保育室の中で、子どもにとっての癒しの空間についての考察を何回かブログで書きました。それは、日常から離れた演出が、癒しの効果があります。狭く、少人数で過ごすことができ、余り明るくなく、床がソフトな素材であり、というようなことのどれかが実現できる空間であれば、子どもにとって癒されることになります。もうひとつは、ほっとする環境も効果があります。ほっとするために演出としては、光の演出、音の演出、触覚の演出、そして、においの演出があります。最近、どのデパートの売り場にも「アロマセラピー」のための植物から抽出した油成分(エッセンシャルオイル)を販売しているコーナーがあります。このエッセンシャルオイルを温めて香りをたたせ、その香気を吸入することで、癒しの効果だけでなく、さまざまな医療効果を得ることが注目されています。その中で、最近私が興味を持っているものに、「お香」があります。「香道」とは、文字どおり香りを楽しむことを基本とした芸道で、茶道や華道と同じく、動作の中に精神的な落ち着きを求める日本古来の芸道です。その歴史は茶道や華道と同じく室町時代にまで遡りますが、香木を焚いて香を楽しむことは、聖徳太子の飛鳥時代からといわれています。これもまた、GWに訪れた飛鳥地方に関係があったのです。そのころは、宗教的な側面も大きかったでしょうが、何より「良い香りを楽しむ」ということは、人間の癒し効果や快楽を満足させるものであったでしょう。世界中を見ても「香り」を芸術の域にまで持って行き、精神性を追求する芸道は他に例を見ないものです。私が今楽しんでいるのは「香道」といわれるような作法に法ったものではなく、単純ににおいを楽しむといった程度です。最初は、最近多い線香型とか、コーン型、渦巻き型の香を使っていたのですが、「臭いを嗅ぐ」ことから「香りを聞く」ことをしてみたいと思ったのです。まず、気に入った香炉探しからはじめました。もちろん高価なものではなく、自分らしい香炉を見つけたのが、陶器市の前日の有田でした。「竜」を描いた有田焼の香炉です。そこに灰を敷き詰め、熾した炭団を入れ、半分くらい起きたところでその上にうすく灰かぶせ、その上に数ミリ角に薄く切った香木を熱し、香りを発散させるのです。本来は、炭の上に銀葉という雲母の板をのせ、熱の強さによって、銀葉を灰の上で押すことで、銀葉と炭団の位置を調節することで伝わる熱を調節し、香りの発散の度合いを決めるのです。あまりに熱が伝わりすぎて香木の樹脂等から煙が出てしまうと、香りを聞くことの妨げになり、好ましくありません。昨日の「適正」がここにも必要になります。しかし、弱すぎず強すぎずに銀葉を調節することは難しく、経験が必要となります。香木には沈香(伽羅)を主に使っていますが、これは高いものはかなりの値段がするようですね。今のところは、そんなに難しく考えないで、ちょっと香りを楽しみ、日常を離れた集中と静寂の世界に遊ぶことを目的としています。香木の香気は、精神的な落ち着きや病気の予防のような漢方薬的な効用もあります。昔の人たちはこうした香の効用を「香の十徳」と称しました。「鬼神を感挌し、身心を清浄にし、よく汚わい(汚れ、毒気)を除き、よく睡眠を覚まし、静中友となり(独居の友となり)、塵裏間(忙中の閑)を愉み、多くして厭はず、寡くして足れりとなす、久しく蔵して朽ちず、常に用いて障りなし。」つまり精神的に落ち着き、円満な人格を形成するのに役立つというのです。
「聞く」という表現で香りを考えるのはいいですね。いい香りを聞くことができる環境を想像しただけで癒される感じです。少し集団から離れたところで持っている五感を丁寧に刺激してくれる空間があって、多くの人と関わる空間があって、このバランスがとれていることが大切なんだろうなと思います。
今日のブログの「香」は私自身好きなのですが、自分の日常からは離れた世界、というところが残念です。なんとか「香」の漂う日常を実現させたいと思っています。ところで「香」というと仏の世界です。それゆえ、「抹香臭い」などと言われることもあります。「抹香臭い」は否定的に使いますが、実は「香華」は悟りを開くための環境の一つなのです。なぜそういえるのか?なぜなら、落ち着きと集中力のアップ助長するから、のようです。「香りを聞く」とはなかなかおくゆかしい。もっとも鼻と耳はつながっていますから、そうしたことをも言える、と言うと少々がっかりですね。香りを奏でる音があるはずです。禅の世界のようです。香が聞けたら、それもまた悟りの一種となるのでしょう。