春になった気配は身の回りにいろいろとあります。今日、帰りに渡った利根川にかかる朧月を見たときに、もう春だなあと思いました。そのあと、連想ゲームではありませんが、なにを思い出したでしょう。たぶん、若い人はまったくわからないでしょうね。私は、次のような歌詞を思い出したのです。「あれを御覧と 指差す方に 利根の流れを ながれ月昔笑うて ながめた月も 今日は 今日は涙の 顔で見る」昭和14年に、田端義夫の歌でレコード発売された「大利根月夜」(作詩:藤田まさと 作曲:長津義司)です。これは、何を歌った歌かというと、2、3番の歌詞を見るとわかります。「愚痴じゃなけれど 世が世であれば 殿のまねきの 月見酒 男平手と もてはやされて 今じゃ 今じゃ浮世を 三度笠」「もとをただせば 侍育ち 腕は自慢の 千葉仕込み 何が不足で 大利根ぐらし 故郷じゃ 故郷じゃ妹が 待つものを」そうです。浪曲や講談で有名な「天保水滸伝」に出てくる「平手造酒」(ひらてみき)のことです。平手は、もともと北辰一刀流の達人でした。そして、千葉周作門下の使い手として将来を期待されていましたが、生まれつき窮屈な事が嫌いな性分と不身持が不幸となり道場を破門され、落ちぶれて利根川沿岸の博徒の大親分の用心棒になります。昨日のブログで書いたように利根川は土地を潤すために、昔からその利権をめぐり縄張り争いが行われていました。その縄張り争い「大利根川原の決闘」で助っ人として、活躍し、奪戦しますが、重傷を負い、31才で死去したということになっています。彼を主人公として、他にも三波春夫が昭和34年に歌った「大利根無情」(作詞:猪又良 作曲:長津義司)にも描かれています。特に、その歌に挟まれているせりふにその心情が描かれます。「佐原囃子が聞こえてくらー 思い出すなァ‥‥御玉ケ池の千葉道場か うふふ‥‥平手造酒も今じゃやくざの用心棒 人生裏街道の枯落葉か」「止めてくださるな妙心殿 落ちぶれ果てても平手は武士じゃ 男の散り際だけは知っております 行かねばならぬ そこをどいて下され 行かねばならぬのだ」もと武士としての誇りと、一宿一飯の義理を貫く人生に共感を覚えた人が多かったのでしょう。もう一人、私が小さかったころに聴いてあこがれた人に、「吉良仁吉」(きらのにきち)がいます。昭和13年に発表された「人生劇場」(作詞:佐藤惣之助 作曲:古賀政男)の歌詞からあこがれたのです。「やると思えばどこまでやるさ それが男の魂じゃないか 義理がすたればこの世は闇だ なまじとめるな夜の雨 あんな女に未練はないが なぜか涙が流れてならぬ 男ごころは男でなけりゃ 解るものかと諦めた 時世時節は変ろとままよ 吉良の仁吉は男じゃないかおれも生きたや仁吉のように 義理と人情のこの世界」この3番の歌詞の仁吉のように生きたいとこの歌の主人公が思うところです。この歌のもとの「人生劇場」は、愛知県吉良町出身の作家尾崎士郎の自伝的大河小説です。これを手本としたものに、同じ早稲田大学の後輩五木寛之の自伝的な大河小説「青春の門」があります。吉良仁吉については、昨年TVで、中村雅俊が仁吉役をやったドラマが放映されていました。彼も没落武士の子として生まれ、3年間清水次郎長の下で過ごし、その後故郷に帰って吉良一家を興します。しかし、わずかな恩に報いるために、恋女房と別れてまでも負けるとわかった戦に挑み28歳の若さで散った吉良の仁吉は、義理と人情そのものだったのです。今は、こんな人生は馬鹿らしいと思いながらも、なんだか惹かれるものもあります。しかし、次の時代には、まったく引き継がれないでしょうね。
もう若くはありませんが、それでも藤森先生よりは一回り年齢が下になります。ところが、今日のブログで紹介されていた3曲中、バタヤンの「大利根月夜」や古賀政男先生の「人生劇場」は20代の頃からの愛唱歌でした。昨日のコメントに引き続き、父親の影響によるものです。一時期父と2人だけで暮らした時がありました。夜のテレビ番組では毎週演歌・歌謡曲を観ていて私も付き合いました。おかげで今ではカラオケに行くと歌っています。苦しいこと、辛いことがあるとこれらの歌に助けられていたことを思い出します。「義理」とか「人情」は大切にしたいと思いますし、何であれ「一宿一飯」の恩義はこれは末代まで大切にしたい、と思いつつ、あ~、あの人にご無沙汰しているな、「矢切の渡し」ならず「不義理の私」になっている、と反省仕切りです。「やると思えばどこまでやるさ・・・」、勇気、元気、が湧いてきます。父の趣味に今更ながら感謝です。5歳になる息子にもこれら名曲は伝えたいと思います。
うーん、歌は全くわかりませんでした。分からなかったのですが、じっくり読んでいると意味は分かってきます。私は義理や人情をすごく大切にしているというわけではありませんが、そういうものに惹かれてしまうところはあります。確かに今の世の中を考えると次の時代には引き継がれないのかもしれません。そうなると、次の時代に引き継がれるのはどんなものなんだろう、どんな生き様が引き継がれるんだろうと考えてしまいます。