倫理3

 最近、「倫理観がなくなったなあ」と思うもののひとつに「保育料滞納問題」があります。認可保育園の保育料の滞納額が主要都市だけで年間約34億円に達しているそうです。保育料は、それぞれの前年度の年収に応じて決められているので、お金に苦しい人は額が低くなっています。また、前年度の年収によるので、今年度にいろいろな理由で収入が減った場合は、特例措置がとられています。滞納率のベストテンの地区は、1位が仙台市の7.22%で、滞納額が2億1730万円にも上ります。2位が千葉市の6.91%、そのあと大阪市5%、佐賀市4.4%、宮崎市3.42%、盛岡市、青森市、堺市と続きます。東京23区は、2.73%です。もちろん、本当に苦しい場合もあるでしょうし、何かの事情がある場合もあるでしょう。新聞にも紹介されている滞納者の姿は、「お金がなく、保育料は払えないと言いながら、2台の外国車にそれぞれ乗る夫婦」など「最近は、車や携帯電話の使用代、外食などに優先的にお金をかける傾向がある。」ようです。また、滞納理由の上位を占めるものに「家のローンが大変だから」生活が大変というのを聞くと、首を傾げてしまいます。かつて、園児で、毎日朝一番に来て、一番最後に帰る子がいました。その子は、土曜日も、夏休みもすべての開園している日は皆勤で来ていました。そんな日が続いたからか、奇声を発するようになりました。少し、子どもには無理があるようです。仕事がそんなにきついかというと、両親とも大学の教授で、とてもインテリです。そこで、父親に来てもらって、私から少し時間を子どものために作ってもらえないかという話をしてみることにしました。すると、父親はこう言ったのです。「せっかく家を園の近くに買ったのだから、そのローンを返済しなければいけない。」と言うのです。園の近くはとても閑静な住宅街で、それらの家は、とても高額な分譲住宅です。しかし、私はこう言いました。「せっかくいい家を買っても、そこに何時間いることができるのですか?その家で、家族団らんの時間があるのですか?ただ、その家のローンを返すために、その家でくつろぐこともできない。そんな生活は、もう止めようではありませんか。もっと、豊かな、人間らしい生活をしましょうよ。」今の時代は、なにを優先するかの選択が間違っている人が多い気がします。また、いろいろなことを両立しようとしたり、なんでもすべてをかなえようとします。しかし、物事は、すべて手に入ると限りません。何かを得るためには、何かを捨てなければならないこともあるのです。そんなときには、なにをとるか選択します。しかし、少子社会になり、物が豊かになった今、子どもたちは小さいうちから欲しいものは何でも与えられてきています。そして、今欲しいものを、今手に入れようとします。サラ金が多くに人に利用されているのも、その心理を利用しているのです。そんな時代は、物は豊かになったかもしれませんが、心は貧しくなっていると思います。保育料を滞納する、返済しないというのは確かに倫理の問題かもしれませんが、私は人としてのプライドがないのかと思ってしまいます。そのプライドを、最近は、「品格」とか「武士道」とも言うのかもしれません。もっと、心豊かな、成熟した暮らしをしたいものです。心を満たすものは、家でも、宝石でも、車でもなく、子どもであったり、家庭であったり、心安定した生活であることに気がついてほしい気がします。それが、倫理観を育てる気がします。

倫理3” への5件のコメント

  1. 今日のブログを読みながら「貧すれば鈍する」という格言を思い出しました。生活苦に追われると(お金のことだけを心配しないといけなくなると)才知も知識も欠如していきます。結果、「心の豊かさ」を失っていきます。「給食費」や「保育料」の滞納が大きな社会問題になっています。「給食」にいたっては「給食をたべさせてくれと頼んだ覚えはないから払わない」という親もいるそうです。そしてそうした親は大抵大見得をはって暮らしているそうです。実のところは「お金のこと」でいつも大変な人なのだそうです。「悪知恵」「屁理屈」には長けきますが、やはり「才知」と「知識」は欠如しているとしか言いようがありません。住宅ローンのことで思ったのですが、折角「家」を持ったのにその意味は忘れて「ローン」=「お金」のことだけを考えるようになってきます。持つ前は「家」がいろいろな意味を持っていたはずです。ところが家を持って「ローン」が発生した時、その意味は忘れ去られ「ローン」奴隷と化す。なんとも哀れなことだと思いました。

  2. またまたうーんと唸ってしまう内容です。自分自身が優先順位をうまくつけながら生活できているか自信がないので、あれこれ考えながら読ませてもらいました。物に執着するとダメですね。心を完全に奪われてしまいます。適度に執着し適度に執着しないくらいのバランスで生活していきたいと思っています。そのくらい緩やかな感じの生き方がしたいと最近特に思います。

  3. 住宅ローンに苦しむ友人を数人持ってます。その友人は、ローンに苦しんでない別の友人と私から、「家なんか住めれば十分」といつも言われてます。住めば都といいますからね?。数年前まで親子3人で暮らしていたアパートは、6畳のワンルームでした。辛うじてお風呂とトイレが別でした。その中に、ベビーベッドを置くと、そりゃあもう、大変ですよ?。夫婦の布団を敷くと、スペースないんですから?。でも、あの頃が懐かしくて、よく主人と話をします。動かなくてもすべて手の届く範囲にモノがあったので、とても楽チンでした。主人の母は、その部屋を見て、プーっと笑ってました・・・。
    でも、それでも十分に幸せでしたよ?。だって生まれたてのかわいい赤ちゃんと、一生(たぶん)添い遂げる伴侶と一緒ですからね!お金やものより大事なものはいくらでもあるんです。お金で買えるものにはそんなに価値がないんです。
    お金は大切ですけどね。でも、食料も住む場所も水もおいしい空気も十分にある日本では、最低限のお金で豊かな暮らしは存分にできるはずですよね。

  4. いろいろなことを両立しようとしたり、なんでもすべてかなえようとする姿からは、もしかすると誰かと比較しながら生きているという思いも隠されているのかもしれませんね。超比較社会というと言い過ぎかもしれませんが、周りが持っているものに触発されたり、周りの幸せにみえる姿に影響されて自分のペースを乱してしまったりということはあるのかもしれません。比較ばかりしていると、いつまでもその思いは満たされない、また次の比較、また次の比較という思いに支配されてしまいそうです。そうではなく、心豊かな、成熟した暮らしの方に意識を持っていき、そのような生活のために自分はどういう過ごし方をすればいいのかということを考えて、豊かに生きたいなと思いました。

  5. 心が貧しくなっている原因として、倫理がなくなっているということよりも、「人としてのプライド」がなくなってきたからといった視点は、非常に勉強になります。誰がどうだとか関係なく、自分が自分の行動に納得できるか、自分の中に社会的なルールが存在しているのかといった、“自分ルール”のようなものが必要であると感じました。「心豊かで成熟した暮らし…」、そういった暮らしが、社会を育てていくのだろうなぁと感じますし、誰もが望んでいる暮らしであると思います。他者や別の視点を持ち、そういった暮らしに気づいているか、気づいていないかが、まず必要なことなのだと思いました。

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