太陽の動き

 今日は、春分の日です。もともと、春分日とか秋分日などは太陽の動きに関係しますので、天文学的な言葉です。簡単に言うと、太陽が真東から昇り真西に沈むため夜と昼の長さが同じ日とされ、春分の日は、二十四節気のひとつで、太陽黄経が0度(春分点)の日のことをいいますが、これを「春分の日・秋分の日」と呼んで、日本では、祝日として決められています。なんで、昼と夜が同じ時間の日が祝日なのでしょうか。よく考えると、不思議な気がします。なにを祝う日なのでしょうか。また、祝日と決められているのに、いつかがはっきりしません。というのは、祝日としての春分の日や秋分の日は、本当に昼夜が同じ日ではなく、国立天文台が作成する暦象年表という小冊子に基づき、閣議で決定され、これが官報によって公報されることによって正式に決まるのです。官報に載る時期は2月の最初で、ここに翌年の春分の日・秋分の日が記載されます。ということは、祝日である春分の日は、前年でないとわからないのです。そして、その日は、「自然をたたえ、生物をいつくしむ」国民の祝日とされています。しかし、この日は、昔から生活に密着した行事と関係しています。この春分の日にしても、前後三日間、計七日間のことを「彼岸」と呼び、初日を「彼岸の入り」、中の日を「彼岸の中日」、最終日を「彼岸明け」と呼びます。お彼岸は、正しくは「彼岸会」といい、先祖の供養をし、お墓参りをする行事です。それは、春分・秋分の日は昼夜の長さが同じになるから、仏教の説く「中道」の教えにかなうとか、太陽が真西に沈む時期なので、西方極楽浄土におられる阿弥陀仏を礼拝するのに ふさわしいとかいわれています。また、「暑さ寒さも彼岸まで」というように、季節の変わり目にあたり昔から農耕の区切りとして祭りが行われていた時期であり、 それが仏教と結びついて現在の年中行事として定着したのであろうともいわれています。明治初期には、春分の日が「春季皇霊祭」という国家の祭日になりました。それが、第二次大戦後に今の国民の祝日となったのです。また、この日は世界でも特別な日とされることが多いようです。たとえば、イースターとも呼ばれる復活祭はキリスト教の典礼暦における最も重要な祝い日で、十字架にかけられて死んだイエス・キリストが三日目によみがえったことを記念する日ですが、基本的に「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」に祝われるため、春分の日と同様に、年によって日付が変わる移動祝日なのです。
 このほかにも、太陽に関する日は意味があるとして考えられてきました。先日訪れた吉野ヶ里の環壕集落の構造は、夏至の日の出の位置と冬至の日の入りの位置とを結んだ線が軸になっている、という説があります。祠祭儀礼の場とされる「北内郭」は上空から眺めると、左右対称のホームベース型をしているのですが、この左右対称軸を北東に延長すると夏至の日の出の位置に一致するのです。古代遺跡の中には、このように太陽や天体の運行と関係するものが少なくありません。例えば、南イングランドのソールズベリー平原にあるストーンヘンジは、夏至の日の出を観測できるよう、巨石の一部が配置されていると言われています。また、アイ ルランドのボイン渓谷にあるニューグレンジ古墳の場合は、1年に一度、冬至の日にだけ、奥の墓室に太陽の光が差し込むように作られています。ちなみに、どちらも世界遺産に登録されている遺跡です。太陽、星、月など天体の動きは神秘的であると同時に、生活に、ある基準として取り入れられてきたのでしょう。

最終回

 先日、派遣社員の哀歓をユーモアたっぷりに描いたドラマ「ハケンの品格」が最終回を迎えました。その主役を演じた篠原涼子さんとご主人の市村正親さんに、都内のとんかつ屋さんでお会いしました。(といっても、ただ、偶然カウンター席が二人置いて隣だったというだけの話ですが。)このドラマは、視聴率は18.8%(ビデオリサーチ調べ・1月第4週)もあったそうで、ドラマ部門で堂々の4位だそうです。何回かしか見ることはできませんでしたが、第1回と、最終回だけは偶然と見ることができました。なんだか、漫画みたいなドラマでしたが、なんとなくスカーッとするのでしょうね。それは、何かと軽く見られる派遣社員のほうが、ありとあらゆるスキルを身につけていて、並の正社員では太刀打ちできず、会社の命運がかかる仕事になると、頼りになるのはいつも派遣社員のスキルであって、正社員のほうはふがいなく描かれています。このドラマの始まるときのフレーズは、「おごれる正社員は久からず。今や派遣社員なくして会社は回っていかず」というものです。実際に、今は民間のシンクタンクの調査によれば雇用者のうち派遣やパートなどの非正規社員が占める割合は32.6%にものぼり、3人に1人が非正規社員だそうです。4月から開園する園でも、派遣会社からの紹介も多く、その履歴書からも様々な職場で、派遣されて働いている人が多くみられます。このように派遣が多くなったのは、このドラマの中で主人公がよく言うせりふ「働かない正社員がいるおかげで私たち派遣は“お時給”が貰えるんですから」に表されているかもしれません。
 もうひとつ、最終回の視聴率が、関東地区で30.4%、関西地区で39.3%と堂々の30%台を見事に達成したのが、「華麗なる一族」です。このドラマも、日曜日放送なので、私は日曜日に出かけることが多かったためにきちんと見ることはできませんでしたが、最終回は見ることができました。このドラマの原作は、山崎豊子氏の政財界の様々な策略などを通して人間を描いた小説ですが、伏線として、キムタク演じる主人公が、父親から冷たくされるのは、実は父の子ではなく、祖父と母との間の子であるからだと思っています。父親もそう思っていて弟のほうをかわいがります。それが悲劇を生むのです。JR東日本の車内誌の特集「みちのくの西行を旅する」を読んでいたら、とても面白いことを思い出しました。歌人として有名な西行は、もとは、鳥羽上皇に仕える北面の武士でした。鳥羽院は、5歳で即位しますが、政務は祖父の白河院が執っていました。そして、待賢門院璋子を中宮とします。そして、天皇を退位後、次の崇徳、近衛、後白河天皇の三代にわたり、28年間院政を行います。ところで、次の天皇の崇徳天皇は、この鳥羽院の第1皇子で、5歳で即位しますが、父親に疎んじられます。それは、実は崇徳院は、鳥羽院の実子ではなく、祖父の白河上皇と鳥羽院の中宮であった待賢門院璋子との間に生まれた子どもであったといううわさが流れたからです。ですから、実の父親であった白河院が亡くなったとたんに、異端分子扱いされ、無理やりに天皇の位を追われたのです。それがずっと尾を引き、父、鳥羽法皇が亡くなったとき、最後の対面をするため鳥羽院に駆けつけますが、院を守る武士たちに阻まれて会わせてもらえず、仕方なく退去します。そんなこともあって、鳥羽院が死んだあとは、弟の後白河天皇と対立します。これが、「保元の乱」です。「華麗なる一族」は、これを参考にしたかわかりませんが、歴史を学校で習ったときは、ただ、「保元・平治の乱」をテストのために覚えたものですが、父と子の確執のドラマとしてもう一度見てみると、テレビドラマ以上の面白さがありますね。

睡眠

 「早起き」「朝ごはん」というキャンペーンではありませんが、朝早く起きると考えることがあります。私は、割と睡眠時間は少なくてよいほうですし、寝覚めはよいほうだと思っています。しかし、それでも朝起きるのがつらい時と、すっきり目覚めるときがあります。それは、意外と睡眠時間の多少というよりも、起きるタイミングのようです。よく「レム睡眠」(Rapid Eye Movement)と「ノンレム睡眠」(Non REM)といわれているものです。この言葉は、聴いただけでは良く分かりませんが、もとの英語を見るとその意味はわかりますね。レムは、速い目の動きという意味だったのですね。ですから、レム睡眠は、「急速眼球運動を伴う眠り」ということで、「眠っていても目玉が動き、脳は覚醒に近い浅い眠り」のことをいいます。ですから、ノンレム睡眠は、そうでない眠りのことで、「ぐっすりと熟睡した深い眠り」をいいます。「睡眠の不思議」(井上昌次郎著 講談社現代新書)によると、一般には、入眠するとすぐに深い眠りのノンレム睡眠に入るそうです。これは、睡眠が脳を休息させている状態と考えられています。このとき体温は下がり、体内の熱を出すため発汗作用が活発になります。この入眠時をスムーズにさせることが、翌日の目覚め感に影響するようです。このとき、脳が休息しているので揺り起こしても容易には起きませんので、深い眠りといわれるゆえんです。逆に、浅い眠りのレム睡眠のときに体温は上昇し、眼球は運動していますが、筋肉の緊張は解け、だらりとした状態になります。ですから、こちらの眠りは、体のほうが休息しています。そして、時間が経つにつれノンレム睡眠の段階は少なくなり、レム睡眠の割合が多くなってきます。次第に、眠りが浅くなっていくのです。そして、眠っている間に、なんどもこのレム睡眠とノンレム睡眠が繰り返されていきます。それがどうしてかというと、とても面白いことが書かれています。深い眠りは体温が低いときにおきるのではなく、体温が下がっていく過程で起きます。ですから、ずっと低いと、深い眠りはおきません。定期的に上げて、そこから下げていくことを繰り返さないといけないので、途中で、レム睡眠を入れる必要があるということです。また、体温を下げようとするときに汗をかきますが、このレムとノンレムが繰り返されるので、睡眠中に何回も発汗作用が起こるようになり、睡眠中の発汗が大切だということがわかります。そして、目覚めるときに浅い眠りのレム睡眠から起きると、体温は上昇していますから目覚め感は良好ということになります。脳が休息している深い眠りのノンレム睡眠のときに、無理やり起こされると目覚め感は良くありません。したがって快適な眠りには、スムーズな入眠と、起きるタイミングとが大きく関ってくるのです。そこで、レム睡眠とノンレム睡眠は90分サイクルで成り立っていますので、入眠から目覚めまでの時間を90分の倍数にすると快適な目覚めをえる事ができます。
 私は、寝覚めはよいほうですが、胃の調子の寝覚めは悪いほうです。起きてすぐに朝食は食べられません。大体30分くらいして胃が動き始める気がしますが、わが子を見ていて感心します。おきてきて、すぐに食べ始めるのです。しかも、まだ半分寝ていながらで、若いことに感心します。しかし、それは、若さでもなさそうです。朝早く空港で、軽い朝食を取っていると、隣のお年寄りが、朝からかなりのボリュームのかつサンドを、大きなビールジョッキを片手に食べているのを見て、私は、あの年まで元気でいる自信がなくなりました。

両面

 今日は、園で卒園式を行いました。子どもたちは、将来何になりたいかを毎年発表します。その夢がかなう人もいるでしょうし、途中で夢が変わる人もいるでしょうし、夢がかなわない人もいるでしょう。また、親にも、子どもにどうなって欲しいかという夢もあるでしょう。また、逆にどうなるか心配もするでしょう。この性格では、世の中でやっていけるのか、きちんと職業に就けるだろうかと心配は次々に現れます。
 ある雑誌に、有名人が小さかったころのことを自分で語っているのが掲載されていたことがありました。まず、お笑いコンビ「爆笑問題」のボケ役として最近活躍している「太田光」氏がこう語っています。「人見知りで、正月に親戚が大勢集まるときは、存在を消して一切話さないような子どもでした。そういう場所で民謡なんか歌い始めちゃう従兄弟を見ると、引いてましたね。必要のないところでふざけたり目立つのは嫌いで。小学校の入学式も嫌でした。だって、知らない場所で何されるかわからないじゃないですか。」いま、あんなにおしゃべりで、余計なことも、口を挟もうとしている太田氏を見ると想像できない反面、少し思い当たるようなところもあるかなと思います。と言うことは、性格は両面あって、それがどうよく生かされるかで、成功するかどうかのような気がします。それを自覚するのは、誰かの一言であったり、ある出来事がきっかけになります。「国語の授業で、新しいお話を勉強するとき、先生に、“読むのがうまい太田君に読んでもらおう”と言われて初めて“ 俺は読むのがうまいんだ”と自覚して、それから調子にのって朗読するようになりました。」また、「4年学芸会で裁判劇をやりましたが、自分の検事役が気に入らなくて、裁判官の隣でいちいち裁判官の真似をするというボケ役を提案したんです。それがバカ受けしたときはうれしかったですね。」何がきっかけになるかわかりません。また、ハードル競技で、初の銅メダルを獲得した「為末大」氏は、子どものころの事をこう語っています。「“思慮に欠ける”と、よく通信簿に書かれていました。喜怒哀楽が激しくて、何も考えず思ったまま行動するんですよ。」やはり、小さいころの性格は、両面あって、それが生かされるようになるか、欠点になるかがありますね。また、運動神経にしても「足が速いのを褒められてうれしかったけれど、運動神経がないので球技はまったくできなかったんです。野球もサッカーもまるでダメでした。」また、「集中力が持続しないんです。だから授業中も落ち着きがなく、勉強もしなかったですね。当時通っていた学習塾も嫌で嫌で教室から逃げ出し、ついには宿題のプリントを破って捨てたことも。コツコツ練習すれば成果が出ることを教えてくれたのは陸上でしたが、それ以外はまったくダメでした。でも、するべき時に勉強しなかったおかげか今ごろ好奇心がわいてきていて、今はすごく勉強したい気持ちでいっぱいです。」好きなこと、得意なことが見つかると、嫌いだった勉強もしたくなるようです。ソロ歌手として活躍している「野宮真貴」さんは、こう言っています。「幼いころ、私が会話するのは家族と、幼稚園と近所に一人ずついたお友達だけでした。人見知りで内向的。」意外と、大人になって活躍する人は、あまり人とも話せなかった人が多いようです。「コツコツ努力するのが苦手で、勉強が特別できるわけでもない。家でバービー人形のお洋服を作って一人遊びするような目立たない存在でした。」そんなことが、意外に今ファッションリーダーとして活躍することになったのかもしれません。小さいころの性格が将来生かせるかは、親や周りの人の理解と、それを伸ばすか、打ち消されてしまうかが重要かもしれません。

18日から

 明日からは、いよいよ「パスモ」の使用が可能になります。以前ブログでも書きましたが、JRと私鉄がICチップで乗り入れが可能になります。ICチップを埋め込んだカードがあれば、買い物もJRも、私鉄も、バスもすべてかざすだけで利用できるようになります。4月から開園する私の園も、ICチップを埋め込んだカードをかざすだけで、入り口の開閉ができるようになります。しかも、そのカードを渡した保護者は、番号を控えておくので、誰が、いつ、どの時間にドアを開閉したかが記録されますし、落としても届け次第、すぐそのカードの使用を停止することができます。今後、たとえば本とかに埋め込むことが検討されているように、いろいろなところで使われるようになるでしょうね。
 明日からパスモの利用が可能になるだけでなく、四国を除くJRの旅客5社と一部私鉄は、ダイヤ改正を実施します。それに伴って、特急の禁煙車が大幅に拡大し、JR東日本の新幹線と特急は、寝台列車などの一部を除いて全面禁煙となります。私は、よく新宿に行くときに特急「かいじ」とか「あずさ」に乗りますが、そのときは禁煙車にもちろん乗るのですが、降りてホームを歩いていくとき、喫煙車両の脇を素通るだけでも、息を止めたくなるほどくさい思いをします。(以前、吸っていたのに勝手ですね。)この列車は、JR東日本ですが、全車両禁煙にする理由をこういっています。「2003年に健康増進法が施行され、公共施設における受動喫煙を防止するための努力義務が課せられるようになりましたが、列車という限られた空間では、扉の開閉により禁煙車に煙が流入するなど、受動喫煙がなくならないというご意見を多数いただいておりました。そこでこのたび、2007年3月のダイヤ改正に合わせてJR東日本の新幹線・特急列車の全面禁煙化に踏み切ることにいたしました。同時に、長時間列車を利用されるお客さまのために、ホームの喫煙所に加え、新幹線などの主な駅ホームに排煙設備のある喫煙ルームを増設し、お客さまが、乗車前後にたばこを吸われる環境を整備いたします。お客さまには、乗車中は大変な我慢をしていただくことになりますが、何卒ご理解とご協力をお願いいたします。」ということで、新幹線では、東北新幹線、上越新幹線、山形新幹線、秋田新幹線などすべて全面禁煙になります。(長野新幹線「あさま」はすでに全面禁煙です)特急でも東海道本線、中央本線、東北本線、高崎線、常磐線、羽越本線、信越本線、奥羽本線などすべて全面禁煙になります。
 この動きは、もちろんJR東日本だけでなく、東海道・山陽新幹線には喫煙車が残るものの、JR北海道も寝台列車以外はすべて禁煙になります。JR西日本は、列車内では既に全ての在来線普通列車を全面禁煙ですし、明日からは、乗車時間がおおむね3時間まで、九州は2時間程度の特急が全車禁煙になります。JR東海は禁煙車を増やすだけですが、小田急のロマンスカーや東武の特急でも、喫煙車は廃止されます。そして、今まで喫煙車両だった車両は、入念な消臭対策(清掃、カーテン取替等)を施し、できるだけ早くタバコ臭を除去するようにしてくれるそうです。そこまでするのに、なんで、法律で認めるのでしょうかね。それにしても、タバコを吸う人にとっては、次第に吸える場所が狭まってきて、肩身が狭くなりますね。明日をきっかけに、タバコをいっそ止めたらどうでしょうか。

免疫力

 今年は暖冬だと思っていたら、ここのところにきて、とても寒い日が続きます。しかし、桜のつぼみは確実に膨らんでいますし、さまざまな花も咲く準備を始めています。同時に、花粉も飛び始めています。その中で、ブタクサアレルギーは、杉、ヒノキのような鼻水、くしゃみ、目のかゆみなどより少し強いようで、喘息の発作を起こしたりします。また、花粉や細菌が、風で舞い上がったほこりと一緒になり、強くなり始めた日差し、汗をかくようになる気温、虫刺されなどで吹き出物も多くなります。そんなときには、薬で治療するよりも、人間は本来、これら細菌やウイルスなどから体をまもる力が自然に備わっています。かんぽの宿においてあった小冊子「夢閑歩」の中で、医学博士の星野泰三氏が「免疫力を鍛えましょう」という記事を書いています。人間が本来持っている、細菌やウイルスから自然にまもる力の主役は、免疫を担当するリンパ球などの細胞の総称「白血球」だそうです。しかし、ここ30年間で免疫力の性質も変わってきたようです。本来は外からの攻撃に対して防ぐ役割をしていた白血球が、自分を襲ってしまう異常な免疫反応というアレルギーというものがあるからです。「免疫力を鍛えるというと、30年ほど前なら、美味しいものを食べて、運動するというだけでよかったのですが、21世紀には、いかにアレルギーを抑えながら免疫力を上げるかという工夫が必要なのです。」それをこのように解説しています。「どうして自分を攻撃するようになったかというと、幼いころから清潔な環境にいて、あまりにも雑菌と接しなくなったからです。」そんな状況の中で、どのようにしたら、自らの免疫力を取り戻すことができるのかを、こう提案しています。「できれば無農薬のものなど多少雑菌のあるものも取り入れて、1年のうち何回かは鳥や虫など自然とも触れ合い、人間本来の免疫力を取り戻しましょう。自然の中で何日か滞在することをきっかけにして、家での食材選びに留意するとか、ガーデニングをしたり、ペットを飼うとか、上手に自然と一緒に暮らす工夫を都会の家でも心がけたいものです。」また、リンパ球は、摂氏36度以下になると小さくなって働きが弱くなり、36度台だと活発化するそうです。ですから、温泉で体を温めるとかが効果があるのです。また、肺の免疫力を保つには、森林浴でマイナスイオンをたくさん含む空気を肺に入れ、排気ガスにより肺が錆びている状態を、活性酸素で浄化させるのもよいと言います。また、胃腸の免疫力を高めるためには、冷たいものを取らないようにし、乳酸菌を取るのがいいそうです。肝臓の免疫力を高めるのには、シジミ、昆布、ターメリックなどが効果的だそうです。コーヒーも胆汁を分泌するのでよいそうです。また、赤ワインなどに入っているポリフェノールが、リンパ球が錆びるのを防ぐ役目をするそうです。また、免疫力は、精神とつながっています。「ストレスがあると、それを回復しようとして、副腎からステロイドホルモンが出てきます。ステロイドホルモンは体を守る替わりに、リンパ球の働きを抑えてしまいます。ですから、ストレスは、免疫力を下げる非常に大きな要因になるので、風邪をひきやすくなります。逆にうれしいこと、楽しいことがあると、ステロイドホルモンが減って、免疫力が浮き上がるように増えていきます。気持ちの余裕が、まわりの人を優先して考えるというプラス思考を呼び起こし、ちょっとやそっとの困難に出会ってもそれほど大変と思わずに、克服できるようになります。」ストレスは、免疫力を弱めるだけでなく、まわりの人への思いやりもなくなってくるようですね。

葉隠れ

 どんな教育論議でも、また、昔から伝えられてきた「心得」でも、哲学書でも宗教書でも教育書でもそれなりの真理が含まれています。しかし、その伝えたいことは、本当はそのすべてを理解しないと、つまみ食いではその伝えたいことは理解できないかもしれませんが、人は理解するときに、その人なりの取捨選択をしているのでしょうね。たとえば、教育勅語の中にはとても人として大切なことが書かれています。今の行き方にも十分通じることがあり、現代人が忘れていることが書かれています。だからといって、今、「教育勅語を復活しよう」というのはおかしな話です。というのは、それが作られた意図や背景が今の時代と違うからです。同じように「武士道」が見直されています。確かにそこには、とても大切なことが書かれていますし、今の行き方でもう一度見直さなければならないことが書かれています。だからといって、今武士でもない私たちがそのまま受け継いでもへんなことになります。私たちは、もう一度、それらの過去の文化、教えの中で、今の時代に必要なものとして見直し、新しい時代の生き方を探っていかなければならないでしょう。「武士道」の中で、私が気に入っているフレーズは、「慈愛」「正義や勇気」「名誉や卑怯を憎む心」であり、「惻隠の情」という「弱者、覇者、虐げられた者への思いやり、共感と涙」を持ちたいと思います。またいつかきちんと解説見たい気がしますが、今日は、先日せっかく佐賀に行ったので、佐賀鍋島藩に伝わる心を少し考えてみたいと思います。それは、「葉隠」といって、江戸時代中期に出された肥前国鍋島藩藩士、山本常朝の武士としての心得について見解を「武士道」という用語で説明した言葉を田代陣基が筆録した記録です。(全11巻)「我が身を主君に奉り、すみやかに死に切って幽霊となりて二六時中主君の御事を嘆き」とか「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」の文言はとても有名ですね。常に死を意識して自省する態度を説いています。この考え方は、当時の儒学の思想とは大きく離れていたため、最初は、藩内でも禁書の扱いをうけましたが、徐々に藩士に対する教育の柱として重要視されるようになり、「鍋島論語」とも呼ばれました。これが、明治中期以降、新渡戸稲造によりアメリカ合衆国で出版された英語の書「武士道」として逆輸入紹介され、最近、また話題になっています。しかし、有名なフレーズだけでは、その時代に都合のように使われてしまいます。たとえば、「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」は、曲解解釈された物が軍隊教育に利用され、太平洋戦争中の玉砕や自決を推奨する理由にもなった事実もあり、戦後は軍国主義を推奨した悪書として理解されていました。また、いかにも三島由紀夫が好きそうなフレーズですので、「葉隠れ入門」という本を書いていますが、本来は、「葉隠れ」は死を美化したり自決を推奨する書物では無く、意外と生活に密着したことや、現代のビジネス書や礼法マニュアルに近い内容の記述が殆どです。「大慈悲を起し人のためになるべき事」などは、今に通じます。また、こんなことを書いてある部分もあります。「最近の若者はなっていない。修行もせずに流行を追いかけチャラチャラしてだらしが無い」と嘆いています。「武士道」同様、親子、兄弟、会社、その他、過去、現在、未来においての生き方の真理を説いているのですから、あらゆる国で翻訳されて読まれ、支持されているのも当然でしょう。

色の日

 今日は、いわずと知れた「ホワイトデー」です。この日は、バレンタインデーにチョコレートなどをもらった男性が、そのお返しとしてキャンデー・マシュマロなどのプレゼントを女性へ贈る日とされていますが、何でホワイトデーというかというと、バレンタインデー同様に企業の作戦があるようです。この日に、キャンデーを贈るということを販売促進に結びつけ、全国飴菓子工業協同組合関東地区部会が、飴の材料である砂糖が白色だったため「白=ホワイト」から「ホワイトデー」として催事化したものです。もうひとつの説では、福岡市の老舗菓子屋「石村萬盛堂」が、バレンタインチョコのお返しとして、白いマシュマロを売り出したことから命名したとも言われています。どちらもまったく日本での発想なので、欧米ではみられません。ただ、韓国や台湾などでは行われているようです。外国の記念日は、人の名前をとったものが多いようですが、このほかに、色のつく記念日があるでしょうか。日本では、グリーンデーがあります。いわゆる「みどりの日」です。1989年から2006年までは4月29日でした。最初は、「天皇誕生日」とされていたのが、天皇誕生日は12月23日と改められると同時に、自然に親しむとともに、その恩恵に感謝し、豊かな心を育むことを願う日として、新緑の季節として緑豊かな自然に親しむ上で最も相応しい時期であり、ゴールデンウイークの始まりの休日として国民の間に定着している4月29日をみどりの日としました。そして今年からは、その日は「昭和の日」になり、5月4日が「みどりの日」になったのです。そのほか記念日にはありませんが、語呂合せで、色のつく日があります。「白の日」は、「し(4)ろ(6)」の語呂合せで、4月6日です。また、9月6日は、「黒の日」、11月16日は、「いいいろの日」「いいいろ塗装の日」です。語呂合わせは、ほかにもいろいろありますが、ホワイトデーに関連して、ほかにも各月14日ごとに色をつけた記念日を考えたのが韓国です。たとえば、ブラックデーは、4月14日で、バレンタインデーやホワイトデーで贈り物を受け取れずそのまま恋人ができなかった者同士が黒い服を着て集まり、チャジャン麺(黒いあんかけをかけた韓国の麺料理)やコーヒーを飲食する日、とされています。なんだか、わびしいですね。この4月14日は、日本ではオレンジデーです。欧米では、オレンジは多産のシンボルとされ、新婚のカップルなどに贈られることに目をつけ、愛媛県の柑橘類生産農家が、2人の愛を確かなものにする日として、オレンジまたはオレンジ色のプレゼントを持って相手を訪問する日というキャンペーンを行っています。韓国では、このブラックデーに付加して、次々に面白い記念日を作っています。5月14日は、イエローデーといって、ブラックデーが過ぎても恋人ができなかった男性は、この日に黄色い服を着てカレーライスを食べないと恋人ができないとされています。7月14日は、シルバーデーといい、銀を意味するシルバーと、年長者を意味するシルバーがあり、先輩達がデート費を出してくれる日でもあり、まわりの人たちに自分の恋人を紹介します。8月14日は、グリーンデーといい、蒸し暑い夏に涼しい山に行き、森林浴をする日である一方で、まだ恋人がいない人たちが「グリーン」という名前の焼酎を飲みながらお互いに慰めあう日でもあります。そして、11月14日が、オレンジデー&ムービーデーといい、恋人と共に感動的な映画を見て、ほんのりと甘いオレンジジュースを一緒に飲む日とされています。なんだかこじつけですが、面白いですね。

教育論議2

 まだまだWEDGEでは、教育論議が交わされています。藤原繁士氏は「首相のリーダーシップなくして教育再生は不可能」という記事を感懐という連載の中で書いています。そこでは、これまでの教育現場の崩れと、議論の混迷に決着をつけようとすれば、二つの条件があると言います。ひとつは、不規則、無原則に飛び交う議論を一定の整合的な道筋に整理し、具体的実行案までに仕上げる、強力的なコーディネーターの存在であると言います。これはわかるのですが、これが首相の断固たるリーダーシップとなるとちょっと心配なところもありますね。もうひとつは、今まで議論の対立する多くのポイントについて、先送りをしてきたが、時間をかけて徹底して決着をつけるための時間の覚悟であると言っています。確かに、性急な改革は危険でしょうが、決着つけるというと、その決着は、いつまで有効なものかが不安です。子どもの環境は日々変わっています。確かに、子どもの育ちにはいつの時代でも普遍性があります。しかし、それが何であるかを論議するのではなく、それを守るためには、今、どんな教育が必要なのかを話し合わなければならないでしょう。小タイトルの「教育問題は、国家百年の計。うやむやな方針はゆるされない」ということは、本当にそう思います。きちんと議論をしてもらいたいものですね。
また、「子どもは変わる大人も変わる」という連載記事の中で、夢街道・国際交流子ども館理事長である比嘉昇氏が「“落伍者はダメ”を変えれば、イジメだらけの社会は変わる」ということを言っています。イジメは、イジメっ子の家庭教育にのみ原因があるのではない。今大事なのは、「点数主義」「拝金主義」を肯定する社会構造そのものに、一人ひとりが本気で異議申し立ての声を上げることだといいます。親も教師も、今は画一化された価値観にがんじがらめになっているので、同居のかつて、子どもの貴重な話し相手になっていた祖父母のような役割を、地域社会が果たせないものかと提案しています。それには、今年から団塊の世代の定年退職が始まるので、企業から地域に戻るその世代に、地域の子どもたちのために立ち上がってほしいと要望しています。確かに、地域に戻ってくる団塊の世代には、何か役割があるかもしれません。これからは、新しい生き方、新しい社会を作っていかなければならないでしょう。拝啓オヤジという連載の中で、相米周二氏は「場の空気は無用。しっかり自己主張。これが俺の生きる道」ということを言っています。中学・高校時代のクラス討議や、大学でのゼミ・合コンや、バイト先で、自分の主張や考えをズバッと言おうとしたり、相手の意見や主張に異議を申し立てようとすると、必ず出てくるのが「場の空気を読めよ」だそうです。「場を恣意的に支配している人間がいて、その人間が場の空気を左右する。それを敏感に周りの人間たちが察知し、さらに場の空気に染まらざるを得なくなり、自分の意見、反論、異論なんかできなくなる。こんな縛りが日本中に蔓延して行ったらどうなるのか」こんなことでは、世界から置いてきぼりを食ってしまうと心配します。3年間外国を放浪してきた相米氏が、外国では、「場の空気」はなかったそうです。「シンドいけれど、相手が誰であろうが、主張し続けていかないと自分たちの立場が脅かされるし、存在も認められない。それが民主主義だ」と言います。これからは、グローバルな時代になります。世界でも通用するような人材を育てる教育が必要になるでしょうね。

教育論議

 いつの時代も、教育論議はよくされますが、最近は特に多いような気がします。それは、価値観が多様化し、人それぞれの考え方を持っているからでしょう。また、最近の事件は、青少年が起こすことが多くなり、その原因が教育にあるとする意見が多いこともあるでしょう。また、地域ごとの学力調査、世界での学力調査などが行われ、地域間格差とか、時代による比較をすることが多くなったこともあるでしょう。また、いろいろなメディアから発信することが可能になったおかげで、いろいろな意見を知ることができるようになったこともあるでしょう。それだけいろいろな意見があると、どれかは自分の意見と同じものを見つけて「やはり、そうだ!」と納得することが多くなります。駅の売店や新幹線のグリーン車内においてある「WEDGE」という、主に経済のことが書かれている雑誌の今月号を見ただけでも様々な教育論議がされています。まず、最初のほうで大きく特集されているのは、あの「国家の品格」を書いた藤原正彦氏の「子どもにおもねった初等教育 こうすれば改革できる」というものです。学力低下、学級崩壊、いじめなど、初等教育の現場で噴出している様々な問題の原因は、戦後60年間、国民すべてが子どもにおもねってきたからだとする意見です。戦前への反動から、子どもの尊厳や個性を尊重しようという風潮が社会に広がリ、宿題をしないのも、1日6時間テレビを見るのも個性とされたからと言います。最後に、「子ども中心主義から脱却した教育を与えれば、彼らが親になるころに、次の世代を真剣に育ててくれるだろう。」と結んでいます。最近の目を覆うばかりの道徳観の欠如に対して、このように憂える人たちはいるでしょうね。本当は、戦後の青少年犯罪のほうが、今の事件数の何倍もあったのにと思ってしまいますが。小さい記事ですが、「一人っ子政策の影響で中国に結婚難民が増加」というものがありました。中国では2020年までに結婚適齢期男性の約3000万人が結婚危機に直面する可能性があることが指摘されています。中国では、人口の増加に対して、一人っ子政策という子どもは一人しかもってはいけないという政策を採ったことは知られています。しかし、どうしても跡継ぎがほしいために、男児優先の風潮があり、結果男女比の不均衡が生まれ、結局は多く生まれた男性で結婚ができない人がふえ、跡継ぎがいなくなるという現象が起きます。また、以前、韓国では男児に教育を与えようと、母子が父親を置いてアメリカなどに留学する家庭が増えてきたというニュースをやっていましたが、そのように教育されたわが子が、教育された女性と結婚できたとしても、その女性は、また夫をおいて母子だけでアメリカに行ってしまい、幸せを願って息子を教育したのに、結局は不幸になってしまうと思うのですが。子どものためと思っても、大人の一方的な、利己的な育児、教育は、その子が親になって、人のためになるようなことをするようになるのでしょうか。他の所の記事「相手を知り自分を語らなければ人はついてこない」という亜細亜大学陸上部監督の岡田正裕氏が、記事の最初でこう言っています。「教える立場の人が、教わる人の心情を察していません。点取り教育だけを受けてきた人が、上司になり、先生になり、親になっているからです。痛みのわかる人間を育てる社会にならなければいけないと思います。」上司と部下、先生と生徒、親と子。指導される側は、常に弱い。しかし今、上に立つ人間が、教わる人間がどのような気持ちでいるのか、教わろうと思っているのか、少しずつ変わろうとしているのか、その心情を量れなくなってくると、「こうやれ」と一方的に言うばかりで、伝わったかどうかを考えないと言います。