めだかと睡蓮

 それぞれの地域には、それぞれの特性があります。それは、風土と呼ばれるものであったり、伝統と呼ばれるものだったりします。その地域性を生かした保育が必要です。特に自然環境は、地域によって大きく違います。八王子の園は、ニュータウンということで、人工的ですが、自然が整備され、保全型の自然公園が作られています。園の園庭も広く、園庭の端には、ビートープがつくられ、川が流れ、水辺の植物が繁茂し、水の中の生き物が泳いでいます。それを覗き込む子どもの姿がよく見られました。それが、最近は水が流れなくなり、ただの草むらに覆われています。そこで、今、そのビオトープを水辺の植物の畑にしようと計画をしています。それに引き換え、新宿の園には園庭がほとんどなく、木を植えたり、ビオトープなど作ったら子どもの遊ぶ空間などなくなってしまいます。そんな中で、子どもたちのどのように自然と触れ合わせようか、身の回りに自然を自然に感じさせようかと思案中です。そこで、ある試みをしようとしています。それは、園の裏に「おとめ山公園」があり、そこには湧き水が出ています。その湧き水は、園の壁からも吹き出ています。その水の処理を考える上で、処理と言うより、活用という道を考えることにしました。とりあえず、地下に大きな水槽を作りいったんは湧き出てくる水をそこにためることにしました。そして、その水をタンクで上まで上げます。よく考えるのは、その水をトイレに使うとか、再利用を考えますが、その水を再利用しても利用料はただとしても、下水に流すのであればかなりの水道料を払わなければなりません。そこで、上にポンプアップした水を下に流す間に蒸発させてしまえば、下水管は使いません。蒸発する方法は、草木にその水をあげて、草木に吸い上げてもらうとか、土に保水させ、徐々に蒸発させるのです。その草木の一部を、園の壁に段差をつけて、そこに植えました。道行く人も楽しめるようにです。そして、その一番下の、子どもたちが覗き込める段には水をはって、水草を入れ、めだかを放しました。
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そのめだかが、たくさんの赤ちゃんを産みました。小さなめだかが群れをなしています。しかし、最近は梅雨に入ったと言うのに、暑い日が照り付けています。直射日光の下で、水は温かくなり、水草では日陰がありません。そこで、今日はそこに「睡蓮」を買ってきて植えました。睡蓮の学名は水の妖精といわれるほど人を魅了します。画家のモネも睡蓮に魅了され、多くの絵画を残しています。そして、睡蓮は、ハスと違って、葉が水面に浮いた状態になっており、花は水面近くで咲きます。ですから、めだかには日陰を提供します。その花は、開いて閉じてを3回繰り返します。これを人間のサイクルに例えて 日中(開く=目覚める)夜(閉じる=眠る)というところから、「睡眠する蓮」→「睡蓮」と名づけられたそうです。その下を行き来するめだかは、日本で一番小さな淡水魚ですが、かつては、北海道を除く、主として稲作地帯に広く分布して、どこででも見ることができました。ところが、最近身近なところでは見かけなくなってしまいました。そして、1999年には旧環境庁から「絶滅危惧種」に指定されました。
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毎朝、この脇を通る子どもたちはここを覗き込んでいます。たまに小学生が手を突っ込んでいますが、本当はこの風景は昔見た姿かもしれません。また、地域の人からは、「この水辺はとても心が癒されていいねえ。」とか、「めだかが赤ちゃんをいっぱい産んだよ。」と教えてくれたりします。ほんの小さなことでも、大きなかかわりがうまれます。

めだかと睡蓮” への4件のコメント

  1. 大雨が降ってめだかが流されないように、排水溝に網を用意しなければなりません。いろいろとご迷惑をおかけしています、
    めだかと睡蓮には癒されました。ありがとうございます。

  2. 常に「子どものためにどうしたらよいか」と言うことを考えていると、処理も活用にしてしまうのですね。その発想には「さすがです」としか言いようがありません。
    比較的自然に恵まれた当園では、別のことで地域の人との関わりが最近うまれました。
    地域のお年寄りが、絵手紙を10枚くらいずつ毎月届けてくれて、それを子ども達の出入り口に3箇所、掲示していたところ、子ども達が関心を持ち、お礼の手紙を書くことになりました。それに対しての絵手紙がまた届き、そのやり取りを楽しんでいます。ちょっとした工夫が大切なのですね。

  3. 処理ではなく活用。そういう発想ができるようになりたいといつも思います。1つの見方だけではなく、何通りもの見方から最適なものを選ぶといった判断がいつもできるようになりたいと思っています。思っているだけでなかなか上手くいきませんが。
    先日、園のそばを流れる川に蛍を見に行きました。近所の方が蛍が住める川にしようと活動され、何年もかけてたくさんの蛍を見ることが出来る川になりました。今は手をかけたり活動を起こさないと自然が維持できなくなっています。残念なことですが田舎でもそんなことになっています。自然を残すことや地域の特性を無くしてしまわないこと。頭をやわらかくして、できることを探してみます。

  4. 「地域性」を活かして環境作り、と言っても決して容易なことではありません。その「地域」」に一体どんなものがあって、どんなものがないのかを客観的に見極めなければなりません。また「環境作り」がどこかにしわ寄せがいくようではそれも問題です。今日のブログの「めだか」も「睡蓮」も凡人にはなかなか出てこない発想のもとに用意されていると感心しきりです。鬱蒼と茂る木々を裏に控え、当然虫もたくさん発生します。そうした環境に水が溜まる場所があるとご近所の人はすぐに蚊の発生を懸念します。ぼうふらをめだかのえさにする、という発想は一石二鳥です。めだかのいる景観を造ると同時に蚊の発生対策にもなります。なんとも素晴らしい工夫です。

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