ダイヤ

 「人は ボールを前に投げるために 後ろにいったんふりかぶる 人は 高く上に飛ぶために 下に一度かがむ 前や上を未来 後ろや下を過去だとすれば 人は 未来のために過去を振り返る ここに生きる希望をつくるために 水俣は 起きたことを明らかにしながら 犠牲を無駄にしない社会づくりに役立て 受難者たちと共に 受難の大地水俣の未来に生きる希望をつくる」(水俣病資料館館長 吉本哲郎)水俣病事件は20世紀世界最大の公害事件です。50年を越えた今もなおいろいろな問題を投げかけています。それまで、公害受難で病魔に犯され亡くなった方だけでなく、生き残った人たちも、嫌がらせ、いじめ、中傷、偏見、差別の中にいました。水俣という地名を代えようと思ったこともあったそうです。しかし、あえて、それに正面から向かい合い、環境を考える新しい街づくりに取り組んでいます。
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今日「水俣病資料館」を訪れたとき、科学化を進める時代に犠牲になり、便利、欲望の犠牲になってきた姿に触れ、少し前に見た映画を思い出しました。それは、本年度アカデミー賞5部門ノミネートされた「ブラッド・ダイヤモンド」という映画です。主演は、レオナルド・ディカプリオで、残念ながらアカデミー賞主演男優賞は逃しましたが、なかなかいい演技をしていました。監督は『ラスト サムライ』のエドワード・ズウィックです。ダイヤモンドなど宝石は、国際市場で、高値で取引されます。そのために産出国にとっては貴重な外貨獲得資源とされていますが、その産出国が内戦など紛争地域だと、その国は輸出したダイヤモンドなど宝石類で得た外貨を武器の購入に宛てるため、内戦が長期化および深刻化することになるのです。とくに反政府組織はこれら鉱物資源による外貨獲得とそれによる武器購入を広く行っています。その際には無辜の人々を採掘に苦役させることから人道上も大きな問題があります。これら内戦の早期終結を実現するには内戦当事国の外貨獲得手段を奪うのが有力な手立てであり、国際社会はそれに取り組むべきだとされています。内戦当事国に外貨が流れ込まないようにするために内戦国から産出するダイヤモンドなどを、「紛争ダイヤモンド」と定義し、関係業界はそれらを取引の対象外にすることが求められていました。この映画の舞台は、シエラレオネ共和国はアフリカの西部、大西洋岸に位置し、北はギニア、南東はリベリアと国境を接しています。奴隷制から解放された黒人達の移住地として1808年にイギリスの植民地となり、1961年に独立しました。また、ここは世界でもっとも平均寿命が短い国として知られています。この映画は、地域紛争が激化する「ブラッド・ダイヤモンド」の現実問題に言及した内容について、米国務省が批判したことでも話題となった問題作です。この映画を見た後、先進国といわれる国々が、自己の満足と、豊かさゆえにダイヤを欲しがるので、こんな不幸がおきるのだということを思いましたが、一方、アフリカ諸国をはじめとする世界のダイヤモンド産出国でいかにダイヤモンドが人々の生活の向上に大きく貢献しているかということについては残念ながらあまり知られていません。そこで、2000年に各国政府、非政府組織、ダイヤモンド業界が一丸となってこの問題の解決のために立ち上がり、2002年には国連主導下で「キンバリー・プロセス証明制度」が確立されました。キンバリー・プロセスは紛争地ダイヤモンド取引の撲滅に大きく貢献することとなり、現在では、世界中で取引されるダイヤモンドの99%以上が紛争と関係のない地域から採掘されたものとなっています。贅沢の裏には、犠牲になっている人がいることを忘れてはいけないという思いをした日でした。

ダイヤ” への5件のコメント

  1. 藤森先生、三日間の研修ありがとうございました。補足説明ですが水俣病という地名のついた病名を変更しようという運動が以前ありました。

  2. 以前東京の学校や仕事場に通っていた頃、縁あって「水俣問題」に関わりました。積極的な関わりではありませんでしたが、いろいろなことを学ぶことができました。水俣病の映画も観ました。こうした奇病が存在することに驚きました。「水俣という地名を代えようと思った」という気持ちはわかるような気がします。それほどまでに残酷な公害病でした。今日のブログを読みながら人間の欲望の醜悪さということを感じました。

  3. どんなことにも表と裏の両面があります。裏の面や負の部分にどのように向き合っていくかで、物事が良い方向に進むかどうかが決まってくるように思います。きちんと向き合う勇気を持ちたいと思うのですが、なかなか簡単にはいきません。気づかないふりをすることに慣れてしまっています。情けないことです。水俣病資料館館長の言葉を読んでいろいろ考えさせられました。

  4. もっと、もっとという欲望は知らず知らずのうちに大きくなり、気がついた時にはとんでもにことになってしまっているということは私たちの生活の中にも多かれ少なかれ存在する部分でもあるように思います。そんな気持ちが水俣病やダイヤモンドの問題にまでつながっていくのかもしれません。よくないこととは分かっていても、それを止めることができないのは目先の欲望に目がいってしまっているからでしょうか。昨日、ずっと観たいと思っていた「ジヌよさらば」という映画を観てきました。「なにも売らない、なにも買わない、ただ生きていく」とお金恐怖症から限界集落でお金を使わずに生きていくことを選んだ若者とその村の村人との関わりを描いた作品です。最近の藤森先生のブログにつながるなと思ったのが、作品を観終わって感じたのは人の幸せは人との関係性の中にあるということでした。欲しいものが手に入ることも嬉しいことではありますが、もっとこの人との関係性の中の幸せということを私たちは考えていかなければならないなと感じました。

  5. 先日、某TV番組でゴミの分別について特集をしていました。県によっては、分別しなくてはいけないのにそれをなあなあにしてしまう傾向があったりしましたが、その中で私が驚いたのは、水俣市のゴミの分別種類についてです。なんと、分別する種類が21個もあるということで、市民の協力のもと成り立っている仕組みであるなぁと感じました。また、その細かい分別に、水俣市のHPには、「水俣病を教訓とした環境復元行動及び環境美化活動を経てきた住民の協力、なかでも各地区のリサイクル推進員らによる分別指導を継続してきた成果である」と書かれてありました。そして、その分別された物は、業者が買い取るということで、そういった循環はすごいなと感じました。

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