衣替え

花が一斉に咲く春になると四季の移ろいに感動し、つくづく日本はいい国だなあと思うことがあります。このような日本の美しい四季の変化と生き物の変化は、4つの気団によるものです。そしてこの4つの気団は、私たちの生活を豊(ゆた)かでうるおいのあるものにしています。それは、「オホーツク海気団(しめっていて冷(つめ)たい)」、夏の「小笠原気団(おがさわらきだん)(しめっていて暑(あつ)い)」そして春と秋の「揚子江気団(乾(かわ)いていて暖(あたたか)かい)」、さらに冬の天気の主役(しゅやく)となる大陸そだちの「シベリア気団(乾いていて冷たい)」、この4つの特徴(とくちょう)の違う大気のかたまりがかわるがわる日本をおおって、日本の天気を支配しているのです。もうすぐ訪れるであろう「梅雨」は、オホーツク海気団が起こすものです。5月から6月にかけてとても暑い日が続きます。園でも、お昼寝をそろそろタオルケットだけにしようかという意見が出ました。子どもたちは暑くて、寝苦しいようです。しかし、そう思って布団を片付けてしまうと、梅雨のころにまた寒い日があることがあります。ですから、今の時期に完全に夏支度をすることをためらいます。この暑さ、寒さの変化には時期的な目安はありますが、それはあくまでも目安であって、年によってかなり異なります。ですから、最近は一斉に制服の衣替えということをする学校が減りました。しかし、警察官や駅員さんは、衣替えで夏服に代わります。これは世界でも同様のようで、以前イギリスに行ったときにバッキンガム宮殿で、直立不動の姿勢で警衛を行う近衛兵の隣で写真を撮りました。(隣でなにをしようと、姿勢は崩しません)その近衛兵の制服は、赤い上着に黒い熊の毛皮の帽子をかぶっています。しかし、行った季節が冬だったので、グレーの制服でした。機能的にその服が暑い、寒いというよりも、その制服で季節を感じるということもありますね。そういう意味では、「衣替え」も大切な季節行事かもしれません。そういえば、我が家にある「裃(かみしも)」にも、夏服と冬服があります。いつごろから、衣替えをするようになったのでしょうか。歴史はずいぶんと古いようです。それは、平安時代から始まった習慣で、当時は中国の風習に倣って4月1日および10月1日に夏服と冬服を着替えると定め、これを「更衣」と呼んでいました。それは、宮中行事のひとつとして、衣類はもとより、調度品なども含めて、季節に合わせた入れ替えが行われていたのです。ですから「更衣」とは、「衣を変更する」ということで、季節の推移に応じて衣服を替えることだけでなく、それに伴って衣服の収納場所を変更することをも言っていたようです。しかし、更衣というと、天皇の着替えの役目を持つ女官の職名であり、後には天皇の寝所に奉仕する女官で女御に次ぐ者を指すようになったために紛らわしいので、民間では更衣とは言わず衣替えと言うようになったそうです。その時期が4月1日というのはずいぶんと早い気がしますが、もちろん旧暦の話です。それが、江戸時代ごろから、衣替えは6月1日と10月1日に行うようになりました。そして、太陽暦採用後は、官庁・企業・学校が旧暦の日附をそのまま新暦に移行して6月1日と10月1日に行うようになったのです。ずいぶんと最近の話ですね。それにしても私の中高校のころの制服はいわゆるつめ襟の学生服でした。それを脱いでワイシャツだけになるのはどんなに暑くても6月1日でなければ許されていませんでした。ずいぶんと辛抱強かったですね。