直江津の駅に何年かぶりに降り立ちました。大学生のころの、佐渡を旅したときにこの直江津から佐渡に渡りました。佐渡へは、やはり大学生であった弟と一緒にテントも持って一周する旅に出かけたのです。そのときの思い出は、テントを張る場所についてです。弟と二人旅でしたので、毎日、交代で張る場所を決めました。そのときに二人の違いを感じました。私が選んだ張る場所は、水があったり、トイレがあったり、自炊が出来る場所を選びます。ですから、わりとキャンプ場のようなところを選びます。それに引き換え、弟の選ぶ場所は、人家の庭先とか、神社の境内とかを選びます。私は自分で余り人の助けを借りずに過ごそうとしますが、弟は、その地の人から水やトイレを借りたり、うちに泊まりに来たら?と声を掛けられたりして、触れ合いを求めます。これは、私が長男で、弟は末っ子ということもあるような気がします。人に甘え、可愛がられることをうらやましく思ったものでした。
そんな思い出の直江津ですが、今、駅前に大きな横断幕がかかっています。
それは、「2009年の大河ドラマは天地人!」というものです。この「天地人」とは、原作は火坂雅志氏の小説です。ドラマの主人公は、直江津がある上越市ゆかりの直江兼続(なおえ・かねつぐ)で、少年時代、上杉謙信から「天下を取ることなどは小事に過ぎず、それよりも“義”を貫いて生きることの方が「大事」と諭され、謙信の死後、越後の命運を握ることになった上杉景勝を支えながら、「義」を貫く生き方を志した人物です。面白そうですね。織田信長が天下統一を進める中、若き兼続は「愛」の兜を掲げ、越後の民を守る戦に挑んでいきます。そして信長の死後、豊臣秀吉からその才気と人間性を惚れ込まれた兼続は、家来に誘われますが「主君は景勝様ただ一人」と秀吉を袖に振り、その結果、上杉家の家老でありながら米沢30万石の領地を与えられます。そんな兼続を伊達政宗はライバル視し、また真田幸村は師と仰ぎ、前田慶次郎は上杉家の家来にしてくれと直談判しにくるなど、「義」を掲げる戦国の猛者たちが続々と兼続のもとに集まってきます。時代になびかずに「義」に生きる兼継を最も恐れたのは徳川家康でした。また、この直江兼続の人生は、年上の妻・お船との夫婦愛により、激しい戦国時代にあって、自らの理想と、大切な人の幸せのために強く生き抜き「日本の品格」を守り通した波乱万丈だったようです。彼は、「義」の意味を自分なりに解釈し、慈愛の「愛」と言う言葉にたどり着きます。そして、兜に大きく「愛」の文字を掲げ、「利」になびかず、主君のため、民のため、そして家族のため、「愛」を貫く生き方を志します。私は、「天地人」を呼んでいないので、なぜ、この小説の題名が「天地人」というかわかりませんが、とても深い意味を感じます。この間、ある人がこんなことを言っていました。「人は壁にぶつかって、その壁を打ち破ってこそ大きくなれる。」これは、漢字の形を見ればわかります。「人」という字が、「―」という壁を破ると「大きい」という字になります。そして、もっと大きな壁を知り、それにたどり着くことで「天」を知ります。これは、「大」という字の上にもうひとつの壁「―」を書くと「天」という字になります。なかなか面白い考え方ですね。
今日のブログでは「弟と二人旅」の話しが紹介されていました。私は4人兄弟の長男ですぐ下に弟がいます。あとは妹たちです。しかし、これまで振り返ってみて、兄弟だけで旅をしたことがないことに思い当たりました。ましてや弟と二人で「キャンプ」ということは今の今まで考えたこともありませんでした。どうしてなのか、これから考えてみたいと思います。そうですか、平成21年の大河は「直江兼続」。今年の山本勘助が結構おもしろいでの再来年の大河も期待できそうです。ところでこの春まで働いていた園の保護者のひとりに「直江津」出身の方がおられました。また新潟方面から長野に入るときも「直江津」付近を通過したことがあります。いつかゆっくりと訪ねてみたいところですね。
「人」という字が「一」という壁を破って「大」という字になるという話は、なるほどと思いました。壁を破って大きくなっていくためには、その壁以上の夢や思いを持っていることが必要だといろんな人から教わりました。毎日このブログに向かいながら、まだまだ自分の思いが足りないことを痛感していますが、これも壁だと思うようにしています。乗り越えて大きくなりたいといつも思います。