龍踊り

 今日から3日間、長崎で第50回全国私立保育園研究大会が行われます。長崎といえば、昨年4月から10月まで7ヶ月間にわたり、日本で初めてのまち歩き博覧会「長崎さるく博“06」が行われたところです。私も妻とこれに参加をし、何回かブログにも登場しました。このイベントは、なかなかよい企画だと思ったのですが、やはり好評だったようで、今年の4月から年間を通して「長崎さるく」として楽しめるようになっています。この「さるく」とは長崎の方言で「ぶらぶら歩く」ことを意味していますが、長崎には歩いてみるところが町全体にずいぶんとたくさんあります。長崎のもつ独特の歴史や文化があり、そのせいかわかりませんが、今回の大会参加者も全国から2500人も参加しています。今日の午後のシンポジウムに、数日前のブログで書いた、オランダから来た、リヒテルズ直子さんと一緒にシンポジストとして参加しました。その前に、オープニングとして「龍踊り(じゃおどり)」がありました。これは、長崎くんちに奉納する踊りとして伝わってきました。長崎くんちは、地元では一般的に「くんち」と呼ばれますが、長崎県長崎市のお諏訪様(諏訪神社)の祭礼で、敬意を表し、年配者や商売人には「おくんち」という人もいます。10月7日から9日までの3日間催され、いまは、国指定重要無形民俗文化財に指定されています。「くんち」には「宮日」「供日」という字があてられることが多いですが、その名称は旧暦の重陽の節句にあたる9月9日(くにち、九州北部地方の方言で「くんち」)に行ったことに由来するという説が有力だそうです。この「おくんち」は、博多おくんち(福岡市櫛田神社)、唐津くんち(佐賀県唐津市)と並んで日本三大くんちと呼ばれています。この祭礼には、この踊りのほかに「鯨の潮吹き」「太鼓山(コッコデショ)」「阿蘭陀万才(おらんだまんざい)」など、ポルトガルやオランダ、中国などの影響を受けた南蛮、紅毛文化の風合いを色濃く残した、独特でダイナミックな奉納踊りが特徴です。
 古来より中国人は正月十五日を「元宵節」といって「舞龍灯」(wu long deng=龍の踊り)でその年の最初の満月を祝い、五穀豊穣を祈る雨乞いの神事を行う習慣がありました。今も世界中のチャイナタウンでこの文化習俗はうけつがれています。その龍踊りは、日本では長崎市の歴史が一番古く、江戸時代、鎖国政策の中、長崎に唐人屋敷を作り、中国の人たちの居留地として日本と中国の文化交流が行われました。そこの「唐人」たちに、この屋敷に隣接していた本籠町の人たちが、「舞龍」(wu long=龍のおどり)を受け継いだものです。中国人にとって、「龍」は自らを「龍的伝人」(long de chuan ren=龍の子孫)として「トーテム」(祖先)と位置付けて来ました。伝説の「四霊」(si ling=他に麒麟・鳳凰・霊亀)の1つで中国人にとって最も大切な「瑞獣」でもあります。ですから、何か祝い事があるとこの「龍」を使って舞うという習俗が古くからあるのです。2000年前の漢代の書物にはもうすでに「舞龍」の記載があるそうです。
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オープニングは、この龍踊りで始まったのですが、銅鑼(風)、太鼓(雷)、龍声ラッパが鳴るなか、龍衆によって操られる龍が、金の玉を追いながら登場しました。そのあと舞台の上で、ある時は怒涛の様に激しく、ある時には凪の様に静かに、生き物の様に踊る迫力と踊動感には、会場内の参加者から大きな歓声が上がりました。
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踊りは、龍が月を飲み込み、闇夜にして雨を降らすさまを表現しています。このブログのタイトルも龍に関係しているので、とても興味深く見ることができ、少し感動してしまいました。
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