癒しの音

 日常と違う環境におかれることで癒されることがあるということ、その環境を、保育室の中に意図することを、ドイツに行って学びました。そのほかにも考えてみると、様々な癒しの工夫が考えられます。昨日の日曜日、福岡での講演の合間で時間が取れたので、福岡県の中で、まだ行ったことがなく、行きたいと常々思っていたところに行ってみました。そこは、白秋ゆかりの地「柳川」です。着いたのは、夕方近くでしたが、念願だったドンコ舟に乗りました。ほぼ1時間あまり、船頭さんがさお1本で操る舟に乗って、堀割を下ります。今の時期は寒いので、中にコタツが置かれ、そこに足を伸ばして座ります。時間が時間だけに他の客は、子ども連れの家族一組だけでした。
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 その舟に揺られていると、なんだかゆったりとした気持ちになり、心が癒される感じがしました。それには、癒されるある条件がそろっていたからです。まず、音です。この舟は、船頭さんが、自分の力だけを頼って、力まず、流れにゆだねながら操っていきます。まず、乗って気がついたのが、まったく音がしないことです。この堀川の脇の道もほとんど車が通りません。シーンとしています。この堀川は、一般の人も、許可なしに自分の舟を浮かべることができるそうです。途中で、カヌーを家の脇に縛り付けているのを見かけました。しかし、唯一の条件が、人力だけで動かすものということです。電力を使って動くものは禁止だそうです。人力で動くということは、音だけでなく、動きも人の気持ちに沿う速さです。心臓の鼓動、目の動き、思考の展開、これらの速さは、ひとの力、自然の力にマッチします。ですから、保育室の中で音の出るもの、動きを楽しむものは、人の力や、人の息や、自然の風や、自然の光の動きによって動くものが癒しを与えます。ですから、ドイツでは、装飾は壁に貼るのではなく、天井からつるし、人の動きや、風によってかすかに動くものとなっています。そして、部屋には、たいてい、打楽器が置いてあります。太鼓やタンブリン、そして、鳴らして見せてくれたのは、日本では仏壇においてあるあのチーンと鳴らす鐘でした。
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 日本人ならみんなよく知っているものであるのに、自慢げに鳴らして説明をしました。しかし、そのときに、「ほら、聞いてみてください。」と言ったのは、鳴らしたときの音ではなく、そのあとにいつまでも鳴り響いている、いわゆる「余韻」といわれる音でした。園庭から部屋に入る合図も、ドラをたたきます。これも、叩いた時の音というよりも、その音の余韻で子どもたちは合図を感じます。確かに、音は、余韻に癒しを感じます。そういえば、いろいろな分野において、海外では日本文化が外国では見直されているそうです。それは、日本文化には、癒し効果が意図されているものが多いからでしょう。たとえば、「食」です。栄養に関してだけでなく、見た目、容器、とても癒されます。そして、「光」。障子紙や、すだれを通過した光は、とても癒されます。そして、この余韻を大切にする「音」。そんなものを大切にする海外に比べ、今の日本では、夜でも真昼間と同じような明るさの電灯、自動販売機、コンビニ、そして、やたらとヘッドホンから聞こえてくる電気音や、街にあふれる車やバイクの騒音。そして、電気で動くゲームやテレビ。もう一度、保育室の中の光や影、音を見直すべきかもしれません。ゆったりと時が流れていくような、そんな日々をたまには過ごす必要があるかもしれません。柳川で、ゆったりと揺れる舟に乗り、船頭さんの時折混じる歌声と、少ししわがれ声でゆっくりする案内を聞きながら、そんなことを思いました。
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癒しの音” への5件のコメント

  1. 柳川下り・・・いいですねぇ、私もいつか訪れてみたいと思っています。今日のブログ『癒しの音』では「余韻」に触れられています。私も余韻に癒しを感じます。梵鐘の余韻、神楽のお囃子の余韻、クラッシック音楽の余韻・・・この余韻、無意識に働きかける作用があるのではないか、と思います。魂の水底から癒されます。園でも余韻を感じることができます。午後の休息の時間、そしてたいていの子どもたちが帰った後の夕方の時間、これらの時間に流れるかすかな音はまさに余韻です。大きく溜息を吐くひとときです。癒されますねぇ。機械音の少ない田舎に住んでいると夜は静かです。外に出て星空を眺めていると何だか音のようなものが聞こえてくるから不思議です。静寂の音、そのような音です。園で空間的環境に配慮すると癒しの音がそこかしこしに響き渡る、そんな気がします。

  2. 癒しの環境は様々なもので作ることができるということをドイツでもブログでも学ばせてもらっています。色、光、音、動きなどをいろいろ試してみたいと思います。子どもも大人も癒される環境が目標です。
    もしかすると日本文化の癒しの効果は外国の人の方がよく知っているかもしれません。私自身があまり理解していないので、日本文化を見直したり意味を再確認したりすることが必要だと思いました。日本文化をもっと知るには、触れる機会は多く持たないといけないのでしょうね。あせらずにやっていこうと思います。

  3. ●柳川のドンコ船の関係者はずはらしいですね。例えば、説明は若い女性の声のテープで、とよく変えそうなものですが(誰か有力者が「年寄りの声より、若い女性の声の方が、よく聞かれるよ」とか理由をつけて」)「船頭さんの時折混じる歌声と、少ししわがれ声でゆっくりする案内」のままでしておられるとは!●「許可なしに自分の舟を浮かべることができる」・「唯一の条件が、人力だけで動かすもの」など決めるところはキチンと決めているし。レベルが高いですね。そんなところには行って見たい、と思います。いつか。

  4. 私の好きな番組があるのですが、それを見ていて「あ〜癒されるな〜」といつも思います。それはゆっくりと何もない自然を進んでいく自転車だったり、番組そのものに人工的な音がほとんど使われておらず、自然の中の音だけで番組が成り立っているからかもしれません。癒しというとただ、静かというだけではなく、人の気持ちに寄り添うような動きだったり、音だったりするのですね。ぼんやりしていたらサボっているように見られてしまう、ちょっとでも時間があったら何かしなければいけない、そんな忙しそうな大人を見ていたら子どもの気持ちもせかせかしてしまうのかもしれません。余韻のような音、人の動きの大切さはもっと意識しなければいけませんね。

  5. 私の好きな番組のひとつに「音のソノリティ」があります。日本各地に点在する自然や風土が、世界でたったひとつの音を奏でています。それらを特集した内容ですが、毎回その“音”に癒されています。それも、きっと本文の内容のように、「人力だけで動かすもの」や「自然の力」に沿った響きであるからだと感じました。それらは、まさに「自然の音」なのです。ソノリティとは、仏語の音楽用語で「共鳴」「音色」「音の響き具合」を意味するようです。“音”そのものというより、音の反響だったり、音が作り出す色であったり、音がもたらす響きなど、それらの「余韻」を感じて癒されるという、人間本来のそういった仕組みが備わっていることに気づかされました。そのような「音」と一緒に、暮らしていけたらと思います。

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