今日の読売新聞に、「モラルを問う」ということで、「遍路道 ポイ捨て」という記事が掲載されていました。「遍路の旅で人生を見直したい」という遍路が、ごみを路上にポイ捨て、不法投棄が多いそうです。「癒しの道とも言われる遍路道だが、地元ではこのままでは嘆きの道に変わってしまうと心配する声も上がり始めた。」というものです。しばらく、癒しシリーズをこのブログで続けましたが、「癒しの道」というものもあったのですね。
この四国八十八か所の霊場は、弘法大師が開いたものですが、これら霊蹟をめぐる四国遍路は、伊予国温泉郡荏原村の長者、衛門三郎が自分の非を悟り、大師のあとを追って四国を廻ったのがはじまりだと言われています。私は、四国に行くことが多いので、行った先々にある霊場をめぐればよかったと思っています。これら四国霊場は、阿波の国(徳島県)を発心の道場と言い23ケ寺、土佐の国(高知県)は修行の道場で16ケ寺、伊予の国(愛媛県)は菩提の道場で26ケ寺、讃岐の国(香川県)は涅槃の道場で23ケ寺。全て合わせて八十八ケ寺、三百余里(1200~1400km程)の旅です。この霊場は、四国の山野に開かれた心と体の修行の道場で、八十八の煩悩を除き、八十八の功徳をもたらすと言われています。最近、管直人さんが回ったことでも有名になりましたが、四国遍路がはやってきた気がします。それは、団塊の世代が、自分を見つめるためということで回り始めたということと、観光バスや車を利用して回ることもできるようになったことがあるでしょう。遍路(巡礼者)は札所に到着すると、ある程度決められた手順(宗派によって多少異なる)に従い、本堂と大師堂に参り、般若心経など決められた読経を行い、その証として納札を納め、納経所で寺の名前や本尊の名前、本尊をあらわす梵字などを墨書し納経印を押したものを納経帳に受領することができます。この回り方が、スタンプラリーと揶揄されることもあります。八十八か所すべてを廻りきると「結願成就」となり、その後、高野山(奥の院)に詣でてそれを収め、「満願成就」となります。先日、徳島に行ったときに「霊山寺」を訪れました。ここは、第一番札所ということで多くの巡礼者が集まり、巡礼用具である白衣や金剛杖、菅笠さらに納経帳、掛け軸などが売店で売られていました。
弘法大師といえば真言宗の開祖として知られていますが、嵯峨天皇、橘逸勢と共に「三筆」と呼ばれるほどの書の名人としても有名でした。その弘法大師が字を書き損じたという話は「今昔物語」におさめられています。京の都の大内裏に応天門という門があります。弘法大師は勅命を受けてこの門に掲げる額を書くことになりました。ところが書き終えて額を門に掲げてみると、「応」の字の一番上の点を書き忘れていたのです。ということで、「弘法にも筆の誤り」「弘法も筆の誤り」という「かの書の大家、弘法大師ですら書で間違いを起こしたことがある」ということから、「どんな人間でも間違いは起こすもの。」という意味で使われます。しかし、それをどうしたかというと、さすがは弘法大師、筆を投げつけて点を打ったといいます。やはり器が違う、誤りの直し方が違う、ということで、「しかし、弘法大師は書き直し方さえ、常人とは違う」という、誉め言葉としての意味も併せ持つ諺とされています。間違いは誰でもすることがありますが、それをどのように直していくかが大切なのですね。
お初に投稿させていただきます。
弘法大師空海は私も尊敬しています。色々と活躍や伝説のある人ですが、「綜芸種智院」という庶民にも通える学校を創った教育者としての側面もありますね。空海の場合は、中国に留学中に教育機関普及の実情に触れ、刺激されたのが種智院設立のきっかけだったようです。藤森先生のドイツと重なって見えるのは私の思い込みでしょうか?
儒教、仏教(主に北伝・小乗)隆盛の空海在世当時、まだ海のものとも山のものとも分からない密教に光を見出し、中国まで命がけで足を伸ばして習得し、日本に持ち帰る……。このような事を成しえたのは、これからの世で必要なものとなっていくものが見える、曇りの無い心があったればこそではないでしょうか。
空海の場合、その曇りない心を養うのに大きな役割を果たしたのは、学問もあったと思いますが、もう一本の柱が瞑想と山林跋渉、すなわち遍路だったのでしょう。歩きながら哲学したというストア派やカントの例も示すように、歩き、感じ、考えるが一体になった状態は感性が増大し、濃密な思索が出来るようです。歩きのお遍路の方はそのような体験もあるのではないでしょうか。加えて、遍路道と、その遍路を回る人を大事にして
藤森先生、久しぶりの投稿です。
弘法大師空海は我が郷土が生んだ歴史上最高の英雄です。
真言宗総本山のある善通寺市が生誕の地といわれています。
私が藤森先生の講演会を初めて開いたのがこの善通寺市です。
保守的な土地柄なので、一気に保育の改革を求めることは困難ですが、
いつの日か藤森先生の見守る保育が、当地に根付くことを信じて、活動を進めていこうと思っています。
そのなかで、失敗やら間違いもありますが、ひとつひとつ教訓にしていけばいいのですね。
今日のブログに励まされました。
「間違いは誰でもするが、それをどのように直していくかが大切」ということ。人が間違えたときにはそのように思えない自分と向き合う機会をもらいました。
このブログを読ませてもらうことで過去を振り返ることより、「明日以降どのように生きていくか」を考えるきっかけをもらうことの方が多いです。
このブログが毎日更新され毎日ヒントをいただけることの有り難さを感じながら読ませてもらいました。
《同行二人》一人いて一人と思わば二人と思え 二人いて二人と思わば三人と思え その一人は藤森先生也。
弘法大師様の多才ぶりには本当に驚かされます。同時に、藤森先生の多才にも誠に驚嘆しております。今日のブログの「遍路」。いつか私もやってみたいと思っています。管直人さんのように頭を剃髪して行こうかな、と思います。四国八十八箇所は無理でも秩父の遍路はできそうな気がします。さて、お遍路スタンプラリー、に反応します。実は私の趣味のひとつが御朱印を寺社から頂くことです。二十歳の頃、鎌倉の寺を廻って参拝しては御朱印帖に朱印を頂いておりました。発想はほとんどスタンプラリーです。高齢の方が私の朱印帖を観ては、いい趣味してんねぇ、と言って下いました。「弘法も筆の誤り」あるいは「猿も木から落ちる」・・・その意味をしっかりと噛みしめたいものです。