めだかと睡蓮

 それぞれの地域には、それぞれの特性があります。それは、風土と呼ばれるものであったり、伝統と呼ばれるものだったりします。その地域性を生かした保育が必要です。特に自然環境は、地域によって大きく違います。八王子の園は、ニュータウンということで、人工的ですが、自然が整備され、保全型の自然公園が作られています。園の園庭も広く、園庭の端には、ビートープがつくられ、川が流れ、水辺の植物が繁茂し、水の中の生き物が泳いでいます。それを覗き込む子どもの姿がよく見られました。それが、最近は水が流れなくなり、ただの草むらに覆われています。そこで、今、そのビオトープを水辺の植物の畑にしようと計画をしています。それに引き換え、新宿の園には園庭がほとんどなく、木を植えたり、ビオトープなど作ったら子どもの遊ぶ空間などなくなってしまいます。そんな中で、子どもたちのどのように自然と触れ合わせようか、身の回りに自然を自然に感じさせようかと思案中です。そこで、ある試みをしようとしています。それは、園の裏に「おとめ山公園」があり、そこには湧き水が出ています。その湧き水は、園の壁からも吹き出ています。その水の処理を考える上で、処理と言うより、活用という道を考えることにしました。とりあえず、地下に大きな水槽を作りいったんは湧き出てくる水をそこにためることにしました。そして、その水をタンクで上まで上げます。よく考えるのは、その水をトイレに使うとか、再利用を考えますが、その水を再利用しても利用料はただとしても、下水に流すのであればかなりの水道料を払わなければなりません。そこで、上にポンプアップした水を下に流す間に蒸発させてしまえば、下水管は使いません。蒸発する方法は、草木にその水をあげて、草木に吸い上げてもらうとか、土に保水させ、徐々に蒸発させるのです。その草木の一部を、園の壁に段差をつけて、そこに植えました。道行く人も楽しめるようにです。そして、その一番下の、子どもたちが覗き込める段には水をはって、水草を入れ、めだかを放しました。
gaiheki.JPG
そのめだかが、たくさんの赤ちゃんを産みました。小さなめだかが群れをなしています。しかし、最近は梅雨に入ったと言うのに、暑い日が照り付けています。直射日光の下で、水は温かくなり、水草では日陰がありません。そこで、今日はそこに「睡蓮」を買ってきて植えました。睡蓮の学名は水の妖精といわれるほど人を魅了します。画家のモネも睡蓮に魅了され、多くの絵画を残しています。そして、睡蓮は、ハスと違って、葉が水面に浮いた状態になっており、花は水面近くで咲きます。ですから、めだかには日陰を提供します。その花は、開いて閉じてを3回繰り返します。これを人間のサイクルに例えて 日中(開く=目覚める)夜(閉じる=眠る)というところから、「睡眠する蓮」→「睡蓮」と名づけられたそうです。その下を行き来するめだかは、日本で一番小さな淡水魚ですが、かつては、北海道を除く、主として稲作地帯に広く分布して、どこででも見ることができました。ところが、最近身近なところでは見かけなくなってしまいました。そして、1999年には旧環境庁から「絶滅危惧種」に指定されました。
medaka.JPG
毎朝、この脇を通る子どもたちはここを覗き込んでいます。たまに小学生が手を突っ込んでいますが、本当はこの風景は昔見た姿かもしれません。また、地域の人からは、「この水辺はとても心が癒されていいねえ。」とか、「めだかが赤ちゃんをいっぱい産んだよ。」と教えてくれたりします。ほんの小さなことでも、大きなかかわりがうまれます。

フィンランド

経済協力開発機構(OECD)の国際学力調査(PISA)で世界トップの成績を示したフィンランドの教育を日本の子供たちに紹介しようと、同国大使館が、インターネットの教育サイト「プロジェクト・フィンランド」を開設していますこのサイトは、同国の人気キャラクター、ムーミンと「自ら学ぶ教育」を疑似体験できるようになっています。フィンランド大使館では「自ら考える大切さを伝えたい」とアピールしていますし、このサイトからフィンランドという国を学ぶというのではなく、フィンランドという国を通して日本の進むべき道、あるべき姿を探ってほしいというものです。これは、私が毎年ドイツに保育を見に行っているのと同じで、決してドイツをまねようとするのではなく、ドイツから学ぼうというものです。このサイトの対象は小学5年?中学3年生です。フィンランドという国は、2003年に行われたOECDの学習到達度調査(15歳対象)で、読解力と科学的能力で参加41カ国中トップとなった(日本は読解力14位、科学的能力2位)。このため日本を含む各国の教育関係者から注目が集まり、各大使館などに問い合わせが相次いでいる国です。このサイトの紹介に「フィンランドでは教育の大切さをつねに意識しています。私たちフィンランド人にとっての教育とは、子供たちが自分から学ぼうとする力や自分で考える力を育てることです。」と書かれています。この内容は別として、その中にフィンランドを紹介しているところがあります。そこに書かれているフィンランドと日本の違いを考えてみました。「子どもたちは、仕事になにを求めているのでしょうか?やりがいがあり、たのしく働けること、そしてチームワークなどです。よいお給料がもらえることも、もちろんです。実際に働いているおとなたちも同じように考えています。安心して働ける職場であること。就業時間がきちんと決まっていて、残業がないこと。フィンランドの人にとって、家族とすごす時間はとても大切だからです。ふつうは夕方の4時から5時には仕事が終わり、そのまま家にまっすぐ帰ります。仕事をえらぶときは、休暇も重要です。働いているおとなにもふつうは4週間ほどの夏やすみがあり、冬にも1週間ほどのやすみがあります。ちなみにフィンランドの学校では夏やすみが2ヶ月半もあって、しかも宿題がありません。ほかに託児所などの育児ケアシステムが充実していることや、健康管理のための福利厚生があること、仕事をやめたときの条件なども仕事をえらぶときのポイントになります。」「フィンランドでは「職場ではだれもが平等である」と法律で定められています。世界にはまだ、女性は家にいるべきだと思っている人たちもたくさんいるようですが、フィンランドの女性は働くことをのぞんでいます。しかし、同時に子どもにもたくさんの権利があります。たとえば教育を受けたり、保育所や健康管理のためのサービスは無料か、もしくは安く利用することができます。また、小さな子どもや病気の子どもがいる人には、子どもと家ですごす権利があります。小学校2年生までの子どもがいる家庭では、子どもが病気になったら、どちらかの親に会社をやすむ権利があるし、就業時間を短くすることもできます。」、最近改めて日本の働き方を考えることがあります。女性の社会進出はこれからも増えるでしょうが、そのためには、基本の「楽しく働けること」がなければ、良い働き方を模索することができない気がします。

ゾーニング

 今日、午後新宿で行っている保育業者の展示会に行ってきました。展示会では、さまざまな商品が並べられ、ある場所では保育室を再現してあったり、体験することができます。その並べ方をいろいろと考えているでしょうね。見に行く人も、見やすかったり、興味のあるものを順に見ていけるるような並べ方をしていると、欲しかったものと一致をして、それを買おうとしますが、並べ方がバラバラですと、後でもう一度見ようと思っていながら、結局はもう一度見なかったり、もう買う意欲がなくなったりしてしまいます。そんな並べ方で重要な観点がふたつあります。ひとつは、動線計画です。この言葉は、何度もブログに登場しますので、もうわかっていると思いますが、人が移動する道筋である動線を計画することです。これは、保育室を考える上でも、子どもの動線を考え、その動きによって保育を意図していきます。保育室のおける動線計画とは、必ずしも機能重視の必要はなく、その動線の交わりによって、子どもが関わるということを演出することも出来ます。もうひとつ考えなければならないことは、「ゾーニング」と言われているものです。ゾーニングとは、簡単に言うと、機能や用途などを考えて空間を分けて配置することです。展示会場では、展示内容を考慮した最適なゾーニングを計画していく必要があります。各分野の相乗効果を実現するだけでなく、各分野を明確に区分することで、来場者にとってわかりやすいレイアウト、出展者にとっては自社の出展製品を明確に訴求できるゾーニングで、効率的なPR空間を計画しなければなりません。展示会場だけでなく、都市計画や建築プランなどで、関連のある機能や用途をまとめていくつかのゾーンに分け、それぞれに必要な空間の大きさを考慮し、相互の関係を考え、位置関係を決める作業のことをいいます。建物の上下階にわたって垂直に空間を配置していくことをバーチカルゾーニング、水平的に空間の配置を行うことをフロアゾーニングという。住宅のプランニングにとっても、建物の配置や間取りなどの大まかな計画を立てるうえで欠かせない作業といわれており、例えば、家族全員や来客などが利用する空間をパブリックゾーン、個室など個人的に利用する空間をプレイベートゾーンなどとし、各空間の適切な配置を考える作業のことです。そのほか、ゾーニングは、いろんなジャンルで使われている用語です。売場の棚割を決める。住宅の間取りを検討する。未成年に過激なビデオの販売や貸出を規制する。このような、『区分』する行為はいずれも、ゾーニングと呼ばれるものです。もっと大きく、まちづくりにもゾーニングも必要です。市街地活性化計画で、エリア内を商業ゾーン、ビジネスゾーン等に区分する手法であり、多くの計画に盛り込まれているものです。また、区分するためだけではなく、同じ機能を一箇所に集めて、魅力や利便性を高め、それによって、中心市街地を昔のように活性化させるということも、ゾーニング計画です。そう考えると、わたしは、保育室は、動線計画とこのゾーニング計画が必要な気がします。よく、昔から「コーナー保育」とか、アメリカなどでは、「インタレストセンター」などという計画を言いますが、わたしは、「コーナー(かど)」でも「センター(中心)」でもなく、ゾーンを計画するゾーニングが必要な気がします。このゾーニングによって、関連のある機能や用途をまとめることで、その活動をより魅力的なものとし、活動を活性化し、各分野の相乗効果を実現させていく必要がある気がします。

新渡戸家

  5000円札で有名な新渡戸稲造については、お札の絵柄になったときにかなりの人がびっくりしたと思います。と言うのも、わたしがびっくりしたからです。彼については、歴史の教科書ではほとんど習ったことがなかったからです。それよりも、彼について調べて、またびっくりしたのは、彼の偉業というよりも、彼の家系における代々の性格の激しさにびっくりしました。この受け継いだ性格が、著書 Bushido: The Soul of Japan(『武士道』)という、流麗な英文で書かれた名著と言われている書籍を書かせたのだろうと頷けるところがあります。今回盛岡に行ったとき、合間を見て彼の生誕の地に行ってみました。
inabe1.JPG
 彼の曽祖父「新渡戸維民」は、南部盛岡藩の兵法学者でした。しかし、この盛岡藩の花巻城を縮小するという藩の方針に対して強く反対し、川内(現青森県下北郡)に流されます。そのとき、彼の息子「新渡戸傳(つとう)」は、27歳でした。傳は、花巻に生まれています。彼は、父親が川内に流されたとき、川内で商売をはじめます。44歳で商人をやめるまで、材木商として活躍し、任官後は勘定奉行などをつとめ、特に開拓事業に力を発揮します。花巻近辺で多くの開田に成功した後、62歳の時三本木原開拓を藩に願出て新田御用掛として1855年(安政2)着手します。当時、十和田市を中心とした「三本木原大地」は“三本の木しかないので「三本木」という地名になった“といわれるほどの荒野原でした。この土地の開拓事業に着手したときに、傳はすでに62歳となっており、当時の平均寿命50代をはるかに超えてからの挑戦でした。当時、農民たちは、何度も繰り返される凶作や飢饉に苦しみ、出稼ぎや逃亡が絶えませんでした。そこで傳は、米の生産を安定させ農民たちの生活を救うため、奥入瀬川から水を引き、不毛の三本木原台地に水田を開発する計画をたてました。資金は、藩からの出資金のほか沢山の出資者を募り、傳の私財も充てられました。高度な土木技術の導入・多くの農民の労役により、硬い岩盤を貫くトンネル工事など難工事の末、4年もの歳月をかけて、不毛の荒野原に水を引くことに成功しました。この水路の完成により、1860年の秋、この地にはじめて米の収穫がもたらされたのです。その後も開拓事業は地域の人々に受け継がれ、水路は太平洋岸まで達し、支流も合わせた総延長は60kmとなりました。最晩年には七戸藩設立を策し成功、七戸藩家老、後大参事となり、78歳で三本木において逝去しています。傳は負けん気根性で上記の事業を成功させ、結果として藩主に「私が悪かった」と頭を下げさせる離れ業を成し遂げ、重臣に列挙されていますが、東北人には珍しく熱い感情を表に出す家系だったようです。この事業を受け継いで行ったのが、傳の息子の「新渡戸十次郎」更にその息子で、新渡戸稲造の兄の「新渡戸七郎」の三代です。十次郎は、幼少のころから兵学の才能をみとめられていましたが、22才で中奥小姓、32才の時には盛岡藩主・南部利剛の兵学御相手をつとめています。33才で奥御勘定奉行、43才で側用人などの重職をつとめ、そのあと傳の後継者として三本木での開拓に従事するため三本木新田御用掛となり開拓に尽力しました。しかし、47歳のとき(諸説ありますが)不祥事があったとして切腹を命じられています。その息子の稲造ですから、東大へ入学面接の折「太平洋の架け橋になりたい」という有名な名言をはいたことはわかりますね。
inabe2.JPG
 しかし、後年、「橋は決して一人では 架けられない。 何世代にも受け継がれて はじめて架けられる 」と言って、 後代の私たちに 夢を託しています 。彼に対する評価はさまざまありますが、保育に関わっている私は、素直にこの言葉はうなづけますね。

盛岡

今、NHKの朝の連続テレビ小説で「どんど晴れ」を放送しています。このテレビドラマの舞台は盛岡ですが、この言葉は、盛岡地方の民話の最後に使う「どんどはれ」(めでたしめでたしの意味)から取ったことはよく知られています。NHKのタイトルの由来には、こう書かれています。「民話の世界では、人間本来の感情をむき出しにし、ぶつかり合うことで「どんと晴れ」が訪れます。このドラマは、豊かな伝統と雄大な自然を舞台に、民話のエピソードを象徴的に絡めながら、困難とぶつかり合いながらも、周りを明るく照らすような頑張りによって、物語は「どんど晴れ」を迎えるのです!」最後には、「めでたし めでたし」になるというのです。この舞台である盛岡に今日来ました。駅に着く少し手前で、新幹線から岩手山が頭を雲の上に出して迎えてくれました。
iwakisan.JPG
今回の訪問は、午後からの講演のためですが、出発するときに職員から、「盛岡に行ったら、冷麺ですか?」と言われました。若い人からすると、盛岡の麺というと冷麺のようですが、有名なのは、「わんこ蕎麦」です。あの小さいおわんに次から次へよそり、それをどんどん食べ、食べ終わったおわんを積み重ねていくというものです。わたしは、それには挑戦しませんでしたが、その店に連れて行ってもらいました。隣の席では、おわんが積み重ねられていました。一人70杯以上食べているようです。
wannkosoba.JPG
ところで、「どんどはれ」は、昔話の終わりに使う言葉ですが、昔話は、話し始めるときと、話が終わる最後に、決まったせりふを言うことが良くあります。私の出身は東京ですので、普通に「むかしむかし あるところに」で始まり、「めでたしめでたし」で終わりました。最近、園では、お話の最後は、「これで おしまい!」と言っています。これらの言葉は、あるリズムがあり、そのリズムが物語りの導入をより効果的にし、終わってからのリズムは、その物語の結末に対するほっとした気持ちの余韻となります。とてもリズムが大切であるということは、子どもが自分で本を読んで、その字面をなぞるだけでは味わえません。いわゆる、口承といわれるような、寝るときに話して聞かせるときとか、語りべが語るのを聞くときとか、絵本の読み聞かせとか、声を出して話して聞かせる場合に効果的になるものです。ですから、最近は、余り使わなくなりました。今の子どもたちは、たぶん知らないでしょうね。また、この言葉は、地域によってずいぶんと違いがあります。この盛岡の「どんど晴れ」に似たものでも、「どーんとはれ」「どんとっぱれ」「どっとはらい」「とってんぱらりのぷう」「そればっかり」「どっとわれえ」などがあります。青森あたりでは、「とっちばれ」を使うところもあるそうです。そして、始まりは、盛岡では、「むかしっこあったけずー…」を使うことがあります。これが、広島では、「まっか」とか「まっかひとむかし」「まっこと昔」と始まります。高知では、「むかしまっこうさるまっこう」と使う地方があるかと思えば、岡山などでは、ずいぶんたくさんの言い方があるようです。「昔こっぷり」「昔こっぷりどじょうの目」「昔こっぷりどじょうの目くそ」「昔こっぷりどじょうの目玉」「昔こっぷりさんしょの芽」「昔こっぷりとびのくそ」「それ昔こっぷり」「せえで昔こっぷりじゃ」「こりゃまあ、これだき」「これもこれも一昔」こうなると、昔話を語るおばあさんのキャラクターによって使う言葉が違う気がします。英語にもいくつか決まった言い方があるようです。「むかしむかし」は、「once upon a time」とか「long time ago」と言い、「めでたしめでたし」は、「ended happily」とか「and they lived happily ever after」などというようです。

無駄

 今日は、法人の監査でした。監査のための書類作りが大変です。印鑑が一箇所押していないとか、日付記入が1日抜けているだけで指摘されます。わたしたちの法人は、確かに公金を使用しています。幼稚園にしても、直接の補助だけではなく、保護者が施設に保育料を納めるにしても、その保護者へ就園奨励金とか、児童手当という公金が支払われています。まして、保育園には運営費全額補助金ですので、公金が使われます。ですから、監査というその使途についての調査があるのです。しかし、当たり前かのように思える監査に少し疑問が残ります。いわゆる公金といわれる国民の税金が、どのように使われることが無駄遣いではないのでしょうか。たとえば、印鑑を押していないことが、どういうことなのでしょうか。もちろん、公正な使い方を、客観的に判断できるような表現が必要なのでしょう。しかし、無駄遣いかどうかは、まず、その公金が、何のために支給され、自治体は、何をすることを委託しているのでしょうか。わたしたちに対しては、それは、もちろん「幼児教育」です。幼児教育に使われていないとしたら、それは、無駄遣いです。たとえば、幼稚園教育要領では、幼稚園教育の基本として、「(1)幼児は安定した情緒の下で自己を十分に発揮することにより発達に必要な体験を得ていくものであることを考慮して,幼児の主体的な活動を促し,幼児期にふさわしい生活が展開されるようにすること。(2)幼児の自発的な活動としての遊びは,心身の調和のとれた発達の基礎を培う重要な学習であることを考慮して,遊びを通しての指導を中心として第2章に示すねらいが総合的に達成されるようにすること。(3)幼児の発達は,心身の諸側面が相互に関連し合い,多様な経過をたどって成し遂げられていくものであること,また,幼児の生活経験がそれぞれ異なることなどを考慮して,幼児一人一人の特性に応じ,発達の課題に即した指導を行うようにすること。」と書かれています。ということは、この基本を行うために公金を投入しているとしたら、(1)を見ただけでも、幼児が安定した情緒を図っていないとしたら、「無駄遣い」です。ましてや、幼児の主体的な活動を促しておらず、大人の価値観を押し付け、子どもを指示し、一斉に、言うとおりに活動させ、または、すべてやってあげ、子どもたちの自らの活動を阻止しているような保育に公金を使っているとしたら、それは「無駄遣い」です。(2)でも、遊びを通しての指導を中心にせず、ただ、座らせて早期教育を行ったり、(3)に書かれているような、一人ひとりの特性に応ぜず、個々の発達の課題に即さず、画一的な、発達の課題を無視した保育は「無駄遣い」です。将来を担う子どもたちを保育し、教育し、そのために公金を投入しているのであって、公金を使って、事件を起こし、問題を起こし、自立していかない若者を作っているのはそれこそ指摘されるべきことです。これを検査するのが「監査」や「評価」なのです。ニュージーランドでは、公金を出して、その使い道を監査するのではなく、子どもたちに対して、きちんと国が示したカリキュラムに沿った保育をしているところに対して公金を投入するのです。そして、そのカリキュラムは、「有能で自信に満ちて学ぶ人、コミュニケーションを取れる人に育ち、心身ともに健全であり、精神的な拠り所を持ち、社会に対して価値ある貢献をしているという意識を持てるように育ってほしい」という願いがこめられています。保育は、書類や印鑑のためではなく、もっと「崇高」な仕事なのです。

父親保育

 昨日のブログで少し触れていますが、今月の23日土曜日は園で「父親保育」の日です。この日は、園を父親に明け渡し、園長代理をはじめ必要な仕事を父親だけで分担し、丸々1日保育をしてもらいます。朝晩から、遅番まで、各時間内は子どもの人数によって国基準の保育士配置でシフトを組んでもらいます。それを園長代理が組みます。そして、各クラス担任が、日案を立て、それにしたがって、いつもの園の保育を体験してもらいます。もちろん、わが子のいるクラスの担任にはなりません。主に、小さいクラスの父親は、大きいクラス担任になります。「わが子も、こんなになるんだ。」と希望が持てますし、大きいクラスにわが子がいる父親は、「わが子も、こんな時代があったんだ。」と懐かしく思い出し、わが子を改めて見直すことが出来ます。その計画を、お互いに忙しいので、メールでやり取りをします。そのメールを見ていると、なかなかおもしろい発見があります。まず、園長代理の仕事です。さすが、普段会社で仕事をしているノウハウを使い、シフトの組み方もエクセルを使って、きちんとそれぞれの時間内における配置を合理的に決めていきます。ただ、ちゃんとこんな注意書きもついています。「状況に応じて変更を行いますのでご協力をお願いします。」「当日何か(人手が足りない、○○が欲しいなど)ありましたら、お知らせください。」「当日の状況により勤務体系を変更することがあります。」子どもによってフレキシブルな面も持っています。保育者としての仕事のほかには、これらの園長代理の仕事のほか、「主任代理」「用務代理」も用意されています。昨年も、用務代理の父親は、トイレ掃除を一生懸命にやってくれました。総勢27名の父親が定員100名の園の子どもたちを保育します。各クラスの担任による日案にも、保育士では思いつかないような計画を見ることが出来ます。今年の0歳児の担任から、こんな提案がありました。「0歳児クラスのお子さんのお母さんの写真を、撮っていただき、A4サイズくらいに印刷して、そのお母さんのA4の写真を、0歳児組のお子さんのベッドの真上の天井にそのお母さんの写真を貼りたいのです。0歳児組のお友達が、「ねんね」する際に、自分のお母さんが真上にいれば、おちつくかなぁ。。と思いまして。。。」こんな思い付きに対して、園の職員はこんな心配をします。「「中々、興味深い事を考えますね!果たして、どうなるか…。母親を思い出して泣くのか、それとも、見守られて安らかに眠るのか。ただ、今の0歳児の子ども達は、抱っこで寝かしつけて、寝たところでベッドに入っています。ですので、ベッドに入った時には既に夢の中、なんですね。」こんな会話も保護者とのやり取りとは思えませんね。1歳児のクラスの計画は、「お絵かきピンで、ボーリング大会!」というものです。「画用紙に好きな絵を描き、その画用紙をペットボトルに貼り付け、ボーリングのピンを作る。そして、机を並べ変えて、レーンを作る。そして、子どもを誘導して、ボールの投げ方(押し方)を指導する。そのときに、途中で落ちないよう補助しながらボーリング大会をする。」というものです。ちょっと1歳児では早いかなと思いますが、父親たちがやると、何とかなってしまうものです。2歳児の計画は「くるくる紙プロペラ」というものです。「貼り合わせた2枚の紙プロペラを2階から落としたり、下から眺めたりする。」これは、園内のブリッチと呼ばれている2階の通路から、作った紙プロペラを落とし、子どもたちが下で受け止めるというものですが、やはり、施設をダイナミックに使い、子どもたちは大喜びです。職員では、なかなか発想しない使い方です。3,4,5歳児クラスは、園で普段やっている保育形態のひとつの「選択性の保育」です。やる内容を、年齢で分けるのではなく、子どもたちがやりたいことを選びます。この保育を、父親たちも経験します。子どもたちは、自分で選択したものは真剣に取り組みます。今回は、次の3つの選択肢を用意しています。「バルーン風船、ストロー飛行機、パッチンカエル」の3通りです。ねらいにはこう書かれてあります。「簡単な工作を通じて、工作の楽しさや、工作の工夫による成果の改善結果を共有する。」「新入り保育士(お父さん達)とのコミュニケーションを通じて、人との関わり方、意思伝達方法などを考えさせる。」子どもにとっても、父親にとっても、園にとってもとても貴重な体験ができる「父親保育の日」です。

もうすぐ

 もうすぐ「父の日」です。私は園便りの中で、父親のことを書くことがよくあります。その中で、かつて書いたものを一部拾ってみました。
子どもとの時間(2001):ゴーン氏は、日産自動車を立て直すために、社長として招かれた人です。とても重い任務を背負い、社員の整理を含め、会社を立て直すことに成功している人であるので、世間では、彼はバリバリの企業マンであるという印象をもっています。しかし、意外なことがあります。「日産リバイブルプランの作成に着手した当初、解決策を見つけなければならない問題が山積し、一日中会議や議論に追われる日々が続いた。しかし、どんなに多忙を極めていても、家族と過ごす時間だけは必ず確保するように努めた。…中略…父親にとって子どもたちと一緒に過ごし、彼らに愛情と関心を注ぐことは大切なことだ。子どもたちに、安定した、落ち着いた家庭環境を与えるために、リタと私は育児に多くの時間を割いてきた。子育てには子どもたちの判断力を養う基礎を作るという仕事も含まれている。…中略…旅立つときに、子どもたちが優れた判断力を発揮できるかどうかは、ある意味で育て方の問題である。」彼には、四人の子どもがいます。彼はいったん帰宅すれば、決して仕事を家に持ち込まないそうです。「リタも子どもたちも、私が玄関を開けたとたんに家族の時間が始まることが分かっている。」とも言っています。仕事ができる人は、家庭もきちんとできるのですね。そろそろ、生き方を考え直す時代かもしれません。
父親の役割(2002);最近、世界的に、少年が起こす犯罪が多くなってきています。特に男の子の起こすトラブルに対して、対応に苦慮している母親が多くいるようです。そうした状況の中で、「男の子ってどうしてこうなの?」(スティーブ・ビダルフ著)という本が、世界でベストセラーになっています。『6歳以下の子どもにとっては、性別は大きな問題にならないし、問題にすべきでもない。この時期、一般的には母親が主要な役割を演じるが、父親が母親代わりをすることもできる。重要なのは、一人ないし二人の鍵になる人物が、子どもを愛し、最初の数年間、子どもを中心に据えるということである。そのようにすれば、子どもは自分の中に安心感をつちかい、子どもの脳は親密なコミュニケーションの技術を獲得し、学ぶことの楽しさを覚えるようになる。これらの年月はすぐに過ぎ去ってしまう。小さな子どもとの生活を楽しめるうちに楽しんでおこう!』このなかで、乳幼児が最も必要にしているのは、母親と特別な絆を結ぶことであるとしていながら、父親も、授乳を除けば、赤ん坊のすべての欲求に答えることができるとしています。だがやり方は異なっているそうです。『さまざまな研究があきらかにしているところによれば、父親は子どもたちと遊ぶときに、母親より活発である。父親が子どもたちを興奮させるのを好むのに対して、母親は、子どもを落ち着かせようとする傾向がある。』
父親することの意味(2003):90年代以降、父親論が盛んに行われるようになりました。最近、アメリカでは、子どもの教育が未来社会のための最も重要な投資であるという認識のなかで、子どもの社会化環境に対する危機感の強さから父親政策に力を入れています。ある書物(It takes a Village)では、父親をすることの意味は?との問いに対する答えとして、以下の5つがあげられています。母親だけでなく、父親もかかわることで、子どもの発達によい影響をもたらす。父親がかかわることで、母親の子育てにゆとりをもたらす。(母親にとって)父親の生活に幅と厚みをもたらす。(父親にとって)以上の点は、よく言われることですが、以下の二つは、これからの時代にとても大切なことです。そして、それが、保育園で行われる「父親保育」の目的なのです。父親をするというのは、家庭を閉ざしてわが子の父親をのみするのではなく、家庭を社会に開き、地域の親たちとかかわり、地域の子どもたちの父親になるということが重要なのです。親たちが地域のネットワークの中にしっかりと足場を持っていることは、子どもたちに安心感をもたらすのです。父親をすることで、夫婦の、あるいは男女の新しい関係の構築につなげるのです。育児について、母親、父親どちらか一方が主役ではなく、柔軟な男女の関係が子どもに伝わることが必要なのです。

パプリカ

papurika.JPG
 最近のスーパーの生鮮野菜のコーナーは、とてもカラフルな野菜が並びます。特にその色の鮮やかさで目を引くのが「パプリカ」です。赤や黄色のほかに、オレンジ、紫、白、黒、茶、合計7色あります。私たちの世代で「パプリカ」というと、香辛料を思い浮かべますし、あのカラフルな色のパプリカを見るとピーマンが熟したものと思ってしまいます。しかし、それらはまんざら間違っているとはいえないようです。パプリカが出回り始めたころは、これをカラーピーマンと呼んでいたところもあったようです。しかし、ピーマンと呼んでいるものは、日本では実が熟する前に採取する緑色のものをさしますが、木につけたまま放っておくと赤色や黄色に変わり、味も緑色のときよりも甘みが増します。日本で売られているカラーピーマンはこれを指すようです。また、香辛料のパプリカは,ピーマンの一品種の熟して赤くなったものを乾燥させて粉末にしたものです。しかし、本来のパプリカはカラーピーマンとは似ていますが、パプリカより肉厚で果実の部屋数が3?4に分かれた綺麗なベル型になる別の栽培品種で、よく見かける大型のものはオランダ産で,オランダ・パプリカと呼ばれるものです。学名から見れば,これはとうがらし(唐辛子)やピーマンと同じで,品種が違うのです。日本名の「ピーマン」はフランス語のpiment(発音はピマンとピーマンとの中間)(とうがらしの意)が起源と考えられています。またはスペイン語のpimiento(ピミエント)がなまったものという説もあります。英語ではベルペッパー、緑色のものはグリーンペッパーといいます。その名前のとおり、ピーマンはペッパー(とうがらし)の仲間で、辛みのないものです。とうがらしの辛みの成分はカプサイシンといいますが、ピーマンにはほとんど含まれていません。熱帯アメリカ原産のとうがらしがヨーロッパを経て日本へ渡来したのは、16世紀のころ。江戸時代にはかなり普及していたようです。明治初期になって、ピーマンも含めてさまざまなとうがらしが欧米から導入されましたが、どうもピーマンは独特の香りが強いため、日本人の口に合わなかったせいか、敬遠する人も少なくありませんでした。ですから、今でも子どもの嫌いな食べ物に挙げられるのも無理はありません。一般家庭の食卓にものるようになったのは戦後のことです。そして、消費が急速に伸びたのは、昭和30年代後半です。つややかに輝く緑色のピーマンは栄養たっぷりで、カロチンやビタミンCが多く含まれます。ピーマン100グラム中のビタミンC含有量は約80ミリグラムで、中ぐらいの大きさのピーマン4個で1日の所要量をとることができます。一方パプリカは、ビタミンCが豊富で、ビタミンAも含まれます。栄養的にはピーマンとほぼ同じですが、緑色のピーマンに比べ、赤などのパプリカは肉厚で甘味があり、栄養価もやや高くなっています。赤い色素であるカプサンチンは、トマトのリコピンに匹敵する抗がん作用を持つと言われています。またお肌をきれいにするビタミンCも、レモンの約2倍(200mg/100g)とたくさん含まれています。そのほかの効能として、夏ばて、疲労回復、動脈硬化によいといわれています。パプリカの食べ方は色々とありますが、カロチンの吸収を高めたい場合は、油で炒めて食べると良いです。通常、ビタミンCは、加熱すると壊れてしまうのですが、パプリカは果肉が厚いため、加熱してもビタミンCが破壊されにくいという特徴をもっています。先日の遠足の私の弁当の中にもパプリカの油いためが入っていました。これからの季節にはうってつけの食べ物かもしれません。

飯山線

 一昨日は飯山で講演があったために飯山線に乗りました。千曲川沿いを走るこの路線は、なかなか味があります。この飯山線は、長野県長野市の豊野駅から新潟県北魚沼郡川口町の越後川口駅に至る東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線です。列車の発着の長野駅から豊野駅まではJR信越線と同じ線路を走り、豊野で分かれて飯山線が始まります。長野県内では千曲川に沿い、新潟県内に入ると千曲川から名を変えた信濃川に沿って日本有数の豪雪地域を通ります。私は、富山からの移動でしたので、この飯山線には豊野から飯山まで乗り、帰りは飯山から長野駅まで乗りました。路線のほとんどが谷沿いの山間部を通るために、主に夏季は大雨による土砂災害、冬季は大雪による雪崩や除雪作業等によりしばしば運休することがあるそうです。飯山から少し新潟に行ったところには、温泉地やスキー場として有名な野沢温泉があります。飯山の駅のホームには、鐘楼「七福の鐘」があります。寺の町飯山にちなみ、商売繁盛、人望福徳、結婚安産、勤労勤学、延命長寿、勇気援福、愛敬富財の七つの願いを込めたといいます。一度訪れる度に一つの願いが叶うといいます。
iiyama.JPG
 文豪・島崎藤村が「小京都」と呼んだ飯山には飯山城址を中心に22の寺があるそうです。その飯山駅からふたつ長野よりの駅は、「替佐駅」といいます。この駅に電車が到着すると、唱歌「ふるさと」のメドレーが流れました。また、駅の駅名版のはじにはその歌の楽譜が掲載されています。
kaesa.JPG
 この駅で放送される曲は季節のよって違うということで、「おぼろ月夜」「春の小川」「もみじ」などがあるそうです。どれも、文部省唱歌で、日本の心のふるさとを歌った歌詞として有名で、私が好きな歌が並びます。ですから、これらの歌詞についてのブログを何回か書いた覚えがあります。これらのすべての曲の作詞をしたのが、この替佐駅のある長野県中野市で生まれ、ここに記念館のある文学博士「高野辰之」です。彼は、明治九年(1876年)農家にうまれ、幼少時代を豊かな自然の中で育ちながら学問の道を志し、苦学の中からわが国近代の国文学に大きな功績を残した人物です。そして、小学唱歌の作詞者として著名です。彼の代表作として、そのほかにも「春がきた」「春の小川」などがあります。先日駅で流れた「ふるさと」は、高野辰之作詞・岡野貞一作曲で、大正五年(1914)「尋常小学唱歌(六)」にはじめて登場しました。歌詞はとても有名ですが、耳で聞いているので、意味を思い違いしていることの多い歌のひとつです。「兎追いし かの山 小鮒釣りし かの川 夢は 今も めぐりて 忘れがたき 故郷 如何にいます 父母 恙なしや 友がき 雨に 風に つけても 思い出ずる 故郷 志を はたして いつの日にか 帰らん 山は 青き 故郷 水は 清き 故郷」作詞の高野の幼少時代を過ごした故郷の風景・望郷の思いを描写したと伝えられています。兎を追った山は、大平山・小鮒を釣った川は斑川であるといいます。「うさぎを追う」とは、単に野山でこの小動物と遊ぶことではなく、肉食が禁じられていた中、うさぎを、跳ねることから鳥に見立てて1羽2羽と呼んで食べていましたが、そのうさぎを食べるために狩ることです。2番の「友がき」(友垣)とは、友だちのことで、垣をしっかりと結ぶように、人と人とのまじわりを、かつてはこう例えていました、「いかにいます父母」というフレーズは、スコットランド民謡に大和田建樹が作詞した「故郷の空」を思い浮かべます。「夕空はれて、秋風ふき つきかげ落ちて、鈴虫鳴く 思えば遠し、故郷の空 ああ、わが父母、いかにおわす」父母は遠くにいていつも自分を見守ってくれており、時たま、どうしているだろうかと思い出す存在は、ふるさとに似ているのですね。