談合

 昨年暮れから、日本道路公団が発注した橋梁工事をめぐる官製談合事件がいろいろと波及し、問題になっています。しかし、この談合はなかなか難しい問題をはらんでおり、なかなかよい知恵が浮かびません。このような何度も繰り返される問題から、ゼネンコンが新しい、本来あるべき方法を見出していけるのでしょうか。私の園の新設の時には、10社による指名入札でしたが、いろいろと考えてしまいました。「談合」というのは、もともと「話し合い」の意味の言葉ですが、問題になるのは、「競争入札をする前に、入札をする業者などが事前に話し合い、落札者と落札価格を決めてしまうこと」を意味する場合です。これによって、本来競争原理で落札者を決め、より効率的な支出をするための入札制度の意味がなくなってしまうことが、大きな問題なのです。そして、今回問題になっている「官製談合」とは、この「話し合い」に、お金を出す側の官庁側の人間が参加することをいいます。官庁と業者がいっしょになって落札者と落札価格を事前に決めてしまい、入札の意味がなくなってしまうのです。一般的に、官庁がある程度以上の金額を支出するときには、3つの方法で発注先を決めることになっています。「一般競争入札」とは、「誰でも入札に参加でき、原則的に一番安い価格を入札した人を落札者として、調達先とする。」「指名競争入札」とは、「基本的には一般競争入札と同じ制度だが、官庁側が入札できる業者をあらかじめ指定して、その業者の中で一般入札と同様なやり方をする。」「随意契約」とは、「入札しないで調達先を決める。」です。補助金に関係するようなときには、基本的には、透明性をはかるため、随意契約は例外的なときだけ行い、競争入札を行うことになっています。しかし、実際は、日本の官庁は地方自治体を含め、指名競争入札が多いのが現状です。だれでもが入札できる一般競争入札が少ないのです。そうなると、どうしても指名業者が固定されてしまうことになるので、その業者は、競争をさけるため一種の同盟を作り、全業者が順々に受注できるよう談合をしてしまうことが多くなってしまうのです。しかも、官製談合では、官庁と業者の癒着が起きやすくなってしまうのです。そして、今回の事件のように、癒着のケースとして、特に中央官庁でよく起きたものが「天下り」を見返りにするような癒着のあり方です。業者が天下り先になることを約束することで、官僚がその業者に有利になるようはたらきかけるというものです。こんなことが多く起きることもあって、従来から刑法などに「談合罪」というものはありましたが、一連の官製談合事件を受け、昨年暮れに官製談合防止法が改正され、より重罰が課せられることとなりました。しかし、罰するだけではなく、本当によいものをつくる為に、正当な価格で受注できるよい方法を考えていくことが必要でしょうが、難しいですね。談合の「談」は、「かたらい」と読みます。ですから、談を使った言葉には、とてもいい言葉が多い気がします。「談笑」「談話」「相談」なにか暖かい響きがあるのですが、「談合」はどうして変わってしまったのでしょうね。GWに訪れた桜井の「談山(たんざん)神社」という名前は、中大兄皇子と中臣鎌足が蹴鞠会で知り合い、日本の将来について語りあったといわれる談い(かたらい)山がすぐ後ろにあることから名づけられたといわれています。
tanzanjinja.JPG
その頂上には大化の改新の談合の碑が立っています。
dago.JPG

談合” への4件のコメント

  1. 「談合」・・・難しい問題です。地方にいると、建設工事はつまるところ「談合」的に廻さないと潰れる業者が増えてくる、という実情に出会います。「指名競争入札」とは詰まるところ「護送船団方式」温存の方策か、と思ってしまいます。つまり、なるだけ皆で生き延びましょう、というとても「やさしい」方法のような気もします。零細中小企業はそれで助かっている?ということもあるようです。発注者受注者の「癒着」はよくありません。もっとも適切な利益が見込まれ、かつ「本当によいものをつくる為に、正当な価格で受注できる」方法がもし「談合」という名で確保されれば、どうなのでしょうか?ところで九州の島原半島と天草の間に「談合島」という島があります。その島の朝食で頂いた鯛のお刺身の美味しかったこと。今でも忘れられません。

  2. 誰か特定の人が利益を得るなら談合はよくないと思いますが、そういうことはなく、結果もよいものができるシステムであれば仕方がないのかなという思いもあります。自分を中心とした狭い範囲だけでなく、視野を広げることが少しでもよいシステム作りには大切な気がします。

  3. 小さい頃、「談合」と聞くと、定番かもしれませんが「だんご」を思い浮かべていました。「談合」という言葉はあまりいい印象がありませんね。「談合坂」という響きはなんだか好きなのですが、談合坂と聞くと、あまりよくない話し合いを坂の頂上あたりでしているような印象を受けます。また、ドラマなどに出てくる悪役のような、ヒール的な存在の人の名前に「談合坂」という名前がつくこともあるような気がして、余計にそんなイメージを持ってしまいます。癒着や便宜を図るというのは人と人とが関わっているからこそ生まれるものなのかもしれませんが、そればかりが大きなって、「本当によいものを作る為」ということを忘れてしまってはいけませんね。

  4. 「癒着」や「天下り」など、以前よりは減っているイメージがありますが、まだなくなってはいなのでしょうね。「付き合い」などと名前を変えた形が、まだ多く残っているとは思いますが、「本当によいものをつくる為」には新しい社会の形が必要な気がします。また、「談」とは「かたらい」と読むのですね。人と人が、語らい合っている情景が思い浮かびます。その語らいが、決してにやついた不適な笑みではなく、本当に良い物を作ろうと、将来への希望を含めた情熱的な語らいであることを願っています。私たちは、そのような日本の将来についての「談」を積極的にすることが、日本を良くする最初の一歩なのかもしれませんね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です