ドイツの幼稚園、保育園を訪問して気がつくことのひとつに、どの園にも「ロフト」があることです。日本でロフトというと、日本全国で展開されている雑貨を取り扱うチェーン店のことを思い浮かべます。東京でロフトというと新宿とか渋谷を思い浮かべますが、新宿店は今年の1月に閉店してしまいました。また、マニヤックな話ですが、若い人は、東京・新宿などにあるライブハウスのことを思い浮かべるかもしれません。しかし、もともとは建築用語で、物置用の屋根裏部屋のことをさします。工場・倉庫などに上階を作って、そこに物をしまったのです。それは、空間を有効的に使おうとしたからです。しかし、その空間が独特の空間を演出するために、その倉庫などを改装したアトリエやスタジオをつくり、それも「ロフト」というようになって、ライブハウスの名前もそのイメージなのでしょう。また、住宅では、「ロフト」というと、天井高を高くして部屋の一部を2層式にした上部空間のことをさします。この用途も、最初は屋根裏部屋ということで主に物入れに使ったりしていましたが、最近は、様々な使い方をするようになりました。ロフトに上がるための専用のはしごや階段が設置され、寝室や書斎、子ども部屋などちょっとした個人的なプライベート空間として使われることが多いようです。この空間が、部屋としての空間になるのか、屋根裏になるかで、このロフトが床面積に参入されるかどうかきまります。住宅で床面積に算入しないロフトにするには、天井高が1.4m以下であること、はしごが固定されていないこと、直下の階の8分の1以下の面積であることなどが主な条件になっています。私は詳しく走りませんが、保育施設では、遊具として扱われることがおおいようです。あのアルプスの少女ハイジでも、その部屋に寝泊りをして楽しそうでした。子どもにとっては、隠れ家的な、基地のような感覚を持つようです。作り方としては大きく二通りあります。ひとつは、部屋の中の一部が2階建てのように作るやり方です。しっかりとして階段で上れるようになっています。
その使い方としては、やはり2階のようなイメージですので、お昼寝のスペースであったり、ままごとコーナーであったりするところが多い気がします。ただ、その高さを非常に低くしてあるところがありました。その場合は、ロフトの上の活用というよりも、その下の空間の使いかたがとても面白く使われています。子どもでもやっとくぐっては入れるくらいで、天井が低い部屋という感じです。
日本でも、押入れの下を工夫すれば同じようになります。もう一つの作り方としては、部屋の中に大きな二段ベッドがあるというイメージです。
この場合も、下の空間は、狭い部屋のようになるので、小さな家のように家具を置いてままごとコーナーにしている場合が多く見られました。
または、マットなどを敷いて、寝転んだり、くつろいだり、子ども同士でじゃれあったりする空間が演出されていました。
また、上部も下の空間と同じような使われ方をしていたところが多かったような気がします。ただ、上の空間の上部は部屋の天井になってしまうので、特別な空間の雰囲気を出すために、上のほうを薄い布で覆ってしまうこともありました。
どのような使い方をする場合でも、このロフトで作られる空間は、子どもにとっての大人の視線から逃れられる「死角」として意味があるようです。もちろん、先生はそこに子どもがいることは把握していますが、子どもたちは、ここで、先生の目を盗んで秘密のことをしているつもりなのでしょう。
ロフトは良いですよね。子ども達は狭い空間が好きですし、また、集中して遊べる場所や、くつろぎの場所などいろいろな使い方が出来ます。将来、いつかうちの園でも作りたいと思っています。それにしてもドイツの保育室を見ていると、レースのカーテンや電飾や柔らかいマットなどを使って、子ども達が落ち着ける雰囲気を上手に演出していますね。色の使い方もとても参考になります。センスのない私としてはそういうセンスを身に着けたいなといつも思っています。
自分が子どもだった頃の記憶を辿ると、親などの大人と出かけるために一緒にいたことはありますが、大人が嫌だったのでしょうか、必要以上に「大人」と呼ばれる人たちの近くにいることはありませんでした。たいていの場合、大人の視線の届かないところで遊んでいました。小学校も高学年頃になると近くの雑木林に入り込んで「隠れ家」を造りました。その頃は古い家で文字通り「屋根裏」があり、そこも遊び場の一つでした。大工の父の仕事場には隠れるところがいっぱいありました。そして、そこでも大人の目から逃れるような遊びをしていました。閉ざされた空間遊びを子どもが好むのは胎内経験の余韻なのかな、と考えます。今働いている保育園ではベテランの先生たちが「先生には後ろにも目が付いている」といいます。しかも子どもが視界から外れる空間を好まないような雰囲気もあります。安全第一、危険回避の世の中なので仕方がないのかもとも思いますが、やはり残念だなと思います。「先生の目を盗んで」・・・これが遊びの醍醐味であったことを思い出します。そして今考えると、そのことが自分の自立形成に大いに役立った、と思います。空間的環境への配慮、私たちが苦手とする分野です。しかし、子
ロフトは楽しいですね。上の階も楽しいですが、その下も魅力的です。子どもは誰でもロフトでは喜んで遊ぶのではないでしょうか。子どもからは先生が見えず、目を盗んで遊んでいる体験ができる。でも実は先生はきちんと子どもの様子を把握している。そんな見事な環境を作ってあげなければいけないと思いました。いろんな決まりから離れ、自由な発想で保育環境を考えてみることも必要ではないかとも思っています。