GWに訪れた桜井市は、ブログのネタがこんなにも多いとは今まで気がつきませんでした。それは、この市には「日本に初めて」の足跡が数多く残されています。ブログで取り上げたものでは、「日本に初めて仏教が伝来した」のは桜井です。「日本最初の劇場、“土舞台”にて芸能が始まった」のも桜井です。一昨日のブログの「相撲の原型、力自慢の二人が力比べをした」のも桜井です。そのほかにも「最古の市(いち)」「最古の街道」「最初の蹴鞠」‥‥などなどはじまりがたくさんあります。そして、「万葉集が詠み始められた」のも桜井です。「万葉集」は、7世紀後半から8世紀後半頃にかけて編まれた、日本に現存する最古の歌集です。ですから、わからない部分がずいぶんあります。それに「万葉集」の原本は、まだ発見されていません。現存しているものはすべてのちに書かれた写本です。最も古い写本は、平安時代中期に書写された、巻4の一部が残っているだけの「桂本万葉集」です。現在、20巻すべてそろったもっとも古い写本は、鎌倉時代後期の写本で、「西本願寺本万葉集」と呼ばれているものです。東京都内の「お茶の水図書館」が所蔵しています。写本でも完全なものはほとんどありません。それは、たぶん習字の手本にしたり、床の間に飾るための軸にしたりするために切り取ったからといわれています。ですから一首または数首の歌が記された断簡の形で発見されるものが多いのです。「万葉集」という名前をどうしてつけたかもはっきりしません。ひとつの説は「万の言の葉」を集めたということで、「多くの言の葉=歌を集めたもの」と解するものです。ほかに、仙覚の「万葉集註釈」の中の「古今和歌集」「仮名序」に、「やまとうたは人の心をたねとしてよろづのことのはとぞなれりける」とあることからつけたという説、「末永く伝えられるべき歌集」とする説、葉をそのまま木の葉と解して「木の葉をもって歌にたとえた」とする説などがあります。現在、研究者の間で主流になっているのは、「古事記」の序文に「後葉(のちのよ)に流(つた)へむと欲ふ」とあるように、「葉」を「世」の意味であると解釈して、「万世にまで末永く伝えられるべき歌集」と取る考え方です。このように名前の由来だけでなく、「万葉集」の成立に関しても詳しくは判ってはいません。一人の編者によってまとめられたのではなく、巻によって編者が異なり、家持の手によって二十巻にまとめられたとする説が有力です。天皇、貴族から下級官人、防人ら様々な身分の人間が詠んだ歌を4500首以上も集めた万葉集ですが、そんな数ある歌の中で、巻頭を飾る歌が雄略天皇の歌です。この雄略天皇の泊瀬朝倉宮があったといわれているところが、桜井市黒埼にある白山神社あたりです。ですから、この境内には、万葉集がこの地からはじまられたことをたたえる意味で、「萬葉集發耀讃仰碑/保田與重郎拝書」と書かれた記念碑があります。そして、その碑のそばには天皇が歌った歌碑が建てられています。「籠もよみ籠もちふ串もよ 美ふ串もちこの岳に菜摘ます子 家告らせ名のらざね そらみつ倭の国は おしなべて 吾こそませ我をこそ背とは 告らめ家をも名をも」(― 万葉集 巻1-1 雄略天皇 ―)という歌です。訳すると、「かごよ、よいかごをもち、堀串(へら)よ、よい堀串をもって、この岳で若菜を摘んでいる乙女よ。名前をおっしゃい。この大和の国は、すべて私が所有している。いちめんに私が治めているのだ。この私からまず名乗ろう。家をも名をも」という意味になります。プロポーズをするのに、自信に満ち溢れ、ずいぶん大きく出たものですね。この時代の人々の素朴で活き活きとした姿が伝わってきます。
奈良県桜井市はいろいろな事柄の発祥の地、なのですね。いつか訪ねる機会があったらトレースしてみたいと思いました。今日のブログの『万葉集』にはそれほど親しんでおりませんが『万葉集』と言われてすぐに思い出すのは歌聖・柿本人麻呂です。それは大学生時代に読んだ梅原猛氏の『水底の歌』が柿本人麻呂のことを扱っていたからです。梅原氏による歌聖へのアプローチ方法がとても斬新的だと感じました。そして子どもの頃から親しんでいた小倉百人一首にも歌があります。「あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む」・・・こうした歌が子どもの頃祖父や従兄弟を交えながら興じた百人一首のことを思い出せてくれます。ブログをきっかけに自分の世界へ飛翔しています、毎度のことですが。
私の住んでいるところには柿本人麻呂が詠んだ歌がいくつかあるため、万葉集には多少なじみがあります。今回のブログほど知っているわけではありませんが、「石見のや高角山の木の際より わが振る袖を妹みつらむか」という歌を小学校の頃から聞かされていたのを思い出しました。
それにしても、原本が発見されていないのに多くのことを調べている研究者には驚かされます。あくまでも説でしょうが、理論立てて説明できるまで調べ上げているんだろうと思うと、見習わなければいけないことがあるように思います。