昨日のブログではありませんが、絵巻に見る歴史も興味深いものがあります。それは決して事実だからというわけではなく、絵巻には劇画のようなダイナミックな面白さがあるからです。新幹線の車内誌「ひととき」に、美術史家の塩川京子氏が書いた「絵巻の中の主婦像」は、とても興味深いものがたくさんありました。特に、取り上げられていた絵巻のひとつの「伴大納言絵巻」(平安時代の応天門の炎上をめぐる三巻の絵巻)は、今の子育てに共通するものが、絵によってより誇張され描かれていたので、思わず噴出してしまいそうでした。皆さんにも、その絵を見せたいくらいです。最初は、好奇心いっぱいの女性の絵です。その絵の説明書きにはこう書いてあります。「赤子に乳を含ませて会話に参加しているのは嫁であろうか。彼女は目下子育ての真っ最中。でも好奇心には勝てないと見えて、食事中の子どもをほっといて表に出てきたところか。背後で子どもが食器を手に母親に訴えているのも聞こえていない。だが、彼女の耳はともかく目はわが子に注がれている。赤子が笑みを浮かべて母を見上げているのにもほほえましい。日ごろ見かけぬ人に対する野次馬根性の旺盛さは今も変わらない。」なんと、今の女性そのものの気がしますね。
それ以上に興味深いものの絵が、子ども同士のけんかに親が出て行き、わが子をかばい、わが子を殴ったよその子に対して「蹴り」を入れている父親の絵です。体でわが子を抱き寄せ、怖い顔でよその子をにらみつけ、足をまっすぐに長く伸ばしてその子を蹴飛ばして大怪我をさせている絵は、どんな格闘家よりも凄まじいものがあります。「何も、そんな子どものけんかに大人がムキにならなくても」と思ってしまいます。しかし、この事件が恐ろしい結末を迎えるのです。それが、有名な「応天門の変」です。応天門が放火され、あっというまに、応天門は炎上してしまいました。大納言伴善男は左大臣源信の犯行であると告発しましたが、太政大臣藤原良房の進言でよく調べることにしました。すると、源信の疑いは決定的ともいえませんでしたので源信は許されましたが、「朝廷に仕えていると、とかく無実の罪に遭うことになるものだ」と言って、隠居してしまいました。しばらくして、事件の真相が発覚しました。伴大納言の家の出納を司る役人の幼い子供と、舎人の幼い子供が、喧嘩をした時に、親どうしも言い争いになり、隣近所の人々が周囲に群がってきました。そのとき出納係のあまりの暴言に対して、舎人は黙っていたことを口にしました。「お前の主人大納言を偉い人だとでも思っているのか。お前の主人は、私が口を閉じているおかげで無事でいられるのだ。私が喋れば、お前の主人はただではすまないのだぞ。」この舎人の発した言葉は世間に広まり、天皇の耳にまで達しました。舎人は呼び出され、厳しく糾問されたので、自分の見たことを語りました。それによると、伴大納言が放火したのを目撃したというのです。伴大納言は、応天門の放火を左大臣源信の仕業にして失脚させ、その後釜として自分が左大臣になろうと計ったのでした。伴大納言は、伊豆の国へ流罪となり、その子息たちも諸国へ配流されました。このように応天門の変は、讒言によって人を陥れようとした事件だと語り継がれています。ただし、蔵幕は別にいたのではないかとも言われています。それにしても、子どものけんかに親が出てきて、そのときの売り言葉に買い言葉が歴史を変えてしまうとは面白いですね。
国宝「伴大納言絵巻」はかつて東京国立博物館の特別展か何かで見たことがありました。日本史の教科書にも掲載されていたと思います。「応天門の変」も日本史の中では超ベーシックな暗記事項の一つ。政争の結果としての「変」としか覚えていません。今日のブログのように、絵巻からの情報にせよ、子どもの喧嘩に親が介入し、結局応天門への放火の悪事が露見し流罪になった、という顛末をみると、歴史とは実はたわいもないことから始まることがある、ということが理解できます。私たちは「歴史」というものを兎角難しく教え込まれてきました。前回のブログで指摘した「文献主義」の弊害か、と思います。講談や落語で歴史物語を聞いたら、忘れがたいような気がします。もっとも黒幕の存在がぼかされる可能性も無きにしも非ず。結構、めんどうなことになります。
「伴大納言絵巻」は教科書で見たような気がします。内容はあまり覚えていませんが、人物が生き生きと描かれていたような記憶があります。もし今見ることができるなら、今日のブログのような解説付きのものをゆっくり見てみたいです。
このような話を聞いていると歴史の奥深さを感じます。学校に通っている頃は歴史といえば出来事や年号でしたが、今歴史といえば出来事の裏側にあるものに興味が集中します。人によって解釈が少しずつ違ったりしているその違いが面白さだったりします。そんなことを全部ひっくるめたものが歴史だと思うのですが、勉強となるとそうはいかないようですね。少しもったいない気がします。