今日は、駅の売店で1冊の本の特集の見出しが目に付きました。そのタイトルは、「自律型人間になれば 目標は必ず叶う」というものです。昨年、私の園で卒論を書きたいという学生が4名いました。その4名にそれぞれ課題を提案して、それについて論文を書いてもらいました。そのうちの一人に与えた課題は、「子どもの自律は、どうやって育っていくのか」というものでした。私の園は、各部屋の仕切りも壁もありません。行こうと思えば、2歳以上であれば、どこにでも自由に行くことができます。3,4,5歳児はいっしょに生活しているのですが、2歳児はその空間に接して部屋があります。その間には、なんとなく境があります。見ていると、2歳児の子どもたちは、どんなにふざけていても、注意をしなくても、その境から、決して出ることはないのです。どうして、その境を心の中に持っているのか、いったい、いつごろからそのように心の中に、境を持つようになったのかを常々不思議に思っていたからです。私は、自由になるというのは、規律がなくなることではなく、「他律から、自律に変わることである」と思っています。この自由と規律について、池田潔氏の『自由と規律』(岩波新書)という名著があります。これは、パブリック・スクールで若き日に学んだ著者が、その学校にこそイギリス人の性格形成に基本的な重要性をもっているのではないかということで、自由の精神が厳格な規律の中で見事に育まれてゆく教育システムを,体験を通して興味深く描いた本です。この中では、「最も規律があるところに自由があり、最も自由なところに規律がある」という精神が、まさに英国の精神の骨頂だといいます。つまり、規律なき自由は、放縦であり、自由なき規律は専制だからです。多くの人は、ときとして自由と放縦を取り違えていることが多く、子どもを自由にするのはよくないと思っている人がいます。私の園で、3歳以上になると、自由にやりたいことを自分で選ぶことができ、自由に好きなところで遊ぶこともできます。ですから、2歳児のころから、「自律」を身に着けるようにしています。たとえば、2歳児専用のベランダがあり、そこには避難滑り台が着いています。その滑り台には、柵をしてありません。2歳児の子どもは自由に行くことができます。しかし、誰も行きません。柵をしていないのは、自由にいけるようにではなく、行ってはいけないことを子どもたちは知っているからです。柵で止めるのではなく、自律心が止めるのです。ですから、本当に避難するときに自由に行くことができるのです。普段、行ってしまうからといって、柵を閉め、開けないようにと鍵をしていたら、いざというときには不自由です。
特集を組んでいた週刊誌は、「Associe」という雑誌ですが、リードの部分には、こんなことが書かれています。ビジネスパーソンとして成功するために「自分の心の中に自分だけのモノサシを持った“自律型人間”になろう。“自律”とは自らを律すると書く。つまり“外部からの制御から脱して、自身の立てた規範に従って行動すること(広辞苑)”である。」とあります。自律しない人が多くなると、当然他律が多くなります。「ごみを捨ててはいけない」と自分で考え、捨てなければいいのですが、捨てる人が多くなれば、「捨てると罰する」という規則ができてきます。人は自分ひとりだけで生きているわけではありません。人々の中で心地よく生きるためには、ビジネスで成功するためだけではなく、それぞれが自律心を持つことが大切です。
自由というのはいろんな捉え方ができてしまうので難しいです。「最も規律があるところに自由があり、最も自由なところに規律がある」という精神がしっかりと根付いて欲しいと思います。また、子どもの頃から自律が身についていると、大人になったときそれが大きな力になるでしょうし、社会も変わっていくんじゃないでしょうか。成熟した社会になるためには個々の自己責任に支えられた自由が必要なはずです。全ては自己責任、自分次第という考えを大事にしていきたいと思います。
「自由と規律」は、大学在学中の、提出論文の題材でした。
私は法学部だったのですが、法的見解からも、「自律」というものはかなり重視されたもので、「自律」のない国ほど細かな人としての法律が増える、と習いました。その当時「なるほど」と思った記憶があります。最近の飲酒運転にしてもそうですね。違った視点から見ると、今回の保育所指針の告示化も、そのような捕らえ方もできますね・・・。
まだまだ日本では、自由の捕らえ方を取り違えていると感じることがよくあります。自由=放任、自由=わがまま、なんてことはよく言われますね・・・。先日は、小学校教師より、うちの園が「なあなあの保育」とまで言われました。
はたからみると、そう見えるのでしょうね~。
不自由の中の自由と、自由の中の不自由と、どちらを選ぶかは本人次第ですね。その前に、それを選べるだけの力を身につけていないと、選ぼうにも選べません。
毎度のことながら、勉強になるブログをありがとうございます!
他律は本当は不自由なことですが、どうも他律に安住している人が多いような気がします。今日のブログタイトル「自律」こそがこれからの世界を生きていく上で必要不可欠なことは言うまでもありませんが、学校をはじめ会社でも「他律」が圧倒的です。就学前施設の中では目覚めて「自律」と「自立」、「関係性」や「意欲」ということに焦点を当てて幼児教育保育を行ってきているところが徐々に増えてきています。学校機関でも増えてきているのでしょうか?いずれにせよ、言葉だけで「自律」とか「意欲」ではなく、環境を通して実際的に培えるよう仕向けることが大切だと思います。やってもらうことを待つのではなく、自分からはたらきかけていく、このことが「自律」を促すことであると思います。子どもを育てている私たちにとってはとても重要なことです。