みる

 私は、今日、帰りの飛行機から下を見ていました。窓側に座ったからです。下を眺めていて、私は、なにを見ているのかを考えることがあります。たぶん、機内では、下を見ている人は多いでしょう。しかし、全員、見ているものは違うでしょう。その中で、「今、どのあたりだろう。」と思っている人は何人かいるような気がします。また、「日本地図のとおりだ。」と思う人も何人かいるかもしれません。そして、「ずいぶんとゴルフ場が、多いなあ。」と思う人もいるかもしれません。しかし、「こんなにゴルフ場を作って、ずいぶんと自然を破壊してしまっているなあ。」と思う人は少ないでしょう。ましてや、「ゴルフ場建設を止めさせるような運動しなくては。」と思う人はまあ、いないでしょう。また、「あっ、富士山だ。」と思う人はいるでしょうが、反対側の窓から見ている人は、「海が広がっている。」としか見えません。と言うことは、目に映る景色は見ている人によって、変わらないはずです。しかし、見る角度によって違いますし、なにを見ているのか、見てなにを感じるのかは人によって大きく違います。そして、見たことによって、次の行動に移す人はほとんどいないでしょう。そうすると、保育の中で、子どもを保育者は毎日見ていますが、なにを見ているのでしょうか。見て、どうするのでしょうか。「みる」という行為には、その意味を辞書で引いてみると面白いことがわかります。1.目で事物の存在などをとらえる。視覚に入れる。眺める。「みればみるほど良い服」「星空をみる」2.見物・見学する。「映画をみる」3.(「看る」とも書く)そのことに当たる。取り扱う。世話をする。「事務をみる」「子供のめんどうをみる」4.調べる。たしかめる。「答案をみる」5.(「試る」とも書く)こころみる。ためす。「切れ味をみる」6.観察し、判断する。また、うらなう。評価する。「人をみる目がない」「運勢をみる」「しばらくようすをみる」7.(「診る」とも書く)診断する。「脈をみる」8.読んで知る。「新聞でみた」9.身に受ける。経験する。「痛い目をみる」10.(ふつう、前の内容を「と」でくくったものを受けて)見当をつける。そのように考える。理解する。「遭難したものとみられる」「一日の消費量を三千トンとみて」11.夫婦になる。連れ添う。「さやうならむ人をこそみめ」〈源・桐壺〉12.(補助動詞)動詞の連用形に「て」を添えた形に付く。?「てみる」の形で、ためしに…する、とにかくそのことをする意を表す。「一口、味わってみる」「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」〈土佐〉?「てみると」「てみたら」「てみれば」などの形で、その結果、ある事実に気づいたり、その条件・立場が認められたりすることを表す。「踏みこんでみるともぬけのからだった」「親としてみれば、そう言わざるをえない」ずいぶんといろいろありますね。言われてみると、これらいろいろな「みる」を、知らず知らずのうちに私たちはかなり使いこなしています。これらの「みる」のなかで、保育での「みる」はどれに当たるでしょうか。たぶん、時によってそれは違うような気がします。では、「子どもをみる」というときには、どの意味で使われるのでしょうか。この意味の中には、例として、3番目の意味に使われると書かれています。その意味からすると、ただ、映像として目に映っているということではなく、世話をするという意味が含まれているのですね。しかし、ケアをするということになるのでしょうが、そんな簡単な話ではなさそうです。

夕涼み会

 先週の土曜日に、園の夕涼み会が行われました。今年のテーマは「風と光と」ということで、自然について、様々な保育、行事を通して子どもたちに考えてもらおうというものです。夕涼み会でも、各コーナーをこのテーマに沿って、体験や製作やゲームなどをしてもらいました。風のコーナーでは、紙皿で風車を作って、扇風機の前で回してもらいました。扇風機は3台あって、それぞれ風の強さが違います。その違いによって、風車の回り方が違うことを体験してもらいました。水のコーナーでは、まず、山火事を消して、自然を守ろうというゲームで、トイレットペーパーで吊り下げられている炎の絵を、水鉄砲でぬらして落としてしまうというゲームです。また、前日に子ども達がヨウシュヤマゴボウとオシロイバナで作った色水で、和紙を染めようというものです。和紙の隅を色水につけると、毛細管現象で色水が上がってくることを体験しました。光のコーナーでは、様々な鏡を使った遊びや、電気を使った遊びを体験してもらいました。そして、時間を決めて、部屋の電気を消して、天井に星空を映し出して、星空鑑賞会です。草木のコーナーでは、目隠しをして、木の樹皮に触って同じ木の種類を当てるというゲームです。子ども達の中には、手触りよりも、匂いの違いで当てる子もいましたが、大人の私たちがどう匂いを嗅いでも匂いはしませんが、子ども達はすごいですね。あと、虫になって、大きな草むらの中に分け入り、虫のような複眼レンズでそれを見て歩くという体験です。途中には、大きな折り紙の虫や写真がぶら下がっています。そして、食事コーナーでは、焼きソバの地面の上のほうにもやしで作った雲が湧いていて、そこに、にんじんで作った真っ赤な太陽が輝いています。下のほうには、これから昇ってくるであろうとうもろこしの黄色い月が待ち構えています。この夕涼み会は、なんだか、文化祭ののりですが、これは1年から数年通してのプロジェクト保育の一環です。子どもたちの発達を、テーマによる興味、関心の切り口から促していこうというものであり、行事もその中の取り組みです。よく、行事の準備に明け暮れ、終わると一息つく暇もなく次の行事の準備にかかるという園が多いように聞きます。だからといって、行事をなくしてしまえばよいというわけではありません。行事は日常の保育に厚みを持たせ、起伏をもたらせてくれます。何よりも、子ども達がとても喜びます。こんな行事を日常から作り上げるだけでなく、日常に生かすことも考えるといいと思います。色水作りも、子ども達が保育の中で取り組み、とても喜びました。そのあと、その水をいろいろな形の容器に移し替えたりすることによって、「数の保存」を学びます。また、光で遊ぼうで用いたいろいろな遊びは、そのまま3,4,5歳児の部屋の「サイエンスゾーン」に置かれています。夕涼み会での体験を、自分で遊ぶことができるようになっているのです。また、草木コーナーで使われた大きな草木は、観察ゾーンの装飾に使われています。行事のために作りながら、同時に保育室の教材を作っていると思えば、時間をかけることは無駄ではなくなります。あと、園の夕涼み会は、地域の文化を伝承するというのがありますので、盆踊りでは、「東京音頭」を踊りました。あの「はあ?踊り踊るなーら、ちょいと東京音頭よいよい」というものです。事前に地域の人に来てもらって、職員が教わりました。私としては、この曲がとても懐かしく感じました。こんなのもいいですね。

選挙

今日の夜のテレビは、選挙速報でどのチャンネルも満ち溢れていました。私は、少し不謹慎かもしれませんが、それほど選挙には興味がありません。それは、あきらめに近いのかもしれませんが、それでも選挙には必ず行くようにしています。選挙日当日は行けるかわかりませんので、出来るだけ期日前投票をしておきます。以前は、不在者投票といっていましたが、平成15年12月1日から、公職選挙法の一部が改正され,「期日前投票制度」が創設されたのです。不在者投票は、選挙人名簿に登録されている市区町村において行われ、投票用紙を封筒に入れて,それに署名する手続等が必要でした。それが、それらの手続きが不要となり,選挙人が投票用紙を直接投票箱に入れることができるようになっています。一応、選挙期日に仕事や用事があると見込まれる場合に投票することが出来、宣誓書の提出が必要です。投票期間は、選挙期日の公示日又は告示日の翌日から選挙期日の前日までの間で、投票できる場所は、各市区町村に一箇所以上設けられる「期日前投票所」です。選挙当日近くの小学校に行っていたのが、市内の車で行きやすいところとか、出かけたついでに近いところで投票できるので便利です。時間は,午前8時30分から午後8時までです。今は、ずいぶんと遅くまで投票できるようになって助かります。
こんな選挙ですが、ずいぶんお金がかかるでしょうし、いろいろなものをそろえないといけないので、大変そうですね。ネットで、「選挙に勝つ!!必勝七つ道具」が売られていました。ここには、必勝選挙の7つ道具として7カテゴリーに分類してあります。「トリビアの泉」(無駄な知識)かもしれませんが、好奇心から見てみました。まず、「候補者」です。これは、費用がどうと言うよりも、選挙に勝つためにもっとも必要なものですが、候補者自身は、ネットで販売してはいません。販売しているものは、タスキ・鉢巻・幟ベスト・手袋などがありますが、ちなみに、候補者用タスキ(前後両面)で、白地ベースのものは、1枚10000円、色地ベースのもので1枚13000円します。そして、「事務所」です。土地を借りれば賃料がかかりますし,プレハブを建てればその費用がかかります。最近多く見られるものとして,ビルを一棟借り切ってしまう方法もあります。そして,最も大きいのが人件費ですが、期間中は運動員の数,運動員個人に対する一日あたりの最大限度額等に制限があります。次に事務所雑費です。これは電話戦術の電話代,備品代(文房具,机,パソコンなど),車のリース代などです。ここまでは、ネットでは販売していません。販売しているのは、看板・堤灯・懸垂幕・横幕・立看板・だるま・くす玉・紙ふぶきなどです。ちなみに、立て看板が、白地で1枚10000円します。次は「街宣車」です。プレート看板・マグネットシート・カッティングシート・幕ステッカーなどですが、あの選挙カーの上に取り付けてあるプレートは、白地ベースのもので1枚80000円、カラー地のもので10万円くらいします。次に「沿道」です。のぼり・竿・幟立て台・竿筒・竿杭・手旗が必要になります。のぼりは、1枚3000円から6000円くらいかかりますが、何本くらい立てるのでしょうね。そして、「スタッフ」です。スタッフ用として、おそろいのTシャツ・トレーナー・ブルゾン・コート・帽子・名札・手袋などがあります。そして、「プロモーション」として、名刺・パンフレット・ポスター・シンボルマーク.ロゴマーク製作などあります。そのほか「グッズ」として、さまざまなオリジナルグッズを作ります。うちわ・手ぬぐい・鉢巻・マグカップ・ピンバッチ・缶バッチ・ネックピース・携帯ストラップ・キーホルダー・携帯クリーナー・キャラクターマスコットなどがあります。10年ほど前の国政選挙では「二当一落」(選挙に2億かければ当選,1億なら落選という意味),都市部では「五当四落」とまで言われていたほどです。立候補するだけでも大変ですね。

授業評定

 昨日、産経新聞で面白い記事を見つけました。面白いといっては不謹慎かと思われますが、なんだか、こういう議論は滑稽のような気がします。だからといって、結論が出ないので難しい問題ではあるのですが。こんな記事です。
「最近、校長が教員の授業の技量を評定するようになった。そこに大きな問題が生じている。授業が下手な校長はいっぱいいるからである。囲碁5段の人を3級の人が評定したらどうなるか。甲子園に出場した野球選手を、草野球の選手が評定をしたらどうなるか。デタラメな方針が幅をきかし、技量ある者がやる気を失い、学校から活力がなくなっていく。 校長が勤務状況を評定するというなら話は分かる。勤務態度の誠実さ、熱心さ、教室での実践の良しあしなら、多くの校長は正しく評定できる。だが、「授業の評定」は別なのである。私の経験では8割の校長は授業が下手だ。指導主事も同じだ。話にならないくらい授業が下手だという校長が3割はいる。しかし、授業が下手でも管理職としては立派だという校長も多くいる。話にならないくらい授業が下手な校長が指導することは、すべて「形式的」な「俗物的」な指導法である。授業を批評できるには、研究授業、公開授業を500回は経験しなくては無理だ。下手な校長は50回もやっていないだろう。それでも、職員に「授業をやってみせる」校長なら評定する資格はあると思う。「授業力の評定」は別途のシステムを作る必要がある。(TOSS(教育技術法則化運動)代表 向山洋一)」確かに、いうとおりの気がします。「自分のことを棚に上げて、よく人のことを言うなあ」と思うことがあります。また、実践もないのに、頭でっかちの評論化タイプもいます。しかし、高度の技術を持った人が、高度の評価ができるというのは少し違う気がします。よく言われる、よい選手が、よい監督に必ずしもなれるとも限らないということです。リーダーシップ論ではありませんが、校長という資質と、教員の質は違う気がします。私は、日本の学校教育のひとつの問題は、校長が基本的に全員教員上がりにあると思っています。ただ、この記事で納得の行くのは、授業の下手な校長が評価はできないという点です。だからといって、上手な校長ができるということではなく、下手な校長は、なまじっかのプライドと、変なこだわりがあるから始末に悪いのです。また、古い、間違った価値観を強く持っている可能性が強いからです。私の園が、かつて第三者評価を受けたことがありました。その中で、「家庭的な雰囲気」というところの評価が少し低かったことがありました。そのときの評価者は、かつて、公立保育園で長い間園長をしていた人でしたので、たぶん、その人なりの「家庭的」のイメージがあったのでしょう。しかし、私からすると、何が家庭的かというと少し違うような気がします。それは、だいぶ個人によって違うと思います。このような個人によってからリ違うイメージを持つようなものの言い方なり、評価項目なり、目標などにするべきではないような気がします。また、何がノーマルな家庭かというと、それもここで持つイメージが違う気がします。それには、何十年も園長をやってきたからよいわけではなく、その人がよい保育者だったからよいわけでもなく、よきリーダーと同様の資質を持っていることが重要です。広い視野と、ものを深く見る力と、新しい時代を読み取る力が必要になってくるのです。

72侯

 東京では、梅雨明け間近で、なんとなく、じめじめムシムシの毎日です。今日のこの気候は、まさに「土潤って蒸し暑し」ですね。明日の7月28日(旧暦6月23日)は、七十二候の一つ(35候)である「土潤溽暑」です。二十四節気は1年を24等分して季節の名称を与えたもので、さらに3つに分けた七十二候は季節のうつろいを気象や動植物に託してあらわしたものです。約5日毎の気候を表しています。それぞれの名称は、気象の動きや動植物の変化を知らせる短文になっています。 そして、二十四節気は古代中国のものがそのまま使われています。太陰暦では、暦の日付が太陽の位置とは無関係なため、暦と春夏秋冬の周期にずれが生じ、農耕には不便でした。その為、古代中国では、冬至を気候の推移を表す基準点として、1年を24等分した二十四節気を考えたのです。それを分割した七十二候の名称は何度か変更されていて、日本でも、江戸時代に入って渋川春海ら暦学者によって日本の気候風土に合うように改訂され、「本朝七十二候」が作成されました。そして、1874年(明治7年)の「略本暦」には、それまでと大幅に異なる七十二候が掲載されています。しかし、この一候は、5日程度と短いために、地域差や年毎の気候の違いがありますので、その短文に当てはまらないことも多いのですが、今日という侯は、まさに今日という日をあらわしていますね。そのほかに、7月、8月の侯を見てみました。まず、「小暑」といわれる7月8日頃の31候は、「温風至」(温風至る)ということで、暑くなり始めるころということです。温風というのは、熱風のことです。今年のそのころもまだ梅雨に入らないとかで暑い日が続きました。その次の32候は、「蓮始開」(蓮始めて開く)です。私の園では、今年は睡蓮の花が咲きましたが、昨年のブログでは、はすの花が開いたことを書きました。このころは、朝、夏の風物詩である蓮の花が開きます。そして33候は、「鷹乃学習」(鷹技を習う)ということで、今年生まれた鷹の幼鳥が、巣立ちの練習を始めるころということです。この侯は、鳥の姿で表していて、珍しいですね。そして、「大暑」tおいわれる7月23日頃です。まず、34候は、「桐始結化」(桐始めて花を結ぶ)ということで、桐の実がなり始めるころです。この桐は、たんすなどに使われる木ですが、中国思想による空想の瑞鳥といわれる鳳凰は、桐樹に住み、桐の実を食べて生きるといわれています。この実がなるのがこのころです。そして、明日28日が、35候「土潤溽暑」(土潤って蒸し暑し)で、土が湿って暑くなるころという日です。そろそろ梅雨明けが近いようです。しかし、梅雨が明けたから雨が降らないというわけではなく、夏の盛りは、急に入道雲が湧き出て、あたりが暗くなったかと思うと激しい雨の夕立がやってきます。次の36候は、「大雨時行」(大雨時々降る)ということで、夕立が突然やってくるころとなります。そして8月8日ころ「立秋」になります。37候は、「涼風至」(涼風至る)ということで、暑い日差しの中に、ふと、涼しい風が身をよぎります。まだまだ夏の盛りですが、気配はそろそろ秋が近づいていることを予感させます。38候は、「寒蝉鳴」(寒蜩鳴く)ということで、夕刻に淋しげに鳴くヒグラシ蝉は涼を感じさせます。39候は、「蒙霧升降」(濃霧昇降す)ということで、明け方には、深い霧が降りるようになります。8月24日ころ「処暑」になると、40候「綿柎開」(綿の花しべ開く)ということで、綿が開花し始め、41候「天地始粛」(天地始めて寒し)のころになると、ようやく暑さが和らいできます。そして、42候になると、「禾乃登」(禾実る)ということで、稲が実りはじめ、本格的な秋になっていくのです。

個性

 今日は、珍しい人と対談をしました。「一人ひとりの個性を見守る保育」ということで、弦本將裕氏とのコラボレーションでした。弦本將裕氏は、「動物キャラナビ」といういわゆる「動物占い」を考案した元祖といわれていますが、これは、もともと「個性心理學」と呼ばれる心理学を用い、その人をより正確に詳しく診断することができる世界的に有名な心理学占いです。ですから、肩書きとしては、「個性心理学研究所所長」です。あるきっかけから知り合い、私も子どもの個性を伸ばそうという保育を提案していることから、意気投合してしまったのです。彼は、この奥深い心理学占いを、表情豊かな60種類の可愛い動物キャラクター達を登場させることにより、楽しく、そして、解りやすい内容で解説しています。そして、今年の3月に「こどもキャラナビ」という、個性をのばす子育てのヒントが書かれた本を世界文化社から発刊されています。彼と話をしていてとても面白いのは、動物にたとえて個性を表現し、それを前向きに捉えるところがありますが、もうひとつ、漢字とか、言葉の解釈をするところがあります。なるほどと思うことがあるのです。たとえば、こんなことを言っています。人は、「何のために生きていますか?」と問われると、多くは「幸せになるため」に生きていると答えます。では、どうなることが幸せといえるのでしょうか。「幸」という字を分解してみると、意外なことがわかります。その字の上のほうは「土」で、下のほうは「¥」という字になります。つまり、20世紀までの幸せ感というのは、土地とお金を持っているということになります。しかし、現代社会においては、それは幸せには結びつかなくなっています。そこで、これからは、人を大切にすること、人と人とのつながりを大切にすることが、いあわせに通じるということから、「倖せ」という字を使うことを提案しています。また、ストレスをなくす方法を提案しています。そのほうは、「アキラメル」ことだといます。しかし、この「アキラメル」という言葉には、排他的で、マイナスイメージが伴います。しかし、この「アキラメル」は、「明らかに認める」ということを意味します。この「明らかに認める」というのは、「受け入れる」ということに通じます。そして、「認める」という字は、「言葉を耐え忍ぶ」と書きます。人を認めるのは容易ではありません。それを、明らかに認めるということである「アキラメル」ことで、ストレスや葛藤を飛び越えて、受け入れることが出来るのだといいます。そして、それが、「他人は自分とは同じではない」とか、「自分と同じようには考えない」というようにそれぞれの「個性」を認めることになるのだといいます。これらのことを、私は違う観点から考えますが、同じようなことにたどり着きます。たとえば、今、格差社会と言われ、それがよくないといわれます。すると、人はだれでも格差を持っているではないか。金持ちと貧乏、学歴のある人とない人、地位の高い人と低い人がいます。しかし、私はその差が格差だとは思いません。というのは、その差が人の幸せと比例しないからです。ですから、それらの差が人の価値の差にはならないのです。格差社会というのは、その差があたかも人の人格の差であるかのように、人の価値の差であるかのように受け止める社会のことを言うのだと思います。格差のない社会というのは、人それぞれの存在、子どものそれぞれの個性を社会が受け入れることだと思います。そして、その個性を社会に貢献できるような価値を持つように援助していくことが、ある意味では「教育」ということかもしれません。

夏の風物詩2

 「残したい日本の音百選」(環境庁調べ)に南部風鈴の音色が選ばれています。この南部風鈴の音色も、夏の風物詩を感じます。この軽やかで細やかな音色が、暑さを和らげてくれるような気がするからでしょう。また、この風鈴は、さわやかな涼風によって音を奏でるからでしょう。窓辺にぶら下げておくと、少しの風にも揺れてさらさらと流れるメロディーのような音色を奏でてくれる。それは、この南部風鈴だけではなく、風鈴という字が表すように、「風を受けると音を奏でる鈴」は、暑い時期、耳に心地よい音を鳴らします。風鈴は、金属・ガラス・陶器などでできた小さな鐘、銅鐸の形をしたものが一般的です。そして、鐘の中に「舌」と呼ばれる部品がついており、舌には糸を通して短冊などがつけられていて、その短冊が風を受けると舌が鐘に当たり、チリリーンと涼しげな音が鳴る仕掛けになっています。風をよりよく、適度に受けるために短冊の大きさ、形が決まってきます。その涼しさを感じるのには、音だけでなく、その素材のガラスや金属は、見た目も冷たい感じがします。また、そこに描かれる絵も夏の風物詩が描かれ、色合いも涼しげです。もともと、風鈴は、中国では、竹林に下げて風の向き、音の鳴り方で、物事の吉凶を占う道具でした。占風鐸と言われていたものです。そして、家の四方に鐘を取り付け、その音で邪気を払ったとされています。日本へは仏教とともに渡来し、厄除けとしての道具でした。お寺の四隅にかかっている風鐸がそれです。風鐸のガランガランと鳴る音が厄除けとして使われました。すなわち、その音が聞こえる範囲の住民には災いが起こらないといわれました。平安、鎌倉時代の貴族の間では縁側に下げて、外から疫病神が屋敷の中にはいるのを防いだと書物(六学集)には、書いてあります。法然上人絵巻には銅製の風鈴が描いてあります。形は現在のものとは少し違います。素材としては、鉄器(金属製)のものは南部鉄器でできた南部風鈴や高岡風鈴があります。ガラス製としては江戸風鈴や、長崎などのビードロ風鈴などがあります。他にも紀州の備長炭を使ったものや、会津、喜多方の陶器を使ったもの、そのほか、真鍮、アルミ、木製のものなどがあります。特徴としては、鉄器製のものは、舌が鉄に触れてリーンと長くあるいは高く鳴ります。これに対して、江戸風鈴などガラス製は、長いガラスの舌が、外周のガラスをこすって、チリチリチリとかすかに鳴るようになっています。西洋では金属、もしくは木製の細長い筒を幾つか並べ、風が吹くとお互いがぶつかり合って音を発するものが一般的です。
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日本にもそれに似たような原理で四本(二対)の火箸を組み合わせた火箸風鈴などもあります。そのほか、貝殻・石など様々なものがあります。現代では人々の癒し治しのアイテムとして風鈴の音が注目されています。そこで、この風鈴による演奏が行われることもあります。そんな風鈴ですが、私にとって馴染み深いものは、やはり「江戸風鈴」です。
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以前のブログでも書きましたが、さおいっぱいにぶら下げられた風鈴を背負って、夏に売りに来たものです.ガラスは昔は大変高価なものでしたから、なかなか庶民には手が届きませんでしたが、高かったガラス製品が、安くなり、江戸風鈴が全盛期を迎えるのは、明治20年代です。明治24年刊行の『風俗画報」には、東京郊外の長家の軒下に、ガラス製の風鈴が下げてある挿し絵があります。そして、文面には「一世を風靡」と書いてあります。あちらこちらの軒下にぶら下げられ、夏の風物詩となったのです。

夏の風物詩1

 ドイツからのお客さんに、「何でこんなに日本は、アメリカっぽいのですか?日本の文化はとてもすばらしく、ヨーロッパでは見直されているのに」というような事を言われて、園で、もう少し、日本の文化を見直そうと取り組むようにしています。特に、新宿の園には、多国籍の子が多く在園しています。これからの子たちには、グローバルな世界で生きて欲しいと思います。だからこそ、もう少し日本文化を伝承しないといけないのでしょう。何回かブログでも書きましたが、そんな意識はありませんでしたが、私の園にはかなり日本的なものを取り入れています。何年か前の職員旅行のレクリエーションで、クイズに「園長先生の好きな国はどこでしょうか?」という問題が出されたことがありました。ほとんどの職員は、私が毎年ドイツに行ったり、ドイツデザインのものを多く持っていたり、私の部屋はドイツ家具で統一されたりしていますので、「一番好きな国は、ドイツ!」と答えました。私の正解は、「もちろん、日本!」です。まず、園の入り口脇に額に入れられて飾られているのは、季節ごとの「和手ぬぐい」です。今は、いろいろなところで季節の手ぬぐいが売られるようになっていますが、以前は、季節の変わり目ごとに浅草の手ぬぐい専門店に買いに行ったものです。今に時期は、朝顔の絵柄が飾られています。手ぬぐいは、もちろん1年中いろいろな絵柄があります。今は、冬用にサンタクロースがそりに乗って空から滑り降りてくる図柄があるように、特に日本的ではありませんが、本当は、見た目は、「涼を感じさせる夏の生地」と「和の柄」がお似合いです。江戸時代から、夏には着物や手ぬぐいに涼感のある柄や素材が用いられたため、そのイメージがあるのでしょう。ですから、「神田川」で歌われた「赤いマフラーにした手ぬぐい」は、タオル地のような気がします。しかし、手ぬぐいは、今は布巾に使われることが多いように水気をよく取るので、夏に流れる汗を拭うのに必需品でした。ですから、夏に使われるもとというイメージが強く、涼感たっぷりの柄が多く出回ったのです。吸水性だけでなく、速乾性にも優れた手ぬぐいは、汗拭きや鉢巻き、風呂で体を洗うのに用いられ、使っては洗い、干して乾いてはまた使われました。また、人夫など、汗をよく掻く職業の人は、腰にさして常に持ち歩いていました。かまやつひろしさんの歌でヒットした吉田 拓郎作曲の「我が良き友よ」では、「下駄を鳴らして 奴が来る 腰に手ぬぐい ぶら下げて」と歌っていましたね。そういえば、この下駄も、夏のイメージがあります。それは、下駄と浴衣という組み合わせを思い浮かべるからですが、下駄は、普通素足に履き、木の感触が涼しげに感じるからでしょう。また、あの歩くときに鳴る「カラン コロン」という音も涼しげに聞こえますね。下駄を園では使いませんが、草履を使うところはあるようです。私の園でも、見本を取り寄せて見ました。なかなか取り入れるのには、勇気が要りますが、足の裏に当たる感触がいいだけでなく、「鼻緒がある履物は、足の指が鍛えられます。地面をつかむ力が強くなると、背筋が伸びて足腰全体にも良いので、中高年の方にはそういった意味でもおすすめしますよ」と、浅草にある和装履物屋、「辻屋本店」の富田里枝さんが言っています。日本古来のものには、生活の知恵と、日本の風土にあったものが伝わっているのですね。もういちど、いろいろなものを見直してみたいと思います。

上諏訪

 今、「リーダーシップとは何か」という原稿を書いていますが、リーダーとして必要な要素はたくさんあるので、どのように書けばよいか、なにを重点とすればよいか迷うことが多く、締切日がだいぶ過ぎているのに、なかなかペンが進みません。そのリーダーとしての資質として、こんなことを書きました。「外部に目を向けることによって、機会を見出すことが必要になってきます。このために、広い視野を持ち、常に新しい情報を得、それに対応する柔軟性と活力を持たなければなりません。そして、この変化する社会に対して、それに翻弄されないような確固たる理念と、守らなければならない使命を持たなければならないのです。この広い視野と、確固たる理念を持っていることで、職員の意見、提案を聞く力がリーダーに備わってきます。その聞く力が、職員のいろいろな発想、提案がしやすくなる環境が備わってきます。そして、そのなかから真理を見出し、その真理から実行すべき具体的な行動を見つけることが必要になってきます。そして、よいと思ったことを実行するための行動力が必要になってきます。」このことが感じられることに、こんな実践があります。中央本線の上諏訪駅の1番線ホームの一角には、岩の塊がごろごろしています。そしてそこには、暖簾や看板があり、湯煙が立っています。そこには、『足湯』と書かれています。
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 かつては、ここに露天風呂がありました。駅の敷地内に温泉が湧き出ているわけではないのですが、国鉄時代の昭和61年8月に、長野鉄道管理局の「一駅一名物」キャンペーンの一環で、お湯をホームまで引いてきて露天風呂を作ったのでした。この露天風呂、日本で唯一駅のホームにある露天風呂として有名となり、鉄道ファンのみならず観光客も大勢訪れ、一躍観光名所となりました。入り口は、売店の脇から入るようになっており、女性用と男性用と別れていました。窓口で石鹸を買うと、そこには、キップの型が押されていました。この露天風呂見るたびに思うことがありました。それは、作るようになったいきさつです。たぶん、「一駅一名物」のキャンペーンで、上諏訪駅になにを作ろうという会議をしたときに、「上諏訪は温泉が有名なので、ホームに露天風呂なんかどうだろうか」という意見が出たことにまず感心します。どう考えても、この意見を出したときには冗談半分だったような気がします。風呂ならわかるのですが、ホームに露天風呂ですから。しかし、こんな意見はもしかしたら出るかもしれないとは思います。しかし、すごいなあと思えるのは、それをやろうと決断した上司のような気がします。普通であれば、一笑に付されてしまいそうです。その露天風呂が2002年7月に改修され、足湯として生まれ変わっているのです。
もうひとつ、この上諏訪には有名な温泉として、「片倉館」があります。
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 これは、諏訪を拠点する世界最大の製糸家、片倉財閥の二代目片倉兼太郎が、住民や工員の福利厚生のために建てたクアハウスです。片倉は大正11年から12年にかけて世界一周旅行を行った際、欧米諸国での地域住民に対する文化福祉施設の充実ぶりに感嘆し、このような施設をぜひ諏訪にもと財団法人片倉館を設立し、昭和3年に建てられました。この中の千人風呂は大理石の広い深い風呂で.子どもなら立って入れます。また、湯槽の底の玉砂利が敷き詰めてあり、足裏のつぼを刺激します。リーダーとは、地域住民、職員に感謝し、大切にする心も必要です。

ムクゲとタチアオイ

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 夏になると、大きなきれいな花を見かけることがあります。そのときに、私は、「ムクゲ」という花と、「タチアオイ」という花の区別がなかなかつきません。本当は、この花の違いは花の形の違いではなく、「ムクゲ」はインド・中国原産の落葉樹で、「タチアオイ」はアオイ科の一年草で、宿根草です。見れば、木か草の違いなのですぐわかるのでしょうか、花だけの写真では私は区別がつきません。でも、そんなことを言うと失礼ですね。というのは、「ムクゲ」は、大韓民国の国花で、しばしば韓国の象徴とされ、国章にも意匠化されています。ムクゲは、花は1日でしぼみますが、次々に咲くために花期が長く絶えることがありません。ですから、朝鮮語では無窮花(むきゅうか・ムグンファ – ???)と呼ばれ、永久の花に通じるといわれます。和名のムクゲは、漢名の木槿または無窮花の音読みによるといわれています。この花は、茶室の生け花に使われることが多いそうです。“わび”,“さび”の世界に合うと思われてきていますが、実は、あの南国の情熱の花と言われているハイビスカスと同じ仲間です。樹皮を乾燥したものは木槿皮という生薬で、抗菌作用があり水虫薬に配合されますし、花を乾燥したものは木槿花という生薬で、胃腸炎、下痢止め等に用いられます。
 一方、「タチアオイ」という和名は、その立ち上がるように伸びる茎に由来しています。
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 そして、「葵」とはふつうこの「立葵」のことを 指すようです。しかし、私たちが「葵」といって思い出すのは、京都で行われる 「葵祭り」とか、江戸徳川家の紋所 として知られる「葵の紋所」ですが、これは、この「立葵」ではなく「双葉葵」 という名の草とのことです。江戸時代の元禄のころ、中国から「タチアオイ」が渡来し、日本中に広まると、この「タチアオイ」が「あおい」と呼ばれるようになりました。この花も、ムクゲと同じように穂状に多数の花がつき、長期にわたって咲き、豪華です。ですから、ムクゲにしても、タチアオイにしても夏から秋にかけてよく見かける花なのです。会津若松市では、戊辰百年祭の記念行事の一環として一般市民から公募し、昭和42年に会津地方にたくさん見られる花ということで、タチアオイが市の花として制定されました。そして、平成12年度から「花と緑の課」を新設し、市の重点施策として「美しい環境のまちづくり」を掲げ、その実現のために美しい花々によるまちの演出と、植栽による緑豊かなまち並みの創出などについて取り組んでいます。この花と緑の課では、希望する市民の方に無料でタチアオイの種を配付して、タチアオイの普及を図り、市有地である中央公民館、会津総合運動公園、鶴ヶ城公園西口花壇にもタチアオイが植えられています。この花は、「ホリホック」と英名で呼ばれることもありますが、これは葉の形がヒイラギ(ホーリー)に似ており、茎の節がくるぶしのようにぼこっと節くれ立つ(ホック)様子に由来するということと、12世紀頃の十字軍が シリアからこの花を持ち帰ったことから、「ホリーホック聖地」から きているとも言われています。また、学名のアルケアは病気を治すという意味で、タチアオイ属の中には薬用になるものが多いところに由来します。花言葉は、「大望」「野心」といわれますが、真夏の暑い盛りに、そんな暑さにしおれずに、かえって、まっすぐに茎を空に向かって伸ばし、下段から咲き始めてゆっくりと上に上っていく姿が大望を持っているように見えるのかもしれませんね。