイ」が渡来し、日本中に広まると、この「タチアオイ」が「あおい」と呼ばれるようになりました。この花も、ムクゲと同じように穂状に多数の花がつき、長期にわたって咲き、豪華です。ですから、ムクゲにしても、タチアオイにしても夏から秋にかけてよく見かける花なのです。会津若松市では、戊辰百年祭の記念行事の一環として一般市民から公募し、昭和42年に会津地方にたくさん見られる花ということで、タチアオイが市の花として制定されました。そして、平成12年度から「花と緑の課」を新設し、市の重点施策として「美しい環境のまちづくり」を掲げ、その実現のために美しい花々によるまちの演出と、植栽による緑豊かなまち並みの創出などについて取り組んでいます。この花と緑の課では、希望する市民の方に無料でタチアオイの種を配付して、タチアオイの普及を図り、市有地である中央公民館、会津総合運動公園、鶴ヶ城公園西口花壇にもタチアオイが植えられています。この花は、「ホリホック」と英名で呼ばれることもありますが、これは葉の形がヒイラギ(ホーリー)に似ており、茎の節がくるぶしのようにぼこっと節くれ立つ(ホック)様子に由来するということと、12世紀頃の十字軍が シリアからこの花を持ち帰ったことから、「ホリーホック聖地」から きているとも言われています。また、学名のアルケアは病気を治すという意味で、タチアオイ属の中には薬用になるものが多いところに由来します。花言葉は、「大望」「野心」といわれますが、真夏の暑い盛りに、そんな暑さにしおれずに、かえって、まっすぐに茎を空に向かって伸ばし、下段から咲き始めてゆっくりと上に上っていく姿が大望を持っているように見えるのかもしれませんね。
投稿者 fujimori : 21:44 | コメント (3)
2007年07月21日 [近頃思うこと]
ちがい
よく、「今月は○○月間です。」というのがよくあります。たとえば、今月の7月には、「社会を明るくする運動」強調月間です。この運動は、犯罪をなくして“社会を明るくする”ために、すべての国民が犯罪の防止と犯罪者の矯正および更生保護についての正しい理解を深め、すすんでこれらの活動に協力するように全国民によびかける啓発活動です。法務省が主唱するこの運動は、犯罪者予防更生法の施行日(昭和24年7月1日)に由来しています。また、夏ということで、「海の月間」「河川愛護月間」「海岸愛護月間」「山岳遭難の防止(~8月31日)」などが決められています。また、○○ 週間というのもあります。これも、7月は夏ならではのものがきめられています。たとえば、1日~ 7日 が「全国安全週間」、16日~31日が「全国海難防止強調運動」、21日~31日が「森と湖に親しむ旬間」、21日~ 8月20日が「自然に親しむ運動」です。これらの月間、週間には、主に、官公庁が所管の一定の施策を集中して推進・啓発するために設けている場合が多くあります。同じような○○月間、○○週間というものを、各自治体で独自で定める場合もあります。先日、長野に行く列車に乗ったときに面白い中吊り広告を見ました。
「7月は“ちがい”を愛する強調月間です」というものです。これは、長野県で定めてある月間のようです。面白い月間ですね。その上には、「一人ひとりの“ちがい”が尊重される社会へ」と書かれており、あの有名な金子みすずの詩「わたしと小鳥と鈴と」が書かれています。「わたしが両手を広げても お空はちっとも飛べないが 飛べる小鳥はわたしのように 地べたを早くは走れない わたしが体をゆすっても きれいな音は出ないけれど あの鳴る鈴はわたしのように たくさんな歌は知らないよ 鈴と小鳥と それからわたし みんな違って みんないい」よく知っている詩ですが、何度読んでも深い味わいがありますね。この中吊り広告に掲載されている石にしても、どれも同じ形、大きさはありません。しかも、それぞれの特徴は、どれも持ち味があります。笑っているように見える石、怒っているように見える石、泣いているような石、様々です。
何回かに分けて少しずつ紹介しようとしているドイツの絵葉書は、今年ミュンヘンを訪れた際、ミュンヘン市の幼児教育施設の責任者であるグレッチェさんからいただいたプレゼントに添えられていたメッセージの台紙です。その1枚がとても気に入って、そのシリーズを今回買ってきてもらったものですが、そのときにいただいた絵葉書は、鏡に映った自分の顔を見ている子どもの姿です。
そして、こんなペスタロッチーの言葉が添えられています。「隣の子と比較しないで!常にその子自身の発達を見なさい」ペスタロッチーは、1746年スイスのチューリヒで生まれました。彼の処女作ともいえる『隠者の夕暮』という本の冒頭で「玉座にあっても木の葉の屋根の伏屋に住んでいても同じ人間、その本質における人間、人間とはいったい何であるか」と問いをなげかけています。これは、王様も貧しい人もみんな同じ人間だというときの人間、人間とはそもそもどういうものなのだろう、という意味です。ペスタロッチーは、どんな境遇、性格、能力が違っていても、その中で共通する人間という本質は、何を求めるものなのか、どういうときに安らぎを感じるものなのかを明らかにし、人間にふさわしい教育をおこないたいと考えたのです。
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2007年07月20日 [近頃思うこと]
怪我と地震2
怪我をしたときにケアしなければならないのは、血が出ているとか、傷口があるとか、目に見えるところだけでなく、心のケアも必要です。園では、「被害児童への精神的なケア」をし、それを記録します。ます。怪我をしたときに、その怪我の痛さだけではなく、精神的にもショックを受けている場合があります。よく、けんかや、いじめが起きると、先生は急いで加害者のところに行って、「何でやったの!」「そんなことしていいの!」「あやまりなさい!」としかっている姿を見かけることが多いのですが、実はすぐに飛んでいってケアをしてあげなければならないのは、やられたほうです。やったほうは、悪いことをしたと思っていますし、怒られることは覚悟しています。しかし、やられたほうは、突然のことで、かなり精神的に打撃を受けていることが多いのです。私がワルといわれていた中学生男子の勉強を見ていたときのことですが、そのころいじめがずいぶんと行われていました。私のところに来ていた中学生は、いじめっ子が多くいました。その子達に「どうしていじめるようになったの?」と聞くと、多くは、「幼稚園時代(保育園時代)にいじめられたから。」と答えます。なぜかというと、いじめられたくないので、いじめる側に回るといっていました。そのときに、他人にいじめられたいやな経験があるといじめなくなるかと思っていましたが、逆にいじめ側になってしまうのだということを知りました。その後、子どものころ虐待を受けた人は、わが子に虐待をしてしまうことが多いということを知りました。すぐに加害者のほうに目を向けがちですが、まずは、被害者の心のケアをしなければならないのです。地震など災害の後でも、被災した子どもの心のケアも大切でしょう。その次に「被害児童の保護者への対応」です。これも、かなり微妙な話です。事実はきちんと報告するということはもちろんですが、保護者への心のケアも必要だからです。当然、親にとっては、わが子がそのような目にあうのはかなりショックです。それを、簡単に「よくあることですよ。」とか、「お宅のお子さんもやることがあるのですよ。」とか、「このくらい大丈夫ですよ。」など、安心させようとした言葉がけが、かえって保護者を傷つけてしまいかねません。特に難しいのは、加害児童の名を告げるかどうかです。確かに、子どもは悪気ではないでしょうし、小さい子ほど監督者の責任が大きく、やった子どもを責めるわけには行きません。しかし、どうも、最近の保護者は、やったこの名前を知りたがりますし、名を告げないことは、何かを隠しているという印象を与えるようです。また、憶測で誰かを加害者と決め付けかねません。その次の「加害児童の保護者への対応」があります。この対応も、基本的には子どもを責めるのではなく、基本的に一緒になって原因を考え、再発を防ぐという気持ちが表れていなければなりません。地震などの後も、誰の責任か個人を攻めるのではなく、きちんとした事実を報道することが大切です。今回の原発での事故も、きちんと事実と、それから推測されることをすぐに公表すべきです。今回の地震では、原発というとてもデリケートな部分がありましたので、どうも、地震について、その後の連鎖災害について報告や説明が不足しているような気がします。心配をかけまいとする行為が、かえって心配を煽ってしまっているようです。園での怪我対応は、書ききれませんが、その後もまだまだやることがあります。国としての災害への対応も、もう少しきちんとして手順をどうして作っておかないのでしょうね。いくら不可抗力のように見える災害でも、その後の危機管理によって、再発を防げるようになるのではないでしょうか。
投稿者 fujimori : 20:38 | コメント (4)
2007年07月19日 [近頃思うこと]
怪我と地震1
また、中越地震が起きてしまい、被災されたかたがたは、大変な思いをされていることでしょう。この地震のニュースなどの報道を見て、ふと似たようなことを思い出しました。それは、園で起きる事故や怪我に対する対応です。先日、ある会議で、園児の怪我についての職員対応について保護者からの苦情で、職員が精神的に参っているという話を聞きました。そのような話は、どこにでもある話で、週刊誌などにも取り上げられたりしています。私の園でも、子どもの怪我に対する対応について、保護者が不安に思ったことがあったので、その対応について話し合いました。その手順が、今回の地震についての政府の対応とダブルところがあります。園でも子どもの怪我が、ある意味で地震に近いのは、ある確立で起きる可能性があるということです。それは、直接防ぐこともできないし、予想も立ちにくいことがあります。ですから、逆にその対応が大切になってくるのです。また、地震よりも大変なのは、怪我をしたときに、自らつまずいて転んだとか、自分から何かにぶつかったというのならいいのですが、誰かとけんかをしてとか、最近多いのは、誰かに引っかかれたとか、誰かに噛み付かれたという場合です。その場合は、やられた、怪我をした子だけではなく、怪我をさせた子に対しての対応もしなければならないことと、対応する相手は、怪我をしたりさせたりした子どもだけではなく、その子の保護者への対応も考えなければならないからです。昔のように、ただ謝るだけ、報告をするだけでは収まらなくなっているからです。そこで、園では、こんな書類を作って、その後の対応の手順をひとつずつ確認し、記録することにしています。まず、記録の最初には、それが起きた日時、天気、場所、誰(加害者と被害者)を記録します。これらの事項には、ある共通点が見出されることがあります。怪我は、何曜日が多いのか、どの時間帯が多いのか、どんな天気のときに多いのか、誰と誰が一緒のときに多いのかなど、同じようなパターンが見られることがあるときには、次には、そのような状況には気をつけたり、同じような状況を作らないように工夫をしなければなりません。ただの記録のために書くのではありません。次に、「どのような状況で起きたのか」をきちんと整理することがあります。これは、後で状況を保護者に伝えるために、きちんとした事実を整理します。そのときに、見たことと、憶測したことを分けます。たとえば、転んで怪我をしたとしても、本当に躓いた瞬間は見ていず、転んで泣き出したので振り向いたというケースが多いはずです。そして、とっさにどうしたのかを状況から判断します。また、転んだ子どもから聞いたり、近くにいた友達から話を聞いて、憶測するのです。そのときに、見ていたか見ていなかったか問題になることがよくありますが、怪我をした瞬間は見ている可能性のほうが少ないはずです。次に、怪我をした「直後の怪我に対する処置」です。地震が起きたときに、その直後の対応が、死者を減らすことにかかってきます。また、すばやくライフラインを復旧するとか、その手当てを取ることが必要です。まず、被災者の安全、命を守ることが優先しなければなりません。そして、「事後処置」です。これは、医者に連れて行くかとか、園に戻って手当てをするかなどです。地震などの場合は、その対策室を設けるとか、緊急会議を開くことです。ここまでは、地震の時にするのですが、問題はその次からです。
投稿者 fujimori : 22:19 | コメント (3)
2007年07月18日 [近頃思うこと]
泥んこ遊び
ドイツでは、「子どもは木登りをする権利がある」というほかにこんな権利も保障されています。「子どもは泥んこになる権利がある」というものです。この法律もすばらしいものですね。もともと、古今東西、子どもたちは 泥遊びが大好きです。泥遊びには、土と水という、子どもにとってとても大好きな、大切な素材が必要です。この土に触れ、水に触れることで、大地を感じます。ドイツからいただいた絵葉書にこんなものがあります。
「泥んこ遊びは、免疫力をつけるボディービルディング」微生物学者であるティーツの言葉が添えられています。確かに泥には、そんな効果もあるでしょうね。泥パックとか、泥エステなどもあるくらいですから。また、泥そのものの効果だけでなく、その触感も大切です。先日、私の園の保護者数組が、園の給食で食べているお米の産地に、その稲の草取り行ってきました。その話をある保護者から聞いたのですが、はだしで田んぼに入るのを最初はためらったそうです。それは、泥んこだからです。子どもも、そんな体験は今までにはなかったので、嫌がったり、気持ち悪がったりするかもしれないと心配もしていたそうです。ところが、子どもは平気でどんどん泥の中に入っていき、それにつられて、保護者も入っていったそうですが、その感触の気持ちよかったことを話してくれました。たぶん、足を包み込むような刺激がとても気持ちよかったのではないでしょうか。きっと、その刺激は、脳によい影響を与えていると思います。同様に、泥などを握るのも、脳を刺激するといわれています。アメリカなどでも、手のひらのつぼを刺激することで、脳を活性化するといわれ、保育室に食紅で着色したライスが、流しのようなところに入れてあり、それを、子どもが水のように、水車のようなところに流したり、いろいろな入れ物に移したりして、遊んでいました。確かに、ボケ防止と称して、胡桃を手のひらで転がしたり、ゴルフボールを握らせたりします。ですから、最近はやっている泥団子は、あのぴかぴかに光る、真ん丸い形に感動することで大人でも夢中になりますが、これを作る過程でかなり脳を刺激していることでしょう。また、泥んこ遊びは、指も使います。この指を使うことも、脳を刺激します。ですから、バイオリンを子どもに弾かせることで、脳が活性化するといわれていますし、この指先を使うことでボケ防止に有効であると言われ、ピアノを弾くなどがよいとされています。そんなことを考えると、泥んこ遊びだけではなく、子ども達が、はさみを使い、のりを指先でつけ、折り紙を折り、粘土で物を作るなどの活動は、脳にとってもとても意味ある活動なのです。そういえば、保育で使う粘土の「油粘土」は、もっとも身近な「粘土」で、主に土を原材料にし、油を混ぜて作られる粘土です。乾かすと固まる「紙粘土」は、パルプに油を混ぜることでできます。形を作ってから乾燥させると、水分がなくなることでパルプが固まって形が変わらなくなります。そのほか小麦粉から作る「小麦粉粘土」などがありますが、実はこれらのほとんどは「粘土」ではありません。「粘土」とは、「岩石・鉱物などが風化、あるいは変成することによってできた、きわめて小さな粒子」のことです。分かり易く言えば、「目に見えないほど小さな粘土鉱物がいっぱい集まっている土」が粘土といえます。少し違いがありますが、粘土遊びと泥遊びは、近い効果ありますね。
投稿者 fujimori : 23:29 | コメント (5)
2007年07月17日 [近頃思うこと]
木登り
ドイツには、こんな法律があるそうです。ひとつは、「子どもは、木登りをする権利がある」というものです。これは、高さのブログで書きましたが、上から下を見るという行為が、子どもの脳のシナプスを増やすという研究データがあるためもありますが、そのほかにも、木登りは子どものさまざまな発達を促します。一時、子どもが登り棒などに登るときに、足の裏を使わなくなったということが話題になりました。その点、木登りはわりと楽です。なぜかというと、脚を掛ける枝があるからです。ですから、木登りをするときには、まず枝がある木を選ぶ必要があります。子どもは、木登りをする前に、まず頭で考えます。右手であの枝を持って右足をあの枝に乗せて、次に左手で次の枝を持ってというように、どのように登るのか、木を見たときにイメージします。そして、登る木を決めていきます。木登りに適した木の条件は、次のとおりです。①太い幹から枝が適当な間隔で出ており、子どもが手足をかけて登りやすいこと。②枝の間隔が開いている場合は、幹に手を回して抱きついて登れる太さであること。③枝が折れにくい太さであること。④枝の張り出しが水平方向に近く、幹の付け根に足をかけた時に、幹と枝に挟まれて痛くないこと。⑤樹皮がコルク質で柔らかくて滑りにくいか、滑らかで感触がいいこと(腕に触れてチクチクしたり、木肌がはがれて滑りやすくないこと)。⑥細い枯葉などが、首筋などに入りにくい木であること。⑦毛虫や蜂がいないこと。⑧周りが開けていて、見晴らしや風通し、日当たりがよいこと。⑨地面が柔らかい場所であること。などです。しかし、木登りは、実は降りるのが大変です。ひとつひとつ確認しながら手の位置を決めてから降りないで、足場を先にさがすと、うまく降りることが出来なくなってしまいます。私が子ども会の顧問をしていたときに、運動会種目を普段の学校の種目と違うことを考えようと提案し、林の中の運動会を企画しました。その種目の一つに「木登り大会」がありました。子ども達は好きな木を選んで、ある時間内に登り、そこから紐をたらし、地面に着いたところに印をつけ、降りてきてからその紐の長さをみんなで比べ、一番長い子を優勝にしました。でも、木登りは、ある危険が伴います。落ちるかもしれませんし、幹や枝で怪我をするかもしれません。ドイツから、私がせがんで、ある絵葉書のシリーズを買ってきてもらいました。そのなかの1枚が私の気を引いたからです。その絵葉書を、何回かに分けてブログで紹介したいと思います。今日はその中の1枚を紹介します。
絵葉書には、ドイツ語でコメントが書かれていますので、園のドイツ語が出来る保護者に早速訳してもらいました。この絵葉書には、こう書かれています。「こぶやかすり傷は、子どもの権利」というものです。枝のない木に登るのはもっと体力がいります。足の裏を合わせてはさんで上っていかなければなりません。腕の力がとても必要です。このような体力を使うことが重要ということで、小学校には登り棒があります。きょう、放課後の校庭解放の話し合いに行って副園長が帰ってきて、「校庭にある登り棒のところに、使用禁止の貼紙がしてありましたよ。」という報告をしました。きっと、落ちて怪我をすると、責任の問題で困るからでしょうね。文句を言う保護者と、それを避けようとする管理者との間で、子どもの大切な体験がどんどん減っていきそうです。
投稿者 fujimori : 21:03 | コメント (3)
2007年07月16日 [近頃思うこと]
色覚バリア
高さは、脳のシナプスを増やすためにとても意味あるものですが、時には、ある人たちにとっては、「バリア」になることがあります。高さは、段差になるからです。段差は、足を上げなければ登ることは出来ませんし、足の力が必要です。また、車などでは登ることは困難です。車椅子やバギーや自転車などにとっては、段差は障害になります。このように物事は両面もっていることがあります。車にしても、体の不自由な人にとっては移動するためにとても便利なものですが、一方、歩いている子どもたちにとっては危険なものにもなるのです。ある人にとって、便利なものが、ある人にとっては、危険なものになったり、生活するうえで障害になったりすることがあります。それは、なかなかその身になってみないとわからないことがあります。
毎日新聞に連載されて始めて知った言葉に「色覚バリアフリー」があります。さまざまな生活上の障害を取り除くこと、バリアフリーについては、以前のブログで書きましたが、色覚バリアフリーは知りませんでした。しかし、「色覚障害」とも呼ばれる「色盲」は黄色人種では男性の20人 に1人(5%)、女性の500人に1人(0.2%)に見られます。(白人では男性の8%、黒人では男性の4%)となると、色盲は世界的には AB型の血液型の頻度に匹敵し、極めてありふれた存在なのです。この調査が行われた平成8年10月と同時期に行われた調査でも、日本人の中に、色盲の人は約318万人いることになり、身体障害者の総計を越える数となっています。それから考えると、小中学校の40人学級(男子20人)の各クラスに必ず1人、男女100人の講演会場では、2~3人の色盲の聴衆がいるという計算になります。これだけ式網の人がいるのに、なんとなく社会的な差別や偏見といった過去の経緯から色盲であることを隠す人が多いのでわかりませんが、生活上、かなり不便を感じている場面があるでしょうね。そこで「色」だけで区別、判断させるような分かりにくいものを「色のバリア」と考え、色弱(色盲、色覚異常)者にとっても分かりやすい色づかいや表示方法にする「色覚バリアフリー(カラーバリアフリー)」に取り組む必要があるのですが、他の障害に対するバリアフリー対策に比べ、色覚に関するバリアフリー対策は遅れているようです。反面、印刷技術の発達やインターネットの普及で、我々の身近なところで色の違いによって重要な情報を判断しなければならない機会が急激に増えてきています。また、さまざまな情報を正確に伝達することが求められ、商業デザインの場では商品やサービスの情報がより多くの人に確実に伝わることが求められています。ですから、これからの時代では、もっと「色覚バリアフリー」について意識を高め、誰にでもわかりやすいユニバーサルな色彩表現を広げていかなければならないのです。最近、身の周りの様々なものにカラフルな色が増えました。少し前まで、モノクロが多かった携帯電話画面も今はカラーになり、印刷もカラープリントが急速に普及し、TVのニュースでも話題になった青色LEDの開発や液晶モニタのコストダウンによって駅や建物の案内表示板なども美しく、分かりやすくカラー表示されるようになりました。このような色づけされた分かりやすい表示も、色の組み合わせによっては、「色弱者にとっては逆に分かりにくい表示」になってしまう事もあるのです。今、色覚障がい者が見やすい「地下鉄マップTOKYO」が作られ、無料配布されているそうですが、色覚障がい者だけでなく高齢者や養護施設の方などにも喜ばれているそうで、どんなものか見てみたいものです。
投稿者 fujimori : 21:29 | コメント (2)
2007年07月15日 [近頃思うこと]
高さ
私は、それぞれ人は、建物の中の何階で生まれたのかなあと思うときがあります。たぶん昔の人はほとんどが1階というか、地上階で生まれたでしょうね。私は自宅出産だったので、1階でうまれたと聞いています。私の母は、私を産む間際、陣痛が激しく苦しんでいると気にふと欄間を見上げたら、その欄間を白い蛇がはっていたと言います。そして、その白い蛇が姿を消した途端に、私が生まれたそうです。自宅出産らしい逸話ですね。その白い蛇は、苦しいなかでの幻想かもしれませんが、実際にそのころの我が家の縁の下には大きな白い蛇がすんでいたそうです。姿を見ることはめったになかったそうですが、抜け殻はよく見たそうです。私は、自分の中で、もしかしたらその白い蛇の生まれ変わりかと思ったことがありました。というのは、小さいころに評判になり、学校でも見た映画に「白蛇伝」というアニメ映画があったからだったかもしれません。なんだか、幻想的で、不思議な映画でした。それはさておき、わが子が何階で生まれたかは覚えていませんが、病院だったのでたぶん1、2階ではなかったと思います。そのように、今は、ほとんど1階で生まれる子どもは少ない気がします。それが、何か影響しているような気がします。というのは、その階によって、気圧や、視点が違うからです。それは、階によってだけでなく、その地域の標高によって違うこともあるでしょう。そして、その子どもが、主に、何階で育てられたかも何かに影響しているかもしれません。そんなことを考えるのは、地方の方にはわからないかもしれません。東京では、マンションやアパート住まいの子どもは、複数階で育っています。こんなことを思うのは、子どもが朝起きて、窓を開けて外を見るときの景色が違うからです。建物図面を書くときの地面のラインをGLと言います。これは地上の線です。しかし、そのGLが、子どもの育っている階によって違う気がします。毎朝、窓から外を見たときに、その高さからの景色を真横に見、学校から帰ってきたとき、夜、家で過ごすとき、それは住まいのある高さで過ごします。すると、意識としては、その高さが普通の高さになり、高いという感覚が少し違ってくる気がします。先日、ドイツから幼児教育のドクターをお呼びし、一緒にシンポジウムをしたのですが、ドイツでは、子どもがいつも視線を水平に見ている生活の中で、上から覗き込むということをさせると、脳のシナプスが増えるという研究データがあるので、どの園にも「ロフト」といって、保育室の中に一段と高い場所を作っているということを話されていました。
また、そこに上るために、階段を上ることも脳のシナプスを増やすということがわかっているそうです。ドイツでは、保育室はほとんど平屋作りです。そこで、ロフトを作ることによって、階段を上り、上から覗き込むということを意識して子どもにさせるそうです。
ずいぶん前になりますが、ある自治体から私のところにこんな電話が来ました。「公立の保育園は、今まで平屋作りでした。しかし、今回どうしても2階建てにしなければならないのですが、保育士から反対されています。2階建てのメリットを教えてください。」というものでした。そのときにこの研究データを知っていたら「脳にとってよい。」ということが言えたのですが、そのころは知りませんでしたの、私は、「その園の周りの住宅は1階建てと2階建てのどちらが多いですか?」と聞いてみたら「ほとんど2階建てです。」と答えたので、「それが園を2階建てにするメリットです。」と答えたものです。
投稿者 fujimori : 20:58 | コメント (3)
2007年07月14日 [近頃思うこと]
内視鏡
胃カメラの検査をすることがありますが、何回受けてもいやなものです。特に私は、恥ずかしいのですが、苦手です。今は、だいぶ検査の管も細くなり、飲みやすくなっているのですが、喉に入れるときとか、検査中に何度もゲーゲーして、涙が出て仕方ありません。それでも、その後になんでもないと言われた時のホッとした気分は、検査の辛さも忘れてしまいます。やはり、どこか悪いのではないかという心配のほうが、体にはこたえますね。しかし、平気で検査を受ける人はいますが、まだまだ辛いと思う人も多いようです。バリウム検査もありますが、私は、したことがありません。医者から、バリウム検査をして、「疑いがあるから今度、胃カメラ検査をしましょう。」と言われると、バリウムの辛さと胃カメラの辛さを二度味わうことになるし、再検査と言われてから次の検査まで心配な何日かを過ごすことになるので、初めから胃カメラ検査のほうがいいですよと言い含められ、本当かなと思いつつ最初から胃カメラ検査をします。ある年、こんな体験をしました。いつものように、胃カメラ検査をするために、検査室の隣の部屋で、言われたとおりに喉でうがいをしていました。これは、ある薬でうがいをすることによって、検査のときに苦しくないようにと喉に麻酔をかけるのです。少しでも検査のときに苦しくないようにと必死でうがいをしていました。すると、検査室から私の名前が呼ばれました。そこで、私はうがいをやめ、検査室に入りました。ドアを開け、検査室に一歩足を踏み入れたときにびっくりしたことが起こりました。突然、ゲーゲーし始めたのです。まだ、何も検査は始まっていないし、喉には何も差し込まれていなく、部屋に足を一歩踏み入れただけなのにです。たぶん、喉が管を差し込まれたと思って、差し込まれたときの反応をしてしまったのです。私は、看護師さんに、「すみません、ちょっとゲーゲーしてきます。」と言って、隣の部屋に戻り、流しでひとしきりゲーゲーしてから、検査室に戻り、無事に検査を受けました。そのときに、ふと、教員時代を思い出しました。給食の時間に、野菜を食べない子がいたので、私が何気なく、「野菜、食べないの?」と声をかけた途端に、ゲーゲーし始めたのです。その子に向かって、「私は、無理やりに食べなさいとは言わないのだから、わざとらしく、ゲーゲーしないでよ。」と言ったのです。胃カメラ検査のとき、その子を思い出しながら、「あれは、わざとらしくゲーゲーしたのではなかったのだ。申し訳ないことをしたなあ。」と思ったのでした。食べないの?と声をかけた瞬間、喉が食べたと錯覚して、反応してしまったのでしょう。こんな思いの胃カメラ検査も、今はだいぶ進んできています。先日新聞に「ごっくん、カプセル型内視鏡」という記事が掲載されていました。「薬のようなカプセルを飲んで小腸の中を撮影するカプセル型内視鏡を、岐阜県笠松町の松波総合病院が導入した。検査が難しく「暗黒の臓器」と呼ばれていた小腸を、簡単に検査できる。」というものです。カプセル型は、ミサイルのアイデアから生まれたそうです。イスラエルの軍事研究者が消化器内科医に出会い、雑談の中からミサイルのように先端のカメラから画像を送るという発想が生まれたといいます。2007年に、日本においてもカプセル内視鏡を用いた画像診断システムが承認・実用化されていますが、小腸は長く曲がりくねっていて、口や肛門から遠いことや腸壁を傷つけることなどから、従来のファイバースコープの内視鏡での検査はほとんどできませんでしたが、カプセル型を使えば、患者は苦しい思いもせず、病変などの画像を見て確定診断ができますし、使い捨てのため、感染リスクも低いようです。ずいぶんと進んだものです。
投稿者 fujimori : 19:54 | コメント (4)
2007年07月13日 [近頃思うこと]
ニート
ニートと呼ばれる若者の8割が「社会や人から感謝される仕事がしたい」と感じていることが、厚生労働省による初の実態調査でわかったそうです。私が、ずいぶんと昔のことになりますが、独身だったころ、問題行動を起こす男子中学生たちがよく私の家に遊びに来たことがありました。その子達は、学校では、いわゆる「ワル」と呼ばれる子も多かったのですが、その子達全員の希望は、「勉強ができるようになりたい」ということだったことを思い出します。彼らは、一般には、勉強や学校が嫌いで、それで成績も悪いのだと思われています。確かにはじめはそうかもしれません。しかし、そのときにわずかではありますが、何かのサインを子どもは出しているのです。その訴えに気がつかず、ただ、「勉強しろ」とか、「まったくお前はだめなやつだ」とか、叱咤激励をすればいいと思って対応します。その対応は、子どもの心に触れません。逆にいらだたせ、逆らうことを誘発してしまいます。本当は、本人自身も後ろめたい気持ちや、何とかその状況から脱したいと思っています。ニートと呼ばれる若者も、一般的には就労意欲が低いと思われがちですが、本人は、決してそうではなく、全体の82%が「社会や人から感謝される仕事がしたい」と思っていますし、80%が「どこでも通用する専門技能を身につけたい」と思っているのです。反面、「仕事をしていないと後ろめたい」と思っているのも82%います。では、働けばいいではないかと思う人が多いと思います。いわゆるワルと呼ばれている中学生も、成績がよくなりたかったら勉強すればいいではないかと思うのです。しかし、どこかで掛け違ったボタンは、もう一度はずして掛け直さないといけないのです。「ほら、違うでしょ」と言っても、「自分でやってごらん」と言っても、なかなかできないのです。ニートと呼ばれる若者も79%は、1ヶ月以上の就労経験があるのです。では、どうして働こうとしないのでしょうか。就職活動で問われる能力について不得意かどうかをたずねると、トップに上げられるのが、「計算」で42%もいます。ブログでも取り上げましたが、ドイツをはじめとして、世界では陶冶と言うことで、人格形成を主にした幼児教育でも「算数」が重視されているのはわかりますね。どうしても、日本では「算数」は、早期教育と思ってしまうことが多く、幼児教育では避けたり、嫌ったりすることが多く見られます。私からすると、それは、本当は、保育者のほとんどは、数学の苦手な人だからのような気がします。また、そのほかに不得意とする能力で「人の話を聞く」の34%に比べて突出して多いのが、「人に話をする」の64%でした。この結果を見ても、それはほとんど本人のせいではないようですね。親をはじめとする周りの大人の接し方が問題の気がします。少子社会になったこともあり、いわゆる「過干渉」の親が増え、多子社会での教育の方法のいっせいに指示し、そのとおりに子どもを動かしてきたことも原因のひとつでしょう。そして、学校に行くようになると、ほかの子どもたちからの過干渉、いわゆる「いじめ」に会い、また自分の考えを言うことが阻止されます。今回の調査でも、ニートと呼ばれる若者の55%が「学校でのいじめ」を経験してきており、37%が「不登校」の経験者です。私が面倒を見たいわゆる「ワル」の子のほとんどは、幼稚園、保育園時代にいじめられっ子だったと言います。いじめられないためには、いじめることだとも言っていました。子どものころのねじれは、さまざまな問題となって後になって現れてきます。
投稿者 fujimori : 23:05 | コメント (2)
2007年07月12日 [近頃思うこと]
モネと睡蓮
ブログで紹介しましたが、園の脇にめだかを放し、睡蓮を浮かべました。その睡蓮が花を咲かせました。

この花を見ていると、当然、「モネ」の睡蓮の絵を思い出します。モネの代名詞ともなっているのが1890年代から描きはじめた「睡蓮」の連作です。「睡蓮」はジヴェルニーの自宅の庭にある睡蓮の池をモチーフに、1899年から1926年の亡くなるまでの間に全部で200点以上制作されています。1900年頃からの晩年には他の絵はあまり描かなくなり、もっぱら「睡蓮」に傾注しています。しかし、それらの連作の中にも、変化が見られます。そして、とても日本の影響を受けています。1890年代の「睡蓮」には岸に生える柳の木や、池に架かる日本風の橋などのモチーフが描かれています。

モネは1883年から、パリ北西の町ジヴェルニーに転居し、自宅に丹精こめて庭園をこしらえました。この庭園は20年かけて完成し、「最も美しい自分の作品」と自負しています。そして、このジヴェルニーの屋敷に隣接して日本風の庭園を造成し、そこに睡蓮を浮かべた池をしつらえたりしています。1900年以後26年に亡くなる直前まで、モネはこの庭園のなかに作られた、睡蓮が浮かぶ「水の庭」を主題に選び制作を行うのです。先日訪れた出雲大社の境内にある池を見て驚きました。余りにもモネの絵に似ているのです。
日本から影響を受けたのは、モネに限らず、印象派の画家たちはみなそうでした。そのころの日本の文化は、世界の中では注目を浴びていますし、影響を与えています。とても日本という国はすばらしいのです。先日、ドイツから来日したグレッチェさんから、「日本の文化は、とてもすばらしいのに、どこを見てもアメリカのようです。何で、日本の文化をもっと大切にしないのですか。」と言われてしまいました。確かに、保育室の中も、アメリカのようなものが並び、使われている装飾の本にしても、アメリカの雑誌かと思うような装飾が提案され、町の建物はアメリカのようです。私の園は、それでも「障子」のついたて、「すだれ」の仕切り、「よしず」の目隠し、「障子紙」を貼った照明、「江戸小紋」を背景にした案内板、「畳」の部屋、装飾として「紙風船」「竹とんぼ」「羽子板とはね」などが飾られていますが、それでも、日本的でないと不満だったようです。今まで、あまり装飾や保育内容には日本の文化を取り入れることはあまり考えませんでした。多国籍の子が多くなっているヨーロッパでは、その国の文化を日常的に、保育の中に意識して取り入れているのでしょうね。朝から夕方まで、太陽の光、木や葉の影の反射、風による水面のさざなみなど、時々刻々と変化し続ける水面の様子、水面の反映と花の美しさを捉えようと試みたモネの絵は、確かに日本的な美かもしれません。それを追求していくに連れて、モネは、画面のすべてが水面でおおわれるようになり、水面に浮かぶ睡蓮、水中の茎や水草、水面に映る空や樹木の反映が渾然一帯となって描かれるようになります。花や水を描出する筆触や色彩は、初期の印象派主義的な手法とは異なり、表現主義的ともいえる激しさで、水面の神秘的なまでの美を伝えています。そして、晩年は画家が白内障を患い、失明寸前の状態にあったこともあり、画面は限りなく抽象に近付いていきます。日本を愛する心から生まれた豊穣な色彩世界が、深まっていくのです。自然界の静と動のドラマを注視し、ついには生命の神秘にまで迫るような深い内容をそなえたモネの晩年の睡蓮の連作は、個人の内面への洞察を深める20世紀の芸術家に、とりわけ高く評価されています。
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2007年07月11日 [近頃思うこと]
自然体験学習
池や水場は地域にとって癒し空間になります。それは、都会の中ではなおさらです。また、野生の生き物もとても癒しになります。しかし、それを子どもがいたずらをしたり、生き物を取ったり、その池や川に人が落ちたりすると、そこに柵を作れとか、池に網をはれという話になります。そのようなことをしないと、人は自然と共生する事はできないのでしょうか。私からすると、小川に柵をつけるとか、水の表面に網をはってしまうと、癒し効果は薄れる気がします。それは、自然ではなくなるからです。どうでしょうか。ドイツでは、学校の周辺で自然体験学習をする学校は多くあります。生徒が小川の里親になったり、あるいは川の清掃などを行なっているところもあります。学習用に様々な道具を詰めた「自然体験かばん」を用意すれば、近くの森への遠足もちょっとした冒険に早変わりします。森の探偵になった子どもたちは動物の足跡を探し、土のサンプルを取り、顕微鏡やルーペを使って自然を研究します。かばんには課題を書いたものや、資料、工具などを入れておきます。子どもたちは金槌ややすりの使い方を楽しく覚えることができ、嗅覚など全ての感覚を使って自然を体験します。近くに小川があれば、生徒たちは若き研究者として反応器を使った水質検査をし、プロのように水質分析ができます。飲料水に粘質の汚染物質が入っていることを一旦自分の目で発見した生徒は、水質改善への取り組みにこれまでとは全く違うモチベーションを持つことになります。そういった生徒が将来、山道の奥に使用済み油を廃棄するようなことはおそらくないでしょう。 また、水の中や森の中の生き物にいたずらしたり、いじめたりはしないでしょう。また、家族で森の遊び場へ遊びに行こう、自然キャンプで休暇をすごそうという呼びかけを行っています。ドイツでは、数多くの環境学習センターや国立公園が後押しする環境と自然を楽しむ休暇が流行となっています。滑り台、シーソー、ジャングルジムなどがあり、綱遊びもできる森の遊び場では、子どもたちは大喜びで遊び、近くの草地ではピクニックやバーベキューができます。またドイツの国立公園には数多くの自然体験歩道があり、日曜に散歩しながら、あるいはハイキングをしながら、自然環境についてよりよく学ぶことができるようになっています。バイエルンの森の自然体験歩道では、ハイキングをする大人や子供が立ち止まって、生き物の生息空間である森についての知識を様々な方法で得られる場所が、途中の9ヶ所に作られています。森の音に耳を澄ましたり、自然のなかにあるものを使って音楽を楽しんだり、植物に触れて匂いを確かめたり、動物と一緒に木登りや幅跳びの競争をしたり。疲れたら、木のあずまやで休むこともできます。大きな蜘蛛の巣などのわかりやすい素材を使って、森の生態系が多様に絡みあっていることがわかります。このようにドイツでは、家庭、学校、市町村、連邦といった様々なレベルで環境教育が行なわれています。「魚を取るな!」「保護するために網をはる」「ごみを川に捨てるな!という対策では無理のような気がします。環境を守るとか、ごみを捨てるとか、道徳や倫理観は、決して言われてするものではなく、罰せられるからするのでもなく、覚えこまされるものでもなく、そのものへの愛着とか、それが自分にとってどういうことであるかという認識とか、それらと楽しく過ごした経験などから生まれてくるものなのです。
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2007年07月10日 [近頃思うこと]
環境教育2
ドイツでは、学校での環境学習もきちんと位置付けられています。自然界のプロセスや生態系における相互依存についての知識は、数ヶ月単位で行なわれる「教科の枠を越えた授業」の時間に主に学習します。つまり、複数の教科の共通テーマとして環境を扱い、様々な視点から光をあてるのです。例えば「エネルギー」をテーマにした学習では、化学と政治の授業を組合せて行ないます。様々なエネルギー源について化学の授業で自然科学的に調べ、政治の授業では脱原発とエネルギー転換についてディスカッションを行なうといった具合です。 一方、短期間で学年・学校を挙げて一つのテーマに取り組む「プロジェクト」もあり、1週間単位のプロジェクトウィークなどもしばしば行なわれます。例えば「水ウィーク」では、生物の授業で海の生態系の勉強をし、化学の授業では水質分析をして飲料水の質を調査し、社会科では水不足の問題を取り上げます。 学校で実践的な環境学習プロジェクトを実施するため、数多くの自然学校(機関)や環境学習センターが講師を派遣したり、内容についてアドバイスをしています。日本の教育はほとんど一斉に知識を教え、それを覚えているかのテストをし、多く覚えている子が頭が言われるような、ずいぶんと古い教育形態をとっていますね。外国では、話し合いとか、議論をしあうとか、発表しあうというような「協同的学び」と、体験していくという教育に変わっています。自然教育も、日常生活では自然に触れることが日々少なくなっている子どもたちに、自然に直接触れることを通して、自然環境との良い関係を築いていこうとします。そのために、ドイツでは多くの学校が環境に配慮した校庭づくりをし、そこにビオトープ(生物の生息場所)を作っているのです。日本でも作るところが多くなりましたが、きちんとしたカリキュラムなり、プロジェクトが組まれていない場合が多いようです。また、「緑の教室」プロジェクトを実施する学校も増えてきました。6歳から10歳の小学生が、泥遊び場・生垣を使った迷路・畑などをつくり、校庭を様々な環境が体験できる場に自分たちの手で作り変え、その結果、畑には虫が飛び、花々が咲き、野菜や果樹の実がなり、そしてそれらは子ども達によって収穫されます。庭仕事を通して子ども達は、実際にいろいろなことを行なう能力を伸ばし、自然のサイクルを学び、栽培されている植物の利用法などを知ることができます。畑の隣の池の中央にはソーラーエネルギーで動く噴水があり、そこから子どもたちは代替エネルギーについて学びます。学校で飼っている動物の世話をし、さらに動物の糞をコンポストにし、それをまた畑に使うといったことを通して、あるいは獣医訪問などで、生徒たちは遊びながら動物について学びます。鶏小屋で飼われている鶏も、学校が休みの時も毎日、餌をやり世話をしなければなりません。こうした世話を通じて、責任を持つことを学んでいきます。自家製の卵、花、野菜や果物を週に1度の市場で売ることで、子どもたちは農作物の世話を学ぶだけでなく、数多いプロジェクトの費用の一部を自分達で賄うこともできるのです。自然体験は生徒たちの環境観にポジティブに作用することを、今ではドイツのほとんどの学校が認識しています。これからの時代では、なにを子ども達が学び、なにを体験することが大切なのか、もう一度見直すことが必要かもしれません。
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2007年07月09日 [近頃思うこと]
森の幼稚園
「森の幼稚園」というのは特定の園の名称ではなくて雨の日も雪の日も森に集まり、森の中で移動しながら保育活動を行う幼稚園全体をさしています。そして、森の幼稚園には2種類あって、園舎などの施設を持たずに森の中だけで活動している園と、園舎を持ちながら屋外活動の一環として森での保育を行うところがあります。最初の森の幼稚園は1950年代半ばにデンマークで子育て中の母親であるエラ・フラタウが近所の子ども達も一緒に森へ保育のために連れていったことから始まり、その後、親主導の「stovbornehaven:デンマーク語の森の幼稚園」が設立されました。その他にも19世紀末スウェーデンにも森や自然教育のルーツがありましたが、北欧と同じように森の文化が定着しているドイツでは、デンマークでの森の幼稚園の存在を知らずに1968年にヴィースバーデンでウルスラ・スーベが森の幼稚園を創立しました。ドイツでは1991年にケースティン・イェブセンとペトラ・イエガーによってデンマークの影響を受けて森の幼稚園が始まり、本格的には1993年にフレンスブルグに公的な森の幼稚園が認可されました。現在、各地にある森の幼稚園もその設立のプロセスは一様ではなくて、保護者達の自主活動から始まった所もあれば、市が新しい園の施設計画をしていたときにそのソフトとして森の幼稚園が採用された所もあるようです。ドイツを訪れたときに、メンバーの半分は、森の幼稚園活動を見せてもらい、子どもたちと一緒に森に行ってきました。その季節は2月でしたので、とても寒く、子ども達は厚いコートを着て出かけましたが、メンバーもドイツはとても寒いということで重装備をしてついていきました。生憎か幸いか、私は行くメンバーにはならずに園での活動のほうに参加したのですが、行ったメンバーが帰ってきたときに、子ども達はとても楽しそうでしたが、メンバーは、「寒くて、寒くて、もうコリゴリ」という感想でした。この森の幼稚園では、こんなことをします。朝8時過ぎに現地集合して最初は草の上で輪になり、一日の開始の歌を歌ってからお絵かきが始まります。そこでは数や地図の勉強をしたり、木片に点描画を描いたりと集団遊びが展開されています。子どもは15人に教員1の配置です。集合地点での活動が終わり片づけをしてからリュックを背負い、みんなで遠足のようにつぎの場所へ移動します。小さな荷車には必要最低限の荷物が入っており、先生達が引っ張って行きます。ゆっくりと森の中を歩きます。森の中を歩くと木々の日陰になる所と木漏れ陽がさして暖かい場所が交互にやってきます。小さな子ども達は歩くだけで汗をかいたり、また、寒くなったりと気温の調整を衣服の脱ぎ着で調整します。年長児が年下の子の面倒をみながら、また、少し発達障害がある子の動きも先生だけでなくて他の子ども達が心づかいをしながら進んでいく様子は「森の探索隊」がチーム編成されているようです。先生に引率されている感じではなくて、一人ひとりが主体的に歩いており、時として出会う森を散歩する人達にも対等に挨拶をしながら移動しています。つぎの地点への途中にもいくつかの遊びのスポットがあって、年長の子どもが「ここの斜面は滑り台になるよ」とか「あそこで遊ぶこともあるよ」と説明してくれます。季節に準じたプロジェクト教育のカリキュラムも充実しており、昆虫、草花、木々や動物の変化を観察します。そして、温暖な季節や天候の日だけではなくて、当然、雪の日も雨風の日もあり、蚋や蚊からどのように身を守り順応していくか、また、そのような厳しい環境の下に身を置くことで、体をとおして自然への畏敬の念を学ぶようです。日本の子どもがよく言うように、「蚊はいやだ」とか、「虫は気持ち悪い」ということは、虫が嫌いというのと少し違う気がします。
投稿者 fujimori : 21:38 | コメント (4)
2007年07月08日 [近頃思うこと]
子育て
最近、子育てポストの利用状況を聞いたり、子どもへの虐待にニュースを見ると悲しくなります。そんなときに、動物の子育てを見ると、参考になったり、感動することが多々あります。先日水族館に行って、子育て中の姿を見る機会がありました。まず、最初は、「ミズダコ」の子育てです。魚屋で見かけるタコは、アフリカ産のボイル真ダコが圧倒的に多く、次いで国産のボイル地ダコ(国産の真ダコを地ダコと呼んでいます。)、そしてボイルか生の北海ダコです。この北海ダコが大抵はミズダコのことです。タコのトレードマークの頭に見える部分は胴体で、眼のある部分が頭、そして8本の足と思われているのが実は8本の腕です。その腕の付け根の中央部にあるものが口です。そのなかでミズダコは世界最大のタコです。このタコが、8本の腕で、卵をしっかりと抱えて守っている姿をみました。
なんと、ミズダコのメスは赤ちゃんが誕生するまで約10か月間何も食べずに卵を外敵から守るのです。ミズダコはあまり目立たない岩穴などの中に卵を産みつけます。それからメスは子どもがかえるまで、ひたすら新鮮な水を卵にやさしくかけ続けます。流氷が海を覆ってしまう厳冬の時期、なんと水温がマイナス2度まで下がってもしっかりと卵を守っています。この行動は、やがて海開けとなり、水温がプラスの1度になる5月になって一斉に赤ちゃんたちが孵化を始めるまで続きます。そして、赤ちゃんたちの元気に飛び出して行く姿を見届けるとメスはやがて力つきて死んでしまいます。
もう一つ見たのは、「タツノオトシゴ」の子育てです。天空に昇る竜の姿にそっくりですが、れっきとした魚でヨウジウオ科の仲間です。このタツノオトシゴは、メスが、オスの腹部にある育児用の袋の中に産卵します。ですから、おなかの大きい姿をしているのは、オスのほうです。
妊娠の大変さを体験するのはオスです。そして、2週間ぐらいすると数百もの子どもがオスのお腹から飛び出してきます。やはり出産の大変さもオスがします。しかし、その姿は、とても感動します。ですから、古くからタツノオトシゴを安産のお守りにします。これを絵本にしたのが、「はらぺこあおむし」を書いたエリック・カールの「とうさんはタツノオトシゴ」です。
「あなた、わたし たまごを うむみたい。」かあさんは いいました。「だいじょうぶ。ぼくに まかせて。」とうさんは いいました。「おねがいね、ありがとう。」かあさんは、とうさんの おなかの ポケットにそっと たまごを うみおとしました。そう、タツノオトシゴの卵は雄のお腹のポケットで孵化を待つのです。
この行動は、決してメスが無責任でも、オスに大変なことを押し付けているのではなく、メスの子育ての負担を軽減することによって、次の産卵に備えてメスは体力を蓄えてより良い卵を形成するのだと考えられています。オスとメスの連携プレーなのです。海の中では、想像もできないような神秘的な営みが地上の歴史とは別に繰り広げられています。そして、学ぶことも多くあります。人間の発達や営みにも多くの神秘的なことが含まれています。子どもを見ていると、人間という生き物のすごさをつくづくと感じます。そんな子どもを大切にしなければと思います。
投稿者 fujimori : 22:21 | コメント (3)
2007年07月07日 [近頃思うこと]
環境教育
ドイツは、「環境先進国」というイメージがありますが、少し前までは日本と同じように「工業国」として20世紀の発展を遂げたというイメージがあります。その結果、特に鉄鋼、化学などの分野で水質汚濁や大気汚染、騒音など、いろいろな問題を抱えていました。それにいち早く取り組み始めたのです。コミュニティの発想の強いドイツでは、市民レベルでの環境問題への運動は長い歴史があります。その点とても私は日本と似ている気がします。アメリカなどと違って、権利とか、義務とか、法律でとか、規制をかけるということからではなく、地域コミュニティの中でそのような問題を解撤しようとしていました。青森の縄文時代の三内丸山遺跡を以前訪れたときに、ゴミ捨て場が100%きちんと燃えるごみと燃えないごみとに分別され捨てられていました。それが、国土が狭い日本での規範でした。それがいつの間にか、あのマクドナルドのように何でもかんでも一緒に捨てて、まとめてそれを埋めてしまえばよいという国土の広いアメリカのやり方が、さも、新しい時代の文明かのように取り入れてしまったのです。何年か前にドイツの人に聞いたのですが、ドイツでは、「ゴミの分別」や「ゴミを出さない生活スタイル」など、市民レベルの意識の高さを感じさせられます。ミュンヘンでは家庭のゴミは3つに分別して出します。家庭ゴミは2週間に1回、この3つの指定容器に分別されたものを、自治体から委託を受けた業者が回収にやってきます。3つの分類は、「Paper(紙)」「Bio(生ゴミ)」「その他」です。2週間に1回ですから、当然、ゴミの総量を2週間でこの容器1個以内に押さえなければなりません。家族に子どもでもいると大変です。捨て方ではなく、ごみを出さない工夫をしなければならないからです。紙パックの量を減らすため飲み物はビンのものを購入し、スーパーで購入した品物の包装はできるだけスーパーの資源回収箱に捨てるようになります。そして、ビンやカンなどのリサイクル資源は、町の至るところに大きな回収場所があり、ここに行けばいつでも回収してもらえますので、多くの人は、ビンやカンを水できれいに洗い、キャップなどをはずし、きれいにして回収容器に入れています。しかし、人はどうしても楽なほうに動こうとします。何かを購入する場合でも、単にリサイクル製品というだけでは購入してもらえません。それが、いい製品である事、価格も安い事など、消費者にとって得になるようになっていないといけないし、また、制度としても、リサイクル活動などが得になるようなルールづくりが重要なわけで、2週間に1回しか回収してもらえないということで、市民も自ずとゴミの出ない購入の仕方を考えるようになるということのようです。そして、環境教育は持続可能な社会の形成にとって重要な役割を担うため、ドイツは環境教育を重要な教育目標として法的に位置付けました。連邦各州の州憲法は、青少年の「自然と環境への責任感」を育むよう学校に求めており、これを民主主義や人間の尊厳などの重要な法的概念についての教育と同等に扱っています。学校での環境教育の本質的課題は、環境についての基礎的な知識を与えること、そして環境に配慮した社会づくりへの積極的な参加を促すことです。しかし学んだことを環境のための行動へと活かしていくためには「退屈な」知識を与えるだけでは足りないということがわかってきました。1200人の生徒にアンケート調査をした結果、環境を守る行動を促進するためには、環境に関する知識を教えるよりも自然体験をさせるほうが、7倍効果が高いことがわかったのです。そこから「森の幼稚園」という取り組みがなされるようになってきているのです。
投稿者 fujimori : 13:32 | コメント (5)
2007年07月06日 [新聞記事より]
風力
先日はドイツから幼児教育者をお招きして研修会を開催したので、しばらくは、新聞などで「ドイツ」という文字を見つけると思わず読んでしまいます。今日の毎日新聞には、こんな記事が掲載されていました。「ドイツ:風力や太陽光、30年には電力消費量の45%に」というものです。ドイツは、環境の国ということで有名です。ある人にも聞かれました。「ドイツは、環境についての教育などは盛んですか?」私が答えたのは、もちろん環境についての取り組みにはとても熱心ですが、訪問してみて気がつくのは、「どこが環境に熱心なのだろうか。」と思うほど、すでに自然になっているように見えます。もちろん、幼稚園などの建物の屋根は緑化されているところも多いですし、園庭にはビオトープがあるところもあります。また、山の上には風力発電もよく見かけます。今日の新聞記事もこの風力発電についてです。「ドイツ環境省は5日、風力や太陽光など再生可能なエネルギーを利用した電力消費量の割合を、2030年に全消費量の少なくとも45%とする新目標を発表した。再生可能エネルギーの利用が予想以上に進んでいるためで、「2020年に20%」としていたこれまでの目標を上方修正した。」とあります。日本が、京都議定書の提案国であるのに対して、ドイツは今年3月、欧州連合(EU)議長国として、温室効果ガス削減に向けた意欲的な目標設定に加盟国首脳の同意を取り付けた国として、率先して再生可能エネルギーの消費割合向上についての目標達成に貢献するために打ち出したものです。45%とはすごいと思ったのですが、すでに昨年、全消費量の12%に達しているそうです。この数字は、10年の目標だそうですが、早くも年内には達成されるので、10年には15%に、20年に27%、30年に45%と設定したのです。日本の風力発電は、2004年3月までに、735基以上の設備ができ、発電量は、2003年度には約67万キロ・ワットにまで増えました。
しかし、世界1位のドイツは約1461万キロ・ワット、2位のアメリカは約635万キロ・ワット(いずれも03年末の数字)です。確かにドイツはダントツに多いですね。この風力発電ではありませんが、風の力を利用することは昔からありました。昔ながらの風車は、特に18~19世紀のころまで活躍していました。粉をひいたり、水をくみ上げたりするため、水車とともに利用されていました。しかし、蒸気機関が発明され、工場の機械や乗り物に利用されるようになると、風車はへっていきます。同様に日本でも、大正時代から昭和の初めにかけて、農業に使う水をくみ上げるのに風車が使われ、風力発電も試みられましたが、広まりませんでした。その代わりに、大量に使われるようになったのが、石炭や石油などの化石燃料です。確かに、風力発電には、短所もあります。風力発電でたくさんの電気を作るためには、多くの設備と広い土地が必要で、費用がかかります。また、風が弱くなると、安定した電力を作ることが難しくなります。さらに、風車を建てる山や海岸の自然に影響を与え、騒音を出すという問題もあります。また、ブレードに鳥が巻き込まれて死傷する場合があるという報告もあります。しかし、世界全体では電力需要量の約5倍に相当する電力が風力によって発電可能とされています。日本でも軽視できない量が開発可能であると推定されています。それは同時に、2010年には京都議定書で定められた温室効果ガス排出削減量の三分の一を風力発電だけで達成できると言われています。なにをするにも、日本は2周遅れですね。
投稿者 fujimori : 23:11 | コメント (3)
2007年07月05日 [近頃思うこと]
試験
私は勉強が余り好きではありませんので、試験は苦手です。実力テストはまだいいのですが、特に試験範囲のあるものは嫌いです。ですから、教える立場になったときに、生徒に試験をするのも苦手です。看護学校で教育学を教えているときに、最初の授業で、「皆さんは、看護師としていっぱい覚えることが多いと思います。試験前は、覚えようと大変だと思います。その中で、教育学は覚える必要のないものばかりです。教科書にあるような世界の教育制度や、教育方法など覚えても何にもなりません。それよりも、どう患者さんと接するか、どうしたら食事指導などが効果的に出来るかを教育学の観点から一緒に考えるようにします。ですから、試験問題は先に言っておきますので、試験前は、他の教科に時間を使ってください。」と言うことにしていました。私は、看護の仕事は、保育、教育同様に人を相手にする仕事だと思っていますので、暗記よりも、人格を高め、視野を広め、自分で問題を解決する能力が必要とされます。また、たとえば、糖尿病の患者に食事指導をする場合でも、脅したり、無理やり強引にさせるよりも、患者が自ら治療しようとする意欲が大切です。また、病気も治すより前に、患者自ら生きようとする意欲を持つことが大切です。看護師は、その気持ちに沿い、援助することが必要であり、それがまさに教育学なのです。はじめは覚えなくてもよいということで、授業を熱心に聴かず、余りやる気がないようでしたが、回数を重ねるにしたがって、自分で考え、それを人の前で発表し、より深く考えるようになっていきました。そんな変化が楽しくて、看護学校では8年くらい教えていました。それに引き換え、ある保育専門学校で保育原理を教えるのは、1年も経たずに止めてしまいました。私は、保育という仕事も暗記することが多い職業ではなく、子どもを相手に、その子にとってなにが必要とされているかをその場その場で考え出せる力「問題解決能力」とか、子どもとの気持ちをやり取りできる「コミュニケーション能力」とかが必要だと思っています。そんな授業をしたつもりでしたが、学生はおしゃべりをしていて、私の話を聞こうとはしません。あるとき、学生何人かからこんなことを言われました。「みんなが話を聞こうとしなかったり、おしゃべりが多いのは先生のせいです。」といわれました。なぜかと聞いてみると、私が間違っていることを三つしているというのです。一つ目は、「私が授業中話したことを試験に出さないからいけない」私は、看護学校同様、試験問題を最初に言ってしまっていたのです。ですから、話を聞こうとしないのだというのです。二つ目は、「授業態度を成績に反映しないからいけない」他の先生は、しゃべったりすると、「はい!マイナス1点!」と言ったりすると静かになるというのです。私は、つまらない話であれば当然聞く必要はないと思っています。しかし、つまらない話しか、面白い話かは聞いてみなければわからないと思うのですが、最初から聞こうとしないのは、どうもその判断の結果ではなさそうです。三つ目にいけないことは、「席を自由にするからいけない」というのです。どうも、自由というと、当然友達と隣同士になってしまうので、話をしても仕方ないというのです。私は、高校時代から席は自由でしたので、専門学校に行ってまでも先生が席を決めなければならないとは情けない話だと思っていたのです。どうも、覚えること、話を聞くことは、評価があるからのようです。いつから、自ら必要と思って、覚えたり、授業中話を聞いたりするようになるのでしょうか。
投稿者 fujimori : 22:50 | コメント (4)
2007年07月04日 [近頃思うこと]
期末試験
今、電車に乗ると、学生たちはみんな車内で勉強をしています。ノートや参考書に赤いセルロイドを当てています。これは、答えの部分が赤い字で書かれてあって、赤いセルロイドを当てるとそこだけが消えて、問題を解いていくものです。わたしが学生のころはそんなやり方はありませんでしたので、紙で隠しながら答えていったものです。ずいぶんとハイテクになったというか、それを考えた人は、それによって特許とか取ったのでしょうか。そうであれば、ずいぶん稼ぐことでしょうね。なぜ、今そんな姿を多く見るかというと、1学期の期末テスト中だからでしょう。中間テストとか、期末テストとかいうものは、中学に入学して初めての体験です。小学校のころのテストは、いつ行われるかわかりません。私は、中学に入学して、初めのころは、中間テストというものは授業がない日というイメージしかありませんでした。ですから、その日は下敷きと筆箱しか持っていかなくてよい日というイメージでした。それも、中学生になると個人用ロッカーがあったので、そこに下敷き、筆箱を入れておけば、手ぶらで登校できると喜んだものでした。ですから、試験と試験の間の休み時間は、いつものとおり外で思い切り遊べると思って、遊んだものでした。休み時間には、次の試験の勉強をするもので、そのために試験期間中はいつもより多くの参考書とか、ノートや辞書を持っていくものだと知ったのは、ずいぶん経って、成績が落ち始めてから知りました。しかも、先生から、休み時間まで時間を惜しんで勉強するものだと注意をされて気がついたのです。私は、そんな間際に少しくらい勉強しても大して意味がないと思っていましたから、先生から注意されても、見つからないように屋上で遊んでいました。ずいぶんとのんきな話です。あるとき、夢中で遊んでいて、気がついたら試験時間が半分以上も過ぎていたことがありました。急いで教室に戻って、試験を受けようとしたら、思い切り遊んでいたので汗が流れて仕方ありません。すると、試験の監督に来ていた先生が、「そんなに汗が出ていては試験なんか受けられないだろう。流しに行って、顔でも洗ってきなさい!」といわれて、顔を洗いにいきました。ですから、その試験は終わりの10分くらいしかありませんでした。なんともそのころの先生は、おおらかなものです。私もそれほど気になりませんでした。それは、わからないものはどんなに考えたってわからないし、わかるものは、時間が少なくても答えを書けるからです。ちなみに、その科目は「音楽」でした。そのころの音楽は、楽譜に階名を書くとか、移調、転調をするというものでしたので、ピアノを習っていた私にはどうということはなく、また、知らないものはどんなに考えてもわかるわけはなかったのです。しかし、そのころの音楽のテストは、将来意味がないと思われて、その後なくなりましたが、逆に楽譜が読めることは、今とても役に立っています。それよりも、今日の車内で覗き込んでみた難しそうな問題のほうが役に立ちそうもない気がします。そんなことを考えると、中間、期末試験の問題は、将来必要な力を試しているのでしょうか。あんなに悩ませながら必死に覚えさせていることが、どれほど将来役に立つのでしょうか。必死に参考書を見ている学生が、通路をふさぎ、周りの人に迷惑をかけていることを知るほうが、よほど意味があると思うのですが。親の中には、どうも、そんな気遣いのほうが、将来役に立たないと思っている人が多いのでしょうね。
投稿者 fujimori : 23:33 | コメント (5)
2007年07月03日 [セミナー]
陶冶と算数
今日は、ドイツミュンヘンからDr. Eleonore Hartl-Groetch(エレオノーレ ハルトル-グレッチェ博士)氏をお呼びし、「世界の保育から観る今の子ども像」というタイトルで、新宿区の後援を得て講演会が開催されました。
彼女は、2000年より、バイエルン州都、ミュンヘン市の幼児教育施設の責任者です。今、ドイツでも幼児施設の絶対数が足りないために新設幼稚園建設の計画、実行し、2012年までに8000人分の場所が計画されています。また、幼小連携のために、バイエルン都市会議に0歳児から12歳児の代表として参加し、ミュンヘン市に0歳から12歳までの子ども時代を専門とする新しい専門高等教育機関を立ち上げ、その顧問をしています。そのバイエルン州では、今「バイエルン陶冶」というプロジェクトを立ち上げています。陶冶ということについては、2005年12月09日のブログで書きましたが、「日本や英語圏では、ケアと教育という区別の仕方をするが、ドイツ語圏では、betreuung, bildung, erziehung 保護と陶冶と教育という言い方をする」といわれています。陶冶は、「人間形成」のことをいう古い表現で、今は、「教育」とほとんど同義に使われます。しかし、教育には二通りの意味があります。ひとつは、「人間に本来備わっている能力や性質を、外部からの作用によって引き出し育て上げる」ということです。教育=educationの語源は、ラテン語のeducoの「育てる」「引き出す」からきているといわれています。もうひとつは、「人間が社会の中で、人間として生活できるように人格形成を施す」という一面です。これがビルドです。これを保育の中に具体的にどう入れるかというと、「保育者のためのミュンヘンワークブック」という冊子に書かれています。この冊子を今日いただきました。サブタイトルには、「幼児教育施設のための遊びの材料集 バイエルン陶冶-保育プランの沿って」と書かれています。この中は14章の項目に分かれ書かれています。日本語に訳していただいたのはそのうちの2章分ですが、この二つの章はとても対照的です。第5章は、「感情と社会性」ということで、「怒りは人を盲目にする?」というテーマでプロジェクト保育の内容がいくつか紹介されています。これは、人格形成との関係は見えやすい気がしますし、どの園でも取り組んでいる気がします。それに引き換えもうひとつの第8章は、「算数」です。この言葉を聴くと、日本では早期教育を思い浮かべ、人格形成と間反対にある取り組みのように考えます。この「算数」の保育をするうえでの陶冶の目的にはこう書かれています。「子どもたちは毎日の幼児教育施設に生活の流れの中で、形、数、空間、時間との付き合い方について習う。その上で数学的な問題や解決方法を口頭で伝える能力を培う。子どもたちは、算数の合法則性を把握し、日常の中で、数学的な問題解決のための手法を取り入れる。これは、次のような領域に及ぶ。「数という概念をまだ把握していない時期の領域」例:自分の体や周りのものについてのさまざまな空間―場所―位置についての体験、五感すべてを使って幾何学的な形を把握する。「数という概念を認識してからの領域」例:物体の一対一対応、数字というシンボルについて、数える能力、実際的な大きさを推測できること。「言語的、シンボル的な表現」例:概念との付き合い、数のついた言葉の使用。時間についての基本的な概念。幾何学的形の基本的な概念。とあります。いくら人格形成といっても情緒的に、心の問題として捉えるのではなく、算数の力としても捉える考え方は、ドイツらしいというか、日本には足りない部分のような気がします。
投稿者 fujimori : 22:45 | コメント (4)
2007年07月02日 [近頃思うこと]
待つ
先日の土曜日、都内から八王子に帰るときに、交通手段で困りました。新宿から八王子までは、京王線かJRのどちらでも行くことができますが、京王線の踏み切りで、電車が車と接触してしばらく不通でしたので、ダイヤがだいぶ混乱しています。しかし、その時間、JRも不通だったのです。それは、三鷹駅~国分寺駅間の下り線が高架化されるための工事が行われたからです。もともとこのあたりの踏み切りは、朝夕に遮断機が開いている回数・時間が少なかったのですが、この間の連続立体交差・複々線化工事のため、当時運行中の地上複線の上り線を仮線に移動したことから踏切道の長さが延びることとなりました。このため、渡り終えるまでの距離が長くなり、遮断機が上がると駆け足で踏切を渡る人や、遮断機が再び下がるまでに踏切を渡りきれない人などが続出し、電車が一時停車するなどのトラブルが発生していました。今回の工事で、現在の半分近い長さに短縮され遮断時間も大幅に短縮されます。いわゆる「開かずの踏切」は、遮断機が降りた状態が長時間続き、通行が困難な踏切の通称です。線路が多く交通量が多い踏切や駅に近い場合に開かずの踏切となりやすいようです。国土交通省では「ボトルネック踏切」の名で、「ピーク時の遮断時間が1時間あたり40分を超える踏切」または、「1日あたりの踏切交通遮断量が5万台時を越える踏切」を「開かずの踏み切り」と定義しています。1999年度において日本には約1,000箇所あり、ほとんどが関東地方と近畿地方に集中しています。毎朝の通勤途中に踏切があります。朝は、電車が2~3分おきに通過し、駅に近いために徐行し、両方から来るとなるとなかなか踏み切りはあきません。この長い待ち時間から通行者のストレスが高まり、また開いている時間が短かいため、通行者が僅かに開いている時間内で急いだり、焦って通行するので、毎日ヒヤヒヤします。先日は、小さい女の子を連れたお父さんが、手をつないで踏み切りのところに来ました。電車が通過したあと、今度は反対側から来ると見えて、そのまま踏み切りはしまったままです。すると、その子の父親は、なんと、手で踏み切りを押し上げ、小さいわが子を線路のほうに押しやったのです。そして、自分も急いで渡り始めました。父と子が手をつないで通園するほのぼのとした姿は、瞬時にして恐怖の父子の姿に変わったのです。確かに急いでいるかもしれませんし、なかなか踏切が開かず、イライラするかもしれません。しかし、それでもそんなに長い時間ではないはずですし、その横には歩道橋があるのです。私は歩道橋を大体渡るのですが、毎朝踏切で待つのと、歩道橋をわたるのでは、9割は歩道橋を渡った方が早く着きます。それよりも無理に渡る事での事故が多く、踏切待ちによる時間損失を貨幣価値に換算すると年間約1兆5,000億円にも上ると試算されています。私は、通勤途中にあと2回ハラハラします。そのひとつが「信号の待ち」です。道が何本も交差をする交差点では、信号が変わるのに時間がかかる場合もありますが、そうでもないのに、信号が変わるか変わらないうちに渡り始めます。横からは、車も、やはり信号が変わらないうちに渡ろうとスピードを出して交差点に進入してきます。待っていてもたいした時間ではないのにと思います。同様に気になるのが電車への「飛び乗り」です。次の電車がそこに見えているというのに、駆け込み乗車をしようとします。シチズンのアンケート調査によると「イライラするまでの時間」は、「信号待ち」は39秒17だそうです。なんともせわしい世の中です。園では、給食前、3歳児でもみんながそろうまで30分くらいも待っているのに。
投稿者 fujimori : 23:52 | コメント (2)
2007年07月01日 [近頃思うこと]
天からの使命
先週長崎で行われた保育園研究大会は、青年部を中心にした企画と運営で、すばらしいフィナーレを迎え、参加者たちは満足して帰路に就いたようです。すばらしいフィナーレというのは、「掛屋剛志」君のコンサートです。彼は、長崎県佐世保市の佐世保養護学校中学部2年です。生後すぐに視覚障害や成長ホルモンの分泌不全などと診断されます。その後も、病気を患ったときに自己治癒力がないことなども判明。生まれてしばらくは両親が毎朝、状態を見て、「よかった。まだ生きている」と胸をなで下ろす日々だったといいます。毎日は、なにに対しても興味を示さず、意欲もなかったところ、3歳のとき、祖父が与えた鍵盤ハーモニカに出合い、楽器を奏でる楽しさを覚えたことが転機になります。キーボードを触るようになると、5歳には作曲を始めるまでになります。障害のため楽譜は読めません。曲や詞は「CDなどで聞いた音を記憶しているようです」とお父さんは言っています。2、3回聴けば、ほとんどの曲を弾けるようになるといい、今ではポップスやジャズ、クラシックなど約百数十曲を弾きこなせるそうです。その彼が、東京都で開かれた障害者の全国音楽祭で、審査員として出席していた平尾さんが「障害の有無に関係なく、聴く人に感動を与える」と剛志君の才能に目を留めます。そして、「子どもらしいかわいい心や、音楽を奏でるのが楽しくてたまらないという喜びがじかに伝わる」と特別賞を受賞します。その後も「音質の透明感、柔らかさが素晴らしい」「多くの人に聴いてもらうべきだ」という声が平尾さんの周囲で上がり、平尾さんのレコード会社から14歳でデビューしました。会場がしーんとする中、ピアノの前に養護学校の恩師に手を惹かれて座った瞬間、情感豊かで、楽しげなメロディーが奏でられ、そこに澄み通ったボーイソプラノが重なり合います。家族をテーマにした「おかあさん」という曲です。会場全体が14歳の小さな天才音楽家の世界に引き込まれていきます。そのあとの段ボールをたたいて表現する音楽には、演奏を聴くというより、不思議なリズムに酔いしれます。ユーモアあり、ジーンとさせる心があり、さまざまな曲を元気いっぱいに歌い上げる姿に引き込まれ、あっという間に過ぎた時間は、さわやかな後味を残しました。
今日は、「エマニュエルの贈りもの」という映画のチケットを娘からもらったので、妻と見に行きました。この映画は、アフリカ、ガーナ生まれの義足のアスリート、エマニュエル・オフィス・エボワに密着したヒューマン・ドキュメンタリー映画です。生まれつき右足の不自由な彼が、片足だけでガーナを自転車で横断し、一躍時の人となります。やがて、夢を追いかけるようにアメリカに渡ったエマニュエルは、事故で障害を負ったアスリート、ジム・マクラーレンと運命の出会いを果たしたことをきっかけに、トライアスロンに挑戦することになります。ガーナでは現在もワクチン不足などの理由で、多くの子供たちが障害をもって生まれてくるそうです。しかも、びっくりすることには、全人口の10%、200万人余りも障害を持った人がいるそうです。そんな背景で生まれ育ったエマニュエルが、不幸な境遇に負けることなく、純粋で真っ直ぐな生き方を貫き、母国の発展のために心血を注ぎ、固い信念を持って自分の夢に向かって突き進むさまに、私は、感動するというより、人にはそれぞれ天から与えられた使命があるのだということを感じました。演奏をした掛屋君にしても、エマニュエル氏にしても、何かの使命を持って生まれてきたのでしょう。